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役立たずの赤い宝石(びっくりグミ)


 ◇


 朝露を浮かせた木々の葉がキラキラと輝いています。

 縁側の古いガラス扉を開け、空気を吸い込むと湿った土と森の香りがしました。


「うーん、んっ」

 縁側であくびをしながら背伸びをすると、背骨がポキポキと鳴りました。『フルーツ同好会』での収穫疲れ……なんて言ったら、果樹農家の人に怒られますね、ごめんなさい。


 山の稜線からすっかり昇った太陽が、風景に彩りを添えて、景色を輝かせています。

 降り続いていた雨もあがり、いよいよ夏を予感させる空がひろがっています。今日はいい天気になりそうです。


 せっかくの休日なのに、朝日がまぶしくて早起きしてしまいました。けれど朝の欠かせない日課があるのです。

 台所から持ってきたザルを小脇に抱え、縁側から庭へ。サンダルのつま先が朝露を蹴飛ばします。


 庭先から見えるのは青々とした田園風景です。一面に広がる稲を、風がゆっくりと波のように揺らします。


 庭に出て振り返ると築百年? と言われても納得するような木造の古民家。私は、叔母にあたる「雪姉ぇ」とこの家で暮らしています。

 家には先代の家主が植えた果樹がいくつかあるのです。昔ながらの柿の木に梅の木。そしてリンゴやブルーベリー。

 それに「ポポー」なんていう聞きなれない大きな樹もあります。

 実は『フルーツ同好会』の果樹園に負けず劣らず。

 ですが雪姉ぇは忙しいので、果樹の手入れはあまりしていません。だから私がすこしでもお手伝いがしたいのです。果樹のことを勉強し、私なりにお世話ができたらいいなぁと思います。

 それに果樹の収穫が増えれば、私だって美味しい思いができますし。


 家庭菜園というには広すぎる畑の脇を通り抜け、ブルーベリーの植えてあるエリアへ到着。


 こんもりとした生け垣のような灌木がブルーベリーです。濃い青紫の小さな果実がたわわに実っています。

 見るからに美味しそうですが、これは小鳥たちの大好物でもあります。梢の上で狙っているあの子たちの朝ごはんになる前に、収穫しなきゃなりません。

「あっ……」

 ということは。

 休日の学校の果樹園も同じこと。ブルーベリーは今ごろ小鳥たちの食べ放題の場と化しているわけですね……。

 まぁ仕方ありません。


 平日は早めに登校して、夏香ちゃんや晶ちゃんと交代で収穫しています。収穫したブルーベリーは軽く洗って部室の冷凍庫へ。

 あとでジュースに加工したりお菓子作りに利用したりするのです。


 株状になったブルーベリーの木が、5株ほど並んでいます。最初はグリーンで熟すと青紫色になるので、色の濃い実を選んで収穫します。

「今朝も大収穫……っと」

 つまむと簡単に手のひらに転がり落ちるのが熟した証拠。果皮は柔らかくて弾力があって美味しそう。


 収穫した果実をザルに入れますが……。なぜか私の手は勝手に口に放り込みます。


「うむ、おいしい」


 味見は大事です。

 舌先でつぶすと、ぷちっと甘い果汁が溢れだします。細かい種がサラザラするのは生の果実ならでは。

 生のまま食べる贅沢を味わったらどうしようか。

 雪姉ぇと相談して、冷凍して後でアイスやヨーグルト、ケーキなんかに使ってもいいね。

 でも、朝は採れたての果実をヨーグルトといっしょにミキサーにかけて。スムージーっぽくしてもいいですし。


 ところで。


 果樹園のようなエリアにはこの時期、目立つ果樹があります。

 高さは3メートルほど。葉は丸みを帯びた柳葉で、ちょっとシルバーグルーンっぽい色合いがちょっとおしゃれ。

 見上げる一面に赤い果実が実っています。


 果実は人差し指の先程の、やや細長いサクランボのよう。

 無数に熟した果実がぶら下がっている様子は見事で、ちょっと幸せな気分なります。

 雪姉ぇによれば『びっくりグミ』という果樹だとか。


 この時期、赤い宝石のような果実がぶら下がっている様子は、ひときわ目立ちます。

 もちろん鳥たちのご飯になっているようで、ギーギー、ギャーギャーと鳴く大きめの鳥たちがやってきては、実を食べていきます。


 ところで何が「びっくり」なのかよくわかりません。

 びっくりするくらい美味しいの? と思って食べてみたけれど……正直そんなに美味しくはありませんでした。


 実の表面がざらざらで、中には大きな種があります。おまけに舌に残るのはほのかな渋味。

「……しぶい」


 けれど、完熟して下に落ちた実を拾って食べてみると印象はがらりと変わります。

 果肉はとろりとして、渋味も無くとっても甘いのです。

 これなら食べられます。

 落ちてからのほうが美味しいなんてある意味、びっくりです。

 

 雪姉ぇによれば「びっくりグミぃ? あれは果実酒に漬け込むか、ジャムにするしかないけど。ジャムは種をとるのが面倒でさぁ。一度やったきり。あとは目立つから鳥たちのエサだなぁ」


 なんだかちょっと役立たず。

 けれど地面に落ちたグミの果実をみるにつけ、勿体ない気がします。

 私はグミの実が嫌いにはなれません。

 そんなに甘いわけでもなく、熟さないと甘くないし渋味がある。香りだってほとんどなし。

 中途半端で役立たず。

 って、なんだか私のことみたいです。


 役に立たないなんて、いってごめんね。


 落ちたばかりのグミの実を拾い集めます。今朝落ちたばかりの完熟した実。

 よし。今日はがんばってジャムにしてみよう。

 

 何者でもない私が、いつか何かになれる日がちゃんと来ますように。

 そんなささやかな祈りをこめて。


<つづく>


初夏編はこれでおしまいです。

次回より、夏編スタートです。


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