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第48話「裏切り者たち」

「おかしいわね……」


アステリアが首を傾げ、疑問を口にする。


「え? どうかした?」

「いえ、ここは次元の狭間(はざま)のはずなのですが、どこの次元にも繋がってないような……」


クトゥルーが辺りを見回し、同意してきた。


「これは、どうしたことだ? 入って来た場所も無く……

 まさかっ!」


アステリアが飛び跳ねるようにクトゥルーに振り向いた。


「クトゥルー!」

「わかっておりますアステリア様! 今やっております!」


アステリアとクトゥルーの切羽つまった声が、白い霧の中でこだましている。

彼ら2人は突然叫んだと思った後、元の姿に戻り魔法を唱えていた。



エリュシオン王女様はクトゥルーの真の姿を見て気絶。

その場で倒れ込みそうになるのをすかさず抱きかかえるヒュプテさん、ナイス。

ボクもそんな風にかっこよく女性を助けたい。今のボクじゃ支えきれずに2人ともつぶれるのがオチだ。


倒れた王女様の気持ちは痛いほどわかる。

ダーツさんたちもクトゥルーの異形ぶりに血の気が引いている。

うん、クトゥルーはいろいろヤバイよね。

彼の姿を見た人間は、クトゥルーに食べられたいという衝動がなぜか湧きあがるという得体のしれなさ。

人間とは絶対に(あい)いれることができない存在だ。

その点、アステリアは悪魔の姿も人型で、美しさはそのままなので比較的大丈夫そうに見える。

だけど異質さという点では、アステリアもクトゥルーとさほど差はない。

見た目が人間に近いからといって、人間への理解があるわけじゃないし。

いや、そんなことより、一体なにが起こってるんだ?

ボクたちはまだ白い霧に包まれたままだけど、異変なんて全然感じない。


「ダメだ! 次元の扉が開かぬっ!!」


「クトゥルー、一体どうしたんだ?」


なにか今、物騒なこと口走ってませんでした?

扉が開かないとかなんとか……それって帰れないってことじゃ……ないよね?


「陛下、我等はこの霧の中に閉じ込められたようでございます。

 申し訳ございませぬ。人間形態だったゆえ、一歩気がつくのが遅れました……」


ウソ、ちょっとまじで?

閉じ込められたって……やっぱりヒュプテさんの言ってた通り、隔離(かくり)なの?

最悪の展開だよ……

それってボクの命を狙ってる奴が存在するって、確定したってことじゃないか。

いや、隔離ってことは命を奪うのが目的じゃなくて、何かやるために、ボクに邪魔をさせないため?

そもそも孤立させるまでもなく、なんにもできないよ……

でも誰なんだろう。ボクを遠ざけたかった奴って。

考えてみたけど、心当たりが多すぎてさっぱりわからない。

多分ボクを本当の魔王として見てる奴の仕業だと思うんだけど……

裏切り者はいるし、封印しようとする奴はいるし、さすが魔王だけあって人望がない!

そのとばっちりがボクにきてるんだけど。

本物の魔王さん、とっても迷惑してます。



霧しか見えないからわからないけど、すでにどっか他の世界に来てるんだろうか?

