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はるか、フルーツ知識チート?


 放課後の校舎内は、文化部を見学する生徒たちで賑わっていました。

 制服は真新しくて、みんな私と同じ1年生の生徒です。


「生徒の半分ぐらいは文化部に入るのかなぁ?」

「そりゃ人類全員が運動好きだとは限らないもの」

 とか言いながら、ボールをピッチングする真似をする夏香ちゃん。エア投球の見事なフォームが周囲の注目を浴びています。このままソフトボール部で通用しそう。


「でも、文化部にもハードルはあると思うの」

「ハルちゃん、今すっごく上手い事いった気がするよ!?」

「そ、そうかな?」

 夏香ちゃんが目を輝かせる。

 文化部なのにハードル。あ、そうかも?

 だって絵や音楽は、やる気だけじゃなくて才能も必要なわけで。


 音楽室からはオーボエやアルトサックス(?)らしき管楽器の音が響いています。吹奏楽部は見学の生徒が特に多いみたいです。

 残念ながら私には、音楽も絵も才能は無いと思います。真剣にやってみたら覚醒する可能性が……無いかな、やっぱり。


「ハルちゃんにピッタリの部活がこの先にあるはずよ! スイーツ部だかフルーツ部だか、そんなのが」

 ツインテールをひるがえして私の腕を引っ張ってあるき続ける夏花ちゃん。

「料理スキルとか必要そうだよねぇ」

「何でも食べて消化して、それでも太らない体質でレギュラーを目指すのよ」

「そんなレギュラーは嫌ァ!?」

 そう。

 私たちが目指しているのは『フルーツ同好会』という謎の同好会。


 季節のフルーツが食べ放題! なんて。そんなうまい話があるわけないじゃんと、夏香ちゃんもわかっていながらも、つい足が向いてしまいました。


 文化部の目抜き通り(メインストリート)を抜けて、三階の渡り廊下へ向かう脇道へ。

 この先は旧校舎で、調理実習室や技術作業室など、特殊教室になっている。あとは使われなくなった古い教室が、文化部の活動の場として割り当てられているみたい。


 手元のパンフレットに描かれた地図によれば、旧校舎は文化系、しかも「同好会」の集まる聖地なのだとか。

 確かに何処か薄暗くて、いかにもサブカルチャーな気配がします。


 紹介パンフを片手に歩いている生徒とすれ違うけれど、人数はそんなに多くありません。


 なるほど、ここまで来ると途端に校舎は静かです。声楽部のコーラスも、吹奏楽部のちぐはぐな音の洪水からもかなり離れた感じです。


 早速、三階の廊下に『写真同好会』『文学文芸研究会』『新聞部』の看板が見えました。


「このあたりは老舗の文化部なんだって」

「文化の担い手を自称する感じで、敷居が高そうな……」


 夏香ちゃんの耳打ちによれば、昔は人気があったのに人が減って同好会に格下げになったのだとか。プライドがあってあまり表立って勧誘もしていないみたい。


 と、ふわりと甘い香りが漂ってきた。


「わ、美味しそうな匂い!」

「うっ……! 罠だとわかっていても足が勝手に」

「お腹空いているし」

「これはたまらん」

 私と夏香ちゃんは、フラフラと匂いに誘われて三階の廊下を直角に曲がり、旧校舎の階段を降りはじめました。

 三階の教室から、先輩たちが口惜しそうな顔でこっちを見ています。


 ごめんなさい、甘い香りには勝てないの。


 二階に降りると、匂いの発生源は「一階」だとすぐにわかりました。


『ハンドメイド同好会』

『菌類研究同好会』

『甲虫同好会』

『オカルト研究会』

『通信ソフトウェア・Eスポーツ研究会』

 などなど。それなりに生徒たちは出入りしていますが、甘い香りを発する部活は無さそうです。

 

 いよいよ一階まで降りてくると、甘い香りの発生源を見つけました。

「ここが『料理研究会』ね!」

「いい香り、アップルパイだね!」


 すでに結構な人数の生徒たちが集まっています。

 多くは女子生徒ですが、何人かの男子生徒たちも交じっています。単に腹ペコなのか、試食に群がっています。

 みんな美味しそうな匂いに誘われてやってきたのでしょう。


 オーブンで焼いた香ばしい生地の香り。それに甘い果物の匂いと、ほのかなシナモンが混じっています。

 『料理研究会』の教室の中を覗くと、他の料理の試食会が開かれていました。テーブルには色とりどりの花が飾られて、提供『園芸研究会』とあります。

 ピンクや赤のガーベラが可愛いです。


「お花は『園芸研究会』の協賛なんだねぇ。なるほど、温室で育てたお花?」

「そういえば中庭に小さい温室もあったものね」


 隣の教室は『被服部』になっています。料理研究会の先輩たちが身につけている可愛いエプロンと同じものや、様々な服が飾られています。


「あ、なるほどー。お互いにコラボすることで相乗効果を狙っているのね」

「確かに美味しい匂いで誘って、エプロン可愛い! ってなる子もいるよね絶対」


 可愛いエプロン姿の先輩たちが、入り口で試食用のアップルパイを配っていました。


「ご試食どうぞー!」

「焼き立てのアップルパイでーす」


「食べたい!」

「そのために来たし!」

 私たちもバーゲン会場のような賑わいをかき分けて、一切れもらって食べてみます。


「んっ……! 美味しい!」

「酸味と甘さが絶妙だね、リンゴが美味しい!」


 いいね『料理研究会』って。入ろうかしら。


「君たち、こっちも食べてみないか?」


 と、別の先輩が近づいてきて、試食用のアップルパイを差し出しました。


 背の高い先輩です。鼻筋の通った美人さんで、長い髪もとても綺麗。エプロンに三角巾姿は他の先輩と同じですが、頼れるお姉さん風です。


「もちろんいただきます!」

「ハルちゃん、私も!」


 遠慮なく頂きます。

 最初に試食したのと何が違うのかな?

