初夏、初めての収穫!
学校の周りの田園風景は一面の緑。
風が吹き抜けると稲が揺れ、まるで波のようです。近くに見える山々の稜線の上には、もくもくとした真っ白な雲がありました。
「こう暑いと、アイスを食べたくなるね」
「そう、ミルク系じゃなくて氷系のやつ」
「オレンジとかイチゴがいいわぁ……」
「うんうん!」
夏香ちゃんと私は、今年はじめての積乱雲を見上げながら氷菓に想いを馳せます。
部活が終わったら通学路途中にある駄菓子屋で買い食い決定です。
新校舎と旧校舎の間をつなぐ渡り廊下は、ブドウの蔓と葉によるカーテンが西日をいい具合に遮っています。
2週間前にジベレリン処理を行ったブドウの花穂には、既に小さなブドウの赤ちゃんが付いています。あれからぐんぐんと実が成長し、グリーンピースのような粒が、沢山ぶら下がっています。
「ブドウの収穫までは、まだまだ道のりが長そうだねぇ」
春に花を咲かせた果樹は、夏に成長し秋に収穫。このサイクルで考えた場合、初夏から夏にかけてはちょっと暇になりそうです。
「このまま秋まで、収穫は辛抱だね」
「実りの秋は一気に食べまくろう……って、それじゃ冬眠前のくまと一緒じゃん」
「あわわ、確かに秋は体重も気になるわ」
今のうちに減らしておくしか無いわね。となると帰りの買い食いも控えなきゃ。……明日から。
「フルーツ同好会は『果樹の成長を見守る同好会』だね」
「あはは……」
夏香ちゃんの言う通り。草取りなどの手入れを除けば、果樹のお手入れ作業は一段落。
仕事のない日などは、去年仕込んだ果実の砂糖漬けシロップやジャムを持参して、お菓子を作りに『お料理同好会』にお邪魔することもあるくらいです。
でも部室でのおしゃべりはすっごく楽しいです。果実のシロップを使ったジュースを飲みながらみんなで女子トークに花を咲かせます。
「あ、晶ちゃんだ」
「おーい」
中庭にある部室へと行くと、先に晶ちゃんが来ていました。魔女のようにホウキを抱え、掃き掃除をしていたようです。
「先に来てたのね」
「……うん、オカ研が休みだったから」
「オカルト研究会って、どういう時に休むの?」
「……謎の事件が起こらないとき」
「そんなにしょっちゅう起こらないよね、謎の事件」
「……うん」
UFO目撃や幽霊出没なんて日常茶飯事に起こらないわけで。
過去の事件を検証すると称して、オカルト雑誌を再読して時間をつぶすみたいですね。
「やあっ! 来たねみんな」
部室のドアが開き、麦先輩が出てきました。茶色の髪をツインテールに結わえ、街にいるイケイケなお姉さんみたいな雰囲気です。
街のギャルさんたちと違うのは、作業エプロンを制服の上に装備して、手にはバケツと脚立を持っているところでしょうか。
「こんにちは!」
「よろしくおねがいします」
「よーし、今日は稲穂っちの代わりに私が、君たちを過酷な果樹労働へと誘おう」
胸を張る麦先輩。今日は過酷な労働をしちゃうわけですね。
「な、何をするんですか?」
おそるおそる尋ねると、麦先輩は「ついてきなっ」とばかりに私達を先導します。一応、部室から脚立と軍手をもっていきます。
「今日はね、収穫だよ!」
「収穫!?」
「この時期に……」
「……時間跳躍?」
一年生三人組はそれぞれの反応を示します。
はて? 中庭の果樹はまだまだ青くて小さい実ばかりです。ブドウはグリーンピースみたいだし、リンゴはピンポン玉ほど。他にはカキもありますが、緑の飴玉みたいな状態です。
麦先輩に誘われるまま、中庭から出て南側の職員室脇にやってきました。
駐車場と職員室の間にある、10メートル×5メートル四方の小さな庭園でした。ツツジの生け垣に囲まれた、石碑のある小さな庭園です。
年季の入った大きな松の木と、学校設立時からある石碑。その脇には高さ3メートルほどの細かく枝分かれした樹木が一本ありました。葉は小さく普通の形、樹形は自由奔放でまとまりのない樹木です。
その更に横にももう一本、寄り添うように小さな木もありました。
「あ、梅の木……!」
夏香ちゃんが得心した、とばかりに声を上げました。
「確かに、春先にここに白い梅の花が咲いていたっけ!」
