第39話「召喚」
「おおおーい! アステリアぁぁぁぁあ!!」
今日、何度目かの大声を出すボク。
おかしいな、いつもならすぐ飛んでくるのに。
ここは王都エルドランの西の平原で、近くに村もなく巨大な森が遠くに見える。
人目につかない場所ということで、ヒュプテさんに指示されたのが
ここなんだけど……
ボクとカノンの2人だけでここに来ている。
ちなみにダーツさんやヒュプテさんたちは、ボクが懐柔して、
部下として働かせているという設定。
魔族の幹部であっても、ボクの部下として働く人間には手を出さないだろう
という推測だ。
次元を越えられる悪魔かぁ。アステリアはどうなんだろうか。
皆ボク……というか本物の魔王を探すため、次元を超えてたんじゃなかったっけ?
もしかすると、次元の裂け目を作ってそこを通ったとも考えられるし……
そうすると、誰が裂け目を作れるのかが問題だ。
悪魔の紳士ルーシーあたりはどうなんだろう。
ルーシーだったとして、協力してくれるんだろうか……すごく不安だ。
あとは古き神々のクトゥルーとか……あれなんか協力以前の問題な気がする。
こう生理的に無理というか。そもそもがあまりに異質すぎて一緒にいたくない。
生理的に無理といえば、ロボットのレイザノールの声も無理。
魔法少女レレナだと大丈夫そうだ。
だから誰がその力を持っているのか、アステリアに聞こうと思ったんだけど……
来ない。
なんでだ?
「カノン、アステリアだけど……なんで来ないのかな」
「え、ええ……そうですね……なぜでしょう」
ボクの声に反応しないなんてアステリアらしくない。
カケイドの街ではすぐに飛んできたし、その前なんて呼んでもないのに
来てたのに。
だけど何度呼んでも現れる気配がない。
今日は都合が悪いのかもしれないな。病気で寝込んでるとか……
うーん。
今日は帰ることにして、明日また呼んでみよう。
☆
「はっ!」
バーンと扉を開くと、扉の前に立っていたメイドが驚いて腰を抜かしていた。
「陛下が呼んでいる気がする!」
勢いよくドアを開けたアステリアが興奮した顔で叫ぶ。
ここは魔族の城、レイスター。
北の大地にそびえる巨大な城。
城だけでカケイドの街の数倍もあり、城下も含めるとテルスターク王国の
国土の半分ほどの広さにもなる。
途方もない巨大さであった。
魔物同士のいさかいもあるため、人間の街程度の大きさでは、争いがあった時に
城全体があっという間に崩壊してしまう危険がある。
そのため、ここまで広大なものが必要だった。
自由に暴れたとしても、被害を最小限で抑え込めるように。
アステリアの部屋はレイスター城の屋上付近にあり、部屋の外にはプールや
50人は入れるであろう温泉まで設置されている。
日本人であるアキラに合わせたのか、内装はほぼ和風でまとめられていた。
畳が敷かれていて、枕を2つ並べた布団も1組ある。
床の間には【愛の巣】と書かれた掛け軸がかかっている。
アキラを模倣した人形が数多く点在し、布団の上にはアキラの絵が描かれた
抱き枕が鎮座している。
メイドがおそるおそるアステリアに声をかけた。
「あ、あの……30分おきにそう仰っていますけども……」
「バカね? バカなの? 私は陛下と固い絆で結ばれているの。
だからどんなに遠くても聞こえるのよ!」
「30分おきに呼ばれているのですか?」
「……まぁ、私のことを頻繁に想ってらっしゃるだけかもしれませんね。
心の声が私に伝わっているのです!」
「それでは今回も心の声でしょうか?」
「今のは呼ばれた。確実に。なので出かけてきます」
「で、ですが……陛下にお休みしろと仰られたのでは……」
ビクっとアステリアの動きが止まる。
「ときにお聞きしますが……
もし、呼ばれてないのに会いに行ったら……陛下はどう思われるでしょう」
アステリアはさーっと血の気の引いた顔でメイドに質問する。
「あなたならどう思うと考えるの?」
「はい、私ごときの考えてよろしいのであれば、お伝えしますが……」
「許します。答えなさい」
「はい。私の予想では……陛下のお心遣いにより休暇を与えられたにも関わらず、
その命を背いたとあれば、とても悲しむのではないかと……」
アステリアはさらに青ざめて、もはや顔面が蒼白だ。
「そ、そうね。また心の声だったのかもしれません」
しょぼくれて部屋の中へ戻ろうとするアステリアを、朗々とした声が呼び止める。
「いやいや、今回は本当に呼ばれていたようですよ」
「ん? ルーシー。それは本当なの?」
「ええ、たまたま陛下のご様子を伺いに眼を飛ばしたところ、
陛下があなたを呼ぶところが見えたのです」
「まぁ! やはりそうでしたか!
