第7話「信頼」
「アキラ! そっち行ったぞ!」
「は、はい!」
よし、よし……!
ボクは今、大きな木の陰に隠れている。
少しだけ顔をのぞかせ、やってきたものを見る。
白い物がピョンピョン飛び跳ねてきたのを確認する。
ボクの目の前を横切る。
「はああああああ!」
勢いをつけるために大声を上げ、抱き着くように白い物に向かって飛ぶ。
そして――――
白い生き物、ニソクウサは無様に地面に転がってるボクを置き去りにして、
ピョンピョン通り過ぎていった。
「うわっはっはっはっは! なんだアキラ、ど、どんくさすぎ!
いーひっひっひっひ!」
金髪男のダーツさんがお腹を抱えて爆笑している。
お昼ご飯にするために、ボクも食材調達に挑戦していたのだけど……
「うぅ……」
「あー笑った……
お前なぁ…ニソクウサは子供でも楽勝で捕まえられるぜ?」
ダーツさんは何気ない動作で手甲から短剣を取り出し、遥か彼方まで走り去って
点にしか見えないニソクウサに向けて投げる。
うう、遠すぎてボクには当たったかどうかもわからない。
これで当たってなかったら笑い返そう。
でも平然としてるダーツさんを見る限り、絶対当たってるんだろうな……
そして……当然当命中してました。すごい。
ボクは捕まえるという行為はできるけど……まだ自分の手で殺すのは無理だな……
いや、まぁ……捕まえることもできてないけど……
現代日本のただの男子高校生にはできないよ。
ボクとダーツさんがニソクウサを持って帰ると、忍者のカザリさんとカノンが
食事の準備を始めていた。
すでにいい匂いが立ち上っている。
「あ、アキラちゃんおかえりぃ」
「ア……アキラさん、おかえりなさい」
「うん、ただいま。おいしそうな匂いがする」
「……なぁ? 俺におかえりはないの?」
カザリさんとカノンがボクに走り寄って来た。
獲物はどうだった? ってカザリさんが興味津々で聞いてくるので、
ボクはダーツさんが持っているニソクウサを指さす。
「わぁ! アキラちゃん偉い!」
カザリさんがボクの頭をなでまくる。
「あはは……ボクはなんにもできなかったんだけどね……」
「ああ、俺が捕ったんだ」
「アキラちゃん偉いぃぃぃ」
お昼ご飯は、アキラちゃんに一番お肉多めにするねー」
「……俺が……捕ったんだ」
カノンがニソクウサを手際よく解体していく。
魔族の城を出発してから、ずっとカノンが獲物を調達して目の前でさばいてきた。
だいぶ見慣れたつもりだけど、やっぱ食べるってそういう事なんだよね…
命を食べているんだ。
ボクはまだ自分で動物を殺してもいないし、さばいてもいない……
それじゃダメな気がする。
せめて今日のお昼もきちんと残さないで食べないと。
「お、かぐわしい香りがするな。さすがカノンってところか」
近くの湖へ魚を獲りに出かけていたエルフのネロさんと
戦士のタイラーさんが戻ってくる。
大漁だったみたいだ……ボクももっとがんばらないと。
いまだ何もできない子、継続中だから……
「あ! おかえりなさい、ネロさん! タイラーさん!」
「おかえりなさいませ、ネロさん、タイラーさん」
「おかえりー、お、魚大量だね。アキラちゃんのために偉い」
「ああ、ただいま。アキラ……狩りはどうだった?」
ネロさんにそう尋ねられたが、ボクは失敗したことを伝える。
「はじめての時はそんなもんだ。要は積み重ねだ。」
タイラーさんがボクの肩に手を置き、なぐさめてくれた。
「うぅ、ありがとうございます……」
「なぁ、俺におかえりなさいが、まだなんだけど……」
ダーツさんが寂しそうにつぶやいた。
ダーツさんたちと出会ってからもう4日目だ。
とても楽しい。
魔族から友達を救い出し、元の世界に戻るために始まった
たった2人のさびしい旅が、一気にキャンプのように感じる。
ダーツさんたちはとても優しくて、旅慣れていないボクとカノンを
何かと気遣ってくれる。
旅は道連れ世は情け、とはよく言ったもんだ。
カザリさんが、むさい男ばかりだと気が滅入るとかボヤいてた。
確かに男性ばかりのパーティーだと、カザリさんは色々大変なんだろうなぁ。
いまいち何が大変かはわからないけど……
たとえば…お風呂とかトイレ……とか?
