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第40話「旅立ち」

「おかえりなさいませ、陛下」


ヘイラさんが若干顔色を悪くしながらも(うやうや)しく礼をする。


「あ、ああ、ご苦労」


ボクとアステリア、それにクトゥルーは王都のケーノス邸、

つまりヒュプテさんの屋敷にやって来た。

街に入ったら王都の城門まで馬車がすでに迎えに来ていて、

それに乗ってやってきたんだ。

この手回しの早さはさすがヒュプテさんだ。


屋敷の奥へとヘイラさんに導かれ、ボクたちは応接間に通される。

ボクが上座に座り、左右にはアステリアとクトゥルーが座る。

一応ボクが一番偉いってことになってるので、仕方なくです……


メイドがやってきて、アステリアたちの前にワインが置かれていく。

アステリアとクトゥルーをヘイラさんに紹介する。

アステリアを呼び出すことはヒュプテさんたちに伝えたけど、

クトゥルーがやって来るのはボクだって知らなかったからね。

いまはしぶいおじさんだけど、ちゃんと伝えておかないと、騒動が起きたりしたら

取り返しのつかないことになる。



おかしいな。ヒュプテさんがまだ来ない。

ボクが質問する前にヘイラさんが答えてくれた。


「ヒュプテ様は現在、霧の事件の報告と対処のために王城へ外出しております。

 もうしばらくしたら戻られるでしょう」


アステリアが不満を口にする。


「臣下が陛下を待たせるなど、許されることではありませんよ」


そんなに強い語気じゃなかったけど、ヘイラさんの顔色は一瞬にして

血の気が引いて真っ白になった。


「も、申し訳ございません」


ヘイラはさんはこの2人がとんでもない悪魔だと知ってるから、対応するのは

すごく怖いだろうな……


「アステリア、ボクは全然かまわないよ。ゆっくりしようじゃないか」


だけど、ボクにとって人間の姿のアステリアは、とても親しみやすい雰囲気だ。

悪魔の姿になったアステリアも超美人なんだけど、神々しすぎて……


「陛下……なんと寛大なお心なのでございましょう」


熱っぽくうっとりとした表情でボクを見つめるアステリア。

何か考えているのか、その横でクトゥルーは押し黙っている。

ああ……そのまま大人しくしててよ、アステリアにクトゥルー。

このまま問題が起きませんように。



しかしヒュプテさん大変だなぁ。

白い霧の事件後に住民のみんなはどうなったのかとヒュプテさんに尋ねたら、

やっぱりかなりの犠牲者が出ていたみたい。

行方不明者や惨殺死体が発見されている。

主に住宅街に被害が多数出ているみたいで、ヒュプテさんはその人たちの

援助や救済のために動いていた。


王様や国の仕事じゃないのかな……って思ったけど、こういった処理は

ヒュプテさんに一任されているようだった。

ボクたちがいつ戻るかわからなかったので、時間指定はうまくできなかった。

携帯電話はもちろん、普通の電話だってないからね。

現在大急ぎでヒュプテさんの元に連絡が行ってるだろう。



だけどあまり時間を置かず、ヒュプテさんが帰って来た。

さすがだ……

どういう連絡手段を取ってるのかわからないけど、ボクが屋敷へ戻ってから

伝えられたわけじゃなさそう。それにしてはヒュプテさんの帰りが早すぎる。

アステリアと接触した直後に、すでに連絡が取られてたのかもしれない。

だとしたら、ずっと見張られてたみたいね……


「陛下、そしてアステリア様に、クトゥルー様。

 長らくお待たせして申し訳ございません」


ヒュプテさんは部屋へ入ってくるなり、深々と頭を下げ、謝罪する。

ああ、そこまでしなくても……とは思うけど、ヒュプテさんたちは

ボクの配下になっている設定なので仕方ないのか……

うう、ボクがいちばんこの設定にうまくなじんでなさそう。

思わず胃も頭も痛くなる。



現在部屋にはボクを含めて4人。

特に極秘の話っていうことで、カノンやヘイラさん、ダーツさんたちは

別室にいる。これで会議の始まりだ。



「それで問題だが、死者の復活の件だ。

