第60話「最善なる道」
「随分楽しいことを言うじゃないか、アステリア」
「……楽しい?」
アステリアは魔王の心の底まで覗くように瞳をじっと見つめた。
嘲笑を浮かべる魔王の目の中に、アステリアの無事を喜ぶ光は見えなかった。
アステリアが現れたとき、魔王の目に宿ったのは楽しみを邪魔された怒り。
それは一瞬で消え、その後はこれまで何千年と見てきた蔑みの眼差しに戻った。
(クトゥルーの言った通りね……)
アステリアの視界がぼやけた。
瞼を力強く閉じ、流れ落ちそうになる涙をこらえた。
彼女はそのまま、少し前にクトゥルーと会話した中身を思い出す。
☆
「早くアキラ様を助けにいかないと!」
飛び出しかけたアステリアをクトゥルーの一言が止めた。
「どちらの御方の元へ助けに行かれるのですか?」
アステリアの体が思わず硬直する。
そう、どちらを助けに行くと自分は言ったつもりだったのか。
魔王なのか、それとも魔神となったアキラなのか。
自分が数千年も愛し続け、恋焦がれてきたのは魔王だ。
その魔王が帰還した。
なにを迷うことがあろうか。
髪が白くなり、自分を殺そうとしたアキラ。
彼は明らかに偽者だ。
しかも全ての生命を死へと招く、恐るべき始まりと終わりの魔神だ。
だが彼が魔神となる前は、確かにアステリアを愛してくれていた。
彼女が傷つくと心配し、無理はするなと身を案じてくれていたのは間違いない。
自分がアキラに寄せているのと同じ類の愛ではないかもしれない。
だが、大切に思ってもらえていた。
優しく見つめてくる瞳がアステリアの心を激しく揺さぶり、のどかな春の日差しのような眼差しを目にしてからはいっそう彼に心酔した。
数千年の時を過ごしてきた中で、あれほど優しい瞳を向けられた記憶はない。
魔王どころか、誰からもだ。
魔王からはただの道具を見る目で、部下や幹部からは畏怖の目で見られてきた。
アキラだけが尊敬と愛情を持って……
今もアキラを想うだけで、心がさざ波をうち高揚するのを感じる。
アステリアは分からなくなった。
自分の愛する者は魔王なのか、それともアキラなのか。
混乱した頭で必死に考える。
こうしてる間にも、どちらかが傷つき、倒れるかもしれない。
一刻も早く駆けつけねばと焦燥に駆られる。
ほどなくして、アステリアは答えに辿り着く。
愛をもって見つめられても、優しく言葉をかけられても……
それは愛する魔王の姿であったからこそ。
そう、魔王の似姿であったからこそ、心が揺れた。
アステリアはそう結論を下した。
「クトゥルー、私は魔王様の元へ行くわ」
「……それは良かった。我も魔王陛下の元へ向かうつもりであったがゆえ」
アステリアが敵対しなかったことにクトゥルーは安堵の息をついた。
彼女と戦うことが怖いからではない。
己自身も愛する者をもつクトゥルーだからこそ、アステリアの気持ちがわかる。
(やはり真実は伝えておくべきだな)
黙っていようと思っていた言葉を伝えてしまう。
「魔王様は、死にかけた貴女を一度たりとも顧みませんでした」
アステリアの心が一瞬で冷え、体まで凍りつきそうになった。
思わず眉根を寄せ、瞼を閉じてしまった。
(伝えなければ迷わなかったものを、我は……いったい彼女に何を選ばせたいのか)
クトゥルーは目を細め、ただ黙ったままアステリアの反応を見ていた。
アステリアは放心したまま力なく目を開けた。
炎が灯る目は焦点が合わず、虚空を見つめている。
「フフフ……アキラ様には殺されかけ、死の淵をさ迷いました。
かたや……
魔王様には、数千年愛を捧げようと、その御心には微塵も留めていただけなかった。
私は……私は……なんのために存在しているの?」
「……アキラ様は、アステリア様を救えと。
ここに全員が揃っているのは、我がアキラ様から命じられたがゆえ」
クトゥルーの言葉を聞いて、アステリアの体がビクリと跳ねた。
「ア、アキラ様が……?」
カノンも驚きの声を上げた。
「それって……まさかアキラさん、元に戻りかけてるのじゃ」
西野とダーツもクトゥルーの言葉が真実だと保証した。
