入ります! 『フルーツ同好会』
◇
「ここが、私たちの部室になっているんだよ」
長谷川稲穂先輩の綺麗な黒髪を眺めながら後ろをついて行くと、中庭の隅に立っていたプレハブ小屋に案内されました。
「も、物置小屋……?」
くすんだベージュの金属製の壁に平たい屋根。それは工事現場に仮置される小さな五メートル四方ほどの小さなプレハブ小屋でした。
新校舎と旧校舎に挟まれた中庭の隅に小屋、いえ部室はありました。
「離れみたいで良いところさ。昔は園芸部が使っていたんだけどね……」
中庭を見回すと、渡り廊下でつながった二つの校舎に挟まれています。けれど四角い箱庭のような空間というわけではなく、幅三十メートルほど、東西に開けた細長い空間です。
西側は裏山へ通じているようで、東側は校庭へと通じています。園芸部の温室の反対側に小屋はありました。
「ハルちゃん、入り口に看板があるよ」
「あ、ほんとだ」
入り口にはカフェの前に置かれているような「イーゼル風」看板が置いてありました。
木の小枝を組み合わせて作った三脚型の看板は、手作りで可愛いです。イーゼルにはコルクボードが立てかけられていて、こう書かれていました。
『果樹育成同好会』
「『果樹育成』と書いて『フルーツ』と読む……」
「そういえば『天文宇宙同好会』も宇宙に『そら』ってルビふってたね」
「『強敵』と書いて『とも』と読む、みたいな感じかな?」
夏香ちゃんの言うとおり、中二病的な感じがちょっとします。
「あっ……! あの、そういうわけじゃなくて、ほら! 可愛いし美味しそうじゃない? フルーツ同好会のほうが」
稲穂先輩は顔をちょっと赤くして、あたふたしています。背が高くて頼りになる感じの先輩に見えますが、お茶目なところもあるようです。
「可愛いと思います」
「先輩が」
思わず同意する私たち。
「あの、中を見てもいいですか?」
「いいよ、さぁ入って入って!」
先輩と中に入ると、外見の印象とはまるで違っていました。
「わ、かわいいお部屋になってる……!」
「なんだか喫茶店みたいな感じですね!」
「うん、見てのとおり物置小屋なんだけど、代々内装に手を入れて、改装して使っているんだ。結構これを気に入ってくれる子も多いんだよ」
先輩はすこし照れくさそうに、でも誇らしげに中を案内してくれました。
「机がアンティークでかわいい!」
「放課後はここでお茶をのんで過ごしたい……!」
夏香ちゃんと一緒に歓声をあげました。
「大歓迎だよいつでも。私もここで宿題をしたりするし」
「へぇ……! 隠れ家みたいですね」
「まぁ秘密基地的な感じかな」
室内の中央に木製の長テーブルがひとつ。白いテーブルクロスが掛けてあり、一輪挿しの花瓶も置いてあります。
その周りには木製の椅子が6つ並んでいます。どちらも古い家具のようなしっとりとした光沢があります。
先輩が言うには旧校舎にあったものだとか。昭和レトロなアンティーク調です。
内装は外見からは想像できないほど違っていました。壁には薄い杉の板が貼り付けてあって、ログハウスの中にいるみたいな雰囲気です。
窓は二つ。午後の日差しがやわらかく室内を照らし、薄いカーテンが風に揺れています。
大きな古い冷蔵庫も備え付けてあります。
「冷蔵庫もあるんですね」
「これは果実の保存用なんだ。ほら、さっき料理研究会で提供していたアップルパイ用のリンゴ。あれもここで保存していたんだ」
「なるほどー」
「それとね、先生方は目をつぶってくれているんだけど……。夏には冷たい飲み物なんかも、飲めちゃうわけだ」
稲穂先輩は小声でそう言いながら片目でウィンクして、冷蔵庫を開けて見せてくれました。
冷蔵庫の中には色鮮やかな瓶詰めのジャムや、果物のシロップ漬けなどでしょうか。ガラス製の瓶が、所狭しと入っていました。
「わぁ……!?」
「これは宝箱か……!」
夏花ちゃんが瞳を輝かせます。
赤や黄色にオレンジ色。色とりどりのジャムのほか、果実が砂糖に漬けてありシロップの色も鮮やかです。
