第39.5話「心眼」
今回、カザリさんの番外編。
今回お話に出てくる心眼こそ、人間が魔族と戦ってこれた理由なのです。
「カザリ!」
突然名前を呼ばれたことで、カザリはビクっと小さな肩を震わせた。
しかし無視を決め込み、寝転がったままでいる。
自分を呼んだ人物が誰かは知っている。だからこそ知らんぷりをした。
今いるのは、神山城のてっぺん。
城の高さは優に30メートルはあるだろうか。
しかしもっとはるか高みにいると感じられる。
山の急斜面に築城されていて、正面から見ると切り立った崖に
城が寄り添って建っているように見えた。
城の周りは数百メートルにも及ぶ遥かな絶壁で囲まれている。
この城に大軍で攻め込むとなると、この急な斜面を上がるしかなかった。
崖という天然の要塞に守られた神山城は難攻不落を誇っていた。
そんな城の屋根に座るカザリは、今年で8歳を迎える。
別に城のお姫様でもなんでもなく、ただの町民の娘だ。
カザリはこの場所が気に入っていた。
なぜ気に入っているのか、自分でもはっきりとは分かっていなかった。
見下ろせば城下町が見え、その向こうには森が広がっている。
そしてここからでは見えないが、森の向こうには海がある。
カザリがぼうっと遠景を眺めていると、背後から音も気配もなく抱きつかれた。
「カザリはっけーん!
オラ、罰じゃ! くすぐりの刑であるぞ!」
「っっっっっっ!!!」
カザリは身悶えるが、一言も発しない。
「うぬぅ、よくぞ耐えるものよ。妾なれば、即降参であるが。
まさか、降参の仕方を忘れておるのではないだろうな?
もうダメだと思ったときは、パンパンパンと3回、手で相手を軽く叩くのだ。
ぎぶあっぷ。というモノらしいぞ。
まぁ良い。今日もそちの勝ちであるぞ。
ほれ、褒美の飴じゃ」
カザリはそれを受け取って口に放り込み、もごもごする。
カザリをくすぐりの刑に処したのは、この神山城の王女ヒミカだった。
ヒミカは年の頃、15歳。
ヒノクニという島国の王女だ。
ヒノクニ一番の美姫という評判の彼女はその噂に違わず美しい。
黒く艶やかな髪は足首まで伸び、少しのクセもなく流れる様はまるで黒い滝だ。
意志の強さを感じさせる太い眉、ほんの少し吊り上がった瞳はまだまだ
お転婆な印象を与える。
「ほれカザリ、今日の衣装はどうだ。美しかろう?
妾のためのおーだーめーどっていうシロモノぞ。
お前も欲しかろう?」
ニヤリといやらしく笑う。
「欲しかったら、今日こそ無駄な抵抗を止めて、おとなしく妹になるのじゃ」
カザリに服をチラチラと見せつけるヒミカ。
ヒミカは白を基調とした露出がやけに多い衣装に身を包んでいる。
まるで妖艶に舞い踊る踊り子のようだ。
しかし彼女の肉つきはあまり良くなく、全体的にほっそりした少年の体型に近い。
褌をつけ、前垂れがスカートの代わりをはたしているが、
そこからちらちらとのぞく脚は細くて艶めかしい。
額には太陽を模した黄金の冠をかぶっていた。
カザリはじーっとヒミカを見つめると、顔を赤らめて抱きつく。
「お? 気に入ったようだな? ではお前は今日から妹……
って、カザリ! こら! そんなところ舐めるな!!
