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第55話「アキラへ」

「アキラ!!」


声が()れんばかりの大声で、命夜(めいや)が魔王を呼んだ。

(かたわ)らにいるタトスは、幼い頃に知り合ってから一度も聞いたことがないエリュシオンの大音量の声にただただ驚き、目を丸くしてしまう。

これほどの大声で叫んでいても、やはり美しい声だった。

タトスは彼女を支えるように細い肩をそっと(つか)み、がんばれと心の中で語りかけた。



アキラが命夜の声に気づき、禍々(まがまが)しい目で(にら)みつけてきた。

タトスは間近で見る魔王への恐怖で体が自然と震え出す。

ただ睨まれただけなのに、魔力が込められた邪眼を受けたかのようで、心が粉々に砕けそうになる。


だがエリュシオンの細い肩を伝い、彼女の存在が感じられたことで、タトスはなんとか踏みとどまれた。


「よし、行けお前ら!」


命夜(めいや)が号令をかけた。

アステリア、カノン、西野が駆け出し、アキラに突撃した。


炎が勢いよくアステリアの背中から()き出し、まるで翼のように大きく広がる。

鳥のように空へと飛び上がると、そのまま魔王の胸元へまっすぐ向かっていく。


途方もない巨大さを見せる魔王を見つめながら、アステリアはカノンを思い出す。

下位の魔族が上位者にウソをつく、それはありえない。

だからこそアステリアはカノンの言葉を真実だと素直に受け取っていた。

目の前にいるのがアキラであることは疑ってはいない。


そう、帰って来た優しい魔王(・・・・・)のアキラであることは疑ってはいない。



しかしアキラが帰還した日から、アステリアはずっと(かす)かな猜疑心(さいぎしん)を抱いていた。

これは別人なのではないのか……と。


アステリアが感じた違和感。

失踪前の魔王は、こんなに優しい目をしていただろうか。

時折見せるアステリアに向けられた羨望(せんぼう)の視線や(いた)わる眼差(まなざ)し。

アステリアが黒い霧で傷ついた時、アキラはとても心配して彼女の身を案じてくれた。

人間たちに彼女のことを自慢していたとも聞いた。


だが、アステリアの記憶する魔王は、恐ろしい人物だ。

彼は配下の魔族たちをただの道具のように考えていた。

もちろんアステリアに対しても、便利な道具以上に見てくれたことはなかった。

それでも圧倒的な強さに()かれ、アステリアは魔王へと愛を注いだ。

同時に報われぬ想いに数千年苦しみ続けてきた。


だから優しい|アキラ(魔王)に甘えてしまった。

ずっと望んでも得られなかった、愛し愛される関係になれるのではと夢想した。

この方こそ本物の魔王だと信じ、(わず)かな懐疑心(かいぎしん)を捨ててきた。


目の前にいるのは、道具として冷淡な目で自分を見てきた魔王ではない。

冷酷非情(れいこくひじょう)な魔王の真の姿を知るアステリアには分かってしまった。

優しい魔王として帰って来たアキラは、やはり偽者だった。

自分を大切に思ってくれた人は、自分の想い人とは別人なのだ。

2人が結ばれる幻想を思い描いたが、それもいまや夢となって(くず)れ去る。


それを自覚したアステリアは、自分の存在が(こわ)れそうになるのを感じる。

魔族が己であることを止めたいと心の底から願えば、本当にその存在は消える。

アステリアもただの炎へと変わってしまう。

精神生命体なのだから、精神の崩壊(ほうかい)が肉体の消滅へと繋がる。


偽王(ぎおう)を助ける意味はあるのか、アステリアは悩んでいる。


それでも自分に向けられた笑顔が忘れられない。

自分を大切に思い、心配してくれる顔が脳裏から消えない。

頭を()でてくれた優しい手の感触が忘れられない。

同じ顔を持つ人だからこんな風に思い悩むのか。

それとも偽者であるアキラを愛してしまったのか。

いまとなってはアステリア自身にも分らない。


「アキラ様……」


アステリアの瞳から炎の涙が(あふ)れ、空へと舞い上がっていく。


アステリアは願ってしまう。

もう一度、自分に微笑みかけてくれないだろうか……

そのためにすべてを捨てる覚悟を決めた。


あのアキラが戻ってきてくれるなら……

炎の(かたまり)となったアステリアがアキラの胸へ飛び込んだ。


大爆発が起きてアキラがよろめき、(ひざ)をつく。


アキラの体を構成しているのは黒い霧だ。

触れるだけで消失してしまうはず。

だが不思議なことに、いまは触れても何も起きなかった。

以前は腕が消失したというのに。


命夜(めいや)がアキラの力を封じているのだろうか。

アステリアは漠然(ばくぜん)とそうだろうと思った。



膝をついたアキラへ何度も強烈な追撃を仕掛けるアステリア。

息もつかせぬ猛撃(もうげき)が繰り返されるが、アステリアが一瞬離れた隙を突いてアキラが巨大な腕を振るい、美しくしなやかな身体を弾き飛ばした。

空中でバラバラになったアステリアの身体が、次の瞬間炎の(ちり)となった。

消えかかる炎の小片(しょうへん)を再び集結させ、元の姿へと戻る。

だが大量に魔力を消費したのか、アステリアは崩壊(ほうかい)した大地へと墜落していった。





「グオオオオオオ!!」


アキラの悲しみの咆哮(ほうこう)で、カノンの胸は張り裂けそうだった。


今ではカノンは自分の気持ちにはっきりと気づいている。

何度結ばれる夢を見ただろう。

夢から覚めるたび、悲しい思いを繰り返してきた。

いつの間にこんなにわがままになったのか。

一緒にいられるだけで幸せだと思っていた頃もあったのに。


きっといつか、想いを口走ってしまう日が来るだろう。

受け入れられないと知ってはいても、その日はいつか来る。

拒絶された時、自分はどうなってしまうのだろうか。

言わないと決意したはずなのに、それほど想いを募らせてしまったら……

その時を考えるだけで怖くなる。


カノンは意識を大いなるモノへと向けた。

アレから見れば、世界など(ちり)にも等しいだろう。

塵の中に住む自分は、アレの目にはどんな風に映ってるのだろうか。


この大いなるモノは、自分をさらに変えていくことになる。

アレと繋がったいま、それが分かる。

いずれ異質なものへと変異してしまう日がやってくる。

アキラへの想いを口にするのが先か、それとも変質してしまうのが先か……

カノンにも分らない。

どちらの運命を迎えても、カノンにとってはアキラとの永遠の別れになる。

だが、いまはそれを悲劇とは思わない。

自分が一度死んだ時、アキラとの永遠の別れが訪れた。

いまは神が与えてくれた慈悲(じひ)による猶予(ゆうよ)なのだ。


だから、いまを大事にしたい。

いつかやってくる別れの時まで。

いまは一生懸命な自分をアキラにぶつけたい。


「アキラさん、私、がんばりますから!