「げふぅ…カノン、ほんとお前の飯うめぇ…うますぎだろ……」
ダーツさんが食べすぎで仰向けに倒れている。
「ねぇ、アキラちゃん、私の作ったハマナソウスープはどうだった?」
「カザリ…お前、それ何回目の質問だよ……」
「あはは。とってもおいしかったです」
「あふぅ……アキラちゃんのためなら、なんでもする……」
ボクもついおいしくて食べ過ぎたので、仰向けになってお腹をさする。
こんなふうに楽しんでたらダメだ。谷口くんを救って西野さんがいる元の世界に
戻るんだ……と、決意はしてても、今までが辛すぎたせいか、渇きまくった心に
甘露な水がしみ込むように、ボクは今の状況を楽しんでいた。
谷口くん、キミの事を一日だって忘れてないよ。
絶対に助けるから。
少し厳しい顔つきになっていたのかな。
ダーツさんがどうした? って聞いてきた。
「あ、ううん。今ごろ友達はどうしてるかなって考えてたんだ」
「……そうか」
タイラーさんがボクにも釣りやってみないか? と誘ってくれたので、
ぜひ! と答えた。
「よぉダーツ。どうせ近くの村まで買い出しだろ?
俺とアキラは釣りに行ってくるわ」
「あん? かまわんぜ。どうせ今日はここで足止めだ」
へぇ、買い出しかぁ。興味はあるけど……釣りに行くって言っちゃったしね。
でも、村に興味が湧いちゃって……どんな感じなんだろうか。
「村って大きいんですか?」
「いや、かなり小さい村だな。訪れる者もほとんどいないから宿もないしな。
そうだな、20人もいないだろ」
うわぁ、そうなんだ……たった20人で暮らしていくって大変そうだなぁ……
ボクたちは釣りに出かける準備をはじめた。
ダーツさんも村へ買い出しに行く準備を始めてる。
「ネロはどうする?」
「そうだな、武器の手入れもしておきたいしな。ここで留守だ」
「んじゃカザリはどうする?」
「私はアキラちゃんの後をつけ……うぉっほん!! ここで傷んだ服を直すわ」
え、なんか今、不穏なこと言ってたけど……
まぁ、気にしないでおこう……気にしたら負けだ。
「……そうか、まぁほどほどにな」
「カノンはどうする?」
「私もアキラさんや皆さんのお洋服の洗濯などがありますので」
うう、カノンいつもありがとう……
どうやってお礼したらいいのかなぁ。
ダーツさんに聞いてみようかなぁ。
「うわあ! すごい綺麗なとこですね……
あ、そうだ。ボク、釣り初めてなんです」
「そ、そうなのか……まぁいい。教えてやろう」
ボクが今いるのは大きな湖で、周りには木々が立ち並んでいる。
静かな湖畔にたたずんでいるだけで、名画の中に入り込んだ錯覚に
陥りそうなくらい美しい。
「で、この虫を針に刺す。そして竿をなげ、あとは待つ」
「………」
「どうした?」
今までの心地よさがどこかに吹き飛ぶ。
なにこれ……ミミズ? なんかウネウネしてる。
「ははは、さっきも言ったが、まぁ何事も積み重ねだ。まず試してみることだ」
「そうですね!」
ボクはやってみようと意を決して、ミミズらしきモノに手を伸ばす。
「やっぱり虫を刺すの難しいか? 通し刺しと言って虫の頭の先へ針を
押し込んでいくんだ。俺も初めての時はうまくできずに……」
「タイラーさん……」
「ん?」
「ボク、虫……触れません……」
「…………」
呆れ気味のタイラーさんに虫を刺してもらい、釣り針を投げ、
魚がかかるのを待つ。
「しかし、いまどき珍しいやつだな……
俺がアキラくらいの時は、虫を好んで捕まえてた記憶があるぞ」
「うぅ……そんなもんなんですか……」
静かだ……
太陽はぽかぽかと穏やかな日差しだし、カノンのおいしい昼ご飯の直後で
ほどよくお腹もこなれて、このままお昼寝したら気持ちいいだろうなぁ…
そう思ってると、タイラーさんがすごくマジメなトーンで話し出す。
「なぁ……アキラ……」
「はい?」
