表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/75

第59話「悪魔軍団」

「久しぶりだね、神代(かみしろ)アキラくん」


尊大(そんだい)なそぶりで喋りかけてきた魔王の姿はボクと瓜二(うりふた)つだ。

顔や身長は寸分たがわず、同一人物と言ってもいい。

声色まで同じだ。

ふふふ、鏡を見てるみたいで笑えるね。

でも、今のボクは白い髪だから、まったく同じとは言えないけどね。


まぁ、それはいいや。確かに懐かしいね。


「15年ぶりだね、魔王ア……ああ、いや同じ名前だから胸糞悪い。

 魔王で良いよね?」



ボクが笑顔で答えてあげたのに、返事したのは魔王じゃ無かった。


悪魔の紳士ルーシーが低くつぶやき、ボクを(にら)んできた。


「陛下の御前(ごぜん)ですよ、勝手な発言は(ひか)えていただきたい」


「よい、ルーシー。

 神代(かみしろ)アキラは15年前、私を殺した者ぞ。

 畏敬(いけい)をもって接しろ。それが魔族というものだ」


魔王が口の端に微笑を浮かべながら、(おごそ)かにルーシーをたしなめる。


「これは出すぎた真似を……申し訳ありません」


ルーシーは大人しく頭をたれて控えた。


魔王のやつ、確かに殺して地獄世界へ送り込んだのに……

よく戻ってこれたね。


ん? あれ……そういえば、ボクってなぜ魔王を殺したんだっけ?

おかしいぞ、思い出せない……


そんなバカな。ボクにはすべての記憶があるはず。


なぜだ?





「クックック……

 あっはっはっはっは!!」


突然魔王が大声で笑いだした。

ただの哄笑(こうしょう)だけで周りに(ひか)える悪魔たちに緊張が走り、身を固くしたのが

ボクには分かった。

やれやれ。


「地獄世界に落とされた私を、イザナミが15年かけて解放してくれたわ。

 あの時は不意を突かれ敗れたが、今度はそうはいかぬぞ」


へぇ。すごいねイザナミ。

キミ、原初(げんしょ)みたいなことできるんだねぇ。

ちょっとイラつくね。


死はボクにとって永遠の安らぎの場なんだ。

ボクの断りもなく、よくもまぁ……



ボクの苛立ちを反映して、目から揺らめき立ち昇る漆黒の炎が大きくなっていく。


ほんの少しボクが怒りを見せただけで、悪魔どもが恐怖で大きく震えだした。

ルーシーたち幹部連中ですら青ざめ、(おび)えている。


おっと、自制しないと恐怖だけで魔族どもが死んでしまう。

魔王もやはりボクを見て、微かに怯えの色をにじませている。



死を恐れぬはずの魔族……か?


フフフ。

いや、それはありえないんだ。

キミたちは死から遠い存在なだけで、死の認識がほかの生物より薄いだけなんだ。


そうだね、人間でたとえるなら10代の若者というところかな。

死から遠いあまり、自分は不死身だと思い込んでいる。

だけど年老いていくと、次第に死を間近に感じて恐怖するんだ。


死を与えるボクという存在の前には、魔族であろうと死を目前にした老人も同然なのさ。


さあ、(おび)えるがいい。

だがボクはキミたちを殺しはしない。

死の安寧(あんねい)は与えてやらない。


キミたちには、この先訪れる永遠の楽園【救済の日】を存分に味わってほしい。


楽しい世界だぞ……ククク。


あれ……救済の日だって? 救済の日とはなんだ?

ボクでさえ恐ろしいモノなんだ。それなのに分からない。


本当におかしいぞ、どうなっている?



「さあ、おしゃべりはこれまでだ、神代アキラ。

 お前の死をもって私を殺した罪を(あがな)え」


魔王がそう放った瞬間、全ての魔族たちが一斉にボクへ襲いかかってきた。

何千という数の異形の者たち。



ボクはなぜか、足元に転がるカノンたちが気になった。


くそ、なぜボクはカノンたちをまだ殺してないんだ。

可哀想に……

苦しいだろうに。


「クトゥルー、カノンたちを安全な場所に退避させてくれ」



――――は?