では早速出発します!」
「ええ、いってらっしゃい」
「フフフ。ですが、陛下はなんの御用なのかしら。
もしかして、結婚式の日取りとか……そんなお話かしら……」
嬉しそうに微笑むアステリア。
「はっ! まさか命にかかわる出来事でも!?」
血相を変えたアステリアがルーシーの襟をつかんで詰め寄る。
「落ち着いてください。そのような状況なら、ここであなたとのんびり
話なんかしていませんよ。
なにやら陛下は、次元を超えることをご所望のようで」
「そ、そう……ならいいんだけど。
なるほど、次元ね? わかったわ。
陛下! 今あなたのアステリアが参りますわー!」
アステリアは眩しい笑顔になるが、瞬時にして一転厳しい顔つきになり、
炎を強めてルーシーを睨む。
「ルーシー、あなた、私でさえ陛下から監視を禁じられているのに、
あなたはなぜ監視を?」
ルーシーは笑顔を強め、しれっと答える。
「私は直接ご命令を受けておりません。自主的に控えてはおりますが、
やはり私も陛下が心配になりまして……
つい、陛下のご無事な姿を拝見したくなるのです」
「なるほど。それは私にもわかります。
陛下は人間世界を調べるという大変なお仕事をなさっているのです。
邪魔になることはしないでくださいね?
あなたのせいで陛下のご計画に支障がでたら、私、あなたを殺しますからね?」
ルーシーは返事の代わりに大げさに肩をすくめて見せた。
☆
次の日、またアステリアを呼ぶ。
「アーステーリアー!」
まったく出てくる気配がないな。ほんとに病気で寝込んでるとか……
うーん、無理に呼ばない方がいいだろうか。
いつもはすぐにやってくる彼女が来ないと、逆に心配になる。
カノンがふと何かに気がついたのか、ボクに質問してきた。
「アキラさん、あの……
アステリア様と最後に別れたとき、なにかご命令されましたか?」
「え? 命令? う、うーん……
ご苦労様とか、そんな感じのこと言った覚えがあるような、ないような……」
メーヤとの戦いの時に呼んだ以来、アステリアとは会ってない。
確かにそのときに何か言ったから来ない可能性は確かにあるけど……
そんな命令なんかしたっけ?
うーん、やっぱり思い出せない。
なんせ、もう1か月以上前の話だ。しかも王都までの旅や白い霧事件とか、
その後もとんでもないことがいっぱい起きた。
いちいち何を言ったかなんて覚えてるわけがないよね。
「ううーん、思い出せないや……」
今日もアステリアは来なさそう。
とりあえず明日もまたやってみよう。
魔族の城に行く方法もあるけど、ボクたちの足では数か月かかってしまう。
それに魔族の城へは……できれば行きたくない。
谷口くんを救い出したくはあるけど……
料理として出された彼を、元に戻して大事に保管しておけとは言ったけど……
彼は今頃どうしているんだろう……元気なんだろうか。
アステリアにそれとなく聞いてみよう……
もしひどいことになってるなら、ボクがなんとかしないと。
「アーステリアー!」
今日で一週間目。
いまだやってこない。
ここまでくると、さすがにアステリアの身の心配を通り越して、
まさか自分がニセモノの王だってばれたんじゃないかと心配になる。
だから来ないとか……
いや、むしろ偽物ってわかったら、なおさら来るよね?
殺しにだけども……
カノンお手製のお弁当を食べながら、今日もアステリアが来ないか待っている。
ヒュプテさんからも、来るまで続けてほしいと言われたし。
そういえば、あのあと王女殿下が現れない。
なぜ2回もボクのところに姿を見せたんだろう。
いや、あの時はたまたまボクの前に現れただけで、今も違う場所には
出てきているんだろうか。
それとも……もう亡くなって……
いやいや、それは考えないでおこう。
ボクたちはその王女様救出のために、アステリアを呼んでいるのだから。
カノンと楽しくお弁当をつついていると、空から轟音が聞こえてきた。
炎の隕石が落ちてきた。
しかし、その衝撃がボクたちを襲うことはない。
隕石だと思ったのは、やはりアステリアだった。
彼女はすでにボクたちに魔法をかけて、衝撃を受けないようにしてたんだろう。
「アステリア!」
「へ、陛下……いえ、アキラ様ぁぁぁぁ!」
ペットの犬が主人に向かってシッポを振って喜ぶように、アステリアの炎の角が
左右にフリフリしている。
「あああ、お会いしとうございましたぁ」
アステリアの大きな瞳から、大粒の炎の涙が零れ落ちる。
「遅くなって申し訳ございません……
アキラ様よりお城で休むように申し付けられ、ずっとお城にいたものですから
時間がかかってしまい……」
「え……あ、ああー。うん、そうだったね。ゆっくり休めたかい?」
思い出した。そうだった。
メーヤとの戦いの後、お城でゆっくり休めって言ったんだった。
まさかそのせいで呼んでも来なかったとは、夢にも思わなかった。
「で、でもよくここから城まで声が届いたね」
「愛でございます! 愛の力で伝わりました!」
「そ、そうなんだ……監視とか……じゃないよね? してないよね?」
「もちろんでございます。アキラ様のお申しつけを破るはずがございません」
そりゃそうだ。アステリアは超がつくほど忠臣だから。
ふと気になった。もしかして……他のやつが監視を?
