濃いよ、サブ部活!?
満開のリンゴの木に囲まれて歓迎の宴が始まりました。白い花から桜とはちょっと違う甘い香りが漂ってきます。
目の前のグラスに注がれたジュースはメロンソーダ色。泡がぷくぷく浮かんでいます。
「キウイのシロップつけのエキスをね、炭酸水で割ったキウイジュースよ」
稲穂先輩が教えてくれたとおり、爽やかな酸味とキウイっぽさを感じる炭酸ジュースでした。
「わぁ……!」
「爽やかな味だね」
「美味、です」
私と夏香ちゃんは、同じく一年生の晶さんと顔を見合わせます。
「フルーツ同好会は、収穫のときがいちばん嬉しいです。でも、暑い日の手入れはちょっと大変かな。日焼けには注意です」
部長の麗さんが挨拶のあと、簡単に活動を説明をしてくれることになりました。
「あたしは平気。もともと色黒いしー」
あけっらかんという夏香ちゃん。
「いやいや!? ダメだよ日焼けは……ちゃんとUVカットの塗らなきゃ。あ、晶さんは?」
「日光、天敵です」
「私も日焼けすると赤くなるから苦手だよ」
「属性、闇なので」
バードテールの女の子は瞳を片方隠して言いました。なるほどそういう属性ですね!?
「闇属性ね、オーケー! わかった」
晶さんとの共通点は色白ということ。でも闇の住人みたいです。
ちょっとおもしろい子、仲良くなりたいなぁ。
「花を楽しんだあとは青い果実が日々成長します。やがて夏を過ぎて色づくと、いよいよ収穫です。収穫すると嬉しいし、食べたら美味しいし……。私は夏までで終わりですけど、それまでは一緒に活動を楽しめたらいいなって思います」
三年生の麗さんの口調は穏やで、頼りがいのある感じ。まるで先生みたいな貫禄があります。
「果樹は花の咲く季節も違うし、成長の度合いも違うの。手入れは手間がかかるし大変なときもあるかも……。でも、作業の日は事前にお知らせしますから、手伝ってもらえたら嬉しいな。天気が悪い日はお茶会みたいな活動になっちゃいますけど」
その後、稲穂先輩がプリントを配って、簡単に一年間の活動内容を説明してくれました。
果樹の手入れに関しては完全に初めて……というわけではありません。今暮らしている雪姉ぇ家には色々な果樹があるのです。夏香ちゃんもお家が農家なので庭が広くて、柿の木やリンゴの木があるのです。
「雨の日はお茶会かぁ……」
「それもいいよね、毎日でもいいくらい」
「ってそれじゃ何の部活かわかんないよっ」
すると、二年生の麦先輩がしゅごごーとジュースを飲み干して、
「あっ! あのね、けっこう同好会の掛け持ちをしている子も多いんだよ? 遥さんも夏香さんも、晶さんも入部してもかまわないよ。もちろん、フルーツ部を優先してくれたら嬉しいけどさ……」
「あ、そっか」
「かけもちかー」
そうでした。正式な部活と違って「同好会」は掛け持ちが許されています。
人数確保の他に、いろいろなチャレンジをしてみよう、という意味があるようです。
「じゃぁ後で見学してこよっか?」
「雨の日用に……。出来る部活」
私と夏香ちゃんが考え込んでいると、稲穂先輩がその話を聞いてほくそ笑みました。
「……あ、稲穂せんぱいは、何か掛け持ちしているんですか?」
稲穂先輩はまってました、とばかりに目を輝かせました。
「フフフ? 興味ある? あるわよね?」
「は、はい」
「なんて部活ですか?」
フルーツ同好会に誘ったときとは別の目の色をしています。食いつきが違います。
「ヒント、果樹に関係があります」
急にクイズ形式になりました。
「わかった『料理研究会』!」
「残念、ちがいます」
夏香ちゃんが答えましたが、ハズレのようです。うーん? なんだろう。
「ヒントくださいっ!」
「私がフルーツ同好会に在籍しているのは、ある可愛い生き物に関係しています」
「可愛い生き物……? 果樹と関係のある……?」
うーん。なんだろ。
サルとかイノシシとかの害獣……? このあたりは田舎なので畑を荒らしにイノシシが来たりします。でも可愛くはないよね。
「可愛い生き物……小鳥? あ……焼き鳥?」
「な、夏香ちゃん、小鳥でいいよ! 焼き鳥って何!? 食べちゃだめだよっ!?」
「あっごめんつい」
さすがにツッこみました。さすがボケの夏香ちゃんです。
「難しいですよ先輩ー」
「もう、しょうがないわねぇ……答えは」
先輩はごそごととテーブルの下にあったカバンを引っ張り出すと、紙を取り出しました。壁に貼っていた勧誘のポスターです。
「はい! 正解は『甲虫同好会』でーす」
稲穂先輩がキラキラとした瞳でポスターを広げました。
「え!?」
「甲虫……同好会って?」
「カブトムシやクワガタを育てる部活です! みんな、カブトムシやクワガタ、大好きだよね?」
みんな大好きかはわかりませんが、小学生のころ男子が捕まえて学校に持ってきて自慢していた、あの黒い虫ですよね……?