うわ、おい!? あ、そこはぁぁぁぁ!」
衣装がかなり乱れて荒い息をつくヒミカ。
「はぁはぁ……なんという破廉恥な小娘であるか。
まったく強情な子であるな」
カザリはゴソゴソと、胸元から短剣サイズの木剣を取り出す。
そしておもむろに構える。
ヒミカは笑顔で、きゅうっと無理やり寄せた胸の谷間から箸を取り出した。
「よかろう、今日も鍛えてしんぜよう」
何年もヒミカに鍛えられてきたカザリの動きは、もはや忍者のソレだ。
神速の動きに達している。
8歳にして、カザリの動きはすでに超級の戦士と比べても遜色はなかった。
ヒミカ曰く、逸材らしい。
しかし、木剣を振るうも、箸1本で軽くいなされてしまう。
ペシっと箸で背中を軽く叩かれただけで、カザリは瓦の上に叩きつけられる。
衝撃でしばらく息ができず、うむむっと唸る。
「ほれほれ、前から教えておろう。
精神力を魔力に変えよ。それを体に巡らせよ」
頬を少し膨らませ、不満そうな顔をするカザリ。
ヒミカはそんなカザリを見て優しく微笑む。
「まぁ、そんな面倒くさがるな。
かなり疲れるから嫌なのだろうがな。
だがのぅ、一時的にとはいえ、その力は神にも等しくなるのだ。
これを神降ろしの術と言うのだがな」
何百回と聞かされたそのセリフをカザリはうんざりした顔で聞く。
カザリは目を閉じて集中し、体に魔力を巡らせていく。
ヒミカの目には、カザリの体が赤い光で包まれていくのが見えた。
カッ! っと目を見開くと、カザリが先程とは比べ物にならない速度で
ヒミカに攻撃を仕掛けた。
常人の目には留まらないほどの速度で振り下ろされる木剣。
狙うは右腕。
ヒミカは右腕を上げ、手を口元に持っていって投げキスをする。
ついでに片目をつむって見せていた。
驚くべきことにヒミカのその動作が回避で、カザリの木剣はヒミカの右腕が
あった場所を通過しただけだった。
すかさず腰に狙いを定め、木剣を横なぎに振る。
しかしヒミカが悩ましく腰をくねらせただけで、剣はむなしく空を切った。
箸でカザリのアゴをクイっと上に向ける。
ヒミカはそのままカザリの額にキスをする。
カザリは両手をオデコに当てて後ずさった。
「はい、さーびすたいむは終了である。
まだまだ魔力変換がヘタクソだのぉ。ムラがありまくりだわ。
それに妾の攻撃が全然見えておらん」
首根っこをつかまれ、瓦の上に正座させられるカザリ。
「ほれ、その状態でこの箸を良く見るのだ。
箸から立ち上るモヤが見えぬか?」
カザリはジーっと見つめるが、首を横に振る。
「たわけ」
ペシっとカザリのおでこを箸で叩く。
その動きは力がこもっていたようには見えないが、ゴロゴロと転がって
痛がるカザリ。思わずヒミカの体をパンパンパンと3回叩く。
「ぷっ! あっはっはっは。
すまんすまん、ちょっと強かったか?」
優しく頭を撫でるヒミカ。
思わず目を細め、顔を赤らめるカザリだったが、すぐに飛び退いて構える。
少し寂しそうな顔をするヒミカ。
「仕方ないのう。しかしいつ見えてもおかしくないのだがな。
カザリ、お前の体には今魔力が巡っておる。
それは精神を魔力に変えておる証拠じゃ。
お主の今の超人的動きはそれのおかげぞ?
もっと集中し、体の隅々まで意識を向けるのだ。
よいか? 目で見るのではない。感じるのだ。
と、言いつつ、おしゃべり中に不意打ち攻撃だぁぁ!」
カザリの目に、一瞬だが箸から黒いモヤが立ち上がったのが見えた。
しかしそれはすぐに消え、結果不意打ちをお尻に食らって、
再びゴロゴロと転がった。
もちろん、その後パンパンパンとヒミカを3回叩いたのは言うまでもない。
カザリはヒミカ以外の人間を信用できなかった。
魔族の侵攻時、悪魔はこの国にもやってきた。
その悪魔たちは力では攻めてこず、人間の姿に化け、隣人になりすまし、
この国をかき乱した。
普通の人間だと思っていた者が突然悪魔に変わり、人々を無残に殺していった。
