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第44話「魔、降臨す」

「う~ん、全然~足りないなぁ~」


スーパーの奥にある鉄扉(てっぴ)の中から現れたのは、真っ白に近いほどまぶしい黄金の輝きを放ち、神のごとき荘厳(そうごん)さをたたえた西野だった。

だがその神々しさとはさかしまに、金色に光る色素の薄い瞳は底知れぬ狂気をはらんでいた。


「ア、アヤメ……?」

「うははは~~。トモちゃん~を~殺されてぇ~、さすがに~おかんむりぃ~」

「キミは一体……」



タトスは光り輝く西野越しに、扉の向こう側をちらりと見る。

目の前に広がるあまりの惨状に息を飲んだ。

そこは大量の食品を保管しておく冷蔵庫だった。

今は電気が通っておらず、食品を保存するという機能は果たしていない。

しかし鉄の扉は堅固で、壁は丈夫なコンクリートで固められている。

窓もないために少々の音が外に漏れることはない。

しかもスーパーであったことから食糧にも困らず、隠れるにはなかなか良い条件の場所だった。


ロウソクだけが灯された室内は薄暗いが、西野からあふれ出るまぶしい光が差し込んで、屋内を照らし出している。

そこには子供や老人、男性に女性、数十人の無残な死体が転がっていた。

幼ない子供の頭部には、ぽっかりと空洞が広がり、あるべきはずの脳が収まっていなかった。

アゴを失い、眼球が飛び出し、体の大部分から肉がごっそり失われて、骨になっている女性が横たわっている。

巨大な獣にでも襲われたかのように、どの死体も内臓を食われ、肉の大半を失っていた。


タトスはようやく呼吸することを思い出した。


「こ、これは……エリュシオンたちを襲った怪物が?」

「あひゃひゃ~~! わ~ら~え~る~。

 タトスさんも~見たでしょ~。学校にぃ~血なんかあったっけ~?」

「え? じゃあ、こ、これは……」


すでにタトスも答えを察していたが、それはあまりにも信じがたい事実だった。


「わ・た・し~~♪

 食べちゃったぁ~。てへ~」


西野からずばり聞かされたタトスは言葉をなくし、ただ口をパクパクさせるだけだった。


「だってぇ~、トモちゃんの~復活のためにぃ~命がいるんだものぉ~」


(食べた? 復活? 何を言っているんだ?)


