第46話「赤の野望」
ボクたちは王女の寝室から出て、屋敷の出口に向かう。
ヒュプテさんとヘイラさんにカノン、そしてダーツさんたちがそこで待っていた。
「陛下、王女の救出は無事終わりましたが、異世界への探索はいかがいたしますか?」
ヒュプテさんがボクに聞いてきた。
質問の形を取ってるけど、目が言ってる。行くって。
どうせここで行かないって言っても、あーだこーだ理由をつけて、行く方向にしちゃうんだ。
「うん、予定通り行こう。
どんな世界に行ったのか気になるし、この霧が何のために人々を異世界に送ってるのか、まだわかってないからね。
それに、王女様と約束したからね、一緒に行くって」
「王女殿下が同行するのですか? なるほど……
かしこまりました」
嬉しそうに答えるヒュプテさん。
そういえば、霧を出してる犯人の捜索ってどうなってるんだっけ?
誰に聞くともなく疑問を口にしたら、アステリアが元気に答えてくれた。
「このアステリア特製、伝書ハートくんを使います。
これで城に連絡し、王都周辺の捜査を行うように命じます」
「アステリア、前も言ったけど人間へ危害を加えたり、街への攻撃は絶対ダメだからね?
ボクの計画の邪魔をすることになるから。
それも伝えておいてね」
「もちろん手抜かりはございません」
アステリアは自信満々にニコリと微笑む。
アステリアが伝書ハートくんに命令の音声を吹き込んでいる。
最後に伝書ハートくんにキスをすると窓の外に解き放つ。
ハートから羽の生えた形の伝書ハートくんは、パタパタと空を飛んで行った。
なんだろうなあれ……魔法なのかな。
アステリアの話では、アーティファクトらしい。
そもそもアーティファクトがなんなのかわからないけど、これ以上質問したらあやしまれるかも。
魔法のアイテムってことかな。
1日もかからず城に着くとのことだった。
「で、誰に送ったの?」
「はい、第六軍団長、魔法少女レレナでございます」
え……レレナ……
この世界にさらわれ、玉座で眠るボクを見つけた第一発見者。
ちょっと疑ってる人物なんだけど大丈夫なのかな。
といっても、魔族で信用できる人物なんて、アステリアとカノンだけだし。
どうしようもないか……
しばらく待っていると、王女様が準備を整えてやってきた。
「お待たせして申し訳ございません」
ふぉーんという、相変わらず変な音をさせる王女様。
口が動いてたので、お待ちどうさまとでも言ったのだろうか。
なにはともあれ、今度こそ霧へ向かう準備はできたね。
「じゃ、出発かな」
「「はっ!!」」
みんな一斉に気合の入った返事をした。
ボクの旅の荷物はダーツさんたちが受け持ってくれている。
王女様の荷物もカザリさんが持った。
ボクたちは外に出て、霧の元へと向かう。
ダーツさんがヒュプテさんに尋ねた。
「馬に乗って行きますか?」
事前に考えていたのだろう、ヒュプテさんがすぐに答える。
「馬では行かない。徒歩だ。
じっくり調べていきたいからね。
それに王女の話では、異世界は怪物が跋扈しているようだしね。
アステリア様とクトゥルー様の護衛があるとはいえ、慎重に行動しよう。
隠密に行動するにも飼料の面でも、馬は邪魔だからね」
「なるほど、了解です」
ダーツさんもみんなも納得し、うんうんとうなずいている。
ボクを先頭に、左右にアステリアとクトゥルー。
その後ろに王女様にヒュプテさんとヘイラさん、そしてカノン。
最後尾にダーツさんたち。うう、先頭はなんか心細い……
王女様がボクに近づくと、おそるおそる質問してきた。
「あ、あの……アキラ様。騎士をもっと連れて行きませんと……」
「え? あ、大丈夫だよ」
そうか、アステリアたちが魔族って説明してないんだっけか。
王女様を救出してすぐに出発で、準備やらなんやらで説明するタイミングがなかった。