アステリアは魔神となったアキラが元に戻ったと思った瞬間、偽者だと分かっていたのに、心から喜びの声を上げたことを思い出した。
今もそうだ。
元に戻りかけている……その言葉を聞いただけで、生きる気力が体の奥底から湧きだしてきた。
アステリアは自分の本当の心を知ってしまった。
(魔王様の元に戻っても、生きる気力を無くして私は滅びるわ……)
アステリアは魔王の姿を焼きつけるように潤んだ瞳で凝視し、そして別れを告げるように瞼を閉じた。
(アキラ様は恐るべき魔神です。
私をいつか滅ぼす存在であったとしても……生きる希望を与えてくれた)
再び目を開けたとき、遠く離れた白髪のアキラだけを見つめていた。
アステリアの美しい瞳から炎の涙が次々と零れ落ちていく。
「私はもう一度、優しいアキラ様のお顔が見たい……」
アステリアの瞳に宿る力強い光には、もう欠片ほどの迷いもなかった。
アステリアの言葉に西野たちは力強くうなずいた。
しかし、クトゥルーだけは静かに目を伏せてしまった。
皆が興奮しだす中、命夜が全員へ静かに告げた。
「お前たち植えつけた種、少し開花、アキラまだ戦ってる」
皆の目が遠くで戦うアキラへと向けられた。
「アキラ……」
皆の想いを代表するように、ダーツはアキラの名をつぶやく。
「私の策、失敗した。でもアキラ、諦めてない」
無表情なはずの命夜の顔が、少し落ち込んだように見えた。
「私信じなくて、誰信じるのか。母親失格」
命夜は皆をひとりひとりゆっくりと見ていった。
「信じて。本当のアキラ、お前たちの知ってるアキラ。
決して魔神ちがう」
誰一人、命夜の言葉を疑う者はいなかった。
命夜は皆に感謝し、頭を下げた。
「皆の力貸して。今度こそアキラ取り戻す」
「「はい!」」
全員が希望に満ちた瞳で力強くうなずいた。
ただ一人、クトゥルーを除いて。
命夜はクトゥルーに声をかけた。
「お前は……魔王の元に行くのだな」
「うむ、我は陛下に忠誠を誓っておる」
アステリアはクトゥルーと向き合うと、感謝の言葉を告げた。
「クトゥルー、今までありがとう。お前のおかげで私は真実へたどり着いたわ」
「アステリア様……」
アステリアはアキラの元へと飛び出した。
なぜか力が湧いてくる。
魔神アキラによってほとんどの魔力が失われたはずだが、今は気力とともに力がみなぎる気がしていた。
☆
「私への愛はウソだったんだね、アステリア。実に悲しいことだ」
言葉とは裏腹に魔王が嬉しそうに笑う。
しかしそんな魔王の顔を見ても、アステリアの心はもう揺るがなかった。
「ウソではありません。お慕いしておりました。
ですが、もっと大切なものを見つけたのです」
魔王の眉がピクリと動く。
「大切……? まさかそこに転がるゴミのことか?」
アステリアの炎が一瞬にして激しく燃え上がり、魔王へと挑みかかる。
「アキラさまへの侮辱、許しません!」
魔王が後ろへと飛び退く。
アステリアの前に機械騎士レイザノールが立ち塞がった。
いや、それより早く、人間から元の姿に戻ったクトゥルーが前に立ち、アステリアへ攻撃をしかけた。
クトゥルーの触手がアステリアを激しく打ち叩き、弾き飛ばす。
天使長ミカエルと魔法少女レレナが、アステリアに追い打ちをかけるために飛び出した。
「裏切り者め!」
ミカエルが憎々しげにアステリアを睨みつけ、手に持った巨大な光の槍を投げつけた。
「くらえ! ロンギヌス!!」
ロンギヌスと呼ばれた雷を纏った槍は、神の怒りに満ちた声のごとく雷鳴を轟かせ、アステリアを襲う。
辛うじて直撃は避けたはずだが、それでもアステリアの腹の半分が掻き消えた。
ステッキに持ち替えた魔法少女レレナの火炎魔法が、追い打ちとばかりにアステリアを襲う。
「私に火が効くと思って!」
アステリアは体中で燃え立っている自身の炎を口の中に吸い込み、そして吐き出した。
口から吐き出された火焔はレレナの放った炎をたやすく凌駕し、レレナが炎に包まれた。
ふだんアステリアが纏う炎とは違い、吐き出された炎には黒い火炎が混じっていた。
(な、なにこの炎は!?)
