第34話「襲撃者」
屋敷の人たちがカーテンやら衣服やらで扉の下や窓の隙間を埋めていく。
何かが襲撃してくるかもしれないというヒュプテさんの指示で、
窓や扉にはイスやテーブルをバラして打ちつけ、テキパキと補強していってる。
こんな異常事態なのに屋敷の皆が沈着冷静に動いている。
ヒュプテさんの統率が行き届いてるみたいだ。
ボクたちは応接間へ通された。
今はボクとカノン、ダーツさん、ネロさん、カザリさん、タイラーさんの
6人だけが部屋にいる。
あれから外がどうなったのか気になり、板が打ちつけられた窓に近寄って
隙間から様子をうかがった。
すでに外は霧にすっかり包まれていて、隣に建ってるはずの屋敷が
見えないくらい真っ白になっていた。
思った以上に霧の広がり方が早かった。
カノンボクのも隣に立って不安そうに外を眺めている。
こんなときに、ボクが守ってあげるから……と言いたいところだ。
でも……いつも守ってもらう方なので……きまりが悪い。
不安を取り除いてあげたくて、カノンに微笑む。
「大丈夫だよ。みんなもいるしね」
ああ、結局セリフもみんなもいるしって他力本願だ……
それでも不安げだったカノンの顔が少し晴れやかになって、コクリとうなずいた。
「で、なにがあったんだ?」
ネロさんが口を開く。
わけのわからないまま屋敷に来たはずなのに、ネロさんの口調は冷静だ。
「俺にもわからん。わかってるのは、この白い霧がなんかやばいもの
ってことくらいか」
「そうか」
ダーツさんのその返事だけで、ネロさんはその後なにも質問しなかった。
え、たったそれだけで納得しちゃうの?
いや、きっとそれだけでいいんだ……ダーツさんのことを全面的に信頼してるんだ。
いいな……ボクも、みんなとそんな関係になりたい。
信じあう理想の形をみてボクはちょっと感動した。
早くこの霧の正体が知りたい。ヒュプテさんが教えてくれるとか言ってたけど……
ボクはヒュプテさんから聞いたことをみんなに伝える。
「ヒュプテ……様が、白い霧がたぶん神隠しの原因とか言ってました」
ダーツさんも外を眺めながら、考え込んでいる。
「神隠しか……この街じゃ、そんな事件も起こってたってわけか」
しばらく応接間で白い霧のことを考えていると、外から声がかかった。
「お客様、ヒュプテ様がお見えになりました」
ボクはまた急いでフードをかぶった。
ヒュプテさんは入室すると当然という態度でソファーに座る。
女騎士のヘイラさんが後ろに控えている。
向かいにはダーツさんが座り、ほかのみんなは立っている。
「やぁ、待たせたね。
おや、キミは室内でもフードをかぶったままなのかい?」
「アキラ、フード取ってもいいぞ」
ボクがフードを取ると、ヒュプテさんも女騎士のヘイラさんも驚きの声を上げた。
「これは、また」
なんなんだこの反応は……
ガキ臭いとかそんな話なんだろうか。
「これは確かに、街中ではフードをかぶるわけだ」
ヒュプテさんが半ば面白そうに、半ば納得した顔をしている。
カノンもカザリさんも、うんうんと大きくうなずいていた。
ヒュプテさんが窓の外へ目線をやり、楽しそうに喋りだした。
「今のところわかっている範囲で話していこう。
キミたちがダーツの仲間だということで、特別にだ」
ダーツさんが頭を下げた。
「感謝します」
「昨日、リーネ村に現れた黒い霧の調査に向かった者たちが失踪したんだ」
ボクをじっと見つめるヒュプテさん。
黒い霧という単語を聞いて思わず目が泳いでしまう。
いや、失踪には関係ないんだし……と、ボクはヒュプテさんの視線を受け止める。
「やはり黒い霧は失踪とは関係ないのだね。
アキラくん、ありがとう」
ヒュプテさんがクスクスって笑っている。
何も言ってないのにまた断定してる。
なんなんだこの人は……
もしかして超能力とか魔法とか、心を読めるような力でも持ってるんだろうか。
「その失踪の原因を今日調べにいくつもりだったんだよ。
そこへ今度は王都エルドランでの白い霧の発生だ。
この街にも霧が出たことはあるが、これほどの濃霧は過去に記録されていない。
濃霧は山岳や盆地、海沿いで発生するが、もちろんエルドランは
どれにもあてはまらない。
どうだい? タイミングが良すぎるだろう?」
ボクは思わずうんうんとうなずく。
ヒュプテさんはおかしくてたまらないとばかりに、口に手を当てて
笑うのを堪えていた。
ええ……いま笑うところあった?
