第47話「イザナミ」
「しっかしあの黒い霧ってなんだったんッスか。
クソヤバ過ぎッスよ!」
「あれなー。ビックリしたよネ。
初めて見た力だけど、数百年かかって設置した魔法陣の力を、
一瞬にして消しちゃったからねー。
冗談じゃないワー。ありえないワー。ないワーω」
魔法少女レレナとブルーこと、ブルーソフトは、地上から20メートルほどの高さを杖にまたがって飛んでいる。
王都エルドランから南へ高速移動中だ。
眼下に広がる景色は雄大な森がどこまでも続いていて、遠くには美しい山の稜線がまるで世界の行き止まりのようにそびえている。
ブルーソフトの髪は空を思わせる美しいスカイブルーで、腰まで届くポニーテールを風になびかせている。瞳の色も紺碧色だ。
レレナと同じく美少女だったが、眠そうな三白眼が欠点といえば欠点だ。
見た目は幼い少女だが、ローブを着ているにも関わらず大きめの胸が盛り上がり、その存在を主張していた。
並んで飛行するレレナはそんなブルーソフトをチラリと横目で見る。
レレナは何かを思い出したようにガタガタと身を震わせ、怪談話をするようにヒソヒソと話しだす。
「黒い霧といえば……さ、ルーシーから聞いた話なんだけどね。
これは、今から1か月以上前のことだったんダ。
カケイドの街にさ、ある女悪魔が出かけたのよ。
酒場から出てくる黒い霧に「なんだこれ?」と思ったそうダ。
火事にしては火も出てないし、女悪魔は首をかしげて、変だなー、嫌だなー、怖いなーと思いながらもそーっとそーっと触ったらしいのヨ」
ごくりとノドを鳴らし、ブルーソフトがレレナを血走った目で凝視する。
「すると、シュバー!!!!! っと音を立てて、なんと!
その女悪魔の手が消えたらしいノヨ!
女悪魔はゾーっとしたらしいワ。
黒い霧が、まるで女悪魔の手を食べてしまったように感じたらしいワ」
レレナがニヤリと笑い、ブルーソフトに顔を向ける。
と、さっきまで隣にいたはずの彼女の姿が消えていた。
「あれ! ブルーっち!?」
あわてて周りを見回すと、地上に落下していくブルーソフトが見えた。
「うおあああ!? ブルーっち! 落ちてる落ちてるヨ!!」
「ひーひーひー……」
ブルーソフトは荒い息をつきながら汗をぬぐった。
「クソ死ぬかとおもったッス……」
「アハハハ、相変わらず怖がりだねー。かわゆいワー。
気絶するほど怖かったんだー☆」
「うう、レレナ様クソ酷いッス……」
レレナはブルーソフトの頭をヨシヨシとかいがいしくなでる。
ブルーソフトの顔はあっという間にご機嫌になった。
「あ、レレナ様、クソ見えてきたッスよ」
レレナは大きな目を細め、何かを懐かしむような表情をする。
同時に体がこわばり、緊張もする。
これから会う相手はレレナにとっても恐ろしい仲間だった。
第五軍団長、死霊使いのイザナミ。
「久しぶりだね、イザみん」
美しい山々が鎮座する中、その山だけはまるで雰囲気が違っていた。
木々が1本も生えておらず、草すら生えていない岩山だ。
岩がトゲのように突き出し、針山地獄を思わせる。
針山の頂上付近に、まるで巨獣の大口を思わせる洞穴がポッカリと開いている。
洞窟の入り口は民家がすっぽり入るほど広い。
レレナとブルーソフトは洞窟の入り口に降り立つと、レレナを先頭に穴の中へ入っていく。
「レレナ様、イエロー、ピンク、グリーンは来ないんッスか?」
ブルーソフトがレレナの腕をつかみ、洞窟の中をビクビクしながら見回している。
「あー、うん。あの子たちは先に城に戻らせてるよ。
やることはいっぱいあるしネー」