 もぐもぐ。


 ――んっ?


 私と夏香ちゃんは、顔を見合わせました。


「……これ」

「りんごが違うね?」


 さっきのリンゴより歯ごたえがあります。シャキッとして爽やかな食感。同じくリンゴを煮詰めたものですが型崩れしていません。


「気づいたかしら? そのリンゴは……」


「『紅玉(こうぎょく)』ですね」

 私は思わず品種名を口にしてしまいました。


「うん、私もそう思う。さっき試食したのは『ふじ』じゃない?」

 夏香ちゃんも、言い当てます。

 さすがは農家の子。いろいろ近所からもらって食べているだけはあります。


「食感と酸味と甘味のバランスがいいよね」

「うん!」

 覚えのある味わいです。酸味が程よくて、果肉がシャキッとしていて。生で食べると酸っぱくて固いりんご。

 アメリカが原産地の古い品種で、最近では国内であまり栽培されていないのだとか。でも、アップルパイにするととても美味しいのです。


 叔母の「雪姉ぇ」が作ってくれた事があるので、味を覚えていました。

 庭にも一本だけリンゴの木があり、それが『紅玉』でした。

 ちなみに私は中国にいる両親と離れて、叔母の雪姉ぇさんと一緒に暮らしています。自然が豊かなこの里に、私は中学の頃から住んでいます。


「えっ……あなたたち?」

 先輩はすこし驚いたように私たちの顔を交互に見て、目を瞬かせました。


「あっ、すみません。とっても美味しかったです!」

「う、うん美味しいです。どっちも」


「見つけた……! 君たちは逸材(・・)だ!」

 髪の長い先輩が興奮した様子で、試食のアップルパイをお皿ごと全部私に預けました。


「え、えっ!?」

「な、何なに!?」

 先輩は私と夏香ちゃんの腕に、自分の長い腕を絡ませました。


「行こう! ちょっと見せたいものがある!」


「どどど、どこへですかー!?」

「なんで連れていかれるんですか!?」


「大丈夫! 怪しくないよ!? 何もしないから、ね!?」

「じゅうぶん怪しいですよぅ」

「先輩、料理研究部じゃないんですか?」


「ふふ! 私の正体は……『フルーツ同好会』からの派遣部員なんだ。今からちょっと行ってみないか? きっと気に入ると思うから」


「えっ、『フルーツ同好会』?」

「私たち、ちょうど行こうと思ってたんですけど」


「おぉ、それならば話が早い! これは天佑だ」

 背と体温が高い先輩に優しく手を握られたまま、廊下を進みます。そして調理実習室の外にある中庭へと出てきました。


 そこは旧校舎と新校舎のちょうど間にある空間でした。見上げると広い空が広がっています。

 校舎の西側には園芸部が使っているらしい古びた温室があります。

 中庭の中央には、まるで公園のように木々がたくさん植わっています。よく見ると、ピンクの蕾が膨らみ始めた木々が何本か見えました。


「ピンクの蕾が見える? あの木、何だかわかる?」


 田舎で暮らしている私、そして実家が農家の夏香ちゃんにはすぐにわかりました。

 桜の季節より少しだけ遅れて膨らむ、濃いめのピンクの蕾といえば……。


「リンゴの木ですね」

「ちょうど今から咲くんだよね」

 簡単な問題です。

 あまり知られていませんが、リンゴの木には桜よりも色が濃くて綺麗なピンクの蕾がつきます。そして花が開くと花弁は真っ白で、香りも爽やか。その芳香はリンゴを連想させるには十分です。


「おまけに知識チート(・・・・・)の持ち主ときたか!」

 先輩は両手の拳を「よっしゃぁ」と握りしめてガッツポーズ。こんなに喜ばれているのって、もしかして。

「あ、あのー」

「私たち、ちょっと見学に来ただけで……」


「いいとも! 『フルーツ同好会』へようこそ!」


「え、えぇ……?」

「そもそも何をする同好会なんですか?」


「『フルーツ同好会』はいろいろな果樹を育て、収穫の喜びを味わう素敵な同好会さ! 正式には果樹育成同好会。君たちがさっき食べたリンゴは、どちらも去年ここで収穫されたのを冷蔵保存しておいたものなんだ。料理研究会に提供し、美味しく食べてもらう……! 私たちの活動はそれでこそ喜ばれる」


「すごい、ここで採れたリンゴだったんですね」

「部活でリンゴを育てているなんて、珍しいね。農業高校みたい……」


「他にもいろいろな場所に『秘密の果樹』があってね。……あ、すまない。申し遅れたが私は同好会会長の、長谷川(はせがわ)稲穂(いなほ)


 稲穂先輩はマシンガンのように喋りながら、ぐいぐいと迫ってきます。

 クールなお嬢様風だと思っていたのに、なんだか印象が違います。


「ちなみに同好会は掛け持ちもオッケーだから、名前をちょこっ……と、書いてくれるだけもいいんだよ?」


 ていうか入部するの、既定路線なんですか?


<つづく>

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