「……白梅、紅梅」
晶さんの言う通り、紅白の梅が桜より早く、ちょうど入学式のあたりに咲いていたのを思い出しました。あまり通らない場所なのですっかり忘れていました。
大きな樹木が白梅、小さい方が確か紅梅です。仲のいいカップルのように二本並んで咲いていた記憶が甦ります。
「そう、今日は梅の実を収穫しようってわけ」
麦先輩が脚立を広げながら、上を指差します。
視線を向けると……ひとつ、ふたつ……いえいえ、無数に実が生っていました。
「わぁ……! 沢山実が!」
「気づかなかったね、緑色だし」
葉っぱの陰には無数の青い丸い果実が実っていました。
早速、麦先輩が一粒二粒もぎ取って、私達に投げてよこしました。
「はい」
「ほっ」
素早い動きで夏香ちゃんがナイスキャッチ。
「立派な実。すんすん……いい香りだよハルちゃん、晶ちゃん」
「私にも嗅がせてー」
「……くんくん、おぉ」
青い果実に鼻を近づけると、爽やかな青梅の香りを感じます。
梅ジュースとも違う、もっと鮮烈で新鮮な青い果実です。
「というわけで、これを全部もぎ取ってバケツにどんどん入れていって欲しいな。あ、木には棘があるから気をつけてね」
「「「はいっ!」」」
あれ? でも梅の木ってトゲなんてあったっけ?
「梅はバラ科の植物だから、たまにトゲがあるんだよ。ほら見て」
「ほんとだ」
夏香ちゃんが慎重に指差す先、太い幹や枝から1センチほどのトゲが確かに伸びていました。密度は高くないので、気をつければ大丈夫そうです。
一年生三人組も一斉に収穫にとりかかりました。
脚立なしで手が届く範囲を、私と晶ちゃんが。脚立ではないと届かない場所は、麦先輩と夏香ちゃんが担当します。
下は芝生なのでもぎ取った実はそのまま落として、後で拾うことにします。
「なんだか、楽しい……!」
「収穫ってなんだか嬉しいよね」
「……手が梅の香りになってきた」
ちょっと肩が疲れますがみんな笑顔。
まさか初夏に収穫できる果実があったとは。
秋までお預けかと思っていた収穫の喜びを、味わうことが出来て大満足です。
4人がかりで30分ほどで殆どの果実を収穫しました。金属製のバケツ一杯分も採れたのです。
「ふぅ、すごい一杯とれたね」
「園芸種のわりには多いほうかな」
流石は農家の子。夏香ちゃんが額の汗をぬぐいながらつぶやきます。
農家で梅干し用に植えているのは専用の品種で、実の数がもっと多いのだとか。
「……となりの紅梅には実が無いですね」
晶さんの言う通り、実が生っていたのは白梅の大きな木ばかり。紅梅には一つもありません。
「隣の紅梅が受粉樹になって花粉を提供、白梅が結実しているんだよきっと」
「すごい、詳しいね夏ちゃんは」
「あっ、お父さんの受け売りなんですけど……」
謙遜する夏花ちゃん。でも解説で納得です。麦先輩も驚きの表情です。
「……ということは、白梅が女の子、紅梅が男の子でしたか」
「あっ、言われてみれば。立派な白いほうが男子で、紅梅が女子のイメージだったわ」
紅白の梅に性別は無いと思いますが、役割分担がそうなっちゃった感じですね。
「……ヒモ?」
「あぁ紅梅のイメージが」
さて、ひと仕事終えたので果実を味わいたい……!
「青梅って食べちゃダメなんでしたっけ?」
「あー、毒があるっていうよねぇ」
何故かみんな夏香ちゃんに視線を向けます。解説に期待しちゃいます。
「……っ、あ……えーと。確かに梅の果実には『青酸配糖体』っていうどくがあるみたいだけど、100粒ぐらい食べない限り平気……だとおもう」
おー! と拍手が起こります。
流石、夏香ちゃんです。
なるほど、毒は無い。
「じゃぁ早速」
一口かじってみることに。
「あっ、ハルちゃん!?」
「うっぐ……!?」
ガリッ、と音がしました。案の定ものすごく固くて酸っぱくて。
期待ハズレもいいところ。香りは梅ですがとても食べられたものじゃありません。
「……うげげ、ダメ、死ぬ……口の中が」
ちょっと悶絶してしまいます。食欲と好奇心に負けた私のバカ。
「これを見たらそりゃ毒があるかも、って思わねぇ」
麦先輩が呆れたように言いました。
<つづく>




