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第40.5話「タトスとエリュシオン・後編」

「タトスぅぅぅぅ!!」


エリュシオンが近づく気配がし、タトスは反射的に大声で制止した。


「来るな! エリュシオン!!」


彼女はビクリと体を硬直させ、動きを止めた。



逃げろと言いたかったが、逃亡は無理だ。

フロゲールだけならまだしも、黒衣のベルナルドがいれば不可能だ。

だが自分がなんとか足止めできれば、彼女だけでも逃げおおせるかもしれない。


「エリュシオン、逃げてくれ……」


しかしエリュシオンに動く気配はなかった。

彼女がタトスを置いて逃げるはずがなかった。


(くそ、俺がこの場をなんとかしなきゃ……)


しかし、タトスの体から急激に力が抜けていき、立っていることもできず、

そのまま大地に倒れ込んだ。

両腕を失い、血が噴き出して気が遠くなるが、必死に意識を叩き起こす。

本当なら両腕を失っただけでも、ショック死してもおかしくない。

彼が生きていられたのも、気を失わなかったのも、ただエリュシオンのため。


それは執念だった。

ただひたすら彼女の幸せを願う純粋な執念。

必死に気力を振り絞り、命の火がかき消えてしまいそうになる恐怖と戦う。

死んではいけない。

ここで気を失えば、自分はそのまま死ぬか、たとえ生かされても

王女誘拐の罪で処刑台送りだ。

だが、それはどうでもいい。

エリュシオンを待ち受ける悲劇だけは止めなければならなかった。


ベルナルドはタトスの服を破り、それを止血帯代わりにして、

腕の切断部を縛りつけた。


(ここでひと思いに殺さず、処刑台送りかよ……さすが陰湿な奴だぜ)


ベルナルドはなおも命令通り、タトスの足を切断しようとしたが、

フロゲールがそれをやめさせた。


「待て待て、ベルナルド。それ以上やったら気絶しそうだ。

 というか、失血で死にそうだ。

 そうすると約束が果たせなくなるだろう?

 私はこいつに、王女が犯されてよがる姿を見せると約束したからな」


フロゲールは下卑(げび)た笑みを浮かべると、手に持っていた松明(たいまつ)をベルナルドへ

渡し、エリュシオンの方へゆっくりと歩き出した。

恐怖で蒼白になってタトスとフロゲールを交互に見るエリュシオンだが、

倒れ伏したタトスに駆け寄った。


「!! エリュシ……オンに……手を……出すな……」


叫んだつもりが、小さな掠れ声にしかならなかった。

声を出す力すら失われつつある事実に愕然とした。


「タトス! 大丈夫か!!」

「エリ……シュオン、頼む……逃げてくれ……」


無駄だとわかっているのに、エリュシオンに逃げろと伝える。


「こんなお前を置いて逃げるわけねーだろうが! バカヤロウ!」


その言葉は嬉しかった。だが自分の身を案じてもらっている場合ではない。


「じゃ、誰か……助けを……呼んできてくれないか?」

「そんな……だって……それじゃお前がどうなるのか……」


タトスを心配するエリュシオンの手首をつかむと、フロゲールはそのまま彼女を

押し倒して覆いかぶさる。

エリュシオンは必死に暴れるが、ただでさえ細い彼女が男の力に敵うはずがない。


「エリュ……シオン……

 やめろ、やめてくれ……」


フロゲールは、悲しみにくれるエリュシオンの両手首をつかんで動けないことを

確認すると、タトスに顔を向けた。


「フフフ、王女よ。愛しの彼が見ているぞ?

