1-1.どうせ生きて死ぬだけの命だろう?
灰色だ。
人は燃えると灰になる。
白でも黒でもない色に。
そこから白と黒とを取り出して、僕と私と私達は、色にする。
今日は誰を燃やそうか。
何色がよく採れるだろう?
世界を彩るためならば、たとえその身燃え尽きようとも構わない。
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ケース1:気にいらないから負けたくない、戦闘少年Aの場合
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世界だけがある。
そんな印象だった。
「な──……」
赤茶けた大地。遮る物のない視界。空。
俺はそこにいた。
俺はここにいた。
「ん、じゃ、ここはァ!?」
キレる。
言葉が切れる。俺も、切れていた。
なんじゃここは。
『ようこそ世界へ、歓迎するよ』
反響の掛かった声が、反響の掛かりようがない場所で聞こえてくる。
キンキンとしたデジタルくささが鼻につく、女性型の合成音声だ。
わざとらしい。
微妙に音域を不自然な高低で揺らしていて、特定個人を感じさせてこない。
頭の中の声、って奴か。
『だったらどうだって言うんだ、お偉いさんよ』
『おっと直接通話を使いこなすね、それも高度にニュアンスを込めてくると来た!』
怒り、苛立ちを、声色を出す時以上に色濃く乗せたら反応が良い。
口調の軽さから読み取れる称賛と侮り、それよりも諦めが遥かに大きく、関心の無さが更に大きい。
適当に選ばれた、ってところか……。
落胆と同時に自然体を取る。
両腕をだらりと下げ、全身で脱力。重力に抗うための、最低限の体幹の筋肉を意識しつつも、全関節は強張りを抜いて。
警戒しながらに、警戒を解いた。
『すごいね』
今度は単純な称賛。裏表がない。
『何がだ』
反駁しながら、気づく。
俺は何故この構えを取った?
赤茶けた大地。遮る物のない視界。空。
世界だけがある。
同じだ。俺もまた、俺だけがある。
脂質の薄い筋肉質。五体満足、髪は立つほどに短い。
裸足で立って、裸で立って。
俺しかない。
見渡す限り、俺しかない。
『……記憶をどうにかしやがったな?!』
『ご明察。使わせてもらいました』
頭は冷静に、だが込める感情は強く。
少しでも相手を揺さぶれれば御の字だ。だが期待はしちゃいない。
人様の頭の中身をどうこうしようって倫理観の輩が、怒鳴られて動揺する程度のメンタルの持ち主であるはずがない。
怒りを装った自分自身の思考に引きずられないよう、次からは無駄な試みはするまいと反省しつつ、気づきの内容を整理する。
気づいた内容も、ついでにその理由も明白だった。
行き当たらなかったのだ。
見渡す限り、今の俺しかない。
過去がない。
それで何故他人との会話が成り立つのか、行動を選べるのか、俺にも不思議でならないが、そういうものなのだろう。
何も出来ない廃人を量産して投げ出す意味は、何をするにつけても薄そうだからな。
『ガイダンス。先に行こう』
その声と同時に、緩く、チリリとうなじに寒気が走る。
声に冷たい殺気が混じっていたからでも、非人間的な響きをそこに見出したからでもなく。
微細な空気の揺れ、意識して拾えないほど小さな音、匂い、そういった無意識下の情報を、意識化した結果だ。
咄嗟に取った自然体が、そのためのトリガーを引くルーティンを形作っていたらしい。
遮蔽物はない。だから身を隠せない。長距離を走ろうにも、素足で小石小枝の転がる荒野を踏破は出来ない。
手が反射的に空を撫で、言葉が口を走り、思考は空間を叩いた。
「ウィンドウオープン!」
『あー、そういうの、うち、やってないんだよね』
試した全てが空振りする。
カウンターに頬杖でも突いていそうな、無責任な物言いの合いの手が気に障った。
人差し指と中指を鋭く揃え、毛髪の根付近を後頭部からなぞりあげる。
「グッ、ダメか……!」
『今のは能力の確認かい? すごいね、人の話を聞かないのもすごいけど、自分の髪を剃り落として靴か靴下を作ろうとしたのか。
いやいや流石だよ。何が、とは言わないけど、流石だ』
『俺の知らない俺の記憶でほざいてんじゃねえ!!』
肉眼でも地平線ににじみが見え始めた。木々のない岩地のくせに、湿度だけは一丁前にあるらしい。空気の透明度がそこまで高くない。
にじみは徐々に大きくなっている。
頭を巡らし、にじみとは正反対の方角を確かめた。
よし、ない。
にじみがない。
『御託は歩きながら聞かせてもらう』
『君、偉そうだよね、ほんと。頭を巡らすより前に、垂れて僕に助けを乞おうとか、思わないのかな』
『そうしない理由こそ、あんたが俺より良く知っているんだろうさ』
『はいはい、分かりましたよ』
踵を返すと、ペタペタと裸足で俺は歩き始めた。
低く、足底を滑らせるように地面にこすらせ、障害物がないのを肌で確かめながら、目視でも緩く視線の角度を下に落としてチェック。
今は早歩きしか出来ていないが、これで十分だろう。
歩く相対速度が間に合わなければ死ぬだけで。
踏み出す先をしくじったところで、死ぬだけだ。
数回分は書き溜めてあるので、その分だけは毎日更新いたします。