第7.5話「共闘」
今回も番外編的な。
「え……ここ……通るの?」
その恐ろしい景色にボクの足がすくむ。
細い……本当に細い道。
実際は馬車2台分も道幅はあるけれど……隘路に見えてしまうのも仕方ない。
左手は山の斜面、だけど反対側は崖だ。
いや、崖に見えてるだけで左側と同じく急な斜面なんだけど、
ボクからは断崖絶壁にしか見えない。
ここは山間に作られた近道らしい。
誰が作ったんだこんな道……とダーツさんに問えば、
「ああ、魔族が進軍するために作ったらしいぞ」
という答えが返ってきた。
あー……人間じゃないんだ……さすが魔族なのかな。
恐る恐る絶壁を覗くと、はるか下に見える木々はとても小さくて豆粒みたいだ。
とんでもない高さだ。当然落ちたら……なんてことは考えたくない。
え? 高所恐怖症なのかって? バカを言っちゃいけない。
これで怖くない人がいたらそっちの神経を疑うね。
だからボクが臆病なわけじゃない。いいね?
誰かに言い訳するように考えることで、恐怖心を忘れようと努力する。
「相変わらずの絶景だな。この道を作ったのが魔族でなければ最高なんだがな」
ダーツさんはそうこぼしながら、ボクの肩を叩く。
「あひぃ!」
「あ? どうした変な声だして」
「へ? ひひゃ……そんなことございませんよ?」
「……」
タイラーさんがそんなボクを見て余計な一言。
「ハハハ、高い所が怖いのか? 女の子らしいな」
カザリさんがボクに抱きつき、頬ずりしてくる。
「やぁん、アキラちゃんかわゆいぃ!」
ネロさんがやれやれといった表情でボクに助け舟を出してくれる。
「怖いなら空を見ながら歩け。
そうすれば怖くないだろ?」
「あ、なるほど」
「その代わり、足元が疎かになって足を滑らさないようにな」
「ひいぃ!」
思わず山の斜面に抱きつくようにして倒れ込んでしまった。
そんなボクを見て、みんなが爆笑する。
ひどいや……
馬車の御者をしているカノンまで笑ってる。
うがぁー。
しかし結構長いなこの道。
恐ろしい景色を眺めながらお昼ご飯。でもまだまだ道は続いている。
あ、でも座ると意外と落ち着く。
魔族もこんな道つくるの大変だっただろうなぁ……
怖くなかったのかなぁ。
素朴な疑問を持ちつつ食べる。カノンの作ってくれたご飯は相変わらず激ウマ。
毎日料理の腕が上達してる気がする。
ボクがおいしそうに食べるたびに、カノンが満面の笑顔を向けてくる。
うー、なんか幸せだ……
カノンみたいな人が奥さんだったら、世の男性は誰でも幸せにになるに違いない。
あ、いや……カノンを奥さんにしたいとかじゃなくて。
西野さんだけです。ほんとですって。
飲み物を木のお椀に注いでくれるカノン。
なんだろ、お城で見たカノンはボクの顔色をうかがって
いつもおどおどしてたけど、旅に出てから日ごとに明るくなっていく気がする。
そんな顔を見てるとボクも幸せな気分になれてとても嬉しい。
魔族の城を発ってからまだ数か月。
怖いことや苦労はたくさんあったけど……生きてるって実感がある。
日本で生活してたときはそんなこと考えもしなかった。
そう、日本は本当に平和だったんだ。
幼い頃からずっと平和で満ち足りていた。だからこそ感じなかったんだ。
平和という素晴らしい日常を。
この世界に来て平和で平凡な日常を失ってから、
初めてそのありがたみに気づいた。
「アキラさん、口の端にご飯がついてますよ」
カノンがそう言いながらおずおずとボクの口を拭ってくれる。
「はぁ……お前ら、ほんと新婚夫婦みたいだよな」
ダーツさんが大きなため息をつきながらつぶやく。
なぜかカザリさんは涙ぐんでる。
「「ええええええ!?」」
ボクとカノンは同時に叫んでいた。
「あっ……」
思わずカノンと顔を見合わせ、赤くなってしまう。
カノンの顔も真っ赤になっていた。
「きぃぃー! アキラちゃん、私ともイチャついてー!」
「えええ!? ボ、ボクはイチャイチャなんてしてませんから!」
タイラーさんが羨ましそうにボクを見ている。
「先に大人の階段を上ったんだな……俺はまだ1段目もあがってないのに」
「上ってませんから!?」
ネロさんも懐かしそうな顔をして遠くを見やる。
「俺も新婚のころはそんな感じだったな」
もう好きにして……
でもカノンも迷惑だろうに、ボクなんかじゃ……
そう思ってカノンの顔を見ると、カノンもボクをじっと見てた。
とても恥ずかしそうに、でも嬉しそうに。
うがぁー。
そんな顔反則だって!