 ヒュプテ、頼む」

「はっ、陛下。

 ではカケイドの街で起こった死者の軍団の襲来、そして王都での死者の声事件、

 さらにその後に起こった死者たちの帰還の事件をご説明いたします」


ヒュプテさんが事件の詳細を語っていく。



「なるほど……死者でございますか」


アステリアが首を傾けてつぶやく。

ここでヒュプテさんから教わった、相手の言葉を繰り返すテクニックを発動。


「そう、死者だ」


アステリアが真剣な表情でボクに話かける。


「死者と言えば……

 裏切り者の第五軍団長、死霊使いのイザナミが絡んでるのでしょうか」


初耳な名前だ。だけどここでも繰り返しテクだ。


「そう、イザナミだ」


クトゥルーが怒りをあらわにし、声を荒らげる。


「裏切り者が一体なにを企んでおるのか」


よしここでも繰り返し。


「そう、何を企んでいるのか」


アステリアはイスから立ち上がり、怒りを隠そうともせず怒声を上げる。

目からは微かに炎が揺らめき、立ちのぼっている。


「陛下、その件はお任せください。

 我等で突き止め、粛清してご覧にいれます!」

「あ、うん……頼む。

 人間たちや街に被害が及ばない様、厳重に注意してね」

「はっ! かしこまりました」


よくわからないが、すんなり話が進んでしまった……

繰り返しテク凄い。



ボクはワインを飲む……フリをして間を取る。

未成年なので口をぎゅっと閉じて、液体が流れ込まない様にしている。

1ミリも減ってないワイングラスをテーブルにコトンと置く。


「では、死者の件はアステリアたちに任せることにして……

 で、次が本命だ。ヒュプテ」

「はっ! では、現在問題になっている王女殿下の失踪事件について

 報告いたします」


ヒュプテさんが王女の失踪、異世界に迷い込んだ話、そして王女を

救出したいという事を説明していく。

アステリアがそれを聞いて疑問を投げかけてくる。


「現状と要望はわかりました。ですが……

 それで陛下になんのメリットがあるのですか?」


ヒュプテさんがチラリとボクを見た。

う、うん……これもそう言われるであろうとヒュプテさんが予想し、

その対処を事前にボクに教えてくれている。


「アステリア、王女を救うことで、ボクがこの国への発言権を強く握ることが

 できるんだよ。

 この国はこの先、ボクの目的のために重要な役割を果たしてくれる。

 王族に恩を売っておくのは悪い話じゃないんだ」

「なるほど、さすが陛下。そこまでお考えになっていたのですね」


アステリアはそれで納得してくれた。


クトゥルーがずっと黙っているのが不気味だ……と、思ったら口を開いた。


「陛下の目的とやら、もしよろしければ、教えていただけませぬか?」


ここでヒュプテさんが教えてくれたポーズを取る。

両ヒジをテーブルの上に乗せ、手を口元に持っていき、指をからめる……と。

そして数秒間を置き……


「勇者メーヤは死んでいなかった」


どうですか、ヒュプテさん。

ヒュプテさんをチラリと見ると、満足そうな顔をしていた。



アステリアがピクリと反応した。


「え? あれで生きて?」

「うん、彼女はあの後ボクの前に現れた。

 また逢いましょうと挑発してね。アステリアとの戦いは全然本気じゃなかった……

 というわけだね」

「あのクソアマ……陛下の前で私に恥を……」


ブルブルと拳を震わせるアステリア。


「いや、アステリア、キミには感謝しているよ」

「陛下……」


艶っぽく見つめてくるアステリア……言葉は悪いけど、本当にチョロイ。

アステリア以外の魔族もこれだけボクに心酔してくれていると、

話は簡単なんだけどなぁ……


クトゥルーはボクの話から何かを納得したらしく、静かにうなずく。


「なるほど、まだ油断のできない状態なのですな。

 なるほどなるほど……

 裏切り者の3人の軍団長、そして勇者。

 この世界の人間を味方につけ、肉の盾とし、囮にする、

 そして勇者へは人質としても利用する所存なのですな」


あひぇー!