タトスはますます動揺(どうよう)し、混乱する。


そのとき、ガラスが砕け散る甲高く鋭い音が聞こえた。

タトスの体が跳ね、音のした方向を見る。

巨大ミミズや妖蛆(ようしょ)、ナメクジの化け物、そのほか見たことがない

数十、数百もの大小様々な怪物がいつの間にか外に集まっていた。


「ほらほらぁ~音を聞きつけて~来たわよぉ~」

「ア、アヤメ……やばいぞ……」


タトスはその光景を見て、絶望に打ち震えた。

たった1匹の化け物ですら勝てる気はまったくせず、恐怖に怯え隠れていたのだ。

これほどの数の化け物に対処できるはずもない。

エリュシオンを助けなければという使命感だけが、パニックに(おちい)りそうになるタトスの心をかろうじてせき止めていた。



これほどの数の怪物たちが一体どこに隠れていたのか。

スーパーの入口をはるかに超える巨大な化け物が無理やり侵入し、コンクリートの天井がベキベキという音を立てながら(くず)されていく。


「ここはやばい! アヤメ、逃げるぞ!」


倉庫の中にいた人間を喰ったという西野は非常に気がかりで、問い詰めたいところではあるが、いまは化け物から逃げる事が優先だ。

物事の優先順位をとっさに判断し、最優先の行動に集中する。

それは一瞬の判断の遅れが命取りとなる死地を超えてきたタトスが身につけた(すべ)だ。

しかし、西野は逃げるそぶりを見せず、ただ不敵な笑みを浮かべて立っている。


「アヤメ! 頼む、逃げてくれ!」


タトスは西野の手を取って走り出した。

西野はおとなしくついて来るが、目を皿のように丸くして、不思議なものを見る目つきでタトスをじっと凝視(ぎょうし)している。

崩壊を始めた天井が、タトスたちの上にも(くず)れてくる。

しかし正面入口から怪物が次々に侵入し始めていて、外に逃れることができない。

タトスは辺りを瞬時に見渡して、他の脱出口はないかと探す。

いくつかのドアが目に入ったが、それが出口なのかは判別できない。

駆けこんだ先が行き止まりであれば最悪だ。


「アヤメ、どれが出口か知らないか!?」


西野は怪物たちの方を指さした。


「そっちは怪物が……」


タトスは驚くべき光景に目を見張った。

怪物同士が食い合っている。

どうやら獲物はタトスたちだけではないようだ。

漠然と怪物同士は仲間なのだと思っていたが、どうやら違うようだ。

思った以上に化け物たちの知能は低いらしい。

目の前では壮絶な光景が繰り広げられている。

さながら怪獣映画のようだった。

タトスたちを襲いに来た怪物が、ほかの化け物に一飲みにされていく。


タトスは食品棚に身を隠しながら、素早く出口へ移動していく。

上手くいけば、隙を見て脱出できそうだった。


「あの~タトスさん~。手ぇ~離して~くれますかぁ~?」

「え、あ……すまない」

「うふふ~、タトスさん~いい人ねぇ~」


タトスが知っている西野とまるで違っている雰囲気(ふんいき)戸惑(とまど)う。

しかしすぐさま意識を切り替え、出口周辺をうかがって逃げ出すチャンスを狙う。


「ちょっとまっててねぇ~。さすがに~うっとぉ~しいわ~」

「は?」


タトスが振り向くと、西野がいなくなっていた。


「アヤメ!?」


化け物に気づかれないように鋭く小さい声で西野を呼び、辺りを見回すが、姿がない。


(まさか棚の上から怪物が!?)


そして気がついた。

大地震が襲ってきたような地響きや轟音がピタリと止み、自らの呼吸の音が聞こえるほどの恐ろしい静寂(せいじゃく)が、いつの間にか辺りを包んでいた。

突然の変化に身動きすらできなかった。

細心の注意を払い、棚の端から様子を(うかが)う。

そこには……


あれだけいたはずの怪物たちが1匹もいなくなっており、床には肉片だけが飛び散っていた。

金色に輝く西野が、肉片の山の中に立っている。

まるで女神が地獄に降臨したかのようだった。


「は?」


タトスは間抜けな声を上げてしまった。

西野がタトスに気がついたのか、手をヒラヒラと振って見せていた。


「おまたせぇ~~」


タトスは状況が理解できず、ただただ唖然(あぜん)としていた。


「い、一体これは……」

「う~? うっと~しいからぁ~掃除~」



「う~ん……立花くんは~もうだめかな~」


西野は肉片の中に倒れている溶けかかった人間を無表情に見つめていた。


「タチバナ……?」


タトスはその名前を聞き、学校を襲った怪物がここにいたことを理解した。


「アヤメ! エリュシオンは!?」


いまだ目の前で起きたことを整理できていなかったが、立ち上がって西野の元へ走る。

疑問は後回しで、エリュシオンがとにかく優先だった。


「う~~ん?

 見当たらないわねぇ~。

 あ~、あのオサゲはぁ~ミサキかな~?

