乙女ゲームが始まらない
こんなはずじゃなかったのだけど。
王都にある魔法学校の試験に落ちてしまった。試験というか能力調査にだけど。
この国では、十になると神殿で自分の進路を神に問う。夜中の一刻、拝殿にこもって神託を待ち職を得る。神託が出る方がごく僅かで、ほとんどが親の後を継ぐか、分相応の職につく。
神託がでても何の職だか判別がつかないこともあり、その場合もはっきり分かるまで、親の職を手伝う。裕福な家では適正を探すために色々試すこともするらしいが、一般家庭ではこれ幸いと働かせて終わるのが常だ。
ただ、魔力の有る無しの判定も同時に行い、魔力があることが分かれば、神託がなくとも将来魔法に携わる職に就くため、魔法学校に通うことになる。
その判定に落ちた。
おかしいな〜、神託ははっきりしないものの、ここで聖属性が判明して魔法学校に通うことになるはずだったのに。何かの妨害かな?
魔力判定に落ちたので、取り敢えず煌びやかなイケメンとの恋愛沙汰もなくなった。
私には前世、日本人の記憶がある。その記憶では私は乙女ゲームの主役のはずだったんだけど……。ちなみに気のせいや勘違いではない。何故なら聖魔法が使えるから。本来ならば神託前は使えないはずなので、井戸の水汲みなんかの力仕事の時に、付与での身体強化をばれないように使ってるだけだけど。
神託が判然としないのは今の時点で私が無色だから。人の世界を愛し人のために祈るのは白の聖女、人の世界を憎み魔族のために祈るのは黒の聖女とされている。基本的に聖女の能力は変わらないのだが所属が変わるかんじ?
ゲーム中でもこの国の王子やこの国のイケメンと恋に落ちれば白の聖女に、魔族の王と恋に落ちれば黒の聖女に変わったはずで、最初の神託がぼんやりしているのは変わらない。ちなみにバッドエンドには、主人公闇落ちの呪いビシバシの聖女というより呪術女になるコースもあった。
私の判定前に魔力判定のオーブが取り替えられたとか、ちょっと不自然な点があったし、私に現れて欲しくない前世持ちが偉い人側にいるのかもしれない。――聖女が神殿で仕事しないと魔物が狂暴化して人も魔族も大変なことになった気がするけど、まあその辺の対応も考えてるのだろう。
ここがゲームの世界に似ているとはいえ、全く同じではないのがこれで分かったし、私は私で自分の今後を考えよう。
まずは家から脱走、行き先は隣の国が無難かな。私を知っているお偉いさんがいる国にいて、いいことがあるとは思えない。
家はこのままいたら人身売買まっしぐらだろうし、もう今夜にでも抜け出すべきだろう。いや、このまま帰らないで行方をくらまそう。部屋にある荷物に少々未練を感じないわけではないが、金目の物は薪ひろいに行かされる山中に埋めてあるし、何より今日は少しだけいい服を着ている。服はともかく、靴が丈夫なのは遠出にはありがたい。
服がいいのは神殿での人目を気にしてもあるが、たぶん私がこれから誰かに値踏みされるからだ。上の兄が独立するし、お金はいくらあっても足りないのだろう。貴族はともかく、平民は大体末子相続が普通で父が元気な間になにがしかの物を持たせて上は独立、両親が力仕事がきつくなる頃に成人した下が家を継ぐ。
私はうぬぼれではなく、主人公なので容姿はいい。昨夜、親が神託が出なかったら、とごにょごにょと話しているのを聞いている。私が逃げだしたら家族は多少困るだろうが、父にも母にも似ておらず、髪の色も瞳の色も違う私は取り替えっ子だと言われ、前世の常識を差っ引いても、あまり良い扱いは受けてこなかったので心も痛まない。
この真っ白な髪はどっちかに傾いたら変わるはずなのだが、それも栗色とこげ茶の髪の両親とは違う。白の聖女は金髪に、黒の聖女は黒髪に染まる。白の聖女で白髪じゃないのかとちょっと突っ込んだ前世の私。
髪が白いのはすべての属性が釣り合っているからで、珍しいことは珍しいがいないわけではない。誰かから聞いたフリで話してみたこともあるけど、扱いの変化はなしだった。
酷い扱いを受けてもとっとと逃げ出さなかったのは、魔法学校という卒業後、高給が約束された未来があったから。それに少しだけ、未来を変えることで魔物に蹂躙される世界が来てしまうことが怖かった。
まあ、未来を変えたのは私ではないので、今は遠慮なく。そっと、父が神官と話している間に脱走した。側に身なりのいい貴族っぽいのがいたけど、あれが売買の相手だろうか? そういう相手ではなく、もしかしたら適当な貴族の養女にして聖女をキープするというお偉いさんの心づもりかな? と思ったが、どっちにしろ飼い殺しはごめんだ。
新月の闇に紛れて、時々ゴブリン、最近は狼の魔物が出る山に向かう。
薪拾いで毎回無事に帰って来ることを運の良いガキだと言われていた。山中で魔物に会わなかったとでも思われたのだろう。
実際は身体強化マックスで倒していますが、何か?
山の中に埋めた金目のものというのも、倒した魔物の落とした魔核とか魔石と呼ばれる宝石です。
さらば我が家、我が祖国!
数年経過して、私は高ランク冒険者として名を馳せている。あの後、隣国でよさげな冒険者の後について店に入り、その冒険者の娘ですって顔をして魔核を売却、資金を得た。
その時、父親に見立てた冒険者とコンビを組んで持ちつ持たれつやっている。時々お父さんと呼んで嫌な顔をされ、それじゃあ恋人でとベッドに潜り込んではつまみ出される。私の髪色は白いまま変わっていない。
魔物が増えて商売繁盛!
祖国? 知らない子ですね。