「君たちと別れた後、王都のすぐ外で霧を発見した。
そこで私はこの濃霧が神隠しの原因ではないかと推測した。
いやいや、私としたことが短絡的だとは思ったよ。
タイミングが良すぎだと思ったのは、私の希望的観測に過ぎない。
単なる偶然である可能性の方がはるかに高いのだよ。
何にでも関係性があると考えるのは陰謀史観だからね。
わかるかいアキラくん?」
「え……? えと……なんとなく……」
思わず助けを求めるように皆を見回す。
カザリさんとタイラーさんはなんだか目が虚ろだった。
ああ、これは思考を放棄してる目だ……
「黒い霧事件の次は白い霧だ。フフフ、可能性は5%と見ているがね。
だがね、ほんのわずかでも疑惑があるならば確かめるべきなのだよ。
私はすぐに行動に移したよ。反証可能性の検証だ。
霧の中に馬だけを走らせてみたんだ。
しばらくすると、馬の悲痛ないななきが聞こえた。
それきり馬の声は聞こえなかった。
なぜそんな声がしたのかな?」
ボクは思わず答えた。
「き、霧の中に……何かがいたんでしょうか?」
ヒュプテさんはニッコリ笑い、肯定も否定もせずに話を続ける。
「今度はロープを馬にくくりつけ、騎士たちにロープの端を持たせて、
ロープを繰り出しながら、ゆっくりと白い霧へ向かわせたよ。
どうなったと思う?」
今度はダーツさんが答えた。
「また、いななきが?」
「不正解だ。
ロープはずっと馬に力強く引っ張られていたのだがね、突然ロープから
抵抗が伝わってこなくなった」
「え? それってロープがほどけて逃げた?」
「いやいや、さすがにほどけるようには縛っていないさ。
霧の中のロープが突然切れたんだよ。
もちろん霧の明確な境界線がわかるわけじゃない。
我々も距離を取って監視していただけだからね。
どの程度の濃さで切れたのかはわからない」
「誰かが斬ったとか、そんな影は見えましたか?」
「見えなかったね。
ただ手元へたぐり寄せたロープの切断面を見ると、よほど鋭い刃物でないと
難しい切れ方だった。
そこで次は馬が視界に入る位置にロープを調節したよ」
みんな話に引き込まれ、ヒュプテさんに視線が集中する。
答えは聞くまでもなく、馬の運命が手に取るようだった。
「その通りだアキラくん、我々が見ている目の前で馬が突然消えたよ」
ヒュプテさんはみんなをゆっくりと見回した。
「どうだい? まるで神隠しにあったようじゃないか」
みんなヒュプテさんの話に動揺が隠せない。
霧の中になにかいるだけじゃない。
神隠しって言ってたけど……
消えた馬がどこにいったのかわからない。
この世から存在が消えたのか、それとも別の場所に飛ばされたのか。
もしくは別の世界へ。
ん? 別の世界……
まさかと思うけど……神隠しの行き先って……
ヒュプテさんはワインを一口飲み、みんなの様子をうかがっている。
特にボクをじっと見た。
「本当に興味深い。
黒い霧は神隠しとは関係ないし、白い霧にも心当たりがない。
だが、目線を左上へ動かして考えこんでいる。
そうだね、行き先で思い当たる場所がある。
そんなところだろう。アキラくん」
全員がヒュプテさんの推理に絶句する。
のどが渇き、一瞬声が出せなかった。唾をゴクリと飲み込み、ノドを湿らせた。
「え、ああ……いえ。わかりません……」
今の質問でなんとなくわかった。この人、魔法とか超能力を持ってるんじゃない……
とんでもない洞察力と頭脳を持ってるんだ……信じられない。
「まぁいいだろう。
アキラくんの話は最後に聞くとしようか。
とりあえず現状の把握から先に続けよう」
ダメだ……全然隠し事ができる気がしない……
ボクの内心の恐怖とは関係なく、淡々と説明を続けるヒュプテさん。
「今度はロープの先に石を括りつけ、霧の中に投げた。
かなりの時間待ってみたが、消えなかったね。
それでは、植物はどうだろう?
枝を切って持ってこさせ、ロープに結わえて投げたよ。
しばらくすると、消えたよ。枝と結ばれたロープごとね。
街中にある木々も全部消えただろうね」
ダーツさんが少し青ざめながら質問する。
「つまり命あるものだけに影響がある……と?」
ヒュプテさんは大きくうなずく。
「ご明察だ。それを証明するために番犬を1頭殺して霧に投げ込んだ。
ダーツ、キミの言う通りだ。消えなかったんだよ。
馬が消えた時点で一刻を争うと考え、君たちを迎えにいった。
残りは屋敷に戻ってからの検証結果だよ」
ボクはゾっとした……
いくら白い霧の危険性を確かめるためとはいえ、動物を簡単に殺しちゃうなんて……
ダーツさんが好ましく思ってない理由が少し見えた気がした。
その後もヒュプテさんは淡々と説明していった。
「霧の中にいるものが何かを確かめたかったが、それは叶わなかった。
何頭かの馬を霧の中へ向かわせ、おびき寄せようとしたんだが、
何者かが現れる前に馬たちが消えてしまったのでね。
それ以上は移動に不便が生じるので、確認はできなかった」
「とりあえず……これからどうするおつもりですか?」
「そうだねぇ。1日は様子を見ようと考えている。
この街を霧で覆った者の狙いはまだ分からない。
王都中の人間の消滅を狙ってるのなら、しばらくは消えないだろう。
特定の人間を消そうとした、ということもあり得るね」
細めた目でヒュプテさんがボクを見つめていた。
ボクはふと思ったことを口にする。
「え……この霧って誰かが起こしたってこと?」
ヒュプテさんは楽しそうにボクを見ている。
「その通りだ、アキラくん。街の周囲に霧が発生し、人々を追い込むように
街を覆いつくした。
街中から発生したのではなく、一方向からでもなく、周囲全体からだ。
1人たりとて逃がさない。そんな意図を感じるね。
昨日の失踪事件はこの街を覆いつくす霧の端緒だったんだろう。
霧の性質と発生の仕方から人為的な線が最も濃厚であると見るね」
なるほど……人為的……
こんなことできるのって、魔族の可能性が高いのかな……
人間でも可能なんだろうか?