悪魔たちは人間を疑心暗鬼に追い込み、お互いが悪魔だと罵り合い、殺し合うのを
見てほくそ笑んでいた。
カザリの親もそんな犠牲者の1人だった。
父親がいつの間にか悪魔にとって代わられていたのだ。
ある日正体を現した悪魔は、母親をカザリの目の前で犯し、そして食い殺した。
その惨状は近所に住む人間たちも大勢目撃していた。
悪魔が笑いながら去っていった後、町の人間たちが取った行動は
残されたカザリのリンチだった。
お前も悪魔が化けているに違いないと、幼いカザリに集団で暴行を加え、
そして手足を木槌で叩き潰した。
正体を現さないと焦れた住民は、手足を潰されたカザリの腹に木の杭を打ち込み、
大木に磔にしたのだ。
瀕死のカザリを救ったのは、通りかかったヒミカの軍だった。
ヒミカたちは各地を回り、ヒノクニに巣くう悪魔たちを見つけ、一掃していった。
それはヒミカの力のおかげだ。
ヒミカの持つ【太陽の光】という特殊な力は、悪魔の変身を見破り、
邪悪な力を滅ぼした。
この世界の王たちは、そのほとんどが世界を救った英雄たちの末裔だ。
英雄が持っていた力を王族は継承していた。
ヒミカもその一人だ。
魔族が突然の撤退を始めたのは、それから数日後だった。
発見が早かったおかげで、カザリの手足はなんとか回復魔法で
元に戻すことができた。
衰弱し、骨のような体になっていたカザリを、その心も体も完全に癒えるまでの間
という条件で、ヒミカが無理やり城に連れ帰った。
ヒミカは戦から帰還するたび、甲斐甲斐しくカザリの世話をした。
あまりに悲惨な状況で殺されかけた少女を、他人に任せることはできなかった。
いや、この出来事はカザリだけに起ったわけではない。
ヒノクニのどこででも起こった事件の1つに過ぎなかった。
悪魔と疑われた者は全て無実の人間ばかりで、殺されたのは、
ほとんどが老人や女子供だ。
すべての死体は惨いものばかりだった。
ヒミカが駆けつけ、見つけたときには死んでいた人間ばかりで、
唯一生きていたのがカザリだけだった。
カザリが心を開くのは、絶望的な状況で自分を助けてくれたヒミカへのみ。
彼女は人が怖いのだ。
カザリがいつも屋根に登っているのは、ここでならば人と会うことがないから。
その心の傷は今でも癒えない。
その証拠が声。
彼女はしゃべることができなくなっていた。
カザリの耳に女の声が聞こえてきた。
「姫さまー! 姫さまー! どこにおられますかー!?」
ヒミカとカザリが顔を見合わせる。
女はかなり慌てているようだった。
「もしや……」
ヒミカはポツリと呟いた後、カザリの手を取ると城の屋根を次々と
下に降りていく。
「母上に何か!?」
ヒミカはいつの間にか、カザリを抱きかかえて走っていた。
城内の人間全員がヒミカを探していた。
女中の一人が屋根から降りきったヒミカを見つけ、慌てて駆け寄ってくる。
「姫様! お探ししましたぞ!」
「どうした。なにかあったのか?」
女中は息を整え、そして満面の笑顔で答えた。
「弟君がお生まれになりました」
それを聞いたヒミカはカザリを抱きかかえたまま城内を走り抜け、
大奥にいる母の元へ向かう。
ふすまを開けると、目に飛び込んできたのは赤子を抱きかかえた母の姿だった。
「は、母上……」
ヒミカの母、タケトメは穏やかな笑顔を娘に向けた。
「ヒミカ……男の子よ」
ヒミカはゆっくりと母親に近づき、すぐ横に座った。
宝箱を覗き込むように、そっと赤ん坊を見た。
力いっぱい泣きわめく、元気な男の子が母の胸に抱かれていた。
「神の子である……なんとも、なんとも……」
ヒミカは感極まり、言葉が詰まって、それ以上なにも言えなくなった。
母と赤子を交互に見つめる。目じりには涙が浮かんでいる。
次第に落ち着いてきたヒミカは母に労いの言葉をかける。
「母上、本当にお疲れ様でした。
予定よりかなり早かったではありませぬか?