「お前、男性経験あるか?」
「え……そうですねぇ……って、はぁっ!?」
「俺はまだ無い。彼女もできたことない。」
あ、ええぇ……男性経験って……この世界ではそういうのが一般なのかな……
って、前フリもなしでいきなりなんて質問をしてくるんだ。
「あ、すまん。お前、男だったな。
女性経験はあるか?」
「……ないですけど」
タイラーさん、まだボクをたまに女の子と間違える。
ボクもタイラーさんくらい大きくなれれば、女の子にもてるはずなのに……
多分。
「そうか…ないか……寂しいよな……」
「え?……えぇ……」
「俺がお前くらいの年齢のとき……仲間内で経験がなかったのは俺くらいでな……
聖戦士ってあだ名がつけられていたよ。聖戦士タイラーだ」
かっこいい! って言ってあげたら良いのか悪いのか……
そしてまた静かになる。
その後、彼女作るためにはどうしたらいいんだろうな? とか色々聞かれたな。
そんなのボクも教えて欲しいです……
結局魚は1匹も釣れなかった。
ボクたちが手ぶらで野営地へ戻ると、ちょうど村へ買い出しに行ってた
ダーツさんも戻って来た。
あれ、知らないお爺さんも一緒にいる?
あ、持ちきれない荷物をここまで運んでくれたのか。
「いやぁ、エイジスさん、わざわざありがとうございます」
ダーツさんがお爺さんにお礼を言っている。
「ははは、いつも村で買い物していってくれるからね。このくらいいいよ」
ニコニコしてて、優しそうなお爺さんだ。
また一人、他の人間が見られてボクは嬉しくなる。
しかも、とても優しそうなお爺さんだったしね。
「そろそろ夕方も近いし、今から帰るんじゃ危ねぇから、
ここで泊まっていったらどうだ?」
ダーツさんはついでに酒でも飲みながら最近の話でも?
と誘ったが、お爺さんは申し訳なさそうに断った。
「家族も待ってますし。ここら辺に危険な獣はいませんから大丈夫ですよ」
「そうか、残念だなぁ……」
それでボクはつい言っちゃった。
「ボクが送っていくよ!」
ダーツさんやネロさん、タイラーさんはボクをしばらくじっと見て……
次の瞬間、爆笑していた。
カザリさんとカノンは、ボクに優しい目を向けてくれてたけど。
ていうか、なんで笑うのさ……
「いやぁ、わりぃわりぃ。アキラ、あぶねーって。
お前じゃニソクウサにでさえ、倒されちまう」
昼間の事を思い出したのか、ダーツさんにまた爆笑された。
「で、でも危険な獣はいないんでしょ?
ボクもなにか役に立ちたいよ!」
ダーツさんたちはボクの真剣な顔つきを見つめ、しばらく考え込んでから
「んじゃしっかり送って来い」
そう言ってくれた。
小さなことかもしれないけど、ボクが何かの役に立てることに
嬉しくなってしまった。
「うん!」
カザリさんとカノンがとても心配そうな表情をしている。
信用ないなぁ……
まぁ、そりゃそうだけど。
ボクとお爺さんはそれぞれ松明を持ち、少し暗くなってきた道を歩く。
電灯がないから、暗くなってくるとあっという間に闇の中だ。
日本だと夜道といっても真っ暗じゃなくて薄ぼんやり見えるからね。
「村はまだ遠いんですか?」
「ああ、いえいえ、もう少しですよ」
暗い道というだけで相当怖い。
ここまで旅をしてきたけど、まだ夜の暗さには慣れない。
でも、ここら辺には危険な動物はいない……いないんだ。
何度も自分に言い聞かせながら進む。
ガサッ
音がした。
ビクっと反応するボク。
ボクは手を広げて、お爺さんに止まってとジェスチャーを送る。
「どうしました……?」
「い、いえ……なんか音が……」
「小動物も多いですから」
「あ、そ、そうですね…行きましょうか……」
ボクは恥ずかしくなってしまった。
お爺さんのほうが全然勇気があって……
あれ、なんか荒い息遣いが聞こえる。
はぁ、はぁ、はぁ……という音が近づいてくる。
え?