キョロキョロ辺りを見回すけど、見渡す限り真っ白い霧で何も見えない。

ダーツさんたちはボクや王女様を中心に、取り囲むように立っている。

ヘイラさんはヒュプテさんを守りつつ、やはり辺りの様子を探っている。

アステリアとクトゥルーはよくわからないけど、今も何か試してるようだ。


「アキラ……陛下」


ダーツさんが(かす)れた声でボクに呼びかける。

ん? なんか様子が変だな。


「ダーツさ……ゲフゲフ。どうした?」

「ここに来てから、とんでもなく嫌な予感がして何かの気配を感じます。

 いつでも動けるようにもっと身をかがめ、注意してください」

「え……」


どうしたんだろう、ダーツさんの顔が真っ青だ。しかも汗でびっしょり。

周りを見ると、カザリさんもネロさんも、みんな同じ表情をしてる。

ダーツさんたちはいつのまにか、ボクたちを中心に数メートル離れた場所にいた。

何かあった時に動きやすいように距離を取ってるみたい。

周囲のどこから敵が襲ってきても対応できるよう警戒している。

油断なく辺りを睨みつけている。


なんだ? ボクまで嫌な予感がしてくるよ……

ボクはカノンの手をぎゅっと握る。

せめてカノンだけはボクが絶対守ってみせないと。

辺りは静まり返っていて、アステリアとクトゥルーの声だけが響き渡っている。

多分呪文だろうか。

それ以外はただ白い霧が覆い尽くすホワイトアウトの世界だ。


気絶した王女の頬をヒュプテさんがペチペチと叩く。


「王女殿下、起きてください」


すぐに王女様は目を覚ましてくれた。

束の間、何が起きたかわからない風だったけど、辺りを見回して現状を思い出したようだ。


「す、すまない……」


ヒュプテさんがフラつく王女様の体を支える。


「王女殿下、ここが殿下のおられた異世界ですか?」


確認するように周囲をもう一度見回し、首を横に振った。


「わからぬ。

 確かに異世界へ紛れ込んだ時はこんな霧の中を彷徨(さまよ)っていた。

 霧が晴れた後は見たこともない巨大な建物がいっぱいだった。

 ここもじきに霧が晴れ、辺りが見えてくるのではないかと思うが」


なるほど……

もしかすると、それが日本かもしれないわけだ。

西野さんにも会えるかもしれない。


日本……あれ?

ふと違和感が……ちょっとまって。

アステリアはボクの世界を知らないって言ってたよね。

あれれ……

アステリアが歓迎パーティーの時に出した料理って、谷口くんだった。

バラバラにされて、それでも生きている親友の谷口くんを思い出してしまった。


「うっ……」


思わず、軽い吐き気を覚え、口に手をあてる。

カノンがボクのそんな様子を見て、心配そうに背中をさすってくれた。


「カノンありがとう、大丈夫」


深呼吸をしてなんとか気を落ち着けた。



そうだよ。おかしいぞ、誰が谷口くんを連れてきたんだ?


「アステリア」


少し離れた場所で、汗をかきながら何かをしているアステリアを呼ぶ。


「あ、陛下、申し訳ございません。しばしお待ちください。

 今なんとか次元の門の隙間を探っております」


がんばってるところ悪いけど、ボクはそれに構わず気になったことを聞いた。


「アステリア、すまないが、ボクが帰還した祝いのパーティーのとき、

 キミが料理に出した人間を覚えてるかい?」


忙しそうにしているアステリアが手を止めずに返事を返してくれた。


「もちろんでございます」

「あの人間、どうやって連れてきたんだい?」

「あれは確か、レレナが生きの良いエサをいっぱい取ってきたと話してまして、それで私、陛下のお食事に出そうと一人わけてもらったのです」


みんな、嫌な話かもしれないけど我慢して聞いてね……

しかし納得した。そういうことだったのか。

ボクが玉座にいるのを発見したのも魔法少女レレナだ。

日本からボクをさらったのはレレナだったんだ。

なんでボクが玉座にいるなんてウソを……


ヒュプテさんがうなずいた。

え、今のだけで話が見えたなんて言わないでよね?


「陛下、状況証拠と蓋然性(がいぜんせい)の高さからすると、どうやらレレナ様は陛下を裏切っているようですね」

「なんですって!?」


その言葉にアステリアとクトゥルーが作業を中断し、殺人光線でも出すんじゃないかってほどの恐ろしい目でヒュプテさんを(にら)む。

ヒュプテさんはそれに気づかなかったように先を進める。

なんて(きも)()わった人なんだろう……


「アステリア様とクトゥルー様、お二人とも陛下がいた世界をご存知ありませんでした。

 では、誰が陛下をお迎えにあがったのでしょうか。

 陛下がいた世界の人間をさらっていたレレナ様というのが合理的な判断です。

 レレナ様以外の誰かが陛下をお迎えにあがり、レレナ様もたまたま同じ世界に来た、しかも陛下のそばにいる人間を捕獲していたというのは、考えづらい暗合(あんごう)です」


うあー、難しく言ってるけど、ボクと同じ結論だ。

アステリアが不思議そうな顔でボクに尋ねてくる。


「あの人間は、陛下のご帰還前にいた世界の者でしたの?」

「あ、うん……まぁそうなんだ。」


ヒュプテさんはしばらくアステリアの反応を見ていたが、

なにか納得したのか、軽くうなずくと話を再開した。


「ではなぜ陛下をお迎えにあがったのが、自分だと報告しなかったのでしょうか。

 答えは簡単です。

 レレナ様が陛下を連れてきたということを、隠しておきたかったからに間違いありません」


なるほど、さっぱりわからん。なんで隠したいの?


