第47話 最後の別れと最後の願い
更新です('ω')
ひびから亀裂へと変じたそこから、黄昏の光が溢れ出た。
その光を浴びた俺の肌が、『一つの黄金』となった者の心の残渣を感じ取る。
「……!」
それは慟哭であった。
声にならない悲嘆が何もかもを否定していた。
それは悔恨であった。
取り返しがつかないことへの自責と他責が渦巻いていた。
それは逃避だった。
永遠という名の未来の呪縛が絶望以外を選択させなかった。
「ユーク殿、何を……!? 無茶をなさるな」
「いいや、これでいいんだ」
少し驚いた様子のロゥゲに俺は、首を振って応える。
いま俺が構成しているのは、あの大魔法使いが使った〈成就〉の魔法式ではない。
あの魔法式はとてもよくできていたが故に複雑化してしまっていたから。
魔法の本質は「どんな事象を引き起こすか」だ。
つまるところ、〈成就〉の魔法式は、『一つの黄金』から力を引き出して、それを転用するためのものである。
がんじがらめになった魔法式を少しばかり緩めて、『外に干渉しようとする力』を取り出すためのものなのだ。
だが、今回はそれではいけない。
『グラッド・シィ=イム』が願いの通りに消滅したとて、『一つの黄金』は俺達の世界へ留まるかもしれない……〝淘汰〟が残ってしまう可能性がある。
……そんな事ではいけない。
俺が〝勇者〟などであるというのであれば、その務めを果たさねばなるまい。
この〝淘汰〟の始点でもあるのだから。
軋んで割れゆく『一つの黄金』を見つめながら、魔法式を加速させていく。
「いったい、これは何が……?」
溢れ出る黄昏色の魔力に、これまでに見たことのない表情を見せるロゥゲ。
「いま、ここで『一つの黄金』を砕く! さぁ、世界二つ分の魔力があるぞ!」
「ユーク様……」
俺の意図を察したらしいロゥゲが、目を見開いて俺の方を、そしてトランス状態となって謳うニーベルンを見る。
願え。
あなたはもっとたくさんのことを願っていい。
俺とルンは制御で手一杯。
方向性を──『願い』を口にできるのは、新たなる王たるあなただけなのだ。
「吾輩の願いは、もう一つだけでございます」
「ああ、知っている」
そう、知っている。
記憶の妖精ビブリオンが見せた彼方の記憶の中、かの大魔法使いが口にした願い。
全てを絶望に飲まれる中で約束された小さなエゴ。
魔法式に組み込まれていた、たった一つの裏切り。
小さく口角を上げたロゥゲが、再び口を開く。
「『黄金の乙女』ニーベルンの解放と、真なる幸せを──これが、吾輩の願い。そして、我が弟の願い。懐かしくも美しきフライアの願い──」
ロゥゲがその額を『一つの黄金』に触れさせる。
願いの大きさに反応して、黄昏の光が増し……その亀裂を大きくしていく。
それは、内包する力の解放であると同時に『一つの黄金』が待ち望んだ瞬間でもあるはずだ。
「さようならだ、サイモン」
その言葉を口にした次の瞬間──『一つの黄金』は粉々に砕け散った。
黄昏の光が広がって、何もかもを赤く染めていく。
永遠の苦しみと絶望の末に『斜陽』という淘汰となった、ある一人の男に最期の時が訪れた瞬間だった。
「……成されましたかな」
崩れ落ちるロゥゲの体から、色が抜け落ちていく。
彼だけではない、鮮やかな王の間も、窓から覗く街並みも……『グラッド・シィ=イム』の全てから色が抜け落ちて、やがて白く、そして透明になっていく。
「世界が消えていく……」
初めての光景に息を飲みこむ。
透き通り行く世界の先に広がるのは、光一つない闇。
ああ、なるほど。
無理やり世界に割り込んだ『グラッド・シィ=イム』は、本来の姿に戻りつつあるのだ。
『無色の闇』とはよく言ったものだ。
「今度こそ、お別れでございますな。ユーク様」
「あなたは、あなたの幸せを願ってもよかったのでは?」
「吾輩の幸せはとうの昔に在りますれば、今は胸中に」
ロゥゲが口にしたフライアという名の女性は、彼の妹だった人の名だ。
そして、〈成就〉を作り上げた魔法使いの妻の名でもあり……ニーベルンの母の名でもある。
彼らが望んだのは王国全ての民の安寧ではなく、ただ一人の少女の幸せだった。
そして、俺は彼女の父である魔法使いの男に、あの日託されたのだ。
──「ルンを頼むよ。名も知らぬ私の弟子よ」
弟子になった覚えはないが、〈成就〉と一緒にいくつかの魔法を頭に流し込まれてしまった。
報酬を前払いされてしまえば、断ることもできない。
冒険者相手になんて真似をしてくれる。
「ロゥおじさんは、こないの?」
「吾輩は、お先にいかせてもらいましょう。ニーベルン、生きなさい。たくさん生きて、たくさん楽しんで、たくさん学びなさい。それができるだけの『願い』を吾輩は込めた。あれが歪んだ何かであれ、吾輩の祈りは、願いは……成就……され──た」
色を失い、景色に溶けてゆくロゥゲ。
その手は最後にふわりとルンの頬に触れて、消えた。
「……ぐす」
「ルン。帰ろう」
「帰って、いいの? ルンは、別の場所の人だよ?」
「そんなこと、関係ないさ。俺は冒険者だから……君のお父さんと叔父さんからの依頼を完遂する義務があるんだよ」
そう手を差し出すと、ルンが握ってくる。
「さ、行くぞ。みんな、きっと心配してる」
「そうかな?」
「そうとも。帰ったらマリナにパンケーキを焼いてもらおう。もう腹がペコペコだ」
まだ涙目のルンが、俺の言葉に小さく笑顔を作る。
無理をさせてしまっているかもしれないが、きっと自分が何を託されたのかをよくわかっているのだろう。
「さて、あとは……ここをどう帰るかが問題だな」
すっかりと透き通った闇を見やって、俺は小さくため息をついた。
いかがでしたでしょうか('ω')
予想は当たりましたでしょうか。
細かい裏設定の一部を補足しますと、
あの後、サイモンは狂気にまみれながらも死ぬ方法を考えました。
肉体的には死ねないので、肉体と精神の分離と希薄化を本能的に行うようになりました。
結果、取り残された黄昏の世界を丸ごと自分として飲み込んだんです。これが淘汰の始まりでした。
その後、サイモンの体は次元の消滅と共に凝縮されて消え失せるはずが不死の呪いが影響して拡大と縮小を気が遠くなるほど何度も繰り返され、最終的に世界一つ分のエネルギーを持ったまま一個体として別次元へと流れました(水晶化)。
このころになると人間としての意識はなく、歪んだエネルギー体として存在しており、あたりかまわず周囲の生き物の負の感情を増幅して希薄化(苦しむ人がいっぱいいればその分フラットに近づく理論です)しようとしました。
人の心を汚染する際に願いを読み取って事象改変を行うというシステムが出来上がり、それが蔓延したのが今回の世界というわけです('ω')b
裏設定なので、忘れていいです。
ざっくり言うと、サイモンがまたやらかしたってだけの話なので……。