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任命、ベリー収穫大臣?

 梅の収穫を終えた私達は、部室に戻ってきました。


 爽やかな香りを放つ青梅が沢山収穫できてとても嬉しいです。

 太陽はだいぶ西に傾いていますが、部活の時間はまだあります。ちょっと休憩してから帰るぐらいでちょうど良さそうです。


「すごい、バケツ一杯の大豊作だね!」

 夏香ちゃんがドン、と青梅が一杯はいったバケツを置きました。

 コロコロと3センチほどの梅の実がこぼれ落ち、慌ててキャッチ。

 職員室前の梅の木からこんなに採れるなんて思ってもいませんでした。手入れもしていないのに思わぬ大収穫です。


「でも、生で食べられないのが悔しいわ」

 フルーツ部で活動を始めてから初の収穫でしたが、残念なことに青いままの梅は食べられませんでした。無謀なチャレンジを試みましたが酸っぱくてそのまま食べるのは無理でした。


「でも……加工すればいけるんですよね?」

「シロップにしちゃえばいいものね」

 晶ちゃんの視線は部室の棚に向けられています。そこには以前、砂糖漬け果実のシロップが並べられていました。

 春には沢山ありましたが、いつの間にかほとんどありません。代わりに空になったビンが並べられ、乾かしてあります。


「皆で収穫した梅は、氷砂糖といっしょに漬けて『梅シロップ』をつくろうぜい」

 麦先輩が少年のような笑顔で言いました。


「やった、梅シロップ大好き」

「飲めるのは一ヶ月以上あとになるけど……」

 がっくし。でも仕方ありません。楽しみは後にとっておきましょう。


「じゃさ早速、今日のうちに実を洗ってザルの上に並べて乾かしておこう。そうすれば明日から仕込みができるから」

 麦先輩が胸元をパタパタしながら言いました。梅をシロップ漬けにするために下ごしらえが必要のようです。

「はいっ!」

 早速、みんなで協力して青梅を洗います。新校舎と旧校舎の間、中庭にある水場の水道で軽く水洗い。そしてザルの上に広げた新聞紙に梅の実を並べておきます。


「今日はここまでかね……」

 先輩も私達もやり遂げた、という充実感を味わっています。

 味わったわりには空腹感だけが残っているわけですけど。


「むぎ先輩っ」

「ん? なんだい夏ちゃん」

「お腹が空きました!」

 夏香ちゃんが片手をあげて、ストレートな欲求をぶちまけます。でも私も同じことを考えていました。

「あたしゃお母さんかい」

 麦先輩が苦笑します。


「もうシロップ漬けはないんですよね……?」

「残念がら、春の勧誘と料理研究会への提供ですべて底をついちゃった。いまフルーツ同好会に残ってるのは、試しに作ったカリン漬けぐらいかなぁ」

「のど飴の原料……」

「確かそれ食えないやつ」

「余計お腹がすいてきた」


「ハルカさん青梅をガン見しすぎです」

「うっ? わたし無意識でそんなに食べ物を探してた……?」

 晶ちゃんに云われて思わず赤面する私。確かに小腹が空きました。美味しそうな青い果実を収穫しましたが「おあずけ」をくらってしまった気分です。


「うーん、しょうがない。腹ペコな一年生(きみたち)のために最後の秘蔵を開放しよう」


 麦先輩はそういうと、部室のなかの冷蔵庫の前に行き冷凍室を開けました。ゴゾゴゾと取り出したのは密閉式の保存袋でした。

 両手に一つずつ。計二つ。表面は白い霜で覆われていますが、中は赤い果実と、紫色の果実がはいっているのが見えました。


「これブルーベリーとラズベリーを凍らせたものだけど、食べる?」

「「「食べます!」」」

 もちろん、みんなで頂いて食べることにしました。

 コチコチに固まっているのですが、砕いてバラバラにしてお皿にあけます。量はそんなに多くないけれど、小指の先程の赤い果実と紫色の果実が可愛いです。