そんないかにも悪魔な発言はやめて。

ただでさえ印象悪いのに……


「クトゥルー、その通りだよ。

 フフフ、真の狙いはそれではないのだけど、まぁ良い。

 ちなみに、我々だけとはいえそういう発言は控えてほしい」

「ははっ! これは思慮が至らず……お許しを」

「勇者や裏切り者がいる世界だからね、

 次元を渡るためにボクが力を行使するわけにいかないのさ。

 だからクトゥルー、キミの力が必要だ。頼むぞ」

「確かに御身が危険にさらされますな……なるほど納得でございます。

 このクトゥルー、微力ながら身を粉にして働きます」


と、実はこの話も予想済みだったヒュプテさん。

ああ、怖い。



「それで、どの次元なのでございましょうか」


アステリアが笑顔でボクに問う。


「うん、キミたちがボクを見つけた次元があるだろ?

 多分そこじゃないかと予想しているんだ」


アステリアとクトゥルーがポカンとした表情をする。


「え? 陛下を見つけた次元……?」

「え? 存じませぬが」


ボクは2人の意外な反応に思わず聞き返してしまった。


「いや、ほら、ボクを迎えにきてくれたでしょ?」


アステリアは首を可愛らしくかしげる。


「クトゥルー、誰か陛下をお迎えに行ったの? 初耳なんだけど?

 陛下を見つけたのに、なぜ誰からも報告がなかったの?

 私がいの一番にお迎えに行きたかったです」



え……?


ええええ!?


ちょっとまって……それって……

ボクが(あせ)っていると、ヒュプテさんが口を挟んできた。


「お話の途中に失礼します。

 本日は長旅でお疲れでございましょう。

 お風呂とお食事の準備ができております。

 このお話の続きは明日ということで、どうでしょうか」



アステリアが少し笑顔を見せる。


「お風呂はいいわね。でも食事は人間のでしょ?