ボ、ボクはなにを言ってる?



クトゥルーはいつの間にか元の異形の姿に戻り、手足を復元していた。

だがアステリアは人間の姿のまま気を失っている。

いや、すでに死にかかっている。


「恐れながら、我は陛下の所有物であり、あなたの物ではありませぬ」


クトゥルーがボクに反論する。

ああ、そっか。そういえばボクって魔王じゃないってバレたんだ。


「ですが、貴方の配下である人間は我も少々認めておるところです。

 最後の奉仕として下命(かめい)(たまわ)ります」


その言葉に思わずクトゥルーを凝視(ぎょうし)してしまった。

魔族が人間を認めた……? そんなことがあるのか?


クトゥルーはすでに動きだし、カノンたちを遠い場所へと運んでいく。


それを見送ってから、ボクは魔族たちに視線を戻した。


さあ、来るがいい悪魔ども。





「カノン、カノンよ」


「う……」


クトゥルーの呼びかけに、カノンが重い(まぶた)をなんとか開けた。

アキラの一撃で手足を切断されたカノンだったが、傷口だけは(ふさ)がっていた。

しかし肉体の欠損までは治癒(ちゆ)されていないようだ。



「あれ……私……」


「気づ……いたか……カ、カノン……」

「ネ、ネロさん?」


ネロは顔色が蒼白でしゃべるのもきつそうだった。

そのそばには人間の姿になったクトゥルーがいた。

カノンが周りを見回すと倒れた皆がいる。ヒュプテとヘイラも合流していた。


「そこのエルフのおかげでお前だけはなんとか治癒できた」

「え!? 私なんかをなぜ……」


ダーツも土気色の顔ながら、カノンにふてぶてしい笑顔を見せた。


「カノン、お前の治癒でアステリア様を治してくれ。

 アステリア様なら全員を一気に治療できる」

「そんな……では、私ではなく、アステリア様を治すべきだったのでは……」


クトゥルーが苦々しい表情をした。


「情けないが、我は己の回復だけで魔力が尽きた。そもそも治癒自体が苦手でな。

 アステリア様は死にかけておる。あまりに重傷だ。

 エルフの力だけでは無理だ。カノンお前にしかできぬ」


カノンがアステリアの様子を確認する。下半身が消失し、人間に戻っていた。

なんとしても治療するという決意を見せるように、クトゥルーたちに力強くうなずくと、大いなる力と再び繋がる。


カノンもこれまでの戦いですでに疲労困憊(ひろうこんぱい)だ。呪文を(つむ)ぐだけで血を吐き出してしまう。

それでも呪を唱えることは止めない。

カノンがなんとかしないとアステリアが失われてしまうのだ。

ゴボゴボとノドが鳴る。

目や鼻、耳から血が流れ出し、すでに朦朧(もうろう)としている意識がさらに遠ざかる。

力と繋がる度、自分が自分でなくなる感じが強まっていく。

カノンの目がひときわ白く輝き、(じゅ)を解き放った。


大いなる力を受けて、瞬時にアステリアの下半身が復元する。

しかしカノンは血反吐(ちへど)をはき、苦しみのあまりのたうちまわる。


「カ、カノン! しっかりしろ!」


弱々しいながらも、鋭いダーツの励ましの声がカノンの耳に届く。

それでも体の痙攣(けいれん)が止まらず、痛みのあまり涙があふれだした。

どこか内臓を激しく傷めたのだろう。


「うううう~~ア、アキラ……さん、アキラさん……」


「カノン……」


苦しみの最中(さなか)、アキラの名を呼び続けるカノンにダーツが涙ぐむ。


(アキラ……お前、こんなに愛されてるんだぞ……)



