第11話 希望の町とフェルディオ邸
「わぁ……!」
少し先行していたマリナが小さく感嘆の声を上げる。
一昼夜歩いたというのに元気なことだと思ったが、隣に立って同じ光景を見れば俺も疲れが吹き飛んだ。
──『ラ=ジョ』。
サルムタリアで『希望』という名の意味の言葉を受けたその町は、真新く鮮やかな美しさで俺達を迎えた。
切り崩した山の中腹に整えられたそれは、白く塗られた壁と屋根で整えられており、青空と山肌の中、くっきりとしたコントラストを示している。
こんな険しい山の中にこんな整えられた町があるなんて、まるで現実味がない。
ちょっとした地質調査中に迷宮を見つけた学者のような気分だ。
「驚きです。こんなきれいな街があるなんて」
「うん。びっくり。さすが、殿下」
「ははは、もっと称えるがよい! 良い女の称賛は心地が良い」
馬から降りたマストマ王子が、隣を歩きながら満足げに笑う。
「あなた様。あまり調子に乗ってはいけませんよ」
「わかっておる。さぁ、お客人がた、もうしばしで到着だ」
妨害も考え、かなりの強行軍で『ラ=ジョ』に向かっていた。
時に強化魔法や回復魔法で補助を行ったとはいえ、人も馬も疲労が濃い。
「ガハハハ、これは酒も期待できそうだ!」
……一部、まったく疲労していない怪物もいるが。
俺は少しばかり疲れた。
「戻ったっす。特に危険はないっすよ!」
「ありがとう。お疲れ様、ネネ」
先行警戒で出ていたネネが走って戻ってくる。
あれだけの妨害がなされたのだから、他にも何かあると思っていたが……どうやら思い過ごしだったようだ。
とはいえ、整備された街道というわけでもない野生の魔物に遭遇することもあると考えれば、彼女が先行警戒を行ってくれるのはありがたかった。
「ふむ、やはり斥候とも少し違うのだな?」
「私は『忍者』っすからね。いざとなれば露払いも請け負うっす」
道のわきにどけられた魔物の死骸を一瞥しながら呟くマストマ王子に、ネネが答える。
本来なら不敬もいい所だが、マストマ王子は『クローバー』に対しても、俺と同様に友人としての扱いをして欲しいと要請した。
曰く、「ここから先、報告も意見も忌憚なく欲しい。身分による情報共有の妨げがあれば、判断が遅れる。なに、元は妻に欲しいと思っていたのだ。不敬を問うことはせぬ」とのことだ。
サルムタリアの王族とは思えない、なかなかフランクで柔軟なセンスだ。
むしろ、現実的な思考をする冒険者やその依頼主に近い。
「ふむ。やはりサルムタリアの探索人とは違うのだな」
「意味合いも目的も少し違うからね」
サルムタリアのある一族が担う『探索人』は冒険者に近い存在だ。
ただ、どちらかというと彼らは歴史学者や文化学者の方がもっと近いかもしれない。
サルムタリア各地にある遺跡や遺構へ足を踏み入れて、それが何であるか確認して記録したり、王に報告したりする役割を持つ職域の者達で、そのついでに魔物と戦ったり財宝を持ち帰ったりはするが、そもそもの目的が違う。
彼らは王の手足となって見分をする者達なのだ。
「彼らは今回の件に同行を?」
「形式的に末端の一家のみが、参加するようだ。兄の息がかかってる可能性がある。警戒せよ」
「……わかった」
なるほど。
また少し、マストマ王子に対する理解が深まった。
『探索人』に例の兄王子の息がかかっているから、わざわざウェルメリアまで来て嫁探しをしていたのだ、彼は。
……となれば、俺達もその一家との距離感には気をつけねばなるまい。
彼らにすれば、俺達は職域を荒らすよそ者であり、対立する王候補の手先でもあるのだから。
加えて、例の盗賊団の件もある。
始まる前から波乱の予感しかしない。
みんなの安全を確保するために、気を張らないと。
「ユークさん。眉間、しわが寄っていますよ」
「う……」
シルクに指摘されて、俺は深呼吸をする。
「大丈夫ですよ。わたくし達も、気をつけますから」
「ああ。足りないところはフォローを頼むよ、シルク」
「お任せください」
にこりと笑うシルクに、こちらも笑顔を返しておく。
頼りになるサブリーダーが居て本当に助かる。
「良き妻だ。ふむ、ふむ……なるほどな」
俺とシルクのやり取りを見ていたマストマ王子が、小さくうなずく。
「殿下? どうかされましたか?」
「いいや、レインの言う通りだと思うてな。さて、ついたぞ」
含み笑いをするマストマ王子が指さす先に、白レンガを積み上げた壁と門が見えてきた。
がっしりとした造りで、かなり頑丈そうだ。
これなら魔物が多く生息するらしい『死の谷』のそばにあっても人の生活を守りきれるだろう。
「ここが、『ラ=ジョ』……」
「うむ。ここから、始めるのだ。変革を」
そう語る王子の目には、強い意志が宿っている。
若い冒険者のような、野心と希望に溢れたそのまなざしは、少しばかり眩しい。
不敬が過ぎると思うが、なんだか駆け出しの冒険者を見ているかのようだ。
「ようこそ『ラ=ジョ』へ!」
「いらっしゃい! よろしくね!」
「荷物をお運びしますよ!」
「果物はいかが?」
開かれた門扉には、俺達を歓迎する町民や荷運びが群がって少しばかりお祭り騒ぎになっていた。
思ったよりも歓迎されている様で胸をなでおろす。
サルムタリアはどちらかというと、他所者に閉鎖的な国柄だ。
この雰囲気は、マストマ王子あってのものかもしれない。
「みな、客人は疲れておる。後日、紹介を兼ねた席を設ける故、いまは道をあけよ」
王子の一声で、町民たちが緩やかに静かになって道をあける。
だが、そこに気まずさのような悪い雰囲気は見られず、ただマストマ王子の言葉に従うことを良しとする一体感があった。
「それでは、ウェルメリアのお歴々はこちらへ。ギルドとなる建物にご案内いたします」
「『クローバー』は我とともに参れ。少しばかり話もあるのでな」
「わかった。それじゃあ、ベンウッド、ボードマン子爵……また後で」
軽く挨拶してウェルメリアからの一団から離れ、俺達はマストマ王子の背後に続く。
ニーベルンについては少し迷ったが、一緒に行くことにした。
どんな話になるかはわからないが、もし迷宮の話となれば彼女の耳にも直接入れておいた方がいいだろう。
ウェルメリアからの客が到着してざわつく町を歩くことしばらく。
大通りから少し離れた一軒の邸宅に、俺達は到着した。
「ユーク。ここだ」
「うん?」
意味が分からず小さく首をかしげると、マストマ王子が小さくため息を吐く。
「迷宮伯フェルディオ卿の専用邸宅がここだと言っているのだ。時々察しが悪いな、赤魔道士?」
いかがでしたでしょうか('ω')?
ようやく現地到着となりました。
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