「そ、そッスか……じゃ、イザナミ様に会うのは2人だけで……なんスね……
ヤダナーヤダナークソコワイナー。
ねぇ、レレナ様、そろそろ帰らないッスか?」
「……キミは何しにココに来たんだい?」
天井から時おり落ちる水滴が、ピチョンピチョンという音を立てる。
「なんでここ、山の頂上なのに水がしたたり落ちてるんスかね……」
洞窟はかなり深く、穴はゆるやかに下に向かって続いている。
中は不思議と真っ暗ではなく、岩の一部がほの白く淡い光を放ち、洞窟内部を照らしている。
光る岩は道しるべのように至る場所に存在し、松明が無くても進むことができた。
「ブルーっち、あんましくっつくと胸が……
理性飛びそうなんだけど……ネ?」
「そそそ、そんなこと言われましても、クソ怖くて……」
奥に進むほど、鼻の奥を刺激する腐臭が漂ってくる。
レレナは鼻をつまみたくなるが、この先はもっと腐臭が強くなると知っている。
今のうちに慣れておかねばならないと我慢する。
グリーンラムを連れいれば、風魔法でこの悪臭からも保護してもらえたが、すでに帰還させている。
いまさら後悔するも、もう遅い。
彼女たち魔法少女は、得意属性以外の魔法はからっきしだ。
レレナは炎、ブルーソフトは水、グリーンラムは風、イエローキナコは土、ピンクアダルトは聖を担当するといった具合だ。
ブルーソフトたち4人はレレナの側近であり、王都エルドラン上空にある魔法陣の扉を開けたメンバーでもある。
さらに奥に進んでいくと、唐突に大広間に出た。
いや、それは広間という表現では足りないほどに広すぎる。
洞窟の内部とは思えない広大な地下世界が眼前に広がっていた。
天井は赤黒く、洞窟内のはずなのに遠くでは暗雲が立ち込めている。
大地はほぼ黒に近く、城すら飲み込むほどの巨大な亀裂が至る所に入っていて、裂け目からは赤い光が漏れている。
左手を見ると遥か遠くには山々が連なり、噴火しているものまであった。
反対側を見ると、遠くに長大な壁があり、何者をも通さぬように行く手を阻んでいる。
壁はどこまでも、地平線の彼方まで続いているようだった。
その高さも異常で天辺が見えない。
巨大な壁には小さな扉が一つだけある。
レレナたちはその扉の向こう側に嫌な予感を感じていた。
「あそこの扉に入ると、ボクたちでも終わりだネω」
「あれはなんスか?」
「なーにー、聞きたいのー? いいのそんなの聞いて?
夜眠れなくなっても、一緒に寝てあげないんだからね?」
「え……なんスかソレ……
そんなクソヤバイんスか」
「イザナミの世界だよ? わかるっしょ?」
「……あ、もしかして、あれが地獄門ッスか……ひえー。
思ったより小さいんッスね」
「近くに行けばわかるけど、魔族の城レイスターよりでかいからω」
「えっ!?」
「小さな扉にしか見えないって、ココからどんだけ離れてるんッスか……」
「ま、ボクたちの行く場所は逆方向だけどね☆」
赤黒い岩と壁、そして遠くには岩山しかない世界、その中でたった一か所だけ緑が生い茂る山がある。
その山へ向かって2人は歩き出す。
「随分陰気な所に住んでるッスよね……
趣味クソ悪すぎッス」
「まぁ、そう言うなよー。人それぞれでショ。
ブルーっちの部屋も、ボクの写真で一杯じゃない☆」
「えええ! なんで知ってるんッスか!?」
「フフフー。秘密だーΨ」
不安を振り払うように他愛のない会話をしながら歩いていると、レレナとブルーソフトの耳に遠くから太鼓や笛の音が聞こえてきた。
「ついたみたいネ」
レレナたちの前には真っ赤な鳥居が立っている。彼女たちは山を登る坂道を上がり始めた。