ドドッ! ドドッ! ドドッ!
という重くて低い音を立て、何かが急速に近づいてくる。
なんだ? 闇が濃すぎて見えない。
「な、なんですかね、この音……」
お爺さんも心配そうだ。
そして松明の明かりの範囲内にそれが来た。
巨大な……
熊……のような……ボクの身長の何倍あるんだこれ。
え、熊ってこんなに大きいの?
それは目の前に躍り出ると、ボクたちに前足を振り下ろしてきた。
「ひぃ!」
ボクとお爺さんがビックリして転倒する。
そのおかげか、なんとか前足の攻撃から逃れられたようだ。
熊が寄ってきて腕を振り上げた。
なんだこれ、前足がやたらでかい。
ボクの身長くらいありそうな巨大な腕が襲ってくる。
でも、こいつやたら動きが鈍い。
ボクはなんとか転がってかわす。
心臓が破裂しそうなほど高鳴る。
息が荒くなり、汗がとめどなく流れる。
でも……!
ボクは倒れているお爺さんの元へ走り、その前に立つ。
「た、立てますか!?」
「……は、はい!」
ボクはお爺さんの手をつかんで走り出す。
熊が追いかけてくる。足も遅いみたいだ。
でも、いくらも進まないうちにお爺さんが立ち止まってしまう。
「は、はしれ……はぁはぁ……むり……」
うぅ、そんな……
お爺さんは胸を押さえ、苦しそうに肩で息をしている。
どうしよう…どうしよう……
ダーツさんたちがいる野営地まで戻るには遠い。
村には近いと言ってたけど、あと数分で着くとしてもお爺さんがこれじゃ無理だ。
ボクがおぶって……いや、無理だ……
そんなの1分も歩けない。
ボクだけなら……逃げられる……
――――それはない。
その選択は絶対にない!
ダーツさんの顔見知りのお爺さんを、ボクが村まで送るって約束したんだ。
それに……ボクに任せてくれたんだ。
なによりボクが、西野さんに助けられて生きている。
カノンに助けてもらって生きている。
ボクも……!
「お爺さん、ボクが……こいつを引きつけておきます。
歩いてでも、なんとか…逃げて…ください……」
体中の冷や汗がとまらない。
「で、ですが……」
ボクは叫んだ。
「行ってください!」
お爺さんはヨロヨロと立ち上がり、歩き出した。
なんだかこの獣、とても違和感がある。
なんですぐ襲ってこないんだろう…?
あれからずっとボクの周りをウロウロしている。
お爺さんが歩いた方向と逆に向かい、松明で威嚇しながら少しずつ退がる。
熊は松明を警戒しながらも、ボクから離れることはしない。
だいぶ時間稼げたかな……
ボクは何度も何度も松明を大きく振り回して威嚇した。
多分だけど……お爺さんからはかなり引き離せた気がする。
そろそろボクも逃げ出して大丈夫かな……?
こいつは巨大な腕のせいか、動きが鈍くて足が遅い。
なので、ボクも逃げきれそうだ……
ほっと少し気が抜けた瞬間、突然熊がボクに襲いかかる。
え……
気が付くとボクは地面を転がっていた。
体中が痛い……
一体なにが。
あれ、あんな遠くに松明が……
立ち上がろうとしたけど、力が入らなくて立てない。
う…頭もクラクラする。
獣の荒い息がボクのそばから聞こえた。
そしてまた転がった。
ううう……
今度は松明の近くに来てる…
明かりのそばなので気づいた。ボクは血だらけになっている。
あの熊…違和感がわかった。
あいつ、ボクで遊んでるんだ……
わざと避けられるように攻撃して、遅く走ってたんだ。
昔、テレビでやってた話を思い出した。獲物で遊ぶ肉食動物の話。
こいつもその類なんだ……
「げほげほっ!」
口から血が吐き出される。
やばい……殺される……
あ、でもお爺さん逃げられたかな……
意識がもうろうとする。
熊はボクの匂いをかいで、軽く転がしたりしている。
その時、誰かの声が聞こえた気がした。
「……キ……キラ……」
「うぅ……?」
「アキラ! アキラ!」
あれ? ダーツさん……
「気がついたか!」
少しずつ意識がはっきりしてくる。
ボクは今、ダーツさんの胸に抱えられている。
はは…お姫様抱っこじゃん……
ダーツさんはボクを心配そうにのぞきこんでいる。
「くそ、なんでこんな場所にイービルベアーが……」
ベアー……
あ、そうだ。ボク、熊に……
「ダー……ツさ……」
「バカヤロウ、しゃべるんじゃねぇ!」
ダーツさんはどうやら、ボクを抱えながらイービルベアーと対峙している。
イービルベアーはさっきまでとまるで違っていて、とんでもなく速い動きで
ダーツさんに攻撃してくる。
ボクを抱えながらそれを避けてる。凄いや……
でもね、ボクも少し役に立てたよ?