 ほら、今から私が女になるところを見てくださいと言ってやれ」


フロゲールはエリュシオンの服を力任せに()いでいく。

タトスは薄れ行きそうな意識を深淵から無理やりひきずり出すと、

エリュシオンを助けようと全身に力を込める。しかしピクリとも動かなかった。


(くそ、やめてくれ! 誰か! お願いだ……エリュシオンを助けてくれ……)


それが叶わぬ願いだとは分かっている。

王女を守る剣であり、盾であるのはタトスなのだから。

盾である身体が壊れた今、主を守る盾は存在しない。

剣である腕がなくなれば、主のために振るうことはできない。

彼にできることはもうなかった。

ただフロゲールに止めてくれと懇願(こんがん)するしかなかった。



エリュシオンはずっとタトスを見つめていた。

タトスも薄れいく意識の中、エリュシオンを見つめていた。

ゲスな男にエリュシオンが凌辱(りょうじょく)されていくのを、ただ見ているしかない

自分が許せなかった。


なぜ自分はこんなにも弱いのか。

彼女を怖がらせるもの、傷つけようとするもの、全てから守り抜きたかった。

自分がこの世に生を受けたのは、エリュシオンを守るためだと信じていた。

だが現実はこの通り、ただの役立たずだ。

情けなく大地に倒れる己を、エリュシオンの目は責めていなかった。

自らを襲う悲劇より、ただタトスの身を心配していた。

エリュシオンのやさしく労わる声がタトスの耳に届く。


「タトス、大丈夫か? まっててくれ、すぐに助けを呼んでくるからな。

 ちょっとだけ我慢しててくれ……」


こんな時でもタトスを優先し、想ってくれる彼女が愛おしくて、そして悲しくて……


「エリュシオンーーーッッ!!!!!」


どこにまだこれほどの声を出す力が残っていたのか。

魂の絶叫だった。


「離せ! このクソ野郎が!

 粗末なモノしか持ってねぇクセによ!!」


タトスの声から急速に力が失われていき、最後は掠れた小さな声だった。

意識が遠のき、視界が真っ白になっていく。

それが最後の力だったのか、タトスの意識は途切れ、

タトスの頭がコトリと力なく地に落ちた。


「タ、タトス!?

 いやだ! 死なないで!!」


フロゲールは怒りに顔を真っ赤にし、目を血走らせてタトスを(にら)みつける。

手がワナワナと震え、こめかみの血管が破れそうになるほど膨張する。


「この私に…………王族の私のモノを、そ、そ、粗末だと!?

 今までの女は全員すごいすごいと褒め称えてきたのに!

 ベ、ベルナルドぉぉぉぉ! そいつに引導(いんどう)を渡してやれぇぇ!!」


激怒するあまり声が裏返り、口から泡を飛ばして怒り狂った。

黒衣のベルナルドは命じられるまま、タトスの背中を貫こうと剣を振り上げる。

エリュシオンは悲痛な絶叫を上げた。


「やめてくれぇぇぇ!!!」



肉が切り裂かれる音が鈍く響いた。



ベルナルドがうめきを上げ、自分を襲った者から飛び退いて距離を取った。

その腕から血が流れ落ちている。

赤に染まったフロゲールの顔が、蒼白になっていった。


「お、お前ら……なんなんだ。何者だ……」


そこにいたのは、町民にしか見えない服装のヒュプテだった。

その隣には美しい白銀の鎧に身を包んだヘイラが、寄りそうように立っている。

その背後には治癒術師らしい神官を連れている。


「何者、ですか?

 これは失礼を。私、ヒュプテと申します。

 こちらはヘイラ。私の騎士です。

 これでいいですか?」


「私はローゼンバッハの第三王子フロゲールなるぞ……無礼であろう!

 我が護衛を襲いおって! 許されぬぞ!!」


フロゲールは相手がただの低級貴族と見て取り、高飛車な態度に戻る。


ヒュプテは涼しい顔でエリュシオンに跨ったフロゲールを

冷ややかに見下ろしている。


「やれやれ、許されないのはどちらですか。

 エリュシオン王女殿下は、ローゼンバッハの同盟国である王女ですよ。

 その王女殿下を暴行。

 父王であるベロナス王陛下がどう思われるでしょうか?」


一瞬にして再び顔色が蒼白になるフロゲール。


「な、なんだよ……父王に訴えるつもりか?

 私との結婚が破談になれば、同盟は続かんぞ!?

 そ、それにそうだ!

 そこの男と王女が駆け落ちしようとしていたのだ!