ヒュプテさんはどこまで気がついたんだろう。悪魔より怖いよ。


「ワインがあればもっと気持ち良く話ができたのですが、

 今はそうも言ってられないようですね」


とてもがっかりした顔で頭を振っている。余裕ありすぎでしょ……


「思い出してみてください。

 軍団の中に誰か裏切り者がいるのか、マジックアイテムを用い、容疑者をあぶりだそうとしましたね?」


うん、確かにそれも全部ヒュプテさんに話したけど……

それがなんなんだろ?

レレナのなんだっけ、ウソ発見器の、マジカルなんとかっての出してきたなぁ。

あ! なるほど……レレナ自身が出したアイテムだもの。

そりゃ彼女自身が引っかからないようにする細工もできただろうね。


「その通りです、陛下」


ボクの様子で察したヒュプテさんがうなずいた。


「レレナ様は陛下を含めた軍団の中に、裏切り者はいないとあえてアピールしたわけです。

 なぜそのようなアピールをしたのか。

 それはかなりの確率で、レレナ様以外にも裏切り者がいるからだと思われます」

「うそ!?」


レレナだけじゃなくて、まだほかにいるの?

やっぱりルーシーとか?


「レレナ様一人だけならば、知らぬ存ぜぬでやり過ごしたでしょう。

 あくまで状況証拠でしかなく、確証はありません。

 ですが、嘘を見破るというアイテムを用意したのはレレナ様です。

 ほかにいる裏切り者へ、疑いが向かぬように工作したのでしょうね。

 きっと私ほどではないでしょうが、かなりの頭脳の持ち主が軍団の中に

 いらっしゃるのでは?」

「た、多分ルーシーだろうと思う」


って、こんなときに自分の頭脳が魔族以上だってアピールって、そっちにビックリだ。


「では、そのルーシー様にバレないよう早急に対策を打ったのでしょう。

 フフフ……

 心にやましいものを抱える者ほど、自分の潔白をアピールするものです。

 まるで自分が率先して犯人捜しをしているかのようにね」


どこぞの名探偵の少年のように推理を披露するヒュプテさん。

頭の中に有名なBGMがかかりそうだ。


「そもそもルーシー様はレレナ様を疑っていたのではないでしょうか。

 レレナ様の隠蔽(いんぺい)は完璧とは言えません。

 陛下と同じ世界の人間を連れてきたことを隠そうとしていませんし、玉座で陛下を発見したのがレレナ様ということは、メイドでも知っていました。

 陛下がアステリア様らと協力して情報を集めれば、私が出るまでもなく、すぐにでもレレナ様に嫌疑はかけられたでしょう。

 つまりレレナ様としては、この隠蔽(いんぺい)工作で多少の時間稼ぎができれば、それで良かったということになります。」


ううむ、ボクがすぐに魔王の城を出たこともあって、アステリアがボクをさらったんじゃないって知ったのもついさっきだ。

時間稼ぎだとしたら、すでに十分な時間は過ぎちゃってる気がする。


「レレナ様とともに陛下を裏切っているのは誰か。

 ルーシー様がレレナ様を疑っているのであれば、犯人は(せば)まってきます。

 ここにいるアステリア様とクトゥルー様でないのは明白。

 では残りは?」


「レイザノール……」


アステリアが信じがたいという感じでつぶやいた

ロボ騎士のレイザノールが……

それを聞いたクトゥルーが何を思ってるのか、姿形が人間とかけ離れているので、考えはまったく読み取れない。

そのクトゥルーが同意するように新たな事実を明かす。


「陛下ご帰還の際に行われた謁見時、レイザノールは陛下を害しようとしておりました」

「確かにあの時、レイザノールから妙な気配を感じたわ」


思い当たる節があるというアステリアの形相が怖い……

いつもはあんなにきれいなのに、ボクのことで怒りだすとヤバすぎる。

顔的な意味で。

本当に悪鬼みたいだもの……

クトゥルーはそんなアステリアの鬼面を見ながら平然と話す。

いや、表情が読めないから、ほんとに平然としてるのかはわからないけど。


「微弱な魔力の動きではありましたが、陛下に飛び掛からんとする構えを取っておりました。

 そうすると我等をここに閉じ込めたのも、此度(こたび)の白い霧の犯人もレレナとレイザノールということになりますな」

「おのれぇ、レレナ、レイザノール、あやつらめぇぇ!」


アステリアが地団駄(じたんだ)を踏みはじめると地面が大きく揺れる。

うわわわ!