ヒュプテさんを見ると、ゆっくりとうなずいている。
話してもいいらしい。
王女様に、ボクが魔王で、実はアステリアとクトゥルーは魔族だと簡潔に伝えた。
王女様は卒倒しそうにふらつき、顔色は真っ白になってたけど、ヒュプテさんがすかさずフォローしてくれた。
「殿下、陛下はとても人間に協力的であらせられます。
これからも友好を約束してくださっております。
それに、殿下を助けてくれたのはその魔族の方々なのですから」
王女様は混乱していたけど、少しずつ納得してくれたようだ。
ボクはあらためて王女様に笑顔で挨拶をする。
「ボクは魔王のアキラ。よろしくね、エリュシオン王女様」
王女様はぎこちないながらも笑顔を返してくれた。
さて、どっちに向かおうと外を見渡す。
一番霧が近くに見えてい方に向かう。ここからだと、西門方向かな。
霧はだいぶ広がっていて、街の半分近くはもう覆われてそうだ。
被害がなければいいんだけど……
王女様やダーツさんたちは緊張した面持ちなのに、ヒュプテさんだけ休暇で旅行に出かけるように楽しそうにしている。
「その通りです陛下、旅行気分ですよ」
うん、ボクなにも言ってないけどね。
相手がなにを考え、なにを思ってるのか、手に取るようにわかるっぽい……
クトゥルーたちとは別の意味で怖すぎる。
「それは冗談で、これから行く世界は未知の領域です。
馬がいないので探索の範囲は狭まると思いますが、私の考えではその程度の探索でまずは良いと考えています」
ボクはヒュプテさんの発言が意外だなと思う。
「探索範囲は狭いと?」
「その通りです、陛下。
この霧の主の目的がまだはっきりしませんが、向こうの世界に大量の人間を送りたいわけです。
では考えられる目的はなんでしょうか?」
アステリアが胸をそらして答えた。
「食糧かしら」
クトゥルーも同意し、さらに付け加える。
「然り。さらに労働力か。我等もそうしてきましたからな」
うう、キミたち食糧って……王女様もいるんだし、もう少し発言に気をつけて。
ダーツさんたちがどういう反応をしているか、様子をこっそりうかがうと、平然としていた。
エリュシオン王女様は真っ青になってるけど。
ダーツさんたちが大丈夫そうなので少し安心したけど、内心はどうなんだろうか。
顔に出さないあたり、さすが歴戦の冒険者としか言いようがないけど。
ヒュプテさんがアステリアたちを褒め称える。
「さすがでございます。
まさに、それが主に考えられる理由かと。
では次の可能性、目的が王都の人間の転移ではなかった場合は?」
え、なにそれ? 明らかに人間を狙ってるよね?
ダーツさんがボクと同じ疑問を抱く。
「ですが、王都中の人が被害を受けていますが」
ヒュプテさんがニヤリと笑い、わざと一拍ためて答える。
「カモフラージュ」
全員驚き、みんなの視線がヒュプテさんに集まる。
「え? カモフラージュ?」
「はい、陛下。
王都中の人間の転移が目的だと思わせる偽装。木の葉を隠すなら森の中です。
霧を出している者の真の狙いが、ある人物を転移させることだったとしたら」
「え、誰の転移……だろ……」
「以前私は、霧を発生させているのは人間ではないと断言しました。
その理由は、そのような魔法の存在や技術を私が知らないからです。
したがって今回の事件で考えるべきは魔族の可能性です」
そういえば、確かにそんな話を前にしてたな。
なんとなく思い出した。
「では、魔族の仕業だとしましょう。
人間の街にいる誰を転移させたいのかを考えると、王都の誰を別世界に送っても、魔族にはメリットが何一つありません。
わざわざそのようなことをする意味がないのです。
では侵略なのか? と言うと魔族はこんな攻め方はしないでしょう」
「え、魔族の仕業なんじゃ?」
ヒュプテさんは何が言いたいの?