恋に落ちる魔法だってば、その顔は……
ダメだ。恥ずかしくてカノンの顔をしばらくまともに見れなさそう。
お昼ご飯が終わり、しばしの休息をとったあと出発準備を始めた。
カノンが食料品の入った箱や、料理道具を馬車に乗せていく。
「あ、ボクが乗せるよ!」
心が妙に浮き立って、少しいい所を見せたくなってしまった。
「この箱だね!」
「あ、アキラさん、もったいない。そんな雑用は私が」
「大丈夫大丈夫! まか……」
うごー!
持ちあが……ら……な……い……
カノンは必死で箱と格闘しているボクを見てオロオロしていたけど、
すぐに手伝いますと言って箱の反対側を持つ。
あっさり持ち上がる箱……えええ。
「とっても助かりました」
眩しい笑顔をボクに向けてニコニコしているカノン。
「あ、いや……」
ぜんぜん助かってないじゃん。ほぼカノンの力じゃん。
ボクは役立たずなことに少ししょぼくれて、自分の荷物を片付けようと振り返る。
ダーツさんたちが視界に入る。
みんなの体が小刻みに震えていた。
耳まで赤くなりながら笑いを堪えているらしい。
ボクはリンゴより真っ赤になって、思わず逃げるように走り出した。
みんなの顔が見えない場所まで逃げたかった。
うああああ! 恥ずかしすぎるうぅぅ。
思わず涙目になってしまった。
その時……頭上から小石がパラパラと頭に降りかかった。
ん? なんだ?
斜面を見上げたボクは硬直した。
「アキラ!!」
みんなの叫び声が聞こえた。
まるで大きな岩の塊が降ってきたかのような……
それはイービルベアーだった。
イービルベアーが山の斜面を転げるように走ってくる。
心の底まで凍てつくような咆哮を上げてボクに襲いかかる。
転がって来た勢いのまま巨大な腕を振り上げ、そしてボクに振り下ろした。
その瞬間、横から衝撃が走った。
爪の衝撃じゃなかった。
カノンが体当たりするように飛びつき、ボクをかばって助けてくれたんだ。
だけどその勢いでボクとカノンは道を外れ転がり落ちてしまった。
まるで崖のような斜面。転がり落ちるのではなく、落下に等しい。
転がり落ちる間もカノンはボクをぎゅっと抱きしめ、離さなかった。
上空からはダーツさんたちの叫び声が小さく聞こえていた。
イービルベアーが一瞬視界に入る。
ボクを追いかけるように斜面を転げ落ちていた。
ボクたちは出っ張った岩に当たり、跳ね飛ぶ。
止まらない。
転落の衝撃で何度も意識が飛びそうになる。
とても長い時間落ちていた気がした。
ドガッ! と大きく鈍い音がして、落下がようやく終わりを告げる。
いや違う。落下はとっくに終わっていて、平地の上を勢いよく転げていたんだ。
大きな木にぶつかり、やっと止まったらしい。
体中が痛みで悲鳴を上げてるけど、どこにもケガはなさそうだった。
きっとカノンが魔法で守ってくれたんだ……
「アキラ……さん……大丈夫……ですか?」
「うん……カノンのおかげで何ともないよ」
痛みがようやく和らいできて、ボクは体を起こしつつ笑顔をカノンに向けた……
だけどそのままボクは凍りついた。
カノンの体の下が血の海になっている。
「カ……カノン……っ!」
震える手でカノンに触れると、カノンが小さなうめき声を上げた。
斜面から落ちた時にボクをかばって大けがしたんだろうか。
カノンの顔は血の気を失い、真っ白になっている。
血を止めなくちゃ!