アステリア自身、謎の黒い炎に驚きを隠せない。
「きゃああああああああ!!!」
「レレナ様!!」
赤黒い炎に包まれたレレナを見て、ブルーソフトが悲痛な声を上げた。
レレナの身体があっという間に焼き焦がされ、骨と化していく。
「バ……カな、私は炎の……魔法少女なのに……」
火炎同士の戦いでこうもあっさり負けるとは思わなかったレレナが、大きな目をさらに大きく見開いて呆然と呟いた。
だが、それは一瞬。
彼女は永遠の灰と化した。
魔法少女ブルーソフトたちが怒りと哀しみの絶叫を上げた。
「うああああああああああああああああああああ!!!!!
愛するレレナ様をよ、よくもッス!
魔法少女全隊! 偽者と共にアステリアをクソぶち殺せッス!!」
1000人にも及ぶ魔法少女が一斉に呪文を唱えだした。
ある者は地上で踊るようにステッキを振りまわし、またある者は空中に飛び上がり、ブレスレットを交差させた。
彼女たちの前に次々に現れる魔法陣。
ブルーソフト、グリーンラム、イエローキナコ、ピンクアダルトたち、レレナの側近も同じく渾身の魔法を唱える。
復讐に燃える目でアステリアを睨みつけた。
魔法少女たちの瞳が赤や青など、さまざまな光を放ちだした。
その顔はレレナの死を悲しみ、涙があふれていた。
「「究極魔法、デッドエンド!!」」
1000人にも及ぶ魔法少女が一斉に叫んだ。
魔法少女全員の目と口が大きく開き、口の中から光があふれだした。
色鮮やかな光はアステリアとアキラに向かって放たれた。
アステリアは防御に長けておらず、攻撃に特化した性質をもつ。
対抗するにはたった一つ攻撃あるのみ。
彼女は体中から炎を噴き上げさせ、デッドエンドへとぶつけた。
アステリアの炎に混じった黒い炎は、1000人の力を集結させた魔法すらたやすく打ち消した。
ブルーソフトたち魔法少女は絶句し、しばらくの間呆けた。
全員一丸となった魔法は、魔王ですらかわすことはできても、打ち消すことはできないはずだった。
魔法少女たちだけではない。魔王やその幹部たちもアステリアの力に目を奪われていた。
☆
アキラは目の前に立つアステリアをただじっと見つめていた。
なぜ自分を助けてくれるのか。
(しかも、あの黒い炎はなんだ……まるでボクの力みたいじゃないか)
ようやく身体の大部分が修復できたアキラ。
ミカエルの天罰が脅威だったというより、自分の力が意のままにならないというべきか。
(本当にボクの体になにが起こってるんだ)
魔法少女たちが再び攻撃を始めるため、呪文を紡ぎだす。
アステリアならまたたやすく迎撃できるだろうと思ったが、そのアステリアの様子がおかしい。
片膝をつき、息が荒い。
(そうか、ボクが魔力を吸い取ったからね。よくその状態であれほどの攻撃を。
しかし、ボクも悠長にしてられない。
いまあんな攻撃を喰らえば、自分自身どうなるか、わかったもんじゃない)
魔法少女ブルーソフトは声の限りに叫んだ。
「レレナ様の弔いのため、我らの全魔力を使い、奴らを葬るっス!」
先ほどより遥かに強く輝きを増していく魔法少女たち。
髪が逆立ち、彼女たちの体から美しいオーラが揺らめき立ち、全力を注ぎこもうとしているのが見て取れた。
大気が揺れ、地面もビリビリとわずかに振動している。
クトゥルーは魔法少女たちに叫んだ。
「やめよ! それを使ってはお主たちが……」
「黙れ」
魔王がクトゥルーの発言を遮った。
「レレナを失った今、魔法少女はもういらぬだろ?」
機械騎士レイザノール、悪魔の紳士ルーシー、死霊使いイザナミ、大天使ミカエル、古き神クトゥルーは、無情とも言える魔王の言葉に何も反論せず、ただ魔法少女たちを静かに見守った。
魔法少女たちの恐ろしい程の魔力の高まりに、アキラの顔に焦燥が浮かぶ。
(これはやばい。今のボクじゃ消し飛ぶかもしれない!)