これじゃ、特定の人物を転移させる説が否定されるのでは?
アステリアとクトゥルーがヒュプテさんの言葉にうなずいている。
「我等ならば、ただ力で侵略し、押し通るのみ。
戦略や謀略などは弱者が強者に勝つための方法だ。
しかも、なるべく損害を出さず、効率的に攻めるという軟弱なもの」
「ええ、私たち魔族は弱い者はただ死ねばいいという信念で行動しているわ。
強き者だけが生き残る」
なるほど……ただの脳筋、って言ったら怒られそう。
生まれついての強者の考えってこんなものなのかも。
人間でも本当に優れた武術の達人やスポーツ選手たちの考えは、弱肉強食的なのかもしれない。
いや、頭がいい人も同じかも。結局は弱肉強食。
でも人間は群れで生きるからこそ協力し、犠牲をなるべく出さない戦いをする。
それに強者といっても、アステリアやクトゥルーみたいに1人で国を滅ぼせるほどの力がある人間はいない。
魔族のような犠牲を恐れないという考え方をしないんだ。
魔族の考え方からすると、本来1匹狼なんだろう。
魔王ってのは特殊だ。1匹狼を群れさせてるのだから。
何のためにそんなことしてるんだろうか。
ヒュプテさんがアステリアたちの言葉にうなずく。
「まさに魔族の方々は、力こそ正義なのです。
だから霧を使った迂遠なやり方は魔族らしくない。
ですが、この得体のしれない力が人間の技でないならば、やはり魔族でしょう。
いえ、魔族に等しい力を持つ、別の何か」
「別の何かって、この世界にいるっていう魔獣とかそういったもの?」
「その可能性はあります。
そこで、ここからが本題です。
さきほども申しましたが、魔族もしくは魔獣が送出させたい者が王都の人間であるはずがありません」
ヒュプテさんがボクをじっと見つめてきた。
「ですが、送出させたい人物がこの王都に現れた。
としたら、どうでしょうか。
誰がこの地に現れてから、霧は発生し始めたのでしょうか」
ボクはなにか嫌な予感がしてきた。
ヒュプテさんの言いたいことがわかったからだ。
ボクはそっと自分を指さし、ヒュプテさんの反応をうかがう。
ヒュプテさんは大仰にうなずき、肯定した。
「陛下以外には該当者無しでしょうね。
王都で起きた死者の声事件も、陛下を王都へおびき寄せる撒き餌の1つだった可能性があります」
「うあ、やっぱし……」
「ですが、魔族には別の世界へ移動できる方がいらっしゃいます。
アステリア様やクトゥルー様が同行されている以上、ただ別世界へ飛ばすだけでは意味がありません。 陛下御自身も帰還はたやすいでしょう。
つまり別世界へ送るだけでなく、その先にも仕掛けがあるとにらんでいます。
では転移の真の目的はなにか? それは隔離と思われます」
「か、隔離って……」
「あちらの世界へ行けば、魔族の方ですら、容易に戻って来れない可能性があるということです。
どういった理由かまではわかりませんが、あちらの世界に罠が張り巡らされているのか、敵が待ち受けているのかもしれません。
それとも、特殊な結界が張られているのか」
ボクやアステリア、それにクトゥルーまでもが険しい顔をしていると、ヒュプテさんが笑う。
「あくまでその可能性もあるということです」
「陛下、行くのやめましょう!」
アステリアが泣きそうな顔で力説してきた。
「そ、そうだね……わざわざ罠にかかりにいかなくても……」
ボクが弱気になって同意すると、ヒュプテさんが肩を少しだけすくめた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず。
多少の危険を犯さねば、何も得られませんよ」
うがー。
まぁそうだよね……
それに、これから行く世界はもしかするとボクの元いた世界、日本かもしれないんだ。
西野さんを救えるかもしれないのに、行かないわけにはいかない。
「わかった。確かにそうだね」
ボクがヒュプテさんに同意すると、クトゥルーが力強くうなずく。
「それでこそ陛下でございます」
はぁ……
ヒュプテさんはボクを隔離させる可能性があるって言ってたけど……
わざわざそれを指摘したのは、その危険性が一番高いからじゃないの?