陣痛が始まった知らせも聞いておりませんでした」
「フフフ、あなたのときも早かったのよ?」
「そ、そうだったのですか」
カザリはなんとも不思議な生き物を見たように立ち尽くしていた。
小さな小さな生き物。
その不思議な生き物は、必死に存在をアピールするように力いっぱい
泣き喚いていた。
赤子に吸い込まれるように近づく。
タケトメもヒミカも何も言わず、優しくカザリを見つめていた。
カザリもひざまずき、眩しいものでも見るように目を細める。
人間が怖くてヒミカの母タケトメの前にすら出ることができないカザリが、
恐怖を忘れてただただ赤ん坊をじっと見ていた。
自分の手を見つめ、赤子の手を見つめる。
同じ手だとは思えなかった。
顔も、脚も、腹も、なにもかもがあまりにも小さかった。
カザリはそっと手を伸ばし、赤子の頬に人指し指で触れた。
とても柔らかく、触った気さえしなかった。
カザリの顔が自然と笑顔になった。
笑うことなど滅多にないカザリの、心からの笑顔。
ヒミカは優しくカザリの頭を撫でた。
ヒミカはそんなカザリの様子を優しく見つめる。
「どうだカザリ、かわいいだろう?」
カザリは赤子から片時も目を離すことなく、静かにうなずく。
ヒミカは優しく諭すように、カザリに話し始める。
「人間は皆、このように愛らしく美しい姿で生まれるのである」
その言葉に、カザリの体が驚愕して飛び跳ねた。
あの恐ろしい人間がこれと同じ? と疑問に思うカザリ。
いまさら気づいたが、部屋の中には女中が何人もいた。
途端に怖くなるが、いつもほどの恐怖は感じなかった。
ゆっくりと女中たちを眺めまわし、じっとヒミカを見つめ、ヒミカの母を見つめ、
そして赤子を見つめた。
「皆このように、産まれたときは神の子だったのだ。
カザリ、お前もそうだ。
そして、お前の嫌う人間も皆、神の子であるのだ。
ただ、戦争というものが、自分が神の子であることを忘れさせたのだ」
カザリの心の中にある大きな氷が、この時を境に少しずつ溶け始めた。
カザリはヒミカの弟、ヒコサシの元から離れることがなかった。
1日中、飽きることもなくずっと寝顔を見つめていた。
ヒコサシが泣き始めると慌てふためき、育児役の女中の袖をひっぱり、
なんとかしてと身振り手振りでお願いした。
泣き止んでまた眠りだすのを見届けると、カザリは心底ホっとした顔をした。
そんなカザリを見て、ヒミカはとても嬉しそうに笑う。
「カザリ、妾よりすっかりお姉さんだな。
ヒコサシを守ってやってくれよ?」
カザリは力強くうなずく。
ヒミカは優しくカザリを抱きしめ、頭を撫でる。
「カザリ、お前も妾の本当の妹である。よいな?
お前はいつも拒むがな。
妾はお前がずっと大好きだぞ」
カザリは顔を赤くし、誰にも気づかれないほど小さくうなずく。
カザリは自分がこの城で疎まれているのを知っていた。
ヒミカが拾ってくれただけの、ただの町民の娘であるカザリだ。
なぜ下賤の者をと、文句を言っている女中の陰口を聞いたこともあった。
ヒミカはそんな声を断固として許さなかった。
ヒミカの耳にそんな声が届けば、その者は厳しく罰せられた。
ありがたく思っていたが、ずっと迷惑をかけていると心苦しくも思っている。
大きくなったらこの城を出ていこうと、カザリは決意していた。
ヒコサシが産まれてから、カザリは毎日考えるようになった。
人間は皆、ヒコサシと同じだったんだと。
人間はあんなに怖かったのに。あんなに残酷だったのに。
ヒコサシもいつかあんな風になってしまうのだろうか。
安らかに眠るヒコサシの頬をつつき、カザリは優しく微笑む。
天使のような笑顔のヒコサシからは、想像もつかなかった。
だがヒコサシも人間なのだと、カザリは当たり前のことを思った。
ヒコサシのことを、カザリは自分の本当の弟のように愛し、可愛がった。
ある日、ヒコサシが突然立ち上がった。
ヨロヨロしながら、カザリの元へ歩いてきた。
それはたったの数歩だ。
ヒコサシが倒れるようにカザリへ抱きついてきた。
カザリはヒコサシを抱きしめた。
なぜか涙が溢れだし、止まらなくなった。
眼前で奇跡を見た気がした。
嬉しくて、嬉しくて、ずっとヒコサシの頭を撫でた。
すごいね! と言ってあげたかった。
だが、カザリの口から出てくるのは嗚咽のみで、言葉は紡がれなかった。
今でもカザリは喋ることができなかった。
