甘い誘いには罠がある!?
満開の桜ってピンクの綿あめみたい……。
教室の窓から桜色の並木を眺めていたら、無性に甘いものが食べたくなりました。
うららかな春の日、放課後の静かなホームルーム。
――ぐぅ。
「っ!?」
小さくお腹が鳴きました。慌てて机に前かがみになり、そっとあたりを見回します。
……ふぅ、危ない。
どうやら誰にも聞かれていなかったみたいです。
私の正直なお腹め、場所をわきまえなさい。でもお腹が空いたのは確かです。
「入部希望のクラブを用紙に書いて、来週までに提出してくださいね」
「「はーい」」
教室では担任の先生がクラブ見学について説明しています。帰りのホームルームが終わればクラブ見学。あとは帰りに何か、甘いおやつでも食べて帰りたい気分です。
私――遥は高校生になりました。
公立の岩ノ泉高校に入学して三週間。ようやくクラスの皆とも、少しずつ打ち解けてきたばかり。チャイムが鳴り、挨拶。一気に教室が騒がしくなりました。
「ハルちゃん、部活見学どうする?」
さっそく声をかけてきてくれたのは、夏香ちゃんです。
中学からの同級生で一番の仲良し。
セミロングの髪をツインテールに結っていて、血色の良い肌にくりっとした大きな瞳、はっきりした顔立ちがとっても可愛いのです。
笑うと覗く八重歯が可愛くて、クラスの男子にも人気が上昇中だとか。
対して私は「和室の奥にある日本人形そっくり」と小学校の頃、男子に言われたことがあるんです。ガラスケースの中で髪が伸びるやつ……ってそれは呪いの人形でしょ! 失礼な。
「夏ちゃんはやっぱり、運動部をみにいくの?」
「誘われたけど考え中だよー」
「そうなの? わたしは文化部かなーって思ってる」
っていうか、運動は苦手だし運動部は選択肢に無いのです。
とはいえ、絵も描けないし楽器も得意じゃありません。合唱や演劇なら練習すれば、なんとかなるかしら……?
「ならあたしと一緒じゃん! 行こうよ一緒に色々と見学しにさ」
制服の袖を掴んで揺らす夏香ちゃん。
あれ? てっきり運動部だとばかり。体力も有り余っている感じで元気だし。
「サッカー部とか野球部とかマネージャーになるかも、って言ってなかった?」
「家に帰るのが遅くなるのはちょっとね……。田舎道は暗くなるし。それにさ、あたしとハルちゃんって同じ『家庭科部』だったじゃん?」
そう、私と夏香ちゃんは中学のときは『家庭科部』という謎めいた部活をしていました。
運動部では勿論無く、文化部と帰宅部のグレーゾーン。活動内容は、季節のお料理をしたり、裁縫をしたり、お茶を飲んだりおしゃべりをしたり……。
みんな仲良かったし、楽しかったなぁ。
「同じ穴の……」
「ムジナってやつ」
「あはは」
肩にひじを乗せてぐいぐいと来る。この仲良し感がとても嬉しい。
「よし行こう!」
「うん、でもね夏ちゃん」
「ん? どした」
「お腹空いたから早めに終わらせて帰りたい!」
「おうよ、つきあうぜ相棒!」
キラン! と笑顔で親指を立ててくれた夏香ちゃん。大好きだよ。
◇
放課後の校舎には野球部のボールを打つ音や、吹奏楽部の練習の音が響いています。
入学して二週間目から運動部系はクラブの勧誘が始まります。
文化部は強引な勧誘は無いけれど、壁にポスターを貼り出したり、『文化部・同好会、合同パンフレット』なる冊子で紹介したりするようです。
冊子は生徒会と同好会組合が合同で作っているらしく、玄関の入り口付近んに目立つように置いてありました。
まずは文化部のパンフレットを見て「あたり」をつける事にします。
「楽しそうだよねぇ、どれを見ても」
「うん、迷うねぇ」
A4サイズの冊子には1ページ毎に2つずつ、文化部や同好会の紹介が掲載されていました。
『文芸部、初心者大歓迎!』
『お茶会やってます、茶道部へ』
『君もジャーナリストだ、新聞部』
『生物部で可愛い生き物を育ててみないか?』
オープンスペースの自由に座れるベンチに腰掛けて、夏香ちゃんと冊子を眺めます。
目を引くのはやっぱり美術部。見開きページから絵が上手い!
同じくらい楽しそうに見えるのは、漫画研究部。どちらも人気があり大所帯。初心者大歓迎とはあるけれど、絵心が無いのが辛い。
演劇部もすごい。全国高等学校演劇大会に出場したことがあるとか。
合唱部もいろいろなコンクールに積極的に参加している。
っていうか部活がありすぎて目移りする。
入部して活動している自分を思い描いて、思い悩む。
「みんな気合入っているね」
「この高校、部活に熱心だから」
「文化部が熱いのって良いよね」
田舎の公立高校なので、大学進学率は100%ではありません。だから勉強だけじゃなくて文武両道。部活を思い切り楽しんじゃおう! という意気込みが伝わってきます。
せっかくですし、この波に乗らない手はありません。
「見て、同好会も結構あるよ」
同好会は5人集まれば申請できる準部活。掛け持ちもいいみたい。
「お料理研究会かぁ、いいよね女の子っぽくて!」
「これは一番の候補かな。太りそうだけど」
「食べても太らない遺伝子を持つハルちゃんなら大丈夫!」
「そんな遺伝子無いから!? お腹触らないでー」
きゃっと笑いながら冊子をめくる。
『ハンドメイド同好会』
『菌類研究同好会』
『甲虫同好会』
『オカルト研究会』
『通信ソフトウェア・Eスポーツ研究会』
「最後のは絶対ネトゲ部だよね!?」
「ゲームだとは言わないんだね……」
言葉を巧みに使い学校への申請を上手くすり抜けている気が。もう何でもありね。
「ねぇハルちゃん、これは?」
「ん?」
夏香ちゃんが最後のページで手を止めた。
『フルーツ同好会』
「フルーツ同好会!?」
「どんな部活かな? フルーツを食べまくるとか」
「まさか、お金がかかってしょうがないよー」
「だよねぇ……」
謳い文句にはこう書かれています。
――季節のフルーツが食べ放題!?
――色々なフルーツに興味がある君をまってるよ。
かわいいフルーツを手に持った美少女のイラストは、おそらく漫画研究部に描いてもらったのでしょう。
「なんで若干疑問系なのかな」
「逆に……気になる」
なんだか騙されそうな気がします。
「行ってみようか?」
「まぁ、覗くだけならいいよね?」
私と夏香ちゃんは冊子を片手に、放課後の校舎を歩き始めました。
<つづく>