カノンがいまだ苦しみもがいてる間に、アステリアが意識を取り戻した。


「アキラ様!!」


ガバっと起き上がり、自分の下半身が裸であることを疑問に感じる。

思わず大事な部分を手で押さえ、もう一方の手で胸の谷間から服を取り出して(まと)う。


「あれ……私どうなって……クトゥルー、お前なぜ人間に?」


アステリアは疑問を口にしながらも、徐々に記憶が蘇ってくる。


「私……アキラ様に……なぜ……」


ダーツがその疑問に答えた。


「まだ、元に戻ってなかったんです……」


アステリアはダーツを凝視(ぎょうし)する。その目尻にみるみる涙がたまる。



「………そんな……あ、あれがウソだったなんて……」


ダーツは悲しむアステリアを見ていられず、思わずうつむいてしまう。

目を()らしてしまうほど、彼女の美しい顔が悲しみに大きく歪んでいたのだ。

彼女にすれば最愛の人に裏切られたことになる。


「アステリア様、貴女(あなた)を助けたのはカノンです。

 苦しむ彼女をまず楽にしてやってくれませんか?」


その言葉に、いまだ血を吐き続け、苦しむカノンを見る。

そして回復魔法を唱えようとしたアステリアが硬直した。


「魔力が……ほとんどない……どうなっているの!?」

「アキラ様に力を大量に吸い取られたようです」


アキラとの戦いを間近で見ていたクトゥルーがアステリアに告げる。

確かにアキラの一撃を受けた瞬間、力が抜け落ちていくのを感じていた。


それでも(わず)かに残った魔力をかき集めてカノンを(いや)す。

カノンはやっと楽になったのか、息は荒いものの、さっきまでと比べると明らかに落ち着いた。


「アステリア様、ありが……とうございます……」

「いいのよカノン、あなたにも助けられたわ。ありがとう……」


カノンはアステリアの言葉に大きく目を見開いた。

力こそすべて、実力が絶対の魔族社会の中で、奴隷階級の自分に対してアキラ以外の幹部からお礼を言われるとは、夢にも思っていなかった。


「そんな、もったいないお言葉……なんてもったいないもったいない……」


命夜(めいや)がアステリアに頼み込む。


「アステリア、頼む、この男にも回復をかけてくれ……」


タトスを指さして頭を下げる。

アステリアは一瞬憎々しげに命夜を見たが、アキラの母親であることを思い出し、すぐにタトスの脚にも魔法を飛ばした。


しかしアステリアに残された魔力では欠損までは治せず、傷を(ふさ)いだだけだ。


西野の腕からも血が流れ落ちるのを見て回復させる。

悪魔が自分を治療してくれたことに驚きつつも、西野は礼を述べた。


「ありがとう……」



アステリアは静かに首を横に振った。


「あなたもね……」


アステリアはダーツの脚にも治癒魔法をかけて傷口を塞いだ。

いつもなら大したことはない技のはずだが、魔力を欠乏(けつぼう)させたいまは、それだけで疲労のため息をついた。


カノン、タトス、西野と治療されていく中で、ダーツは自分のことを忘れられてるのではと少しだけ心配していたが、回復を受けたことで安心した。


「アステリア様、ありがとうございます」


アステリアは礼を言うダーツを無視し、自分の手を見つめた。


「魔力の回復には少し時間がかかるわ。

 元に戻れば全員を一気に治療でき……あっ!」


その時、以前自分の力を封じた水晶玉の存在を思い出した。

カケイドの街でアキラの後をずっと追いかけるため、魔力を極限にまで抑え込むのに使ったアーティファクト。



胸元から水晶玉を取り出し、呪文を唱えるアステリア。

すると水晶玉は炎の(かたまり)となった。


「いやぁ、あねさん! おひさしぶりぶりー」

「久しぶりね、あなたに預けた魔力、返してもらうわね」

「いやぁ、まさかずっと預けっぱなしでビックリしてたんですわ。

 大丈夫かな、ボケてるんじゃないかってね」


アステリアのこめかみに青筋が浮かぶ。