 うーん、口にあまり合わないのよねぇ」


クトゥルーもうなずき、賛同した。


「風呂はありがたいな。食事は魔力を抑えた今、味覚も人間に近いであろう。

 意外といけるかもしれぬ」

「ああ、なるほど……じゃ、ぜひご馳走になろうかしら?」


メイドに案内され、2人が部屋から出ていく。

いや、出ていく間際、アステリアが振り向き、ボクを潤んだ瞳で見つめてきた。


「へ、陛下……ご一緒にお風呂を……お背中流しますっ」

「いやいやいや! ボク少し用事あるから先に済ませて!」


アステリアはしょんぼりした顔で退出していった。



ヒュプテさんと2人だけになった部屋で、ボクに疑問を投げかけた。


「アキラくん、少々話が違ったようだね」

「す、すみません……ボクにもなにがなんだか……」

「まあ良いでしょう。全てが思い通りに運んではつまらない」


予定通り事が運ばなかったのに、なぜか少し楽しげなヒュプテさん。

そのヒュプテさんがとっさに機転をきかせてくれたけど。



「ボク、いったい誰に連れてこられたの?」


そう、ボクは魔物にさらわれ、気がついたら玉座に座っていた。

玉座で目が覚める前でおぼえてるのは、黒い塊から手が伸びてきたっていうこと。

てっきりアステリアたち魔族だと思っていたんだ。


どういうことなんだ……


考えられるのは、ルーシーかレレナがこっそりボクを連れてきた説。

でもなぜ報告しなかったのか……

考えにくい。

そうだカノンにも話を聞いてみよう。

確かあの謁見の日にはメイドも勢ぞろいしていたはずだ。


「すみませんヒュプテさん、カノンを呼んでいただけませんか?」


ヒュプテさんはコクリとうなずく。



応接室にやってきたカノンは、ボクの隣にチョコンと座ると笑顔になる。

う、かわいい……まぁ、それはおいといて。


「カノン、ボクが帰還したときって覚えてる?」

「はい、はっきり覚えてますよ」


ニッコリとボクに微笑みかけるカノン。


「変なこと聞くけどさ……

 ボクが帰ってきたときって誰かが玉座まで運んでくれた?」


カノンは目線を上に向けて考え込む。


「確かレレナ様が、玉座に座って眠るアキラさんを発見したという話でした」



えええ……

どういうことなんだ……


魔法少女のレレナがウソをついてない限り、ボクはいつの間にか

玉座にいたことになるんだけど……

これは、一度レレナに話を聞くしかない……んだけど。

もし、ウソをついてるようなら危険だ。

ボクをさらってきておきながら、なぜウソをついたのかって疑問が残るから。

ボクを見つけた、それで連れ帰ったって皆に報告すればいいだけの話だし。

今みたいにボクが連れて来られた状況を調べたらレレナの名前はすぐに浮上する。

単なるメイドのカノンが知ってるってことは、別に秘密にされてるわけじゃ

ないみたいだし。

ということは、やっぱりただの第一発見者なんだろうか。


じゃあ、あの日現れた黒い塊から出てきた魔物たちの集団はなんだったんだ?

あれがアステリアたちじゃないっていうなら……

突然降ってわいた謎に、頭が痛くなる。


たまにだけど……


この世界に来てからも、幼い時から見続けたあの悪夢をいまだに見るんだ。

それは黒い塊に追われる夢。

いまでも見続けていることに、何か意味があるんだろうか。

日本に現れた怪物は、ボクの悪夢に登場する黒い塊だった。

ボクが頭を押さえて呻いていると、カノンがそっと背中を撫でてくれた。

カノンを見ると、心配そうにボクを見つめている。


「大丈夫だよ……」


その時、応接室の外から声がかかる。


「ヒュプテ様、伝令の方がお見えです」


ヒュプテさんはいつものように落ち着いた声で返す。


「はいれ」


入って来た伝令はかなり(あせ)っていた。


「報告いたします! 王都周辺に白い霧が発生いたしております!」


えええ!


「そうか。対応は?」

「はっ! 住民の多くは城へ避難を開始しております。

 間に合わない者は、近くの冒険者ギルド、各貴族の方の屋敷、

 そういった建物が頑丈な場所へと避難しております」

「よろしい、では下がって結構」

「はっ!」


相変わらずどんな事態になっても落ち着いて対処するヒュプテさん。

またボクが黒い霧で対処……とか?

あれはでも自由に出ないし……

そうボクが考えていると、ヒュプテさんが外にいるメイドを呼んだ。

失礼いたしますと言って、室内に入ってくるメイド。


「ダーツたち4人と今日訪れた客人の2人をここに呼んでくれたまえ」

「かしこまりました」


頭を深く下げたメイドはすぐに出ていった。


「アキラちくん、これはチャンスだよ」

「え?」

「どこの次元かわからないのだろう?

 では、霧の中に入って、直接行こうじゃないか」


あ、なるほど……


「そうだね、魔族の2人に護衛をしてもらえるなら、異世界に行くのは

 アキラくんとカノンくん。それに私とヘイラ。そしてダーツたち。

 ここらでいいかな?」

「でも、ダーツさんたち、アステリアたちと一緒で大丈夫かな……」

「問題ない。彼らは一流だ。己の感情よりキミを守るために行動するさ」


とても嬉しいけど……


カノンと違ってアステリアとクトゥルーは明らかに人類の敵だ。

そんな魔族と一緒に行動なんて、果たして本当にできるんだろうか。

ヒュプテさんは特殊なんだと思う……



ほどなくして、全員応接室に集まった。


「ごめんね、2人とも……お風呂でゆっくりしてたのに」

「いいえ、陛下のお呼びとあれば、何をおいても参上いたしますわ」


クトゥルーも同意とばかりにうなずく。

アステリアとクトゥルーがいるけど、ダーツさんたちも顔をみる限りは

いつも通りみたい。


「じゃ、今説明したとおり、霧を通って次元を超えたいと思う。

 アステリア、クトゥルー。人間たちはボクの大事な部下だからね。

 ボクと同じく脅威から守ってね」


「「ははっ!」」


2人は異論もさしはさまず、素直に従ってくれるみたいだ。

ボクはみんなを見回し、安心させるように笑顔を向けた。


「それじゃ、異世界冒険に行こう!」


全員真剣な顔でうなずいた。


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