「お、落ち着いてアステリア!?」

「あ、申し訳ありません……」


しょぼんとした顔はいつものアステリアの美しいそれだった。



ヒュプテは必ずしもレイザノールがレレナの共謀者だとは考えていない。

しかし今はそれは口にしない。無用な混乱を招くと考えたためだ。

レイザノールはいわば、消去法で残った最後の容疑者に過ぎない。

謁見時にアキラへ仕掛けようとしていたのは事実だとしても、裏切り者でなくても、15年ぶりに帰還した魔王の力を推し量るために動いただけかもしれない。

ルーシーがレレナを疑っているというのも、アキラの印象でしかなく、具体的な証拠があるわけではない。

仮に本当に疑う素振りを見せていたとしても、欺瞞(ぎまん)の可能性がある。


知恵者であればレレナの正体がバレた時に備え、自分は対立していたというアリバイ工作をしていたとも考えられる。

さらに言えば、アキラに心酔しているらしいアステリアはともかく、ヒュプテはクトゥルーですら裏切り者の可能性はあるとみている。

アキラにどこまでも忠実だと信頼を勝ち取っておいて、最後の最後で裏切ることができるからだ。

これまでの言動からするとクトゥルーが策士とは思えなかったが、大賢(たいけん)大愚(たいぐ)と見せるにありという言葉もある。


結局のところ、証拠がない以上はアステリアとレレナ以外は、誰が味方で誰が敵か断定することなどできない。

しかしそれをアキラやアステリアたちに伝えても疑心暗鬼に(おちい)るだけだし、クトゥルーを疑っているなど、彼がどちらの側であっても伝えるべきではない。

だからヒュプテは、レレナ以外の名前は自分から口にしていない。



アステリアとクトゥルーがボクのそばにやって来てひざまずく。

クトゥルーはわからないけど、なんかモニュって足が動いたので多分ひざまずいてるんだと思う。


「陛下、申し訳ございません。どうあっても次元の扉が開きませんでした」


アステリアががっくりとうなだれたまま、悔しそうにボクに現状報告する。


「ご苦労様。今は様子を見ようか」

「はっ」


ヒュプテさんはその2人の様子を見ながら、額に人差し指をトントンと当てている。


「陛下の仰る通り、レレナ様たちの仕業だとすると。

 なるほど。

 裏切り者が見つからなかった理由もわかります」


ヒュプテさんがなんのことを言ってるのかわからない。


「え? どういうこと?」


ヒュプテさんは答えを用意していたらしく、(よど)みなくボクの疑問に答えてくれる。


「レレナ様のアイテムで裏切り者を探した時です。

 嘘をついていても引っかからないようにできるのであれば、嘘をついていないのに反応させることもできたはずです。

 実際そうすれば、レレナ様から見て敵、つまり陛下に味方している幹部に濡れ衣を着せることができました。うまくいけばそのまま抹殺できたでしょう。

 しかしそうしなかった。

 それは穏便に済ませた方がメリットがあるということです。

 その場が平穏に終わったからこそ、陛下は単身で人間の街に潜入された。

 しかし濡れ衣であっても、そこで裏切り者が見つかれば、危険が大きすぎるという理由で、陛下が人間の街へ旅することはなかったでしょう。

 そして陛下が城から離れなければ、隔離も相当難しくなっていたはずです」


つまりボクは魔族から逃れたい一心で魔王の城を離れたつもりだったけど、レレナたちに誘導されていたってこと?


ヒュプテは今は口にしなかったが、まだ懸念(けねん)する事柄がある。


(陛下は必ず旅をする。

 それを知っていた者がいる可能性がありますね。

 本当の魔王であれば、人間の世界への旅などしなかったでしょうし。

 つまり、アキラくんだからそうするだろうと知っていた者の存在。

 果たしてレレナという悪魔がそれを知っていたのかわかりませんが、もしかすると、レレナの背後にはまだ何かいるのかもしれませんね。

 しかも、隔離をしたいのであれば、わざわざこの世界へ連れて来る必要があったのでしょうか。

 寝た子を起こす愚を犯してまで、この世界へ連れて来る意味は。

 これも可能性ですが、元の世界にアキラくんがいると厄介だと思っていた者)