「おじ……さん、ボク……逃がせた……よ……
ゲフゲフッ!!」
「……ッッッ!!
ああ、よくやった……よくやったぞっ……」
あ、なんか褒められた……嬉しいな……
意識がやっとはっきりした。
ダーツさんはボクを抱えながら動いてるせいで、避けるだけで手いっぱいなんだ。
イービルベアーの足はやたら速い……これが本来の動きなんだ。
ボクを抱えながら逃げることは不可能だ。
ちくしょう!
また迷惑しかかけてない……
「ダーツさん……ボクを……おろして……
逃げて……」
「アキラ……次、そんなこと言ったらぶん殴るからな」
ボクは……涙が出そうになっちゃった……
ダーツさん……
でも、どうすればいいんだ。
このままじゃ、いずれ2人ともやられちゃう。
イービルベアーが大きく前足を振り上げ、ダーツさんが避ける。
そしてボクはその瞬間、ダーツさんをおもいっきり押しのけ……
――――落ちた。
ボクはイービルベアーのすぐそばに落下し、そしてダーツさんの手甲から抜いた
短剣を思いっきり熊のアゴを目がけて下から突き刺した。
イービルベアーが立ち上がってたら届かなかったけど、四つ足だったから刺せた。
暖かい血がボクの手を伝わる。
これが……命を奪う行為……
ボクが生き残るために、他者の命を奪う。
知らず涙が流れていた。
イービルベアーが吠え、ボクを激しく前足で払いのけ、吹き飛ばされる。
そしてボクの意識は完全に飛んだ。
目が覚める。
あれ……? ここって……
「アキラさん!」
カノンの泣きはらした瞳が視界に広がった。
周りにはカザリさんにネロさん、タイラーさんも……
そして、ダーツさんも。
ボクが目を覚まして皆喜んでくれている。
ダーツさん以外は。
ボクは包帯だらけになって野営地で寝かされていた。
カノンとネロさんが必死に治癒魔法をかけてくれて、ボクは何とか一命を
取りとめたみたいだ……
魔法って凄いよね。死ぬかもしれない重傷から、打ち身程度まで回復したんだ。
あの後、イービルベアーはひどく暴れたけどそのまま逃げたらしい。
はぁ……良かった。
後で捜索して退治に行くらしいけど。
まぁ、手負いだし、危険だからね。
まだ命を奪う感覚、短剣をイービルベアーのアゴに刺した瞬間の感覚が
手に残っている。
あいつはまだ生きてるけど……
ボクはその命を奪おうとしたんだ。
忘れちゃいけない……この感覚は。
ダーツさんがボクの頭にゲンコツした。
「いだぁぁぁぁ!」
「言ったろ! 一発くれてやるって!」
「言ってないよ……バカなこと言ったら……だったし」
「バカヤロウ!」
またゲンコツしそうになったダーツさんを皆が止める。
「ケガ人になんてことするんだ」
ネロさんが怒ってた。
「――――アキラ……
爺さんがお礼言ってたぜ。
……よく……やったな」
ダーツさんは優しい目でボクを見つめた。
周りも優しくボクを見ていた。
ボクは少しだけ自分を誇らしく思えた。
「っていうか、俺を呼びに来たのはじーさんだ!
死にかけだったぞ、あのじーさん。
あのままポックリ逝ったら、何のためにお前が囮になったかわかりゃしない。
必死に走って来たんだ。あとで謝っとけ!
、しかも、バカもやったから、褒めたのは帳消しだ!」
「ええええ! そんなぁ…」
皆、笑い出した。
ボクもつられて笑ってしまった。