とても、とても悲しかった。
ヒコサシに語りかけたかった。
この素晴らしい出来事をヒミカへ知らせに行こうと立ち上がり、
部屋の外に向かう。
後ろを振り向くと、ちょっと待っててねという意味を込め、
ヒコサシに笑顔を向けた。
その笑顔が瞬時に凍りつき、体中に言いようのない恐怖が駆け抜けた。
ヒコサシの体に……黒いモヤが見えた。
カザリの脳裏に思い出したくない過去の記憶がフラッシュバックし、蘇る。
幼い時、自分がリンチを受けていたあの瞬間。
カザリの目には黒いモヤが見えていたのだ。
自分の右腕にモヤが見え、その次の瞬間には右腕が潰された。
脚にも漆黒のモヤが見え、そして嫌な鈍い音をたてながら叩き潰される。
カザリは黒いモヤが恐ろしかった。
不吉を運ぶ恐ろしいものだったのだ。
だから見えなかった。いや、無意識に心が見えないようにしていたのだ。
そのモヤがヒコサシの頭に見えた。
恐ろしいモヤ、しかしこのときカザリはそれが見えたことを神様に感謝した。
その瞬間、カザリは吼えた。
「ヒコサシぃぃぃぃぃぃ!!!!」
かつてないほどの魔力が体中に流れ込む。
その瞬間、カザリの動きは英雄と呼ばれる人間と等しくなった。
ヒコサシを抱きかかえて転がる。
ヒコサシが今までいた場所に向かって、天井から槍が突き出されていた。
カザリはそっとヒコサシを畳の上へ横たえると、瞬時に天井に向かって跳躍し、
短剣サイズの木刀を取り出した。
勝負は一瞬にして決まった。
天井を破壊して天井裏へ侵入し、槍を突き出したシノビの手足をへし折ると、
自害しない様にすかさず気絶させた。
敵は自分に何が起こったか、理解する間もなく倒されたであろう。
それほどの一瞬の出来事。
激しい物音に気づいた女中たちが飛び込んできた。
少し遅れてヒミカもやってきた。
カザリはしっかりとヒコサシを抱きしめて立っていた。
ヒコサシが無事なのは、カザリの腕の中で大きく泣いていたことですぐわかった。
「ヒミカお姉ちゃん。
こいつがヒコサシを狙ってきた」
ヒミカが大口を開けてカザリを凝視した。
敵の襲撃もさることながら、カザリが喋ったのだ。
「か、か、かかかかかかかか、カザリ!
お前、喋って!!!」
カザリは満面の笑顔をヒミカに向けた。
「ずっと言いたかった。
ヒミカ姉ちゃん、大好き」
そしてヒコサシの無事に安堵し、慈愛にみちた目を弟に向けた。
「ヒコサシも大好きだよ」
カザリは嬉しそうに言うと、ヒコサシの額にキスした。
☆
「そんなことがあったんですかー」
ボクはダーツさんと剣の訓練をしながら、カザリさんの昔話を聞いていた。
カザリさんはベンチに座って手裏剣の手入れをしている。
昔話の発端は黒いモヤの話。
これが見えるとリアンヌさんのように悪魔たちの動きが見えるそうだ。
「ダーツさん、見えないんですか?」
「うるせぇ!
お前はそれ以前の問題だろうが、ほら特訓だ!」
どうもダーツさんには見えないらしい。いや、当然ボクもだけどね。
カザリさんがダーツさんに手裏剣を投げる。
「うおわあ! あっぶね! なにしやがる!?」
「あはは。ダーツにも見えるようになると思うけどね。
なんせ、体にたまに魔力が流れてるよ」
「え? まじで? ふーん……全然わかんねぇな」
ダーツさんが自分の手を握って見つめていた。
昔話が気になったので、カザリさんとダーツさんの話の腰を折ってしまう。
「結局その敵の正体ってなんだったんですか?」
カザリさんがボクをじっと見つめ、ニコリと笑う。
「いわゆる、後継ぎ騒動だったのね。
ヒコサシが邪魔になった側室がずっと命を狙ってたんだけど、
私が片時も離れずそばに付いてたから、なかなか隙がなかったみたい。
で、焦れた相手は、いっそ犯人を私にすればいいと強硬手段に出たの。
そんなことしても、私がやったってヒミカ姉ちゃんが信じるわけないのにね。
だって、私の本当の家族だもん」
眩しい笑顔で家族の話をするカザリさん。
嬉しそうに語るカザリさんは、とても輝いていて綺麗だった。
思わず見惚れてじっと見ていたら、カザリさんが真っ赤な顔をして
抱きついてきた。
「ううん! アキラちゃん可愛い!」
もしかして、カザリさんのコレって、ヒコサシって人への代わりなのかな。
ボクの考えがわかったんだろうか。
「アキラちゃんはアキラちゃんだよ」
とても優しく微笑んで、ボクのオデコにキスしてくれた。