 絶対に元に戻します!!」


大いなる(みなもと)からやってくる力の流れを、そのまま言葉へと変えていく。

言葉は(じゅ)となり力となる。

それをアキラへと放った。


カノンの力は魔法とは違う人の目に見えぬモノ。

魔王の身体にまとわりつく黒い霧を大量に消し飛ばしていくその力は、アステリアの破壊力さえ超えているかもしれない。

巨大な体躯(たいく)(ほこ)る魔王だったアキラがみるみる小さくなっていく。

だが同時にカノンも口から大量の血を吐きだした。

その顔は真っ白でいまにも昏倒(こんとう)しそうだった。





西野は今、あの金色の力を意識していた。不完全な力。

あれは勇者メーヤの力。

メーヤの力の(みなもと)が解ったいま、自分の運命を知ってしまった。

勇者メーヤとは――――


死に(ひん)した時、アキラと初めてデートした日の夢を見た。

それは西野がいつかやってきてほしいと願っている夢。


ずっと()かれていた。

アキラはいつだって、どんなときだって真剣だ。そんな部分に惹かれている。

彼がナンパされた時もそうだった。

ただ断れば済むはずなのに、これからの予定、買い物をする理由、相手が傷つかないように遊べない理由を細かく説明していた。

それを見ていた西野はアキラに好意を持った。

不器用な人だなと苦笑しつつも助け船を出した。


思い出すたびに笑ってしまう記憶がある。

残り1つしかないアイスを同時に選んでしまい、2人とも「「彼に/彼女に」」と言ったときはお互い顔を見合わせて笑った。

バスの中でおばあさんに席を譲る時もそうだ。

同時に立ち上がって「「どうぞ」」と言ってしまい、2人で笑い合った。


アキラと2人だけで過ごした思い出は、たった1日しかない。

一緒に過ごした日の充足感(じゅうそくかん)、その思い出は他のなにものにも代えがたい宝物の記憶として、今でも西野の心の中に残っている。


アキラと、またあの日へ戻りたい。

いや、あの日の続きを一緒に歩んでいきたい。

それが西野が過ごした筆舌(ひつぜつ)()くしがたい日々を乗り越えさせた。

悲惨な出来事が多すぎて、こんな世界を作り出したアキラへの愛と憎しみで、心が真っ二つになった。

これから西野に訪れる運命によって、アキラのことをさらに憎むことになるかもしれない。

だが、心に残る宝物だけは……絶対に忘れはしない。

それがある限り、自分は自分でいられるはず。


「アキラくん、絶対にこの気持ち、忘れない。

 あなたもずっと忘れないでいて!