 私はそれを止めたんだ!」


ヒュプテは凍りつくような声でフロゲールに言い放つ。


「王女殿下への暴行はそれとは関係ありません。

 さあ、御託(ごたく)はいいので、早く王女殿下からどきなさい」



フロゲールは慌ててエリュシオンから飛び退いた。

エリュシオンの体は、少々服の乱れがあるだけで、

まだ何もされてはいなかったようだ。

しかしピクリとも動かない。

どうやら気絶していると見て取るヒュプテ。


「ふむ、良かったですね、王子殿下。

 もし王女殿下が傷つけられていたら、国際問題に発展していたでしょう。

 このことはお互いのため、黙っておきましょう。

 わかったら、さっさと私の前から消えてください」


フロゲールのこめかみの血管が大きく怒張し、青筋を立てる。


「き、貴様……たかが低級な貴族のくせに、この私に命令するだと?

 許さぬ。許さんぞ!

 ベルナルド!!」

「やれやれ、困ったお人だ」

「ふん、お前らを消してしまえば、父王へ報告もできんだろ。

 こいつは黒衣のベルナルドだ。聞いたことがあるだろう!

 もう許さないからな!」


ヒュプテは困った子供を相手にするように肩をすくめた。


「ヘイラ、相手をしてあげなさい」

「はっ」


ヘイラは一瞬にしてベルナルドへ肉薄(にくはく)し、渾身(こんしん)の力を込めて剣を叩きつけた。

ベルナルドはとっさに剣を構えて受けるが、あまりの力に吹き飛ばされる。



「神官長殿、そこで倒れているボンクラ(タトス)の治療を」


最高位の神官である彼は、急いでタトスの元へ走る。

ヘイラは倒れ伏しているタトスからベルナルドを引き離すため、

あえて吹き飛ばしたのだ。



ベルナルドは静かに体勢を立て直し、ヘイラと向かい合う。

ほん(わず)かな油断があったとはいえ、己に傷をつけたヘイラを、

かなりの強敵と判断する。しかしいつものように慎重に相手を観察し、

動きと技を覚えれば良いと心に言い聞かせる。


コロシアムに君臨してから、ベルナルドに傷を負わせた者はいなかったため、

少しの動揺があったが、それは自らの慢心だと受け止める。

幼い頃よりベルナルドは数段実力が上の者と戦い、必ず勝利してきた。

天賦の才、そしてそれを最大限に生かす冷静さと観察力が、

ベルナルドを超人の高みへと登らせたのだ。

彼はより心を深く沈め、そして相手にだけ集中し……


ヘイラは無造作に見える動きでベルナルドに近づく。

剣も構えておらず、あまりに無防備に見えるため、ベルナルドは(いぶか)しんだ。

戦いの中、相手に声をかけることは滅多にないベルナルドだったが、

強敵と認めるヘイラの隙だらけの状態に、思わず疑問を投げかけてしまった。


「構えぬのか?」


ヘイラはとっくにベルナルドの間合いの中だ。

しかし攻撃を躊躇(ちゅうちょ)してしまう。得体が知れなさすぎる。

なにか策でもあるのかと様子を探ってしまう。


ヘイラは世間話でもするように気軽な様子で話をする。


「構えか。それは相手が敵の場合だけだと思うが。

 敵にもならぬイモムシには必要なかろう?」


ベルナルドの目が冷たいものに変わった。

これはいつものことだとベルナルドは思う。

いつも格上の者たちはベルナルドを舐めてかかり、敗れ去っていった。

いつまで経ってもかかって来ないベルナルドに飽きたのか、ヘイラが欠伸(あくび)をした。


「ふあぁ~あ。なるほど……来ないのなら仕方ない。

 お前のような待ちのタイプは嫌いでね。

 じゃ、さようなら便所虫よ」



ベルナルドは、自分の視界がゆっくりと大地に向かって落ちていくのが見えた。

ゴトンという音が最後に聞こえた後、ベルナルドが再び目覚めることはなかった。



フロゲールは目の前で起きたことが信じられぬとばかりに叫んだ。


「バカな! 黒衣のベルナルドだぞ!?

 こんなバカな話があってたまるか!」


首を斬り落とされたベルナルドを凝視し、フロゲールは駄々をこねるように

地団駄(じたんだ)を踏んでわめきたてる。


「毒か! 毒だな!? 卑怯者め!