ヒュプテは内心思うことはあっても、それを顔には出さない。


「陛下が城を離れれば、あとはおびき寄せて封印するのみ。

 死者の声事件やカケイドの死者の襲撃事件。

 それは間違いなく陛下を誘導させるために引き起こされたものです」

「だとしたら第七軍団長のイザナミも裏切ってるかもしれぬな。

 彼奴はまさに死者を操る力を持っている」


クトゥルーが新たな裏切り者の名を挙げる。

ヒュプテさんはクトゥルーの意見を肯定も否定もしないけど、ほんとに魔王は人望ないなあ……


でも疑問だったことが、一気にわかってきた気がする。


「ただ、なんでボクを隔離するのは王都でだったんだろう?」

「封印の結界を発動させるには、多くの生贄が必要だったのではないでしょうか。

 おそらくですが、本来はカケイドで発動するはずだったと思われます。

 ですが、カケイドでは白い霧を消す力をもった陛下の力、黒い霧が街を覆い尽くしていました。

 勇者メーヤ様の存在も合わせ、これらはイレギュラーな事態だったでしょう。

 カケイドでの死者の襲撃は、陛下をおびき寄せるためではなく、勇者メーヤ様に邪魔されないために送り込まれたと考えられます。

 いや、いけませんね。かなり憶測が混じってきました。

 見たこともない魔法の話のため、かなり確率の低い揣摩臆測(しまおくそく)でした。

 結界の発動がなぜ王都だったのかは、忘れてくださって結構です」


ヒュプテさんが素直に頭を下げている。

偉ぶらないところは立派だなって思う。

ボクなんて谷口君にいまだに謝れていないし、西野さんにも素直になれてない。



「おしゃべりはそこら辺で終わりだ。

 さっきから寒気が止まらないが、今は最高潮にやばい。なにか来そうだぞ」


いつも飄々(ひょうひょう)としてるダーツさんが、緊迫した面持ちでボクたちに警告してくる。

みんな切羽詰(せっぱつ)まった顔をしている。

それなのに、アステリアは平然としている。


「アステリア、クトゥルー、キミたちもなにか感じる?」


もしかするとアステリアたちにとって、迫ってくるものが脅威ではないのかもしれない。


「いえ、別になにも……感じません。

 私どもは、そういう感覚がございません」


ダーツさんたちは感じるのに、アステリアたちにはわからないって。

これって、弱い人間だからこそ持っている察知能力みたいなもの?


そのとき、突然カザリさんが叫び声を上げながら必死に近づき、

ボクとカノンを突き飛ばした。


「離れてアキラちゃ……」


強く突き飛ばされたせいで、しゃがんでいたボクとカノンはゴロリと1回転しちゃった。

ボクとカノンがよろけた瞬間、ボクたちがいた場所に、目に見えないほどの細い糸でできた投網(とあみ)が落ちてくる。

アステリアはすかさず炎を吐いたけど、投網は燃えなかった。

クトゥルーも触手で()ぎ払ったが、逆に触手が細切れになった。

ゴルフボール程度の大きさの網の目は、ボクを突き飛ばしたカザリさんを代わりに覆いつくす。

糸はそのままカザリさんの体をすり抜けた。

その一連の動きは、瞬きする程度の刹那(せつな)の出来事だった。


「え……」


カザリさんの体中から網の目状の赤い線が見えはじめ、積みあがったブロックを崩したように彼女の身体が崩壊する。

ゴルフボールくらいの肉のブロックが、大量に地面に落ちていった。

ドチャドチャと音を立て、カザリさんがいた場所に肉の山ができあがった。

ただ呆然とするボクの耳に、ダーツさんの絶叫が聞こえた。


「敵だあああぁぁっ!!」



「おのれい! なんたる失態!!