「好きかどうかで言えば……その、どちらでもないというか」
「それに夏限定では……?」
「そうだよね?」
カブトムシやクワガタといえば夏、ですよね。
すると稲穂先輩が黒髪を耳にかきあげて、テーブルの向こうからずいっ……と身を乗り出して迫ってきます。
「あのね、菌糸ビンで育てるのよ、幼虫から。それがものすごく可愛いの! あ、菌糸ビンっていうのはね、幼虫を育てるために使うキノコの苗床のことよ。しかも『菌類研究会』にいる粘菌やキノコに詳しい博士みたいな人との共同研究、特別に調合した苗床でね。それを使うと幼虫の育ちが違うのよ! コロコロ丸く太って可愛くて……。いちど見に来ない? 今なら大きな幼虫が見れるのよ、蛹になる直前の、ねぇ?」
「うっえぇ……!?」
「幼虫って、あの白い……」
「芋虫、苦手です……」
私たち一年生三人組は、稲穂先輩の豹変ぶりに目を白黒させるばかり。いくらなんでもマニアックすぎますよ。
「……他部への勧誘はそこまでにしましょうか」
朗らかな、それでいて凄みのある声が響きました。稲穂先輩がギョッとして振り返ります。
部長の麗さんでした。
「あっ……私ったら」
「いいのよ、でもいまここはフルーツ同好会だから」
「すみませんでした
元の稲穂先輩の顔に戻ります。
助かりました。
しかしマニアックな同好会もあるんですね。『甲虫同好会』は『菌類研究会』とコラボしているとか言っていましたし、高校部活の暗部というか最深部の闇を覗いた気分です。
「フルーツ同好会は果樹に甲虫が集まるし、朽木は幼虫のいい餌になるから……」
元の清楚なお嬢様の顔に戻り、甲虫同好会の勧誘ポスターをくるくる丸めてカバンに仕舞います。先輩の意外な一面を見てしまいました。
「そ、そうなんですか……」
「甲虫、従兄弟が大好きですけど」
すると隣で晶さんが、一枚の紙を広げ始めました。何かの同好会の勧誘ポスターのようです。
「晶、さん……?」
「告白、実は私……もうひとつ入ってます」
「えっ? そうなの?」
「サブの同好会に?」
こくりとうなずく晶さん。
「何に入っているの?」
「……『オカルト研究会』です」
「オカ研!?」
「まじか」
ポスターを広げて見せてくれました。そこには『UFOの観察会、魔術の探求、村のUMAツチノコを探そう!』と書かれていました。
「おおぅ!?」
こっちにもマニアックで濃い人がいましたぁ……!
「な、何故にフルーツ同好会に?」
「材料、フルーツ部は魔法の材料が集まりそうだし、ツチノコを見つけられるとか」
「え!? ツチノコ!?」
「魔法の材料って……」
晶さんも稲穂先輩と似たような理由なのね。
サブの同好会、おもいっきり弾けても良い気がしてきました。
こうして――。
翌日からフルーツ同好会の活動が始まりました。
◇
<つづく>