 だからこの国の野蛮人どもは!!」


好き放題言いまくっていたフロゲールの背筋に悪寒が走った。

彼はやっと気づいた。

ヘイラたちの視線が、氷のように冷たく自分を見ていることを。


「あ……」





タトスは地面に横たわる自分自身を見下ろしていた。

気づいた時には、周りにヘイラやヒュプテがいて混乱した。


(な、なんだ……どうなっているんだ。

 ヘイラさんたちはいつの間にここへ……?

 それに、なんで俺がもう一人いるんだ。

 いや、倒れてる俺が本物だろう。じゃ、この俺はなんなんだ)


あっという間にベルナルドを倒したヘイラは、さすがというか、

寒気すら覚えるほどの強さであった。


(師匠、あんなに強かったのか……伝説の一人に数えられる人間が

 まさかの雑魚扱いだよ。

 俺もこれだけ強ければエリュシオンを……)


そのエリュシオンだが、微かに胸が上下し、呼吸している。

気絶しているようだった。


「エリュシオン……無事で良かった……」


彼女の頬を撫でようとしたが、手がエリュシオンの体をすり抜けてしまった。


(は? なんだこれは……)


呆然と自分の両手を見つめる。


(これって、なんていうか……幽霊……

 うそだろ……俺は、死んでしまったのか?)


仮に自分が死んだのだとしても、目の前で眠るエリュシオンは生きている。

バカ王子に乱暴される危険も去った。

心配ではあるが、ひとまず安心だ。


(誰一人ここにいる自分を不審がる人物がいない。

 俺が2人いるってのにな……

 つまりこっちの俺は見えてないってことだな)


夢の可能性も考えたが、これは現実だと信じたかった。

そうでなければ、今見えているものはタトスの願望ということになる。

本当の世界では自分は気絶し、エリュシオンは凌辱(りょうじょく)されている。

そんなものは信じたくなかった。

突然ポンポンと肩を叩かれ、飛び跳ねるように振り向く。


「うわああ!?」


思わず声を上げてしまい、自分を恥じる。

肩を叩いたのは、この世のものとは思えぬ美しい少女だった。


「ゴメン……ね?」


彼女は無表情のまま、軽く手を振って謝罪した。


タトスより少しだけ年上だろうか。10代半ばに見える。

夜の暗闇の中でありながら、その肌が白いと分かる。

腰まである長い黒髪は月の光を反射して光輝いている。

大きめのタレ目が愛らしいが、時おり妖しい表情を見せ、大人の色気を(かも)し出す。

もしかすると年齢はもっと上なのかもしれないとタトスは思った。


「貴女は一体……」

「うん、命夜(めいや)言う」

「メイヤ……?」


一瞬、勇者メーヤの名前を思い浮かべるタトス。

聞き間違えなのかと問い返すと、首を少し傾げた。


「失礼、神代(かみしろ)命夜(めいや)

「カミシロメイヤ? あ、私はタトスと申します……

 あ、あの……」


こんな美少女が突然現れたというのに、誰も彼女の存在に気づいていなかった。


(やはり俺は死んで幽霊になったのか……ではこの女性は天使なのか?)