 メーヤ様! お力を!」


西野の目が白く輝き、黒髪は白金色の髪へと変化した。

両手に光を凝縮させて握る。

そこから生まれた光の剣。

彼女は小さくなっていくアキラへ瞬時に近づき、2本の剣で斬りかかった。

神速の動きで、何十回、何百回と剣を振り回し、アキラを斬り刻む。



ダーツもアキラへと走り、アステリアが胸元から出したショートソードで、西野と一緒にダーツも何度も斬りかかる。

きっと命夜(めいや)による、なんらかの力がダーツたちの攻撃に作用していると感じた。

ビルのように巨大だったはずが、いまや3メートル程の大きさとなったアキラ。

アキラの口から大量の黒い霧が吐き出された。

アキラの周りに漂う黒い霧には触れられるが、吐き出された霧は別物なのか、ダーツの目には自身に(まと)いつく死のモヤが見えた。


死の黒いモヤ――――

いまやダーツは未来予知をするように攻撃を見切ることができる。

カザリが(のこ)してくれた技……心眼と呼ばれる神技だ。

魔王の霧が到達する前に、すでにダーツはそこにいなかった。

そして死角を突き、また短剣で切り裂く。


「アキラ!!」


一度、アキラを裏切ってしまった。

いや、裏切られたと思った。

ダーツは自分の感情が不思議だった。魔王となったアキラの姿を見ても、彼を(いつく)しむ心にまったく揺らぎがなかったからだ。


ダーツも亡くなった親と同じくらいの年齢になった。

アキラは目の前で悪魔に両親を惨殺された時のダーツと同じくらいの年齢かもしれない。

そんなアキラを弟のようにも、息子のようにも感じている。


アキラが告白したあの時、信じてあげられず、あまりに(つら)い思いをさせたことをダーツは一生()いていくだろう。


ダーツ自身がアステリアに語ったように、アキラの本当の姿はいまの魔王ではなく、いつもの笑顔を振りまく彼だと信じている。

アキラが魔王の姿になってしまったのも、カザリが死んでからだった。

カザリの死を(なげ)き悲しみ、敵を憎み、そして怒りと哀しみの化身として顕現(けんげん)した。

魔王の姿はアキラが望んだ姿ではないと思う。

アキラの本当の心はもっと純粋で優しい。

決して悪魔ではない。


だからダーツは、アキラのために戦う。

何があろうとアキラを信じると決めたのだから。

盲目(もうもく)だと言われてもいい。馬鹿だと言われてもいい。

その結果、大勢の人が死ぬかもしれない。

それでもダーツは二度とアキラを裏切らない。





「よぉ、気づいたかネロ」

「……タ、タイラーか……」


タイラーは背中に抱えていたネロを、瓦礫(がれき)の陰へと下ろした。


「迷惑かけた……ようだな」


目を覚ましたものの、ネロの顔色はいまだ青白く、脂汗が流れていた。

クトゥルーですら手こずっていた化け物たちの猛撃を、悪魔ならぬ人の身で防いでいたのだ。

その疲労と消耗が1日やそこら休んで抜けるものではない。


「ああ、皆戦っている。俺も行かないとな」

「そうか……」


タイラーは、これもまたどこに入れられていたのか分からないアステリアの胸元から出された大剣を抜き放ち、静かに歩き出した。


「生きて帰れよ……」

「ああ、当然だ」


そばにいるヒュプテとヘイラにうなずくタイラー。


「任せた」


ヒュプテとヘイラは静かに、しかしまっすぐにタイラーの視線を受け止めた。

タイラーは剣を構え、走り出した。



タイラーは元々あまり(しゃべ)るたちではない。

だがそんな彼にも、アキラはよく話かけてきた。

自分が目指したいのは、タイラーのような人間だと。

男らしく、人を守れる人間になりたいとアキラは言う。

