夏はあけぼのスモモ味
夏の夜はなんだか賑やかです。
日が暮れるとまず、田圃でカエル達の宴が始まります。ゲッコゲコという大合唱。
パーンという音は、近所の打ち上げ花火。窓を開け放していると、網戸越しに隣近所の気配が伝わってきます。
煙と炭の香りに楽しそうな笑い声。きっとどこかの庭先でバーベキューでもしているのでしょう。
田んぼに隔てられ、隣家との距離はそれなりに離れているはずです。なのに意外と音が聞こえてくるものです。
夏の夜の音は、心が浮き立ちます。
部屋で宿題を片付けながら、これからの予定を考えます。
明日から夏休み。
高校一年生になってはじめての夏。あぁ、なんて素敵な響きなのでしょう。
できることなら毎日、充実した青春イベントがあればいいな……!
「……とはいうけどさ」
現実は漫画や青春小説みたいに甘くないです。彼氏もいないし、宿題が意外とどっさり出ました。
なので、夏休み初日の明日は、夏香ちゃんと一緒に町の図書館で宿題をやろうと思います。面倒ごとは先に片付けてしまいたいという思惑は一緒です。
その後、何か楽しい事があるかもしれないし。
噂では先日、同好会の会長同士で秘密の会合があり、「同好会であつまって合宿をやろう」という計画が持ち上がっているらしいのです。
計画は進行中で、数日中には全容が明らかになるとかなんとか……。
ちょっと楽しみです。
合宿ということは海にいくのかな? てことは、水着があったほうがいい? まぁ私の場合、中学のスクール水着が普通に使えるし、買わなくてもいいですけどね……。
夜はキャンプファイヤーのまわりで食べたり飲んだりズンドコ踊ったり……? 合宿ってあと何をするんでしたっけ。
なんて事をもやもやと考えながらスマホをいじっていたら眠くなりました。
明日はおもいっきり寝坊しよう。昼ちかくまで。
……おやすみなさい。
◇
夏の朝は騒がしい。
お日様が昇りはじめると、近所の村上さん家のニワトリが鳴きだします。ニワトリの生声なんて、ここに来るまでは聞いたことありませんでした。田舎にもほどがあります。
おまけに「コッケコーッ……コ?」と、なぜか疑問形。
「…………」
続いて容赦の無いセミたちの大合唱。ジージーだのジワージワーだの、全力で鳴いています。裏山どころか庭木で鳴いているヤツまでいる始末。
そして防災無線から変な音が鳴り響き、追い討ちをかけるように近くの公民館からラジオ体操の音が聞こえてきます。
「あぁ……もう!? うるさい……っ」
今日から夏休み。
昼まで寝坊するつもりだったのに、AM6:30起床。
計画は脆くも崩れ去りました。
おかげで目は覚めました。
二度寝をするにはすでに日差しが強くて暑いです。このあたりは真夏の夜でも熱帯夜知らず。クーラー無しで過ごせる北国の夏に感謝ですが、昼が暑いのは一緒です。
「おはようハル」
「おはよう、雪姉ぇ」
ふあぁ、とあくびをしながら。
「ずいぶん早いな、夏休みなんだろ? 寝てればいいのに」
雪姉ぇはタンクトップ一枚にショートパンツ。髪を適当なポニーテールに結ったラフな寝起き姿です。
「村上さん家のニワトリと、セミと防災無線とラジオ体操に起こされた……」
「地域全体で起こしにきてるもんな」
「ほんとだよ、寝る自由は無いんかいっ」
恨み節を吐きつつ鏡を見ます。相変わらず冴えない顔をしている私。
「あはは、わかるわかる」
雪姉ぇが歯磨きしながら笑っています。今日はこれから仕事でしょう。役場勤めなので夏休みも無し。大人って大変です。
ちなみに防災無線とは、災害があった場合に大音量で流す放送で、村の役場で流しています。設備点検もかねて朝6時と夕方6時に何かよく分からない曲の一部が流れます。
「朝ごはん私がつくるね」
「なら、ハルの得意な卵のあれつくってよ」
「いいよー、まかせて」
雪姉ぇのリクエストもあったことだし、今朝の一品は私がつくります。
顔を洗ってから、サンダルをつっかけて庭へ向かいます。
朝日で露は消え、湿った土と新鮮な空気の香りがします。
「あったあった」
目的のものはすぐに見つかりました。淡いグリーンのシダのような葉、軟らかくて繊細なイタリアンパセリです。
あちこちに同じ葉が生えているのは、元々家庭菜園で植えたものが、雑草化。勝手に増えているからです。茎は手で簡単に折れます。
台所で軽く水洗いをして、刻みます。
とたんに、新鮮で独特な香気が立ち上ります。目の覚めるようないい香りです。
そして卵を三つ。
殻が茶色くて小さい卵は、例の村上さんの家からもらったものです。庭先に産み落とされる有精卵で、温めればヒヨコになるのだとか。
でも朝ごはんのおかずにします。
「殻がかたい……っ」
がっ、がっとなかなか割れない硬さ。いったい何を食べればこんなに殻が固くなるのやら。
ミルクを少々、それに刻んだイタリアンパセリと一緒に混ぜ、バターを挽いたフライパンで火を通します。
「できたっ」
イタリアンパセリオムレツの完成です。
レモン色のふわふわした卵に、緑のハーブがアクセント。ケチャップをかけて、コショウを少々。美味しそうです。
「おぉ、うまそうだなー」
雪姉ぇが裏口から戻ってきました。
裏庭にいっていたようです。手に持ったザルの中には、赤く色づいた果実が入ってます。
「何してたの? あっ、それって」
「すもも。ってか、おしゃれに言えばプラム」
黄色い果皮に熟したところから赤く色づいています。つやつやしていて綺麗です。
「わぁ美味しそう! 庭にそんなのあったっけ?」
「職場で昨日もらったのを忘れてた。車に入れたままだった。収穫したばかりだってさ。いい具合に熟してるなこれは」
「わぁ……!」
顔を近づけるとほのかに甘い香りがします。
プラム独特の桃とも違う、熟した香り。
「食べていい?」
「もちろん」
洗ってさっそくたべてみます。
ぱくり。
ひとくち頬張ると、桃に似たプラムの香りが広がります。
果肉は柔らかくてジューシー。優しい甘味、溶けるような口当たり。まさに完熟です。でも赤い皮の部分はちょっと酸っぱくて、味のアクセントになっています。
雪姉ぇも朝ごはんの前にぱくり。
「あぁこれを食べるとさ……」
「夏が来たって気がするよね」
「うちでも植えるか。何年後かには食い放題だ」
「いいねっ賛成! ちなみに、すももとプラム、それとあんずの違いってなに?」
「李と杏は種類が違うから漢字が違う。プラムは李の英語表記読み、じゃなかったかなぁ」
「さすが雪姉ぇ、大人の女……!」
「そんな基準あるかい」
<つづく>
★こそこそ果物ばなし
李 は「prune(プルーン・紫色)」または「plum(プラム・桃色)」
杏 は「apricot」
……ということでよかったでしょうかw




