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名無しさん、世界観を逝く  作者: 物ノ名 かり
ケース1.戦闘少年A
2/5

1-2.俺には生きる力がある

『ここは世界だ。世界に名前はない。世界観に名前はあるとしてもね。そういうものだろう? 世界とは』


『君は選ばれた。自覚している通り、自意識の通り、君は優秀だ。だから選ばれた』


『知識、経験、自信の根拠となる成功体験』


『それらの詳細を全て詳細でなくした・・・・・・・としてもなお、君は優秀でいられるのかな?』


『そんな興味で、君を選んだ』


『どうか生き抜いてほしい』


『それだけが僕の願いだ』


『ここが何であるのか、君が誰であるのか、僕が何者なのか』


『申し訳ないけど、そういった疑問は全部、君自身の手でどうにかしてくれないかな』


『ここは君のための世界じゃない』


『世界が全てそうであるように、ここは君を人間的に成長させるための世界じゃない』


『何のための世界か?』


『世界はただ世界のためだけに世界たらんとしようとするよ。全ての世界がそうである通り』


『全てノーヒント。全て優しくない』


『ただし、僕だけは君に優しくしてあげよう』


『第一村人発見までは、このまま僕が付き添うよ』


『死ねば看取るし、一人裸の情欲と衝動に任せて発散するなら、それも見守ろう』


『どうだい、優しいだろう』


『君の話は聞かないけどね』


『質問にも揺さぶりにも答えないし、堪えない』


『人参だけは、ぶら下げておこうかな』


帰れる・・・。これは噓じゃない』


持ち帰れる・・・・・。これも本当』


『君よ』


『生きてご覧。生きてご覧。生きてご覧』


『言葉を繰り返す度に、声の上ずりが高まるほどに、僕は君にそれだけを求めるよ』


『さあ。眠らずにどこまで行けるかな。どこまで歩けるかな』


『はたして本当に人はいるのかな?』


『君は、どこにたどりつけるのかな』


/*/


 森にいて、蔦で編んだ服を来て、樹冠の中で横になっている。

 編み込んだ目隠しで、枝と枝とを引き寄せ合い、深緑の密度を上げた中にいる。

 足に巻いた大ぶりの葉が、腫れ上がった足裏の熱を生暖かく冷ましている。


 俺は生き延びていた。


 最初に意識を得てから歩きづめだった。

 遠景に対して指で測位を繰り返し、景色の変化を見つけてからは、そちらに向かって一直線で進んだ。

 文字通り、色の異なる方へと向かって、一直線に進んだ。

 黒っぽい緑へと。


 時間の経過は分からない。ここに夜はないからだ。

 ただし、太陽もない。


 空そのものが満遍なく輝いている。

 空を空と人が認識出来るのは、そこに光があるからではなく、レイリー散乱という、光の散らかったために作り上げられる、馴染んだ色味があるからだというのを、いつしか俺は思い出していた。

 誰に聞いたのか、何で読んだのかは、相変わらず思い当たれなかった。


「────……」


 肌はかぶれていない。葉と蔦をそれぞれ折り潰して汁を出し、手の甲に軽く落として、しばらく様子を見た。それで、大丈夫だろうと服の素材に使った。

 今のところ、死んではいない。

 心も、体も。


 声は、好き放題喋るだけ喋ったら、うんともすんとも言わなくなった。

 言わなくなっただけで、言葉にならない、ニュアンスだけの感情の波は、常時感じていた。

 行間に居座っている。例えるなら、そんなところだろう。


 夜がないから、眠れない。そんなお上品な泣き言はない。

 茂みで暗がりを作り、身を隠せれば、目を閉じていられるだけでも神経が休まる。

 体だけでなく、神経も休められるのなら、及第点すぎる環境だ。


(カンは、当たっていたな)


 植生もないのに湿度だけがある。それは、太陽がないのに明度だけがある空と同じで、どこかには源があるはずだと読んだのだ。

 この世界の理屈は分からないが、理屈がない世界もまた有り得まい。そう、踏んだ。

 踏み込んだ先に、仮説の答えは用意されていた。


 俺は正しかった。

 俺は正しい。


 俺の知識は、俺の経験は、俺が忘れていても俺を支えてくれている。


 俺は俺だ。

 名前など分からずとも、故郷など知らずとも、俺のいるところが俺の土地で、俺の思う俺こそ、俺なのだ。

 そう、確信を深めた。


 不用意に音を立てたくないので、指先で葉を弄ぶ代わり、水気の多い、枯れていない蔦を口に含み、咀嚼し続けている。

 苦い。臭い。えぐい。食えたものではない。

 だが乾きは癒える。

 積極的に吸うには向かないが、こうして失われた水分を緩やかに足していく分には足りている。

 まずいのなら、吸収出来る栄養価も低いはずで、疲れが取れ次第、もっとマシなものを探したい。


 透明度の高く、小動物の飲んでいる水も欲しい。

 小動物も食えたらよい。手っ取り早く食べられる、昆虫の類が見当たらなかったのだ。

 食べられる昆虫が、ではない。昆虫が、見当たらない。

 植物の繁殖に欠かせない存在である、あの微小な生命体たちがいないのは、衛生面では助かっているが、違和感もある。


(鳥の鳴き声もしない……鳴き声はするが、空を渡る音の響き方じゃない)


 相争う、獣の狩りの喧騒にもお目にかからなかった。

 これは偶然か?


 細胞に籠もる熱を放つため、凝り固まった各部位の筋肉を大きく緩める形で深呼吸。

 風の流れる音を出さないよう、口は大きく開いて。

 臭いを垂れ流さないよう、蔦で作った袋の中に、ゆるゆると吐き流す。


 警戒しろ。ここは未知の真っ只中だ。

 一瞬の隙で死に至る。隙を作らなくても、理不尽に死ねる。


 そう、集中のレベルを維持している最中に。


 目隠しの向こうから、黄色い眼球がこちらを覗いていた。

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