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恥じらいの人工授粉

 ◇


「というわけで、今日はみんなで『人工授粉』をします」

 稲穂先輩はリンゴの花を指差しました。

「人工……」

「じゅふん?」

 天気の良い放課後。フルーツ同好会でさっそく活動が始まりました。

 私と夏香ちゃんは新校舎と旧校舎に挟まれた中庭で、稲穂先輩といっしょにいます。


「雄しべと雌しべを、こんなふうに……ちゅっちゅさせるんです」

 二つの花を近づけて……。ちょんちょんと。まるでキスさせるように、こすりつけました。

 稲穂先輩がお手本を見せてくれましたが、ちょっと恥ずかしそう。


「なんか先輩、照れてません?」

「うふふ、そんなことないけどぉ……」

「人工受粉って単語がちょっと恥ずかしいのかも」

 真面目に考察する夏香ちゃん。さすがです。


「人工的な受精……」

「言い方ぁ!」

 きゃっ、と夏香ちゃんと手を取り合って喜びます。

 確かに人工授粉、なんだか恥ずかしくなる響き。

 お嬢様のように淑やかな稲穂先輩の笑みも破壊力抜群です。


「生命誕生の秘術と聞いてやってきました」


(あきら)さんいつからそこに!?」

 リンゴの木の陰から現れたのは隣のクラスの(アキラ)さんです。

 色白で全体的にこじんまりとして小動物感が可愛い。

 短く結った後ろ髪は、きょうも小鳥の尻尾(バードティル)です。


「フルーツ同好会で光属性を充填しにきました……」

「オカルト研究会、ときどき暗幕で部屋を暗くてるものね」

「雰囲気、大事ですから……」

「演出なんだ?」

 彼女はフルーツ同好会とオカルト研究会との掛け持ちです。

 でもお日様が恋しいなら、闇属性ではありませんね。


「みんな揃ったわね。じゃぁ始めましょうか、もういちど、見本を見せますね」

「「「はい」」」


 今日は皆でリンゴの花の「人工授粉」をします。

 稲穂先輩が長い黒髪をきゅっときつく結い、制服のブラウスを腕をまくりました。

 今日は少し汗ばむくらいの陽気です。冬服を着たままでは暑いくらい。

 5月も半ばで若葉も眩しいこの既設。ここ東北地方ではではようやく春も盛り。

 桜が散り、代わりにリンゴの花が満開です。中庭のミニ果樹園はほのかに甘い香りが漂っています。


「ミツバチがいたらいいのだけど、こうして人工授粉をすることで実付きがよくなります」

 木の枝からリンゴの花を一輪、摘み取ります。そして先輩は小さく突き出た雄しべを指さしました。

「授粉はね、この()しべの花粉を、()しべにつけることで成立します」


「先輩、一つの花の中に両方あるのに、どうして人工受粉が必要なのですか?」


(あきら)さん。兄妹はね、結婚できないの」

 一年生三人組はちょっと赤面してしまいました。先輩のたとえ話は大人です。


「果樹の花を擬人化したら恥ずかしさ倍増じゃん!?」


 稲穂先輩は人工授粉が必要な理由を教えてくれました。

 果実を実らせるには受粉が必要です。けれど同じ木に咲いた花同士では受粉して実をつけにくい性質がある。

 それが「自家不和合性」という結実しにくい仕組み。

 難しいお話ですが、そこで種類が違う他のリンゴの木から受粉用の花粉をもらいうけることで、実付きが良くなるのだとか。

 なるほど。

 見るとミニ果樹園にはリンゴの木が全部で3本植えてありました。


「隣の木、よく見ると花の色が違うね」

「おそらくこっちが『富士(ふじ)』と『津軽(つがる)』かなぁ?」

 受粉をさせるため、わざと違う種類を植えているようです。


「知っているのね夏香さん、今年の一年は侮れないわ」

「うち、農家なので。庭にちょっとだけリンゴを植えているんです」

 夏香ちゃんの言うとおりですが、実は私の家にも果樹が何本かあるのです。一緒に暮らしている雪姉ぇも、果樹に手間をかけた記憶はありません。

 だから家ではあんまり実が成らなかったのですね。


「じゃ、みんなで作業しましょう。隣のお花を頂いて、ちょんちょんっと隣の木のお花に。こ……こんなふうにこすりつけて」

 稲穂先輩が見本を見せてくれました。恥じらうように作業する様子が、なんというかとても乙女です。

 私たち三人も見習って、作業をはじめました。


「ちょん、と」

「おしべとめしべを、すりすりと」

「神秘、生命の儀式……」

 花の数が多いので大変ですが、やりはじめると楽しいです。手間を掛けたぶんだけ良い実が成るのだから手は抜けません。

 天気もよくて空は青いし。外で体を動かすのは気持ちいいです。


「……肩が疲れてきた」

 でも、さっそく音を上げる私。

「う、腕が上がらなくなってきたわ」

「疲労、生命力が枯渇……」


「休み休みやってね、無理しないで」

「はーい」

 楽しかったのは最初だけ、だんだん疲れてきました。体力の無さを実感しますが、果樹農家の大変さが身にしみます。


「ほんとうは風や虫が花粉を運んで、授粉させてくれるんだけど……安定しないからね。人の手でするほうがいいの」


 稲穂先輩はそう言いますが、果樹園にはリンゴの他に、サクランボ、モモ、柿があるようです。

「これを全部、やり終えるころには私たち」

「肩の筋肉がモリモリに……」

「筋骨隆々、文化部なのに」


「そんなのいやぁああ!?」

「なら、踏み台使う?」

 すると稲穂先輩が脚立のような踏み台を持ってきてくれました。

「あっ……使います」

「すごく楽です」

 結局、4人がかりで3本の木を受粉するのにどれぐらいかかるのでしょうか?

