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第53話「西野対アキラ」

「くそ、メーヤを連れて来いって……一体どうすりゃいいんだ」


ダーツが誰に言うともなくボヤくが、誰も策は思いつかない。

あのヒュプテですら、手がかりがなさすぎて知恵を浮かべようもない。

勇者メーヤを探せと言われても、そもそもこの異世界にメーヤがいるのかすらわからない。


しかも魔神は……いやアキラはどこかへ飛んで行ってしまった。


「ああ、ちくしょう! とりあえずアキラ陛下を追いかけるか」


一人を除いたメンバーがはっきりとダーツに同意したが、アステリアだけは違った。

彼女の性格ならば、ダーツに言われるまでもなく真っ先にアキラを追いかけたはず。

まだ魔神がアキラであるということにためらいがあるのだろうか。


「アステリア様……?」


いや、アステリアの様子がおかしい。

宙を睨みつけ、身体がわなわなと小刻みに震えている。

そのままその場に力なく尻もちをついたアステリア。

その体の震えが次第に大きくなっていく。

思わずダーツが声をかける。


「ど、どうしました?」


「うぅ……

 だ、誰だお前は!!」


アステリアは荒い息をつきながら空の一点を見続けている。

ダーツたちは何事かと空を見た。

そこには――――



誰もいなかった。ただ茫洋(ぼうよう)とした闇夜が広がっていた。

いや、クトゥルーとエリュシオンだけが反応した。


「ぬ、面妖な……アストラル体か」


エリュシオンは何かを思い出したのか、驚きに目を見開いた。


貴女(あなた)様は……」



ダーツたちはこの現象を知っている。

アストラル体。

エリュシオンが霊の体になって、異世界からアキラの前に現れたことがある。

今もきっと、その霊体と思われるものが悪魔2人とエリュシオンに見えているのだとダーツは察した。


だが、それにしてもアステリアの(おび)える様はどうだ。

一体彼女にはなにが見えているのか。





「や、王女お久し。いつ以来だ」

「はい、もう5年になります……」

「そっか、私、年取るわけ」

「あの時は本当にありがとうございました……

 今の私やタトスがあるのは、あなた様のおかげです。

 カミシロメイヤ様」


以前、エリュシオンのせいでタトスが死にかけたことがあり、その時に命を救ってくれたのが、神代(かみしろ)命夜(めいや)だった。


ダーツの耳にメーヤと聞こえ、思わず王女に問うてしまう。


「王女殿下、メーヤ様と(おっしゃ)いましたか?