誰だよ、ボクを隔離したいって……
あー、でもボクを本物の魔王だと思ってるなら、魔族の裏切り者とか?
なんか隔離されるかもって可能性がとても高く思えて、怖くなってきた。
底知れぬ恐怖を感じながら、ボクたちは霧へと向かった。
目の前に広がる白い霧。
ボクは意を決して霧の中に入り込んだ。
周りを見ると、みんないる。
アステリアがボクの手を握ってきた。
く、迷子にならないように、親戚のお姉ちゃんが手を握ってきたみたいな、そんなシチュエーションに恥ずかしくなる。
ボクたちの周りの霧がだんだん濃くなっていく。
「みんなはぐれないようにね」
ボクは注意を促す。
王女様とカノンがボクの服のスソを掴んでいる。
こんなボクを頼ってきてくれてるのは嬉しいんだけど。
キミたちごめんね……ボクが一番頼りないんだ。
☆
「魔王が入り込んだワー」
「うん、クソみたいに反応ありッス」
赤のローブと青のローブをまとった2人組が、王都からかなり離れた場所の森に立っている。
「では、予定通りあのクソ世界へ送り込んで隔離ッスね」
「じゃブルーっち、みんなに合図送って」
2人の声からすると、女性のようだ。
ブルーっちと呼ばれた青のローブをまとった女性が空に向かって青色の光を放つ。
それは雲の高さまで上昇すると、太陽のような目を焼くほどの閃光を放った。
「よし、クソめんどい連絡完了。これでゲート開けられるッス」
赤いローブの人物はクスクスと笑う。
「うまくいけば死んでくれるかもだワ」
「どうッスかねぇ。そうクソみたいにうまくいけば嬉しいッスけどね」
王都のはるか上空、空が青から闇になりかかる境界に世界の半分を包み込めるほど大きな魔法陣が浮かんでいた。
魔法陣の中央には巨大で重厚そうな門がある。
その大きさは王都すべてを包み込めるほどで、精巧で得体の知れない装飾が施されている。
魔法陣の大きさから見れば、その門は蟻程度の大きさだったが。
その門扉が地上に向かって開け放たれていた。
門の中から白い霧が大量に吐き出され、地上に流れ落ちていく。
「魔王クソみたいにすごいッスね。
ここまでしないと、隔離できないんッスか」
「念のためすワ☆」
「これ用意するの、クソ大変だったんッスよ……
何百年かかったと思ってるんッスか……」
「はっはっは。ブルーっち、キミのおかげだヨ。
これ終わったら、チューしてあげる☆」
「え!? ほんとッスか!? まじッスか……今からもう濡れそう……ッス。
あ、クソどもが入ったッス。じゃ閉めるッスよ」
巨大な門扉は音も立てずに閉じられていく。
完全に扉が閉まった瞬間、王都に蔓延していた白い霧が晴れていく。
王都エルドランは何事もなかったようにその姿を現した。
ブルーっちは歓喜の声をあげた。
「やったあああああ! クソ感激!」
赤色のローブの女が肩をすくめ、ブルーっちに声をかけた。
「さあ、こっからが大変なのだヨω」
「あんもう、クソほどわかってるッスよ、レレナ様。
チューは? いつッスか?」
「今夜たっぷりしてあげるヨ」
フードの奥の金色の瞳を妖しく輝かせ、小さな唇を笑みの形に歪める。
彼女の名は魔法少女チア・ラブ☆レッドのレレナ、魔王軍の第六軍団長だ。
「それじゃ、イザみんに会いにいこっか」
「はいッス、レレナ様。」