「命夜、お願いあるの」

「……え?」

「多分数年後、少年くる。守って。ヨロシク」

「――――は?」

「あなた必要。そのかわり命、助けたげる」


それだけ言うと、少女はタトスの後ろを指さした。



「タトス!」


「あ! エ、エリュシオン!?」


エリュシオンがタトスに思いきり抱きついてきた。

タトスは混乱する。まさかエリュシオンも死んだのか? と。

倒れたままのエリュシオンの姿が目に入ったからだ。


「私たち死んだのか?」


タトスは苦い顔をし、うつむいてしまう。


「……わからない、だが、だとしたら……

 すまない。守ってやれなくて……」


エリュシオンはなぜか嬉しそうで、いつもの満面の笑顔を浮かべていた。


「バーカ……死んだとしても、私はお前と一緒になれて嬉しいんだけどな。

 それにさ……死んでるのなら、もう我慢しなくていいよな?」

「え? なにがだ?」

「私の……気持ち……」


エリュシオンの白い肌が桜色に染まり、恥ずかしそうにタトスを見上げる。

幽霊だとしたら止まってるはずのタトスの心臓が、激しく鼓動を打つのを感じた。

エリュシオンが愛おしくて仕方なかった。

だが同時に、守れなかった悔しさがタトスを落ち込ませる。


「お前を守ってやりたかった」


「守ってくれたさ。出会ったときからずっと……

 ありがとうタトス……」



2人の耳に、パンパンと手を打つ音が聞こえた。


「うぇーい。熱いの、あとにして」


命夜が両手を頬にあて、無表情のまま顔を左右に振っている。


「見てるこっち、恥ずかしい」


2人は声のした方を向き、人前だったことを思い出し顔を赤らめる。


「お前の迎えきたし、行け」

「お、俺の迎え?」


タトスは周囲を見回したが、それらしき者はいなかった。


「アホウめ。青い髪の子。お迎え」

「え、エリュシオンが俺の迎えって、どこに行くっていうんだ。

 死後の世界ってところか?」

「違う。

 私、その子話かけた。魂操る力持ってる。

 彼女なら、お前元に戻せる」


言葉足らずな命夜の意味を完全につかむのは難しいが、どっちにしろ、

ワケがわからないことだらけだ。


「元にって、生き返れるってことか?」

「完全死んでない。ほとんど死んでる。限りなくダメっぽい。

 でも、魂戻ればオールオッケー。

 さっさと戻れ。ほんと死ぬから。もうしっし」


命夜があっちいけとばかりに手を振った。



エリュシオンがタトスをじっと見た。


「タトス……どうする?」

「どうするって……生き返るんじゃないのか?」


エリュシオンはうつむき、少し悲しそうな顔をした。


「あ、あのさ……

 生き返ってもさ……私、あいつと結婚なんだぜ?」

「あっ……」

「もしこのままお前と一緒にいられるなら……私は生き返りたくない」


命夜がぼそりとツッコむ。


「青髪、お前、死んでないけどな」


エリュシオンがその言葉に驚いた。


「え? うそ?」


タトスは優しくエリュシオンの手を握る。


「エリュシオン、お前が生きているなら、俺は生き返りたい。

 今度こそ、お前を守りたい。

 いや、守らせてくれ。

 俺が生きてきた意味を……お前と出会った運命を……

 もう一度確かめるチャンスをくれないか?」


2人はそのまま沈黙し、しばしの後、エリュシオンが顔を上げた。


「じゃ、じゃあ! ここだけでいい。

 この世界でならいいよな?

 タトス、お前は……

 私のことどう思ってるんだ!」


真っ赤な顔のエリュシオンが、真剣な瞳でタトスを見つめ、涙を流した。


「私はおまえのことをっっ!!」


タトスは一瞬も迷わず、エリュシオンを力強く抱きしめて答えた。


「愛している」


その瞬間、まばゆい光が2人を包み込み、タトスの意識が遠くなる。

暖かく優しい光は次第に闇へと閉ざされていき、タトスの意識が完全に途切れた。




目を覚ますと神官の喜ぶ顔が視界に飛び込んだ。


「……痛っ……」

「皆さん! タトス殿が気がつきました!!

 ああ、良かった……さすがにダメかと思いましたが……」


ヘイラと神官が大きな安堵のため息をつくのが見えた。



タトスは一瞬どうなっているのかわからず混乱した。


(ここは……俺は死んだはずじゃ)


辺りを見回し、ヒュプテにヘイラ、そしてバカ王子に、

首を無くしたベルナルドの死体が目に映る。


(夢じゃなかったんだ)


タトスは自分の腕がくっついているのを見て、神官に感謝した。


「タトス……」


エリュシオンの声が背後から聞こえた。

タトスの背中に(すが)るように抱きつく。

彼女の体温と春を思わせる暖かな匂いがタトスを包む。


(あれは、夢じゃなかったよな。

 あのときの言葉は……)