 まさか勇者メーヤ様?」


エリュシオンはダーツを見て首を横に振ると、また視線を命夜(めいや)に向ける。


「いいえ、彼女はメイヤ様。私とタトスの命の恩人です」


命夜(めいや)の相変わらず感情のこもらない口調に、少し不気味さを感じるものの、やはり久しぶりに会えた命の恩人だ。

微笑み、そして深々と頭を下げた。


命夜は静かに舞い降りて着地すると、無表情ながらも、挨拶を返すかのようにエリュシオンに向けて手を上げ、振った。



その命夜に、それまでぶるぶると体を震わせていたアステリアが、突然攻撃を仕掛けた。


「死ね!」


目から炎を()き上げて命夜に(つか)みかかるが、彼女はアステリアを軽くあしらう。

アステリアの手首をたやすく掴み、軽くひねり上げる。


「なに? アステリア。覚えてる?」

「お前なんて知らない! だがイラつく! 貴様は殺す!!」


アステリアは恐ろしい形相で命夜(めいや)(にら)みつけた。

初めて会ったはずなのに、命夜の存在そのものに無性に苛立(いらだ)ちをおぼえ、どこからともなく怒りが湧き出て沸騰(ふっとう)した。

ダーツたちにはワケが分からない。

王女の命の恩人に対し、突如としてアステリアが怒り狂って攻撃を仕掛けた。

アストラル体の件といい、カミシロメイヤとは何者なのかと問いかけたいが、それどころではなく、ダーツたちはただアステリアを見ているしかできなかった。



「アステリア様、周りには人間もおります。

 心安らかに(しず)めるよう」


どうやら命夜(めいや)を目にした同じ悪魔でも、クトゥルーは何も感じていないようだ。

アステリアをたしなめるが、その怒りは収まらない。

それどころかアステリアの火炎がさらに勢いを増していく。

体中から火炎が立ち上り、口から炎の息吹(いぶき)()れ出す。

それをそのまま命夜に吹きかけた。


その熱量にダーツたちは思わず退(しさ)る。

あの白い霧の世界の時のような事態が訪れるのかと身構えた。

彼女の(ほのお)苛烈(かれつ)で、ダーツたちには熱量を防ぐ手立てがない。


ダーツは彼女が荒れ狂っているのが不思議だった。

アステリアは目の前に現れた存在を知らないと言った。

それならば、なぜこんなに怒りを駆り立てているのか。

早くアキラを追いかけたかったが、肝心の彼女がこの状態では不可能だ。



アステリアは今なお攻撃を続けている。

まるでじゃれつく子供を追い払うように、命夜(めいや)は軽々といなしていく。

アステリアの攻撃を受け流しながら、命夜は小首をかしげる。

そして、なにかに思い至ったのか、突然笑い声をあげた。


「あはははははははははは!

 そっか、怖いか。

 はははははは!!」


命夜は無表情のまま高笑いを上げ、アステリアを見ている。

口角(こうかく)も上がっておらず、ただ口を開けて笑う命夜(めいや)は非常に不気味だ。

その様にエリュシオンは言い知れぬ不安を感じる。


「貴様!!!」


命夜は一瞬のうちにアステリアへ接近すると、片手を突き出して怒りに歪んだ顔を(つか)む。

アステリアは命夜の腕をつかみ引きはがそうとするが、まるでほどけない。

怒りでアステリアの炎が激しく吹き上がるが、その炎が徐々に弱まっていく。


「うぐ、なに? 力が……」


アステリアの炎が消えていく。

いや、それどころかアステリアの真っ白な髪が黒く変わっていく。

クトゥルーはそれを見て一瞬驚愕したが、すぐに冷静になると命夜(めいや)を敵と認識してアステリアの加勢に入った。


空中へと音もなく飛び上がり、触手を何本も振り上げて命夜に叩きつける。

白い世界の化け物たちを一撃で(つぶ)猛撃(もうげき)を、命夜(めいや)一瞥(いちべつ)すらせずに、軽々と片手でさばき、繰り出された触手の1本を受け止めた。


「うぬ!? バカな!」


ダーツたちには命夜が見えないため、アステリアは見えない壁に(はば)まれ、クトゥルーの触手はただ動きを止めているようにしか見えない。


(おいおい、どうなってやがるんだ。王女殿下の命の恩人じゃねぇのか?

 悪魔2人が手玉に取られてる気がするぞ……)