これをジュースにしたら美味しそうだなぁ、ソーダ割りもいいよね。なんて、勝手に夢が広がります。
「こっちは常温保存用の棚だよ。去年収穫した果物の酢漬け、梅干しなんかもあるんだ」
部室の北側には作り付けの棚があって、カーテンで遮光されています。棚にも瓶がたくさん並んでいました。
「すごい、いっぱいありますね」
「ジャムはここでお茶会を開くときのお菓子やパンにしたり。料理研究会に提供したりもするよ。できたお菓子を分けてもらったりね」
「依存関係ですね!」
「夏ちゃん、それを言うなら共存関係だよっ!?」
「あ、そか。ウィンなんとか関係?」
「なんか近いけど、そんな感じ」
たしかウィンウィンの関係っていうんだと思います。
「あはは、まさにそのとおり。弱小な同好会同士、お互いに協力関係にあるからね。あと果実のシロップ漬けは、夏にはジュースにしたりかき氷にかけたり。いろいろ楽しめるよ」
稲穂先輩はにっこりと微笑んで瓶を持ち上げて見せてくれました。中身は「赤スグリ」でしょうか、赤くて小さな果実がキラキラと輝いています。
もう心は決まりました。夏香ちゃんもわたしも、同時に手をあげます。
「入部します!」
「わたしも!」
フルーツ同好会、入ります!
「ありがとう二人共! あとで他の部員も紹介するからね」
「はいっ」
「部員は何人ぐらいいるんですか?」
「部員は君たちを入れて六人になるかな。三年生が一人で彼女が部長。二年生は私ともう一人いるよ。ちなみに私が副部長なんだ」
「副部長さんでしたか!?」
「こ、これは失礼を」
「いや何も失礼とか無いから!? 気楽にね。あ、あとは1年生がさっき、一人入部希望してくれたよ」
「1年生は私たちと合わせて3人なんだね」
「誰かな?」
「たしか音無さん、だったかな。1年B組だったはずよ」
知らない子でした。でも友だちになれるといいな。
「フルーツ同好会の部室は可愛いし、美味しそうだし。もっと入ってくれるかもね」
「クラスのみんなにも自慢できちゃうね」
「そう言ってもらえると嬉しいな。そういえば二人の名前、聞いてなかったね」
「あっ……!」
「ごめんなさい先輩」
自己紹介がまだでした。私と夏香ちゃん名乗りました。
「遥さんに、夏香さんね。これからよろしくね」
「はい!」
「よろしくお願いします」
窓から見える中庭にあるリンゴの木。その蕾が今にもほころびそうに膨らんでいます。
「で、活動は何からするんですか?」
「あのリンゴの木に咲く花も綺麗だから、まずはお花見かな」
「わぁ、いいですね!」
「親睦会ってことね」
「そう。花のあとはいよいよ果樹の世話ね。ちょっと大変なときもあるかもしれないけど、苦労した分結果になるわ。秋にちゃんと果実が実れば、収穫の喜びを味わえる。さらに美味しく食べちゃおう……! これが部の活動方針、かな」
稲穂先輩は、活動の様子を撮したスマートフォンの画像を見せてくれました。体操着姿で枝を切っていたり、草取りをしていたり収穫していたり。色々な様子が映っていますが、みんな楽しそうです。
「苦労した分が結果に……か。意外と運動部的な?」
「まるでスポーツ果実だね。スポーツフルーツ同好会」
「ハルちゃんの謎ワードが出た」
「もうっ」
笑い声が部室に響きました。
窓から見える景色、遅い北国の春は今が盛り。
光溢れる中庭には、水仙などの球根植物のほか、木蓮などの花木も花をつけています。
まさに色彩の宝庫です。
その中央にあるのがリンゴの木。花の蕾は濃いめのピンク。やがて花開けば、真っ白な花弁からいい香りが漂い始めるでしょう。
中庭にはリンゴの木が数本、他にも何かの果樹らしき木が見えます。棚もあって蔓が伸びているので、ブドウかキウイかもしれません。
フルーツ同好会で果樹を育てて、果実はジュースやアップルパイに。そしてお茶会やお菓子作りで味わう。
なんて壮大で素敵なんでしょう。まさに希望に胸踊る春。とってもわくわくしてきました。
<つづく>