「おっと怒らないでー。ほらほら、力返しますから。

 あ、でも利息はないですよ? 銀行じゃないし」


西野は2人のやり取りで呆気(あっけ)にとられ、炎の(かたまり)を見ていた。


「なんでこんなにしゃべるの!?」



アステリアが水晶から力を受け取ると、体中に魔力が行きわたり、全身から一気に炎が吹き上がった。

髪も瞬時に真っ白になる。

水晶をまた胸に戻すと、アステリアは力強く回復魔法を唱えた。


西野、ダーツ、タトス、クトゥルー……全員の欠損した部分が見る見るうちに復元して元通りになった。


「すごい……」


全員がアステリアに礼を述べた。

アステリアは皆を見回して落ち着いたのを見届けると、アキラの姿を探した。


「それでアキラ様は?」


クトゥルーが指さすと、アステリアもその方向へ顔を向けた。

まるで虫の大群が集まっているかのように、倒壊し崩れたビル街の一角に黒い染みが広がっていた。


「あ、あれは魔族の軍団? そ、それに……あれは……ルーシーやレレナまで」


アステリアは穴が開くほど目の前の光景を凝視(ぎょうし)した。

魔族たちは白い髪のアキラを襲ってるようだ。

この位置からではかなり小さな点にしか見えないはずだが、アステリアには個々人の識別さえついているようだ。

アステリアたちがさっきまで魔神となったアキラと戦ってた場所からかなり離れた所まで戦場が移動していた。



一瞬にしてアステリアの美しい顔が凶悪な獣の面になる。

牙を()きだし、目は()り上がり、炎が激しく()き出した。


「なぜ魔族がアキラ様を! なんたる無礼な!! 許さん!!」

「落ち着いてくださいアステリア様。よくご覧になってください」


飛び出しかかったアステリアをクトゥルーが制止する。

一瞬クトゥルーを突き刺すような視線で(にら)みつけたが、すぐにアキラのいる戦場へと目を向けた。


「アキラ様が一大事なのに、なにを落ち着けという……」



アステリアは気づいた。

白く長い髪のアキラと、茶色の髪の魔神に変貌(へんぼう)する前の容姿のアキラがいるのを。



「……え?」



アステリアはなにが起きているのか分からないまま、2人のアキラを見つめた。


「は? なに……?」


クトゥルーがアステリアの気持ちを察し、静かに告げた。


「本物の陛下が帰還されたのです」





アキラは魔族たちの戦闘力を次々と奪っていく。

無謀にも立ち向かってくる者はアキラに近づくだけで一瞬にして魔力を抜かれ、ただの人間同然にされてしまう。


魔力を失った魔族を軽く蹴り飛ばす。それだけで相手は骨折して再起不能になる。


「お前たちは殺さないよ」


漆黒のドラゴンが闇のブレスを吐きかけるが、アキラの体に触れる前に闇の炎は消失する。


「あっはっはっは。無駄だよ!」


アキラがほんの少し霧をまき散らすだけで、敵の体の一部を消し去れる。

そして魔族は魔力を失い、倒れ伏していく。



「数百年かけた魔法陣が、たった数時間すらもたないなんて……

 どんだけだヨω」


魔法少女レレナはアキラをピンクの(かま)で斬りつけながら、文句をぶつけた。

しかし鎌の刃は消失する。それを見たレレナは舌打ちする。


「それは悪かったねレレナ。

 でも、ボクって無機物を消すの苦手なんだ……武器はやめてくれないか?

 本来ボク、生物しか相手にしないんだ」


アキラの力は生命を終わらせるもの。はじめから命を持たないモノには効果が薄く、力を込めなければいけない。

それがとても面倒だと思った。



なめられていると思い、レレナは怒りを(あら)わにして呪文を唱えた。


「†ハルエム、ノムリニス、アキメリラス†」


大鎌(おおがま)をクルクル回転させると、半透明な真紅(しんく)のハートがレレナの周りをいくつも飛び交う。

アキラに向かって勢いよく鎌を振り下ろす。


「天を焼き()くす炎よ! 我が前に立ち(ふさ)がるものを滅ぼしたまえ!