どこから出血を……カノンの全身をそっと調べる。
そしてわかった。
背中に大きな爪痕があった。
落ちた時じゃない。イービルベアーの巨大な腕からボクをかばってくれたときに
爪で大けがをしたんだ。
それなのに、落ちてる間もボクがケガをしないように魔法を使ってくれたんだ……
自分への悔しさと情けなさ、そしてカノンの優しさに涙があふれる。
「カノン……ごめんよ……いつも迷惑ばかり……」
「アキラ……さん……」
カノンは首を微かに横に動かした。
「アキラさんが無事で……良かった……」
カノンの手をぎゅっと握る。
「どうしよう……みんなは上だし……このままじゃカノンが……」
「泣かないで……ください……
私なら大丈夫……です。
魔力でなんとか……治癒を……しています……」
こんな時まで自分よりもボクのことを優先して心配してくれている。
カノンはボクが大ケガしたときも、治癒魔法で治してくれた。
あの時はでも、ネロさんも一緒に魔法使ってたから……
いやきっと大丈夫。絶対大丈夫のはずだ……
微かなうなり声が聞こえた。
ビクっと体が跳ねる。
声がした方を向くと、視線の先にはイービルベアーが倒れていて、
まさに起き上がろうとしていた。
流石に斜面を転げ落ちて、イービルベアーも無事じゃなさそうだった。
ふらついていて足元がおぼつかない感じだ。
しかし、さすが獣だ。
魔族のカノンの力があったから無事だったけど、ボクだけだったら死んでた。
しかし、なんでまたイービルベアーが現れ…
あ、こいつまさか!
イービルベアーをよく見ると、アゴの下に乾いた血が大量にこびりついていた。
ボクが仕留めそこなったイービルベアーだった。
逃げたと思っていたのに。
そういえば……
熊って、一度獲物と狙い定めたものには異常なまでの執着心があるそうだ。
嗅覚もすごくて、犬の20倍以上あるとかテレビでやってた気がする。
犬の嗅覚は人間の100倍。
つまり熊の嗅覚は人間の2000倍以上だ。
こいつ……あの後匂いをたどってずっとボクを追いかけてたんだ……
一時的に追い払ったけど、こいつにとってはボクは復讐相手であり、
いまだ襲うべき獲物なんだ。
背筋をぞわりと悪寒が走る。
今は逃げるわけにはいかない。カノンが治るまでは……
「アキラさん、に……げて……」
バカを言っちゃいけない。
そんなの絶対にごめんだ。
イービルベアーを睨み、目線を外さない。
やつを誘うようにして、じりじりとカノンから離れる。
手負いの獣だ。あの時みたいに遊びながら…はないだろう。
今度は一気に殺しにくるはずだ。
ボクに時間稼ぎできるだろうか……
体中を嫌な汗が流れる。
イービルベアーが目の前をウロウロしている。
ここは山の中だ。
周りには沢山の木が生い茂っていて、
木々に隠れながらなんとか逃げ回るしかない。
護身用に短剣は持っている。短剣を抜こうと柄を握る。
手に汗をびっしょりかいてて、短剣が滑り落ちそうになった。
いや、恐怖から手に力がはいってなかっただけだ。
しっかりしろボク!