鳥居は山道に沿っていくつも並んでいる。
山の奥で赤く光る提灯や神輿が揺れているのが見えた。
しばらく坂道を登り、頂上にたどり着くとまるでお祭りの最中のようだった。
どこからか聞こえてくるにぎやかな笛の音が響き、お面を付けた人々が屋台をウロウロしている。
屋台に並ぶのは水中に沈む骨をすくいあげる人骨すくい、人骨を狙う射的、眼玉でできたヨーヨー釣り、さまざまな屋台が出ているが、どれも趣味が悪い。
立ち並ぶ屋台を2人が興味深げに物色していると、美しい着物を着た女性がレレナたちを迎えに現れた。
暗い奥まった場所に連れていかれる2人。祭りの笛の音が遠くで微かに聞こえている。
そこには小さな社が立っており、案内人はレレナに入るよう促す。
狭い社ゆえ、ブルーホワイトは心細げに外で待つ。
キイっと軋む音を立てながら木の扉を開けると、薄暗い室内に一人の女性が座っていた。
2本のロウソクの光だけが彼女と室内を照らし出す。
「ようこそ……レレナ。お久しぶり」
小さな唇から紡がれる言葉は、まるで合成音声のような作り物めいた声色だった。
第五軍団長、死霊使いのイザナミ。
血が通ってないと思わせるほどの白い肌、艶やかでわずかのクセもない黒髪は、背中のあたりで白紐に括られている。
巫女風の衣装を身に纏い、胸元から微かに覗くのは白い肌ではなく白い骨。
袖から出ている手も骨で、首から下はすべて骨の体だった。
「や、イザみん」
「お茶、どうぞ」
「あ、ども」
しばしの沈黙がおとずれ、レレナがお茶を飲み干す。
「ぷぅ、おいし。
それで、うまくいったヨ」
「ご苦労様、レレナ。
魔王は、隔離、これで、計画実行、できるわね」
「うん、イザみんが死体を操って気を惹いてくれたおかげだネ」
「カケイドの街、気を惹く、だけじゃなく、殺す、つもり、あったの。
でも、魔王、死者を、なだめた。
計画変更、勇者に、攻撃した。
黒い霧、恐ろしい。魔王、底知れぬ」
「まぁ、勇者の存在はイレギュラーだったし仕方ないけどね。
気を惹くのは成功してるヨ。
おかげで、魔王たちはまんまと王都に来てくれたしネ」
「あの魔法陣、苦労、したね」
「数百年かけた罠だったのにサ。
魔王の黒い霧で台無しになるところだったヨ。
まさか霧が消滅するなんて……なんなのほんと。
こっちの数百年分より強いって意味わかんない」
レレナはどっと疲れたようにため息を吐く。
イザナミもため息をつくが、レレナに合わせたようでワザとらしく見えた。
「イザみん、あそこから出てこられると思う?」
イザナミは首を傾げ、しばらく考え込む。
「絶対、無理、と言いたい。
けど、魔王、わからない」
「だよねぇ……
あそこはボクの軍団全員が力を合わせても、抜け出すのは㍉……のはず。
どっちにしても時間は稼げるし、うまくいけばずっと出てこれない☆」
「アステリア、クトゥルー、一緒に隔離、僥倖。
残るは、ルーシー」
「うん、今頃レイザノールとバトルってると思うヨΨ
援軍にミカちゃんも向かってくれたしー」
「そう、第二軍団長、ミカエル。頼もしい」
イザナミは愁いを帯びた美しく大きな目を細める。
「第七軍団長、存在、心配。
邪魔、入らない?」
「どうだろうね……
ずっと行方くらましてるし、元々何考えてるかわかんなかったしω
気をつけた方がいいけど……今はどうしようもないヨ」
イザナミはぎこちない笑みを浮かべて立ち上がった。
レレナもよっこいしょっと言いながら立ち上がる。
「そうね、今が、最大の、好機。
後には、引けない」
「ウフフ、戦争の開始だね☆」
「行きましょう、魔城レイスター、殲滅」