 他の果樹も同じような作業をするのかと思うと気が遠くなりますが、どうやら花が咲く時期が違うようです。


 一匹のミツバチが花と花の間を飛びまわっていました。本当はハチさんが沢山いてくれたらこんな苦労しなくてもいいのに。


「ハチもいるから気をつけてね。それと……」


 稲穂先輩が手を止めました。

 同時に何かの気配を察したかのように、振り返ります。


 やがて、足音が近づいてきました。

 渡り廊下の方から、あるいは旧校舎の出入り口から、または中庭の方から何人もの生徒たちが一斉に姿を見せて中庭の中央の果樹園へ近づいてきました。


「「「「「おじゃましまーす!」」」」」


「えっ!?」

「何っ……?」

 男子生徒と女子生徒、ざっと見て十数人ぐらいはいるでしょうか。気がつくと私たちは、突如として出現した生徒たちに囲まれていました。


「ななな、何なんですかー!?」

「これ何、えぇ!?」

「驚愕、フラッシュモブ?」

 私も夏香ちゃんも晶さんも、唖然として作業の手を止めます。


「見よ! この桃源郷のような素晴らしい光景を!」

「こんな()える光景が校舎裏にあろうとは!」

「素晴らしい構図!」

「実に絵になるわ!」

「咲き誇る花木と可憐なる少女たち!」

「美しい、ここは天国か!?」

 口々につぶやく生徒たち。

 手にスケッチブックとペンを持っている人たちと、カメラを抱えた人たちに別れています。

 スケッチブック派は一斉にスケッチを始めています。ものすごい勢いでペンを紙面に走らせて、真剣な様子で何かを描いています。

 カシャァ、カシャシャ! とシャッターを切る音も聞こえます。

 地面に真横に寝そべって、ローアングルで撮影している女子生徒もいます。

「さ、撮影!?」

「何で撮ってるんですか!?」


「今年も来たわね、『美術部』が。それに『イラスト同好会』と『カメラ同好会』の連中まで……」

 稲穂先輩が呆れたようにつぶやきました。

「イラスト同好会に、カメラ同好会?」

「ど、どーゆうことです?」

「私たちなんかめっちゃモデルみたいになってない?」


 するとカメラを抱えた女子生徒が近づいてきました。

 メガネをかけたお下げ髪の先輩でした。手作りの腕章に『部長』と書いてあります。


「いやぁ! 稲穂っち、よろしくね! ここは実に見事な被写体の宝庫。春の花と女の子! というわけで、皆で押しかけてきちゃって悪いね。弱小部活同士相互扶助、ウィンウィンの関係でよろしくっ!」

 すちゃっ! と手を上げるメガネの先輩は元気です。でも稲穂先輩も負けていません。


「私たちには何のメリットも無いんですが」

「あるわよー!? 果樹と乙女というアート作品のモデルとして全国デビューしちゃうかもしれないし。あっちの絵師のみなさんだって、いいイラストが描けて、ラノベの表紙を飾るかもしれないでしょ」


「ラノベの表紙にされちゃうんですか!?」

「嬉しいような嬉しくないような」


「うち、真面目に部活中なのよ」

 稲穂先輩はすこしムッとしています。


「咲き誇る花、春の庭園、そして蝶のように可憐な乙女たち……! 麗しき妖精の園の光景を是非カメラに収めさせてよ!」


「まぁいいわ……。ネットに流したら訴えますからね」

 稲穂先輩は腰に手を当てて睨みつけます。


「それは大丈夫! 個人情報は保護するから! あくまでも展覧会と文化祭向け限定!」


「あ、我々も同じく良い構図、頂いてまーす!」

「二次元イラストの素材にさせてください。可愛く描きますからおねがします」


 と、スケッチブック組がペコリと頭をさげました。


「夏香ちゃん、私達、凄い見られてる……」

「うーん、こんなはずじゃ」

「視線。怖い」


「あっ、気にせずそのまま作業を続けてくださーい!」

 スケッチブック組は親指を立てて、笑顔を向けてきます。


 私と夏香ちゃんは手にリンゴの花弁を持って、作業を続けることにしました。

 晶さんはも諦めて、作業に集中することにしたみたいです。


「……ふんっ!」

「晶さん、なんか動きが大げさに」

「カメラを意識してる?」


「あー、すみません。カメラ意識しないで。なるべく自然におねがいしゃーす」

 カメラを抱えた部員さんからダメ出しがでました。


「うぅ折角、かっこいい受粉のポーズを考えたのに」

「あはは……」


 こうして。

 フルーツ同好会のはじめての作業は、思わぬ衆人監視の中で行われたのでした。


<つづく>


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