アキラは焦り身をよじるが、体がまだまともに動かない。
(くそ、なぜ力がうまく操れないんだ)
「うあああああああ!!」
アステリアが咆哮を上げて力を振り絞った。
「アキラ様は私がお守りする!!!」
アステリアの身体の一部が消失していくが、炎の力は強まっていく。
自分の体を構成する炎の力を使い、対抗しようとしたのだ。
「アステリア! やめろ!!」
アキラは思わず、声を発してしまった。
アステリアは勢いよく振り返り、アキラをじっと見た。
「アキラ……様……嬉しい。
私は……これで滅びても悔いはありません」
アステリアはアキラへ微笑みかけると、再び魔法少女たちへと顔を向けた。
体中の炎を吸い込み、再び火炎を吐き出そうとした。
魔法少女たちの目が光輝き、口の中に光が凝縮されていく。
彼女たちの中には血を吐き出し、体から血が噴き出す者もいた。
だが誰も詠唱を止めない。
そして完成した魔法が解き放たれた。
「「極大究極魔法、ワールドエンド!!」」
デッドエンドとは桁違いの光がアステリアとアキラを襲う。
そのとき、西野とカノンがアステリアの前に立ち、西野が魔法少女の放った光へと斬りかかった。
「アキラくんは、私が……私たちが守る!」
西野は叫び、光の剣を魔法少女のワールドエンドへと叩きつけた。
「アキラさん! 私たち諦めません!」
カノンが極大魔法へ掌底を突き出した。
西野の剣からも、カノンの手からも、黒いゆらめきが立ち上った。
極大魔法ワールドエンドは、最初から存在しなかったように静かに消え去った。
ブルーソフトたちはただただ立ち尽くしている。
その顔からは表情が抜け落ちていた。
「そんなバカな……ッス……」
ワールドエンドを唱えた魔法少女たちは魔力を使い果たし、次々と消滅していく。
魔法少女の全魔力、全生命力と引き換えに行使する究極魔法。
それがワールドエンド。
ブルーソフトの目尻に涙が浮かび、一筋の雫となって流れ落ちた。
「レレナ様……」
涙が地面に落ちきる前に、ブルーソフトたちは消滅した。
☆
命夜はタトスと共にアキラたちを見守っている。
「黒い力、アキラ、皆に力貸してる……」
「え? 本当ですか?」
タトスが思わず聞き返してしまう。
「アキラ、本当は救いたい、無意識」
タトスはアキラという少年の優しさを好ましく思う。
生命を滅ぼそうとする魔神。
皆を苦しめないため、この先やってくる地獄のような世界を味わせないため、魔神は命を奪おうとしている。
それは押しつけだ。
しかし、やがてやってくるものがどれほど恐ろしいモノかは誰も知らない。
だからこそ、それを知る魔神は力づくなのだろう。
命夜は祈り願った。アキラの心に、いま一度皆の想いが伝わるように。
アキラは無意識に死んでほしくないと感じて西野たちに力を貸す。
今、迷っているのだ。
本当の救いとは、どちらを選ぶことなのだろうと。
命夜にもわかっている。
この先訪れる世界は、優しいアキラが非情な選択をするほどのものであると。
だがそれは誤った選択だ。
西野たちが死に絶えた後、アキラの心は喪失の辛さに耐えられなくなり、壊れてしまう。
そうなれば、終わりの魔神へと変貌してしまう。
愛する者の死を願うものなど、この世に存在しない。
それは神であろうと、悪魔であろうともだ。
アキラは始まりであり、終わりをもたらす魔神。
決して邪神ではない。
命夜がアキラの心に皆の心を送り込むことで、今やっていることは間違いだとアキラ自身に悟らせようとした。
魔神としての宿命を少しでも忘れる事ができれば、きっと人間としての心が勝つはず。
命夜はそう信じた。
命夜自身の力はもうほぼ残っていない。
あとはアキラと、彼を愛する者たちの戦いだ。
「気づけ、アキラ……お前は始まりでもあるんだ」
愛する者を本当に守りたいなら、安易な方法で終わらせるな。
苦難の道ではあるが、生きて守って見せよと伝えたつもりだ。
なぜ皆がアキラのために戦っているのか、それを感じてほしかった。
☆
「「一緒に戦いましょう!」」
カノン、アステリア、西野。アキラに手を差し出す3人。
「ちぇ、俺が一番最後に到着か。全然かっこつかねぇな」
ダーツが苦笑を浮かべながら愚痴る。