 ミサキぃ~妊婦さん~?」


西野が指さしたミサキを見たが、目を背けるほどの凄惨(せいさん)な姿だった。

胸の肉は溶け(くず)れ、腹は大きく(ふく)れ上がっていた。

西野がなぜミサキだと見抜けたのか、疑問に思うほど面影は残っていなかった。

ミサキはしかし、まだ生きていた。

この状態でまだ生きている彼女の姿があまりに酷く、タトスは苦しみを終わらせようと剣を抜いた。

獣のような(うな)(ごえ)で苦しみ(うめ)き、腹を押さえている。


「およ~? 出産~?」


腹がプチプチという音を立てて内側から破れていく。

ミサキの腹の中からナメクジが現れ、タトスは絶句した。


「なっ……こ、これは……」


ミサキは小さなナメクジを出産しはじめた。

一体何匹いるのか……

タトスは猛烈に襲って来る吐き気を抑える。

剣を構え、ミサキの苦しみを終わらせるため、彼女の首を切り落とした。

ミサキの出産はそれでも終わらず、いまだ何匹も仔ナメクジを生み落としていた。


「こいつらがぁ~、私のぉ~トモちゃんを~!」


眉を吊り上げて小さなナメクジを睨みつける。西野の瞳が強く光輝いていく。

太陽光を集めたルーペのように、その目から光がほとばしる。

ナメクジはグジュグジュという音をさせながら焼け()げていく。


ミサキの無残な姿を見て、タトスを嫌な予感が襲った。

体中が震えだす。

嫌な予感を振り払って、狂ったようにエリュシオンを探し始める。

そこかしこに人が倒れていて、彼は一人一人確認していく。

(あお)い髪のエリュシオンだ。かなり目立つはずだ。

中には人の足や手などの肉片も混じっていて、食いちぎられたのだと容易(ようい)に予想できる死体もあった。

西野はのんびりした声をあげた。


「タトスさん~、エリュシオンさん~いないよ~。

 おかしいわね~。他の人はみんな溶けかかってはいたけど~。

 もしかして~、完全に消化されちゃったかも~?」


西野はミサキ以外にも、学校に残っていた人間を全員見つけていた。


「いや、いるはずだ!」


バラバラになったな死体と化け物の肉片が交じった山を探ったため、タトスは血まみれで汚物にまみれている。

しかしそんなことはまったく意に介さず、(あお)い髪の少女を必死に探す。


「エリュシオン……エリュシオン……」


呪文のように何度も名前を繰り返し呼ぶ。

無残な姿の人間の中にエリュシオンが見当たらないことに安堵しつつも、見つからないことに絶望もする。

西野の言う通り、完全に消化されたのかもしれない。

しかし信じたくなかった。

零れ落ちる涙もそのままに、一人一人念入りに探していった。



そのとき、遠くで雷鳴が轟き、腹に響くほどの重低音が伝わってきた。

何度も何度も鳴り響く。


「なんだ……嵐でもくるのか?」


思わず音のする方向へと顔を向ける。

遠くで幾筋(いくすじ)もの雷光が見えた。空が明るく輝き、暗闇の中を照らす。


「……いんや~、やばいのがぁ~来ちゃったわよ~」

「ヤバイだと?」


信じられないことだが、先ほどの巨大怪物どもを瞬く間に倒したのは、西野だったのだと理解していた。

この世界には彼女のような超人的な力を持つ戦士がいるのか、はたまた彼女が特殊なのか、それはわからない。

しかし今まで学校で過ごしてきた様子からすると、普段の西野がこの力を自覚しているとは到底思えなかった。

彼女の正体がどうであれ、その西野がヤバイと言うモノ。

この怪物たち以上に恐ろしいモノとは、一体なんなのだ。

タトスはこれから襲い来るであろう、未知の恐怖に自然と体が震え出す。



雷をまとった重厚な暗雲が、急速にタトスたちへと近づいてくる。

地を揺らすほどの轟音が立て続けに鳴り響く。


「アヤメ……キミだけでも逃げてくれ……」


冷や汗が体中を濡らし、(のど)(かわ)き始めたせいで声が(かす)れた。

タトスたちのいる場所まで暗雲が立ちこめ、落雷が地上の建物や地面をえぐっていき、雷が直撃した木は裂け、燃えだした。

落雷は止むことなく、地上を攻撃するかのように続く。


「いや~逃げられないわ~。

 だってぇ~、あれ~、私にぃ~会いに来てるんだもの~」

「あ、会いにだって? 一体なにが会いに来たというんだ」

「ほらぁ~、きたわ~」


異様な光景だった。稲妻が轟く暗雲が天から地上へとなだれ落ちていく。

いや、それは暗雲ではなかった。


「な、なんだあれは……」


タトスは息を飲み、その信じられない光景に目を奪われていた。



あまりにも巨大なために、一瞬距離感が狂ってしまう。

目の前に現れたと思ったそれは、実際は数百メートルも先に出現していた。

暗雲だと思ったものは、15階建てのビルほどはありそうな巨大な悪魔だった。

身長の倍はありそうなコウモリの翼を羽ばたかせ、白に近い金色の巨大な角が、額から天を衝くようにそびえ立っている。

目は赤黒くらんらんと光り、この世の全てを憎むように吊り上がっている。

怒りを具現化したような赤いオーラが、全身から揺らめいていた。

口は耳元まで裂け、そこからのぞく鋭い牙は人間の大人ほどの大きさがあった。

全身は漆黒の闇のように黒く、まるで暗雲が悪魔の姿を(かたど)ったようだ。

亡者の怨嗟(えんさ)の声のような地獄の底から響く咆哮(ほうこう)を上げた。

その咆哮(ほうこう)を聞いたタトスは、たちまち腰を抜かしてしまった。

歴戦の勇士たる彼が、この世の全ての恐怖を体現(たいげん)したその姿にただ怯えていた。


西野が嬉しそうに、しかし怯えた表情で微かにつぶやく。

轟音が鳴り響く中、なぜかその声だけは鮮明にタトスの耳に届いた。


「魔神降臨よ~」


タトスは我が耳を疑った。


「ま、魔神だって!?」


西野に問うも、彼女はそれに返答せず、ただじっとこの世に降臨した魔神を見つめていた。

返事がなくても理解した。

圧倒的な威圧感に加え、見るだけで心が恐怖に押しつぶされそうになる姿。

そこに存在するだけで、全ての人間は生きる権利を放棄してしまう。

タトスだからこそ腰を抜かす程度で済んだ。

トモコやエリュシオンたちがこの場にいてナイフを手にしていれば、恐怖から逃れるために首を即座に斬ったかもしれない。

畏怖(いふ)と絶望をまき散らし、魔神が地に降り立った。



圧倒的な質量が地表に降り立っただけで、大地は激しく揺れ動き、(くず)れかかっていた建物は、その姿を維持することができずに崩れ去った。


「……もうだめだ……おわりだ……」


タトスは絶望を口にした。


「あれぇ~? エリュシオンさん~助ける前に~、そんな泣き言ぉ~?」


彼は思い出した。


(そうだ、エリュシオンを助けるまで、俺は死ぬわけにいかない!)


今にも(くず)れそうな心に鞭打(むちう)ち、震える体を気力で叩き起こす。

西野はそんなタトスを見て微笑んだ。


「タトスさん~、本当にぃ~エリュシオンさんを~愛してるのね~。

 いいわ~、あなたは~絶対ぃ~守ってあげる~」


狂気に揺らぐ金の瞳が一瞬だけ慈愛(じあい)に満ち、タトスをやさしく見た。


「さ~、相手してあげるわよ~。アキラくん~」


西野の瞳が白く光り輝き、黄金の光が体を包み込んでいった。


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