あの時みたいに、なんとか隙を見て…
そう思った瞬間、ボクは草むらの中を転がった。
「ぐ……ああ……」
「アキ……ラさん!!」
あっという間に殴り飛ばされていた。
体中に激痛が走り動けない。たった一撃で……
やばい。そんな甘くなかった。
そう思ったのも束の間、今度は太ももに激痛が走る。
「ぐあああああああ!」
「いやあああああぁぁ!!!」
カノンの悲痛な絶叫と、太ももに走った激痛で、
失いそうになった意識を引き戻せた。
脚に噛みつかれ、クマに振り回されていた。
勢いよく左右に振り回され、ボクの脚がちぎれてしまいそうになる。
ふいに脚を離された。振り回された勢いのまま吹っ飛び、大木に激突した。
「ごぼっ……」
胃液が逆流してきたような感覚を覚え、血の塊が口から吐き出された。
時間稼ぎもできてない……
ボクがなんとかしないとカノンもやられちゃう。
そんなのいやだ!
カノンだけは絶対に守るんだ!
体に力が入らない。けど、気力だけで上体を起こした。
「はぁはぁ……はぁ……」
体中を耐えがたい痛みが襲い、脂汗が大量に噴き出る。
ボクはどうなってもいい。そんなことよりカノンを守らなくちゃ……
急に目の前に影ができる。眼前の光景にギョっとした。
ボクが朦朧としている間に、
いつの間にか血だらけのカノンがボクの前に立っていた。
イービルベアーが倒れ、起き上がろうともぞもぞともがいていた。
獣の腕が片方吹き飛んでいた。
「カ……カノン……」
なんとか声を絞り出すと、カノンがこちらを振り向こうとする。
だけどそのまま膝から崩れ落ち、四つん這いになった。
「げは! ごほごほっ!!」
カノンの口から大量の血が吐き出される。
「カノン!!」
起き上がったイービルベアーが咆哮をあげながらカノンに迫ってくる。
「やめ……っ!!!」
声にならないかすれ声のボクの絶叫。
避けきれなかったカノンの左肩が裂け、血が噴き出る。
イービルベアーの猛追は止まらない。
丸太のような太い腕を振り下ろし、
鉈のように巨大な爪がカノンの腹部に潜り込む。
その勢いでカノンが吹き飛んでいく。
「やめろぉぉぉぉ!」
ボクは言うことを聞かない血だらけの太ももを自分で殴りつけ、
短剣を木に突き刺し、支えにして立ち上がろうとする。
イービルベアーに噛みつかれた太ももに力が入らず、
すぐに崩れ落ち倒れてしまう。
いやだ……やめてくれ……
殺すならボクを殺してくれ。
涙で視界が歪む。
歪んだ世界の中でカノンが立ち上がるのが見えた。
「カノン、やめて……お願いだ! 逃げて!」
カノンは必死に懇願するボクににっこり笑う。
だが、その視線はボクを追っていなかった。
大量の出血と痛みで朦朧として、目が見えなくなっているのかもしれない。
「大……丈夫で……す。私……守……ます……安心し……くだ……さ……」
ボソボソと呪文のようにつぶやいていた。
イービルベアーがカノンの腕に噛みついた。
彼女を振り回す。
まるで竜巻に巻き上げられていく木の葉のように、カノンの身体が右に左に舞う。
やめてくれ……やめてくれ……
ボクは何とか立ち上がろうと、力の入らない脚を殴り続けた。
意識が無いのか、カノンはぐったりして抵抗もない。
「やめろ! やめろ! やめろぉぉ!」
カノンのはにかんだ笑顔を思い出す。
恥ずかしそうに笑うカノン。
いつも心配そうに見つめてきたカノン。
ボクが笑うと太陽のように眩しい笑みを返してくれたカノン。
そんな彼女の笑顔が失われる……
イヤダ!