 デモニック☆ブレイズΨ」


レレナの周りに無数の魔法陣が浮かび、陣から炎が吹き出してアキラを襲う。


「フフフ……レレナ、その程度じゃボクの黒い霧は抜けられないよ」


レレナの炎が周囲の建物を溶かしている。

アステリアの炎にも負けないほどの熱量を持っていた。

しかしアキラの体の周りは黒い霧で包まれていて、魔族の攻撃もレレナの魔法も一切受け付けなかった。


それでもレレナはニヤリと笑い、叫んだ。


「ブルーソフト! グリーンラム! イエローキナコ! ピンクアダルト!」


呼ばれた4人が整然と横並びで、それぞれ思い思いの構えを取った。


「クソ準備OKっス!」

「友情はないけど、それっぽいパワーで」

「ちょっとだるいけど、雰囲気で」

「大人の色気でイきそう、ああん、イっちゃうぅぅ!」


「「5人揃ってー! ギガデモニック☆インフェルノー!!!」」


5人全員の前に極大の魔法陣が出現し、5色の光が(うず)を巻いてアキラを包み込んだ。


「うあ!?」


アキラの背後にあったビルが一瞬で消し飛び、そのまま伸びていった光の渦はかなたに見える山すら吹き飛ばす。

黒い霧がレレナたちの魔法をはじき返すが、光の奔流(ほんりゅう)がジワジワと霧を消し去っていく。

逃げ遅れた下級魔族もレレナたちの魔法に巻き込まれているが、それでもレレナたち5人は手を止めない。


「結構強いね」


アキラは余裕たっぷりにつぶやく。しかし内心では自分の背後にダーツたちがいなくてホっとしていた。



「ああっ、もう! こんだけのクソ究極魔法でも効かないんッスかー!」


ブルーソフトが大声で愚痴(ぐち)る。

レレナたちも呆気(あっけ)に取られていた。


「冗談でショω」



アキラは今もダーツたちがいる場所からじりじりと遠ざかりながら戦っていた。

さっきのような強大な一撃を放たれると、近くにいれば西野やダーツたちに被害が出るからだ。

しかしアキラ自身、自分の行動が分からなかった。


(ボク、なんで皆を(かば)うの?

 今だって、巻き込まないように離れている……一体なぜ?

 皆を殺さないといけないのに、死なせたくないというのか?)