命夜がまた口をパカっと開けると、アステリアを見て笑い出した。

その笑いには感情がこもっておらず、笑おうと演技しているかのように、わざとらしく不自然だ。


「ははははははは。

 うんうん、わかる。

 キミ、数千年、キミだった」


どれだけ力を込めようと、ピクリとも動かない体にクトゥルーは驚愕していた。

力が込められている証拠に、足元の地面だけがひび割れ、砕けていく。

自らの触手を切り離して飛び退(しさ)るクトゥルー。

クトゥルーは気づく。

自分の触手が命夜(めいや)に触れた瞬間、その部分の魔力が限りなく無にされたことを。


「おのれ……何者だ、貴様」


「命夜は命夜だよ」


命夜は少し考えたあと、クトゥルーに微笑んで見せた。

口元が笑みの形になっただけで、目が笑っていないおかげでやはり不気味だ。


「アステリア、安心して。まだ、キミ、そのまま」


命夜がアステリアを解放すると、また彼女から炎が噴き出し、透き通るような銀髪に戻った。

アステリアは命夜から飛び退き、(にら)みつける。


「今日来た、アキラ、救うため」


命夜はエリュシオンへと近づき、彼女の手を優しくとり握った。


「王女、体、貸して」

「え!?」

「必ず、返す」


そう伝えた瞬間、返事も聞かずに命夜の腕がエリュシオンの胸に入り込む。


「あああああ!」


エリュシオンは悲鳴を上げるが、体が動かない。

命夜は彼女に口づけするように顔を近づけ、そして中に入り込んだ。

体が淡く光を放ち、エリュシオンの意識は闇へと落ちていった。


エリュシオンが自分の体を(なが)めまわし、満足したようにうなずく。


「うん、これでいい……

 あれ?」


(のど)を抑え、ああああと発声している。


「こりゃ、不便」


ダーツたちにはエリュシオンが一瞬苦しそうな表情を見せ、その体が淡く光ったことは分かったが、なにが起きたのか理解はしていない。


「王女殿下、一体なにを?」


「あああ、あああああ、あああああああ」


ダーツたちは目の前で起こっている信じられない出来事に驚く。

かぼそい蚊の鳴くようなエリュシオンの声が、みるみる大きくなっていき、一般人と変わらぬ声量になる。


「な……」


エリュシオンの声が生まれついてのものであり、治療(ちゆ)(ほどこ)しようがないと知っていたヒュプテは思わず驚きで絶句(ぜっく)する。


「あーあー、これくらい?」


エリュシオンの声はほとんど呼吸音と変わらぬウィスパーボイスだった。

それが今、美しい小鳥のさえずりのような声音となった。

その音を聞く者の心を(いや)す、天使のごとき声だった。


「さあ、アキラ、助け行く」





「グオアアアアアアア!!!」


西野とタトスが立っていた場所が瞬時に灰塵(かいじん)と化した。

魔神と化したアキラの口から吐き出された黒い霧が、化け物たちの死体を一瞬にして灰へと変える。


西野はタトスをわきに抱え、瞬時に移動して黒い霧をかわしていた。


「うは~~、相変わらずえげつな~~。

 タトスさんは~、ここにいてね~」

「アヤメ! 気をつけろ!」


西野は目にも止まらぬ速度で魔神へと間合いを詰める。


「アキラくん~! おいたはダメ~!」


西野が右手に光を集めて握りつぶすと、指の間から閃光がほとばしり、剣の形をとった。

それを魔神の(すね)へ横なぎに斬る。

たったの一撃で魔神の脛から下が消失した。


「グオオオオオ!」


魔神はバランスを(くず)し、アスファルトの地面に両手をついた。


「ふひひ~」


漆黒の魔神の腕がより黒く染まり、ぼやけていた輪郭(りんかく)がはっきり形を取りだす。

完全に実体化させた巨大な腕を西野に振り下ろした。

西野はそれを迎え撃って光の剣で切り裂こうとしたが、先ほどとは違って弾かれてしまった。


「うわ~やばい~」


西野はとっさに後ろに飛び退き、空中で体勢を整えて着地した。


ドズズゥゥゥン!


実体化した腕はさらに質量を増し、破壊力は何倍にも(ふく)れ上がっている。

ただ叩きつけただけで大地は大きく揺れ、空中にアスファルトや石や土が弾丸のように()き上がった。

地面は波打ち、耐えきれなくなった大地が地割れを起こす。

この世の終わりかと思わせるような激しい震動で、周りのビルが次々と倒壊(とうかい)する。


西野は激震(げきしん)でバランスを(くず)し、大地からの破片を避け切ることができず、体中に無数の穴を空けられていく。


「うああああああ~~~!」


タトスの隠れていたビルも(くず)れていく。

たった一撃振るわれた魔神の巨腕(きょわん)余波(よは)は、市内全域に渡っていた。


「くそ! なんてやつだ!!」


タトスは(くず)れてくる破片をすべて避けながら悪態をついた。


西野の手助けをしたいとは思うが、あれに何ができるのだと己の無力を噛みしめる。

しかし、西野はなぜあれほどの化け物と互角に戦える力を持っているのか。

あれだけの力があれば、学校に立てこもって怪物から逃げる必要はなかったはず。

つまり、西野自身も今まで知らなかった力なのか。


性格も雰囲気も変わった気がする。


(人間性が欠如しているというか……)