ボクは脚に短剣を突き刺し、その激痛で立ち上がった。
手ですくった水が指の隙間から零れ落ちるように、
すぐに力が抜けていきそうになる。
わずかに残った力を必死でかき集め、
力が抜けそうになるたびに短剣を脚に刺した。
脂汗が滝のように流れ落ちる。
「ふぅー……ふぅー……ふぅー……」
このクソヤロウが……
ボクのカノンになにしやがる。
カノンを夢中に振り回しているイービルベアーは、
這うようにして近寄るボクに気づいてなかった。
必死に歩き、立ち止まって短剣を脚に刺す。そしてまた歩く。
倒れそうになる度に機械のように繰り返し短剣を突き刺した。
あまりの激痛に麻痺をしたのか、痛みを感じなくなっている。
……ただ熱い。
倒れるわけにはいかないんだ。
もう片方の脚に短剣を刺した。
カノンを離せ!
意識が遠のきそうになる。
だけど、カノンがボクを待っている……
絶対守る……決めたんだ!
決めたんだ!!
最後の力を振り絞り、倒れ込むようにイービルベアーへ飛びかかる。
巨大なイービルベアーの腹に短剣を突き刺す。
何の抵抗もないかのように短剣の刃が一気に体内へすべり込んでいく。
魔獣は悲鳴のような咆哮を上げた。
イービルベアーのあぎとから離れたカノンがドサリと地に落ちる。
「カノンを……守る……お前なんかに……渡すもんか……」
繰り返しそうつぶやき、短剣を腹から抜き、そして腹に刺し込む。
何度も何度も短剣を刺し貫く。
絶叫を上げる獣は、たまらず腕を振り上げ、ボクを薙ぎ払うように殴り飛ばす。
濁流にのみ込まれたように、体が地面や岩にあちこちぶつかって吹き飛ぶ。
これでもボクが生きてるなんて奇跡だった。
弱り切ったイービルベアーは力が入ってなかったのかもしれない。
それでもボクを吹き飛ばす威力があるなんて……反則だ。
お互いに満身創痍でありながら、
それでもトドメを刺しにヨロヨロと近づいてきた。
なんて執念だよ……
ボクにはもう武器がない。起き上がる力もない。
それでも死んでもカノンを守る。
カノンを失いそうになって気がついたんだ……
ボク、カノンが好きだ。
西野さんと同じくらい……カノンが好きなんだ。
いつもボクを一番に考えてくれて、いつも優しく微笑んでくれて、
いつも勇気をくれて、いつも、いつも、いつも……
ちがう。カノンと一緒にいると安心するんだ。
心が暖かくなるんだ。
カノンがいなくなるなんて絶対考えたくもない。
カノンはきっとボクが王様だから大事に思ってくれてるんだろうと思う。
また片思いだよね。
西野さんにだって片思いさ。
でも、そんなことどうだっていい。
大切なんだ……
二股……なんて言わないでよ。
命をかけても守りたい人なんだ。ボクの命より大事なんだ。
カノンを守れるなら、何度だって命をくれてやるさ!
今にも力尽きそうな足取りで、イービルベアーがボクの目の前に迫ってきた。
ちきしょう……
涙があふれる。
力がないことがこんなに悔しいなんて……
この世界では無力なのは罪だ。許されない大罪なんだ。
ボクはそれを思い知った。
強者の慈悲に縋るように獣へ声をかけた。
「頼む……よ……ボクだけで……満足してくれ……
カノンは……カノンは助け……て……」
魔獣なんかに願いが通じないのはわかっている。
でも残った力じゃ、無力なボクじゃ、これが精いっぱいだった。
だけど、諦めたくない。
カノンだけは……
ボクは震える腕を伸ばし、魔獣の腹に刺さったままの短剣を握ろうとする。
だけどまったく届かない。
イービルベアーは腕を振り上げ
そして――――――――
巨大な獣の顔が吹き飛んだ。
首から上を無くし、イービルベアーはヨロヨロと後退し、
そのままどうっと倒れた。
カノンの拳がイービルベアーの頭を吹き飛ばしていた。
そしてボクの体の上に重なるようにしてカノンが倒れた。
っっ!!