「ねぇ、アステリア……気になったんだけど。
ルーシーあたりが、監視してるってことはない?」
「さすがでございます、アキラ様。私もそれを咎めたのです。
しかし、直接命令されていないとほざいておりました」
「ああー、そうなんだ……やっぱし。
ルーシーや他の部下にも言っておいて。ボクの監視禁止だから」
どこからか悲痛な叫び声が聞こえた。
ん? なんかルーシーの声に似ていたけど……
そのとき、蜃気楼が物体化するかのように、ゆらゆらと立ち上った半透明な姿が
徐々に物質化していき、異形の者が突然出現した。
「うわ!? な、あ……ク、クトゥルー!?」
ボクたちの目の前に第一軍団長、古き神々のクトゥルーが現れた。
異形の緑のタコ。容姿だけでも、相変わらず吐き気がするほどの気持ち悪さだ……
直視できないほどの異質さで、こんなのを部下にした魔王の感覚を疑う。
「この度、我の力が必要と聞き及び、参上いたしました。
微力ながら陛下のお力添えができますこと、このクトゥルー嬉しく存じます」
え、クトゥルーの力が必要? なんだろう?
あ、もしかして……
アステリアを見ると、頬を上気させ、顔が桜色に染まっている。
「陛下が次元を渡りたいとおっしゃるので連れて参りました」
「あ、ああ……さすがアステリア。よくわかったね」
炎の角が大きく左右に揺れる。ほんとに犬みたいだ……
「魔族はみんな次元を超えられるかと思ったけど……」
ボクの疑問にクトゥルーが答えた。
「我が眷属は自身だけなら超えることができます。
他にも軍団長クラスであれば可能でしょう。
ですが、他人も移動させる……ということであれば、
その力を持つのは、我と陛下くらいではないでしょうか」
えええ……ボクそんな力ないよ……ああ、本物の魔王の方ね……
なるほど、やはり次元移動って難しいんだ。
それはいいとして、クトゥルーが皆の前にいきなり姿を現したら……
腰を抜かすどころか、剣を抜いて斬りかかっちゃいそうだよ。
「クトゥルー、ボクには今人間の部下がいてね。
キミの今の姿では少々困ってしまうんだ。なんとかならないかな?」
「なるほど、さすがは陛下。人間の忠臣をお作りになるとは……
では、我は魔力を抑えることとしましょう」
クトゥルーがその瞬間、タコの姿から人間の姿へと変貌する。
なるほど……魔力で異形の姿になっちゃうんだ。
だから抑えると人型に……っていうか、魔族って元々人間なのかな?
人型になったクトゥルーは、30代後半のやたらしぶいおじさんだった。
短く刈り上げた髪に、豊かなヒゲがひたすらカッコイイ。
う、ボクの理想の男性像だ。
服装は……って、裸だし! たしかにクトゥルーって普段から裸だけど……
アステリアが胸元から取り出したローブをクトゥルーに投げつけた。
「このバカ者が! 陛下に汚いモノを見せるでないわ!」
「き、汚い……とは……」
茶色のローブを纏ったクトゥルーは、さらにカッコよさがアップ。
「いやいや、クトゥルー。すごくかっこいいよ」
ボクが褒めると、クトゥルーは顔を少し赤くし、頭を下げた。
あれ、なんかかわいい?
って、あれ!? 黒髪の美女がいつのまにか立っている……
「も、もしかしてアステリア?」
炎の角もなく、服もいつの間にか白いローブを纏っている。
「はい、アキラ様。私も人間の街に行くので変装でございます」
「みんな、ボクのために来てくれてありがとう。
それじゃ、街に行こう。
そこで今後の作戦を伝えるので、頼むよ」
「「ははっ!」」
2人そろって頭を下げる。
うう、王様ぶってるけど、怖い……怖いよ……
無事やり過ごせますように……
平静を装いつつも、内心では泣きそうになるボクだった。