 この投網、かなりやばいモノか!?」


クトゥルーが触手を大地に叩きつけて叫ぶ。


「あああああ!! 陛下のご命令が守れなかったあぁぁぁ!」


アステリアも両手を頬に当てて悲鳴を上げた。


対処が遅れたのはきっと強者のおごりだったんだ。

危機を察知する能力のない悪魔だから、相手の力を過少評価していた。

アステリアたちには投網(とあみ)が脅威に映らなかった。

投網がとても危険だと察知したのはカザリさんだった。

アステリアの炎は効かず、クトゥルーの触手もバラバラになった。

そして次の対処へ移るには、すでに遅かった。


ネロさんは顔を少し歪めただけで、すぐに魔法を唱え、皆に防御魔法をかけた。

タイラーさんはカザリさんを一瞥(いちべつ)しただけで、そのまま戦闘態勢に入った。

ダーツさんも短剣を構えて警戒している。

カノンはボクの腕にしがみついて絶句していたが、すぐにボクの前に立ちはだかって守ろうとしてくれている。

ヒュプテさんもヘイラさんも、襲いくる脅威に注意を払っていた。



カザリさんを見ているのはボクとエリュシオン王女様だけだった。

皆、なんで? カザリさんが心配じゃないの?

みんなは霧の中からうっすらと姿を現しはじめた奇妙な物体を注視している。

霧の向こうに人のような影が見える。


「みんな……カザリさんが……」


みんなを見回してカザリさんのことを伝えた。

目の前にはカザリさんだった肉の山がある。

これがあの美しく優しい女性だったなんて、一体誰が信じるだろう。

いまだって、ボクには何が起こったのか理解できていなかった。

パニックを起こしていたんだ。


「アキラ……陛下、今はここを乗り切ることを優先に考えてください……」


ダーツさんの言葉は静かだけど、少しだけ含まれる怒気がボクにも伝わった。

みんなもカザリさんの惨状を無視してるわけじゃないんだ。

だけどここを乗り切らないと犠牲者が増える。

いや、でも早く助けないと……カザリさん死んじゃうじゃないか。

あ、そうだ。


「アステリア! カザリさんに回復を!!」


アステリアはボクの強い口調に驚き、ピクリと小さく肩を震わせた。

カザリさんを見て、アステリアは残念そうに首を横に振った。

は?

ふざけるな……


「なんで回復しないんだ! 命令だぞ!!」


叫びながら拳を地面に叩きつけた。

アステリアがボクを見て怯えていた。

肉だるまになったボクを、それに酷い状態の王女様ですら救えたのに。

なんでカザリさんは助けないんだ!


ヒュプテさんがボクの肩に手を置いた。

ビクリと体が跳ね、ヒュプテさんを(にら)む。


「陛下、いくらアステリア様とはいえ、死んだ者は治癒できません」

「死んだ? 誰が。なんでわかるんだ。

 いつものお得意の推理かなにかか? ふざけるな!」


ボクはヒュプテさんの(えり)につかみかかっていた。

カノンがボクの手を(つか)み、じっと見つめてきた。


「カ……ノン?」


彼女まで悲しい顔をして首を横に振り、目を伏せた。


カノンを見て、ようやくボクの中で現実が見えてきた。

こんなにもあっさりと……カザリさんが死んだ。

人間ってこんなに簡単に死ぬの?

ボクはあんなになっても生きていたのに。

王女様だってあんな姿でも生きていたのに。

それなのに、カザリさんは1秒もたたず死んだ。


「いやだ……そんなの、絶対いや……だ」


体中から力が抜け、そのまま倒れ込みそうになったけど、カノンが支えてくれた。

ボクはもたれかかるようにして、力を込めてカノンを抱きしめた。

何かにすがってないと、心が壊れてしまいそうだったから。

泣いたら現実になってしまう……そんな予感から今まで涙が出なかった。

だから現実を受け入れた瞬間、あふれ出てしまった。


ボクはカザリさんだった肉の山に、四つん這いになって近づく。

それを拾い上げ、頬にあててみた。

まだ暖かい……

カザリさんの温もりが……


いつも優しくて、明るくボクを励ましてくれた。

もう、カザリさんとお話できない……

二度とボクを優しく呼ぶ声が聞けない。

カザリさんのぬくもりが……



絶対にいやだ……


「う、うぅぅぅ

 うあぉあぁぁぁあああ!!!」



ボクの体が……溶ける……

体が熱い。

肉も内臓も、なにもかもが焼けそうだ。

体からまた黒い霧が揺らめき、激しく噴き出した。

いや、ボクの体も霧になっていく。

カノンの悲鳴が聞こえた。

アステリアたちの絶叫も聞こえる。

なにが起こってるんだろう。

意識が遠くなっていく……

みんなの声が聞こえなくなっていく。

溶ける……


ボクの体は黒い霧となって空中に散って行く。


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