激痛に声にならない悲鳴が上がる。
結局キミに助けられちゃうんだね……情けないなボクは。
でも、ありがとうカノン。
カノンの温もりを感じて安堵し、ボクの意識は急速に遠ざかっていく。
頭が冷たい……
でも、とても心地よい。
頭の下に柔らかい感触がある。まるで羽毛のような触感だ。
ずっと味わっていたかったけど、
夢から覚める瞬間のように急速に意識が浮上する。
「う……ん……」
目を開けると、ボクの視界いっぱいに優しく見つめるカノンの顔が映った。
「お、起きたか」
ダーツさんたちが心配そうにボクを見守っていた。
あれ……うわわ!
ボク、カノンに膝枕されてたのか!
慌てて起き上がる。カノンが少し残念そうな顔をする。
ダーツさんが大きなため息をついた。
「はぁ……やれやれ、心配したぞ。
なにはともあれ無事でよかった。
お前たちが落ちた後、迂回してここへたどり着くまで丸1日かかっちまった」
「え……」
そんなに時間が……って、傷が……ない!?
ボクの体には傷一つなかった。
カノンのことも気になって、彼女の体をまじまじと観察してしまう。
カノンは真っ赤になりながら、恥ずかしそうにボクに訴える。
「アキラ……さん、そんなに見つめられると……恥ずかしいです……」
「あ……ごめん……」
傷が……なくなっていた。
ただ、ボクの服やカノンの服には乾いた血がべっとりと付着していた。
しかし不思議なことに服は破れていなかった。
なんで?
タイラーさんがニヤニヤしながらボクを冷やかす。
「聞いたぞアキラ……
お前、カノンを守るために必死に戦ったんだってな。
これが新婚パワーってやつか……」
えええ!? 逆なんですけどー……必死に戦ってくれたのはカノンで……
「アキラちゃん、良かった…ほんとに心配したよぉ……」
カザリさんがボクに抱きつこうとした瞬間、
カノンが目にもとまらぬ速さで抱きついてきた。
カザリさんが目を丸くしている。
ひえええええええええええ!
ボクはゆでダコのように真っ赤になってしまう。
カノンがボクの耳元でこっそり囁いた。
「イービルベアーの死体は処分しておきました。
アキラさんの活躍で逃げ出したことにしました」
そっと離れたカノンの顔も真っ赤になっている。
あ、そうか……首無しベアが見つかってカノンが倒したってなると、
なんでそんな力があるんだって問い詰められちゃうからか……
はぁ…カノン。至れり尽くせりだよ……
「しかしよく追い返せたな……」
「ええ、2人で協力して必死にがんばりました。
イービルベアーは崖を転げ落ちて、ほとんど瀕死状態で弱っていましたし。
私とアキラさんは運良く最小限のダメージで済みました。
私の治癒魔法程度でも、すぐにケガが治せました」
ダーツさんの疑問に、カノンがさらりと答えていた。
敏腕秘書って感じ。
でも……カノンが無事で良かった。
魔族の治癒力ってすごいな。
今回も結局カノンに助けられちゃったけど……
その後、ボクの活躍を根掘り葉掘り聞かれて苦労したけど、
面白おかしく英雄伝のようにみんなに聞かせたんだ。
ボクたちが助かったのは、
実はこっそり悪魔の紳士ルーシーが現れて、
治癒魔法をかけてくれてたかららしい。
そのことを知ったのは随分後になってからだった。
あいつ、ずっとボクたちを見てたんだな……