ようやく動くようになった体を起こし、アキラはポカンと全員を見渡した。
「アキラくんの力、やっぱすごいね、あんなとんでもない魔法打ち消しちゃった」
西野がいたずらっぽく微笑む。
「はい、私もアキラさんの力を感じて、いつもより力が湧きました」
カノンがいつもと同じように優しく見つめてきた。
「私の炎も、アキラ様のおかげで圧倒的ですわ。まさに一心同体」
アステリアの頬は桜色に染まり、アキラを濡れた目で見つめた。
「皆……」
アキラの顔には戸惑いが現れていた。
このまま皆を殺してしまおうか……とも考える。
しかし、皆の笑顔がその考えを追い払ってしまう。
「アキラ、カザリやタイラーは……お前のために死んだ。
きっと今頃、あの世で自慢話してるぜ」
「ダーツさん……」
ダーツが静かにアキラのそばにやってきた。
優しくアキラの肩を抱き、いつものように暖かい目を向けた。
「お前が俺たちを苦しみから救おうとしてたのは分かる。
だがな、救う道ってのは一つじゃねぇ。
たくさんある道から、最善の道ってものを選び出すんだ。
今のお前は、最善じゃない道を選んでる」
「最善……じゃない?」
「見ろよ、この女性陣3人の笑顔をよ……」
アキラはアステリア、カノン、西野を順にゆっくり見た。
自分を見つめる眩しく優しく笑顔。
殺してしまえば、確かに苦しむ未来は無くなる。
しかし、この笑顔もまた永遠に失われる。
(それは……すごくイヤだ……)
アキラは思い出した。
カザリの慈愛に満ちた笑顔を。
タイラーのはにかむ笑顔を。
もう二度と見ることができない。
カザリはなんのために死んだのか。
(決まっている。ボクの命を守るためだった。
ボクはカザリさんが大好きだ。だから死んでほしくなかった……)
タイラーはなんのために死んだのか。
(そうだ……ボクは道を間違えたんだ。
だからタイラーさんは一生懸命、命をかけて道を正そうとしてくれたんだ……
カザリさんが守ってくれたのは今のボクじゃない。
あのときのボクなんだ……あのボクこそ正解なんだ)
アキラの瞳から大粒の涙が流れ落ちた。
透明で美しい水滴は大地へと零れ落ちた。
☆
命夜が静かにタトスへ告げた。
「終わりの魔神、始まりの魔神へ変わった」
「では!? 元に戻ったんですか!?」
命夜は首を横に振った。
「終わりの魔神もアキラ」
「え?」
「あの子、これからも揺れる。でも、アキラが愛する者たち、また救ってくれる」
タトスは力強くうなずいた。
その通りだと思う。
いつだって人は愛する者のために戦う。
ときに愛は間違った方向へと向かう。
深き想いとは、それほどに危うい。
だからこそ互いに支え合い、共に進む力強さと勇気が必要だ。
「メイヤ様、アキラくんはきっと大丈夫です……あんなに愛されているのだから」
命夜の無表情な顔に、微かに微笑みが浮かんだようにタトスは見えた。
☆
「ボク、何をしてたんだ……
皆に喜んでほしくて、幸せになってほしくて……それなのに……」
ダーツはアキラを力強く抱きしめた。
「そうだアキラ、本当の幸せってのは、大切な者の笑顔を守ることだ。
そのために戦え……そのために苦労しろ……そのために生きるんだ」
アキラの顔が涙でぐしゃぐしゃになり、ダーツを抱きしめ返した。
「ダーツさん……皆……ごめんなさい……」
「そろそろいいかい? 神代アキラ」
魔王がつまらなそうな顔をしている。
アキラはダーツから離れ、魔王へと顔を向けた。
「ああ、もうボクは大丈夫。決着をつけようじゃないか」
「やっとその気になったのかい?
魔法少女を倒したくらいで調子に乗ったか?」
「レレナのことは……すまない……」
「は?」
魔王が心底あきれ顔でアキラを見た。
「くだらん……道具にすまないと謝るヤツがいるのか」
「道具だと? そうか……じゃあ、ボクはキミから奪うことに決めた」
「私の命をかね? ククク……」
「そんなつまらないモノじゃない」
魔王の眉が怒りで吊り上がった。
「私の命をつまらぬだと?」
アキラは魔王を無視し、そばに控える幹部たち、そして悪魔たちを見回した。
「ルーシー、レイザノール、ミカエル、イナザミ、クトゥルー。
お前たちの協力が欲しい。
ボクの仲間になってくれ!」
驚く皆の視線を受けながらも、アキラは微笑んだ。