人々の大量の死体の中から現れた西野。

あれは本当に西野がやったのだろうかと悩むタトス。


(まるで大勢の命を吸って強くなったかのようだ……)



いろいろと気にはなるが、やはり一番気がかりなのはエリュシオンのこと。

化け物の残骸(ざんがい)とともに残されていたすべての死体を調べ終わる前に、魔王ともいうべき悪魔がやって来た。

死体はすべて灰となり、風に飛ばされていった。


(くそ! エリュシオン……無事でいてくれ)


限りなく低い可能性に()けてはいるが、やはりその生死を直接この目で確かめるまでは、絶対に諦めるわけにはいかない。

もしも彼女が死んでいたのなら、タトスは生きる意味を無くしてしまう。

エリュシオンの盾として、守護者として生きると誓ったのだ。

それ以外に生きる道はない。


今もあがいているのは、エリュシオンのため。ただそれだけ。

だからこそ、西野が大量の人間を殺していたとしても……

自分の敵とならず、エリュシオンを探す力となるならば、そう考えて受け入れているに過ぎなかった。


(おのれ)卑怯(ひきょう)だとも、情けないとも思っている。


(だが、それがなんだというのだ)


自分の命より大事な存在のためには、些細(ささい)な事だった。

タトスは瓦礫(がれき)に身を隠しながら、再びエリュシオンを探し始める。


(西野にはここにいてくれと言われたが、そんな時間はない)


とにかく、先ほどの建物があった場所まで行ってエリュシオンの痕跡(こんせき)を見つけなければいけない。

灰と化した地にあるとは思えないが、しかし行かずにはいられなかった。



魔神は西野に向けて、全てを灰へと変える黒い霧を口から吐き出した。

体中が血まみれになりながらも西野は笑う。


「ふふふ~」


黒い霧が西野を直撃し、彼女の周囲の植え込みの木々が灰と変じる。

生きとし生けるもの全てを灰へと変える恐るべき攻撃。

だが、霧の中で彼女は涼しい顔をして立っていた。


「嬉しいわ~アキラくん~。

 やっぱり私を愛してるのね~。

 言ったでしょ~私~。

 黒い霧はあなたの心なの~」


白く光っていた西野の目がさらに強く光り輝きだした。


「あなたには~私は殺せないわ~」


西野は勝利を確信する。

目を見開き、口角(こうかく)は耳元まで裂け、狂気の笑みを浮かべた。


「でも~私はあなたを~殺せるのよ~~」


西野ははるか高く、魔神アキラの頭上よりも高く飛翔(ひしょう)した。

光は輝きを増し、まるで太陽のように世界を照らしだす。


「こんな~世界にした~あなたを許せない~~~~!」


西野は魔神の頭へと剣を振り下ろし――――



「に……しの……さん……」



西野はビクリとし動きを止めた。

魔神となったアキラが自分の名を呼んだ。

たったそれだけで、西野の心から狂気が(はら)われてしまった。


彼女はそのまま落下する。その途中で西野と魔神の目が互いを見つめ合った。


「アキラ……くん……」


西野には、それが途方も長い時間にも感じられた。

西野の心が激しく波打つ。


「わ、私は……なんであなたを殺そうとしたの……

 アキラくん……」



アキラは恐るべき咆哮(ほうこう)を上げた。

一瞬にして体中の黒い霧が質量を増していき、虫を(つぶ)すようにその巨大な(てのひら)で、まだ空中にあった西野の体を地面へ叩き落とした。


強烈な勢いで地面に叩きつけられた西野の体は四散(しさん)し、ただの肉片と成り果てる。

元がどんな生物だったのか痕跡(こんせき)すら残していなかった。


魔神は自分の手を見つめ、それから天を仰ぐと激しく咆哮(ほうこう)した。


その絶叫にも似た咆哮は、まるで悲しみを表す遠吠(とおぼ)えのようにも聞こえた。


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