魔法少女レレナたちは全力の極大魔法を撃ったことで力尽きたのか、その場にへたり込んだ。

アキラはレレナたちの様子にほくそ笑む。


「あれ、もう終わり? じゃ戦闘不能にしちゃうよ。

 安心してね。殺さないから」


アキラが1歩前に出ただけで、レレナたちの顔に(おび)えの色が走った。


そのとき、機械騎士レイザノールが巨大な槍を構え、突進してきた。


ドドンドドンと大地を揺らし、下半身を馬に変形させたレイザノールが、アキラに体ごとぶつかるように槍を突き出した。


アキラに槍が届く前に黒い霧が槍の大半を消失させたが、全てまでは消し去れず、吹き飛んだ。


「ぐあ!?」


アキラの体が大地に激しく打ちつけられて転がる。

しかし、すぐに起き上がり、レイザノールを(にら)みつけた。


「まさか消滅より早く槍を突き出すとはね。光速を超えてるのかな?」


レイザノールは息をつかせる間もなく()の大半を失った槍を捨て剣を抜き放ち、アキラに振り下ろした。

時空間を(ゆが)め、時すら切り裂くレイザノールの剣。


斬られていく空間は次元を超え、過去と未来のアキラをも切り裂く。

かわすことが不可能な一撃。避けた先の未来も斬られているのだから。

光速を超えることで起こされる奇跡だ。


剣は刀身の大半を失うが、確実にアキラへ届き、その身を浅く切り裂いた。


「霧でも消しきれず、かわすことも不可能なんて……厄介すぎでしょ!!」


致命傷にはほど遠く、薄皮一枚程度の傷だが、命夜(めいや)の封印を受けていない今、攻撃を受けたのははじめてだ。


「気の遠くなるほどの年月を()てきたボクだけど、この身に攻撃を受けた覚えは一度もない。

 やるねレイザノール」


「ワガ、コウゲキガ(プシュー)ホンメイデハナイ(ギギー)」


「うん? なんだって?」


悪魔の紳士ルーシーの鋭く伸びた爪が、アキラのヒジから先を斬り落とした。


「なっ!? そんなバカな!?」


アキラは驚愕し、反射的に飛び退()く。


「フフフ、アキラくん、種あかしです。

 レイザノールの剣は時間を切り裂きます。消失した時間の中では、キミの黒い霧も活動を止めるようですね」


ルーシーは口角をさらに上げ、楽しそうに微笑む。


「ほら、私に斬られただけじゃないですよ」


「うわ!?」


アキラの腕がみるみる腐り落ち、肉を失って骨が見えだしている。


「死を、死を、美しき、死をもたらす、お前、死を」


(イザナミの(じゅ)が、レイザノールに斬られた部分から浸食(しんしょく)してくる!?)


レザノールは次々と武器を変え、恐るべき速さでアキラを斬りつけてくる。


(時間の消失だと?

 それならなぜお前たちの攻撃は止まらずボクに届く!?)


「ルーシーめ……(だま)されないぞ。やはり本命はレイザノールだ。

 お前たちの力をレイザノールの剣に付与(ふよ)し、ボクに剣が届いた瞬間、力を流し込んでいるんだろ?」


「簡単すぎるなぞなぞでしたね、さすがアキラくん。すぐにバレちゃいました。

 タネが明かされたところで、レイザノールの剣が届くのは変わりませんがね」


レイザノールが次々に繰り出してくる剣に、イザナミとルーシーの力が込められ、アキラは避けることもできぬまま斬りつけられていく。


「レイザノール、キミは厄介だ」


瞳から漆黒のゆらめきがほとばしり、アキラの口から大量の暗黒が吐き出された。

アキラが反撃に転じて霧をレイザノールに飛ばすものの、機械騎士は暗黒の(かたまり)を軽々とかわしていく。



次の瞬間、アキラの全身に激しい痛みと衝撃が走り、体から力が抜け落ち倒れた。


「うぐぐ……な、なんだこれ……」


天使の羽を散らしながら舞い降りた第二軍団長ミカエルが、嘲笑(ちょうしょう)を浮かべていた。


「我が天罰の力、どうだね」


天罰は一瞬にしてアキラの体を焼き焦がし、骨を砕いた。


アキラは漆黒の霧を濃くたちこめさせて体を回復していく。

だが天罰による傷はかなり深刻だった。


(ばかな……ボクがやられる? クソ、力が思うように発動しない。

 これも記憶の欠如が関係しているのか?

 ボクの体になにか異変が起こっているのは確かだ)



「神代アキラ、私の部下たちに随分(ずいぶん)苦戦しているようだが?

 キミはこんなに弱かったのか……?

 こんな程度のキミにやられたのか私は」


魔王がアキラに歩み寄り、心底悲しそうな顔を向けてきた。


「私が直接トドメをさしてあげるよ」



魔王がそう告げて前へ出ようとした瞬間、アステリアとクトゥルーがアキラの前に降り立った。


「ん? アステリアにクトゥルーか。無事であったか」


自分とアキラの間に立ち(ふさ)がるように立つ2人を、魔王は少し不快そうな表情で(にら)みつけた。


「陛下、ご無事でしたか」

「ん? ああ、この通りだ」


返答した魔王をアステリアが炎を揺らめかせながら鋭く(にら)みつけた。


「あなたではありません。私の陛下は神代(かみしろ)アキラ様です」


その一言で魔王の顔が怒りに歪む。

しかしそれは束の間で、すぐに楽しそうに口端(くちは)を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