タイラーは暖かく笑った。いかにもアキラらしい誠実な目標だと。


魔族との戦争で妹を亡くしたタイラーは、それ以来、女性が苦手になった。

女性を見ると妹を思い出してしまうから。


アキラは見た目は美少女でありながら男だ。

タイラーはアキラと出会った頃は戸惑(とまど)っていた。

妹を思い出させる茶色の髪、小さな背丈、幼い少女のような声。

そんなアキラはタイラーが目標だと言う。

妹も言っていた。

お兄ちゃんのように強くなりたいと。


アキラの容姿、言動、仕草……その1つ1つが妹を思い出させた。

タイラーにとって、アキラはいつしか妹であり、弟になった。

そんな妹を彷彿(ほうふつ)とさせるアキラが魔族だったと思い込んだ時、彼の怒りは頂点に達した。

自分を再び苦しめるためにやってきた悪夢だと感じたのだ。

あまりに卑劣(ひれつ)だと憤怒(ふんぬ)した。


だが、それがあまりに身勝手な怒りだったと気づいた。

人間である可能性を感じていたのに、怒りに駆られて魔族と決めつけてしまった。

自身の命を(かえり)みないアキラの行動を見ていたはずだったのに。

人を思いやる、勇気のある少年だったのに。

タイラーは過去に(とら)われた自身の怒りで、アキラを苦しめてしまった。


しかし再会したアキラはタイラーを責めなかった。

むしろ、自分を責め、自身の命を断とうとしたのだ。

その行動はタイラーたちを苦しめないためのものだった。


彼はそのとき決めたのだ。

過去の妹へ謝罪した。

アキラが何者であろうと、次に命を()けるのは自分の番だと。


だからいま、優しいアキラに戻すため、タイラーは剣を振り下ろした。





「エリュシオン! しっかりしろ!」


タトスは倒れそうになるエリュシオンを抱きしめ、支えた。

脂汗を滝のように流し、白かった肌はさらに血の気を無くした彼女は、精巧(せいこう)陶器(とうき)の人形のようだ。


「タトスくん。エリュシオンちゃん死にそう」

「なっ!?」

「語りかけて。この子死んだら、すべて終わり。世界崩壊」


タトスは思い出した。

5年前に初めて命夜(めいや)と出会った時、エリュシオンには魂を操る力があるのだと聞いた。

魂だけの存在、神代命夜(かみしろめいや)の力をこの世界で振るうために、エリュシオンの力が必要なのだろうと推測する。


そして同時に思い出した。

生と死のはざまの世界で、エリュシオンへの想いを口にしたことを。


ずっとエリュシオンと一緒だった。

ずっとずっと愛していた。

いまも変わらず……いや、あの時よりも、もっともっと。

誰より大切でかけがえのない、タトスの全てといっていい存在。

彼はその想いを、いまも必死に戦っているエリュシオンへぶつけた。


「エリュシオン! 俺は、お前を世界中の誰より愛している!!」


エリュシオンの顔にほんの少しだけ赤みがさした。


「タトスくん、すごいな。

 エリュシオンちゃん、めっちゃ張り切ってる」


しかしタトスにはそんな命夜(めいや)の声が耳に入っていなかった。

ただ一心にエリュシオンを想う。


「エリュシオン、俺との結婚の約束忘れてないよな?

 絶対に結ばれるからな!! だから頑張れ!!」

「こりゃすごい。愛の力か」


命夜の無表情な顔には、まったく驚いた様子はなかったが。

だが、タトスに謝意(しゃい)を伝えた。


「タトスくん、おかげで、アキラ救える。感謝する」


エリュシオンの目から青白い光が揺らめきたつ。


「さあ、帰って来いアキラ!」


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