「お料理部に提供した最後の残りだけど、そろそろ収穫できる時期だからもう食べちゃっていいよ」


「いんですか?」

「いただきまーす」

 ぱくり、と口に放り込み思わず顔を見合わせました。

「……美味しいっ!」

「冷たくてアイスみたい」

「あぁ、生き返ります」

 アイスです。小さいけれどシャキッと凍ったブルーベリーの果実は口の中で溶けて酸味と甘味が広がります。


「ラズベリーがすごくいい香り!」

「ほんとだ……!」

 ラズベリーの方は少し種がざらつきますが、香りが口いっぱいに広がります。ラズベリーの香りはケーキなどでお馴染みですがこうして食べるととっても美味しいです。


 あっというまにアイスの果実は無くなりました。

 甘酸っぱくて冷たいベリーの組み合わせに、疲れも吹き飛びました。

 あぁおいしかった。満足満足。


「……フフフ、食べたわね」

 麦先輩がほくそえんでいます。ギクリ、何かを企んでいる顔です。


「な、なんでしょう」

「しまった……?」

「無料の罠?」


「君たちには明日から、ベリー収穫大臣という名誉ある職をあたえましょう」


「なんですかベリー収穫大臣ってぇ!?」


 怯える私達に麦先輩が顔を近づけて、手を伸ばしました。

 夏香ちゃんの頬についていた赤い汁、ラズベリーの汁をすっと拭い去り、


「簡単よ、毎朝学校に来たら収穫してくれるだけ。簡単なお仕事です」


「えっ?」

「ベリー収穫大臣……ということは」

「ブルーベリーとラズベリーを収穫するってことですか?」


「そうよ、その通り」


 私はそこで気が付きました。

「あっそうか……!」

「ど、どうしたのハルちゃん?」


「朝採りは……ヤツら(・・・)との戦争じゃないですかぁっ!」

 拳を握りしめて思わず叫ぶ私。思い出しました。だってぇ去年、雪姉ぇの家で経験済みだったのです。


「あっ、そうだったわ」

「戦争……?」

 同じく頭を抱える夏香ちゃん、そして事情が飲み込めない様子の晶ちゃん。


 この時期に採れるブルーベリーやラズベリー。とっても可愛い小さな果実。けれど収穫は朝早くでないとダメなのです。

 だって奴ら、つまり小鳥たちとの争奪戦なのですから。


「フフフ、流石だわ。よく気がついたわねルーキーの諸君。そう、小鳥たちにとって熟したベリーは最高のごちそうよ」


「ですよねぇ」

「ヒヨドリとか必死だもん……」

 そうなのです。ヒヨドリが毎日熟したブルーベリーやラズベリーを狙っているのです。

 何故か鳥たちは「どれが美味しいか」をわかっているようで、熟した実だけを食べていきます。

 しかも彼らは朝早くから行動します。ギェエ……と鳴き声も可愛くないので怖いし。


 学校の中庭はリンゴの果樹園エリアの横には、ブルーベリーとラズベリーの木が複数植えてあります。迷路のような腰ほどの高さの生け垣エリアになっています。


 そこは小鳥たちが集まってくるエリアでもあるのです。視線を中庭に向けていると、旧校舎二階の窓からキラリと光る物が見えました。

 あれは『野鳥観察同好会』の人たちです。ベリーの畑に集まる野鳥を、教室の窓から気軽に観察できるので重宝しているようです。

 同好会同士の協力関係は大事ですが、今回ばかりはそうとばかりも言っていられませんね。


「というわけで、明日の朝からお願いね! ブルーベリーのジャム、冷凍ベリーの収穫は君たちの双肩にかかっているのだっ! これぞベリー収穫大臣のお仕事さっ」


 びっ! と麦先輩が親指を立てて微笑みました。


「やるしかない……」

「がんばろうね、うん」

「ベリー収穫大臣とは一体」


 こうして――。

 翌朝から私達は早く学校に来て、小鳥たちとの熾烈なベリー争奪戦を戦うことになりましたとさ。


<つづく>


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