タトスはその言葉を胸の中にしまい込む。

ここは現実の世界だ。もうその言葉を口にしてはいけない。

2人はそのまま何も言わず、ただ互いの体温を感じていた。



ヘイラがタトスの元にスタスタとやってきて拳を握り締めると、

タトスの頭に振り下ろした。

ゴンっという鈍い音が響く。


「いだい!!」

「バカ者めが、未熟者めが、()れ者めが。

 王女殿下は無事だったが許されぬことだぞ」

「……はい」


エリュシオンをさらった罪。危険に(さら)した罪。許されぬ大罪だった。

ヘイラはタトスの髪をくしゃりとかき回した。


「二度と負けるな」

「え……」


タトスはヘイラの放った言葉の意味を噛み締めた。

力強くうなずき、決意を固める。


「はいっ!」



タトスはエリュシオンの顔を優しく見つめ、その前に(うやうや)しくひざまずく。


「俺は……いえ、私はもっと強くなります。

 誰にも負けない。

 真の騎士となり、永遠にあなたの盾となることを誓います」


エリュシオンは涙を流した。

それがこの世界でのタトスとの運命であり、変えることのできない定め。

王女と騎士なのだ。



結ばれることはないが、強くなって永遠に彼女を守り続けよう。

エリュシオンの側でずっと見守っていこう。

タトスはずっと己の気持ちをどうしたらいいのか悩んでいた。

絶対に結ばれることのない愛。

だが、ようやく見つけたのだ。


(そうだ。これこそ俺がエリュシオンへ捧げる愛だ。

 彼女を何者からも守る最強の騎士になる)


タトスはエリュシオンの差し出した手に口づけをし、そして剣を捧げた。



残る問題はバカ王子だった。

こいつをどうにかしない限り、王女が再び不幸になるのは分かっている。


タトスはふと疑問を感じ、ヘイラに尋ねた。


「ところで……なぜヘイラさんたちがここへ?」

「師匠と呼べ。ダンゴムシが。

 まぁ、バカ王子が来た上に、護衛にベルナルドだ。

 お前が無茶するかもと思って念のために監視をつけておいた」


タトスはプライバシーが全くないなと思いながらも、そのおかげで

助かったことに感謝し、頭を下げた。


「で、このバカ王子はどうするんですか?」


フロゲールはビクリと肩を震わせた。

タトスがヘイラに問うと、代わりにヒュプテが答えてくれた。


「王女殿下への暴行、護衛の騎士への攻撃、それから王女殿下の殺害容疑。

 これは戦争になってもおかしくありません。

 王子殿下のせいで」

「まってくれ! 王女の殺害はやってないだろ!?」

「そうですかね。私には貴方が王女殿下を(しい)しようとしているように見えました。

 状況が状況ですし、疑う者はいないでしょう」


ヒュプテは冷たく言い放つ。


「いや、まてまて! いえ、まってください……

 許してください……これが父王に知れたら、私はどうなるか……」

「なるほど、なるほど。

 まぁ考えておきましょう」


フロゲールはその後も必死にヒュプテに弁明していた。

彼は大人しく国へ帰るということで、とりあえず落ち着く。



またすぐに婚約の話が動き出すと思ったタトスだったが、

王子は帰国後すぐに体調を崩し、結婚どころの話ではなくなった。

そして1年も経たずに亡くなったのだ。

エリュシオンは単純にフロゲールの死を喜んでいたが、タトスは空恐ろしさを

感じていた。

きっとヒュプテの仕業だろうとタトスは推測したが、それは口にしない。

エリュシオンを救い、自分のことも救ってくれた。

しかもエリュシオンがバカ王子と結婚しなくて良くなったのだから。

陰謀めいたものを感じたが、今は感謝の気持ちで一杯だった。




タトスはその日から死に物狂いで剣の修練を始めた。

それまでは剣の才はあっても、なにかと理由を付けて訓練はさぼっていた。

ヘイラにボロボロにされながらも、タトスは確実に成長していった。



あれから数年の年月が経ったいま、ふと思い出す。

死にかけたあの日。

あそこに現れた女性は何者だったのか。

彼女が死にかけた自分の命を救ってくれたということは理解している。


カミシロメイヤ。


少年を守ってくれとタトスに頼んだ美しき謎の美少女。

いまだタトスの元に、それらしき少年は現れていなかった。

しかし約束は果たすつもりだった。

今の彼があるのは、彼女のおかげだったのだから。


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