どこかの国が戦争をしかけてきたとか……?
ヒュプテさんがボクを楽しそうに見ている。
な、なんなの……
「アキラくん、戦争の可能性はほぼないね」
「え!?」
また心の中を読まれた!? なんか怖い……
「なぜなら、私がこのような魔法を知らないからだ。
人間の仕業である可能性は限りなく低い。
他国の生み出した秘密兵器なんてものでもない。
そう、私がその存在を知らないからだ」
自信満々に言ってのけている。
人間の世界で自分が知らないものは存在してないと。
まるで神の目でも持っているかのような発言だ。
「つまり、魔族ってこと、ですか?」
「魔族ね。このような攻め方は聞いたことがないね。
前例がないというだけで否定するわけではないが、やつらは直接的な力を
信奉する種族だ。人間を殺すのにこんなやり方は選ばないだろう。
悪魔はむき出しの力で敵をねじ伏せ、血肉を喰らう」
ヒュプテさんは少し考えこむ。
「だがこの霧は人間以外の仕業であるのはほぼ確定だろう。
つまり魔族か、それに準じる力を持つ何かだ。
そして魔族の場合はもう一つの可能性があるが」
そのとき、部屋の外でガラスの割れる音がした。
悲鳴も上がっている。
カザリさんたちは一斉に武器を抜き放ち、戦闘態勢に入る。
ヒュプテさんはワインを飲み干し、それから立ち上がる。
「ああ、霧の中のモノが襲ってきたのかな。
では、我々もヤツラに会いに行こうか」
こんなときでも落ちついてる……
女騎士ヘイラさんが扉を開け、悲鳴の上がった方へ走り出した。
ダーツさんやボクも続く。
窓ガラスだけではなく、玄関扉も破られていた。
玄関といっても、やたら広い。
多分学校の教室より少し大きい。本物の貴族の屋敷だからね。
中央奥には2階に続く大きな階段があり、天井は高く吹き抜けになっている。
天井の一番てっぺんには巨大なシャンデリアがぶら下がっていた。
各部屋へと繋がる通路もいくつもあって、まるで迷宮の入り口みたいだ。
その室内に少しずつ白い霧が流れ込んできている。
玄関扉のすぐそばに騎士が3人いて、その内の1人が倒れているメイドさんを
助け起こしていた。
残り2人の騎士が対峙しているモノを見て、ボクは息を飲んだ。
人体を一度分解して、適当に組み立てたような……
本来、頭部、胸部、腹部、下腹部という順番で並んでるはずなんだけど、
こいつらは、腹部、頭部、下腹部、胸部といった具合になっている。
接合部分は針金で結ばれていた。
そんな人間モドキな怪物が腕を振り回して騎士に襲いかかっていた。
あまりにデタラメだ……なんでこんなのが動くんだ。
騎士たちは震えていたが、なんとか剣を振っていた。
攻撃というよりは、近づかせないための牽制に見える。
「我が騎士とは思えない不甲斐なさだな」
ヒュプテさんが冷たく言い放つと、騎士はビックリした顔でこっちを見てきた。
騎士の顔つきが一気に険しくなり、人間モドキへ苛烈に攻撃をはじめた。
騎士の猛攻撃に、人間モドキの体は切り裂かれていく。
人間モドキは斬られても意に介さず反撃してきた。
腕を斬り落とされても、体を拾って針金で結び留めて、すぐに向かってくる。
人間モドキは不死身を生かし、ただやみくもに暴れている。
でも重心は悪く、動きも鈍い。
攻撃力は低そうだ……
力がどれほどあるのかわからないけど、扉を破ってくるほどの強さはある。
偶然でも一撃受けると危ないので油断はできない。
しかしわかる。これは……ただ悪意で作られた化け物だ。
人に恐怖と嫌悪感を与えるためだけの怪物。
誰がこんなことを……
しかも1体だけじゃなく、玄関から次々となだれ込んでくる。
一気に押し寄せた人間モドキは、窓や玄関にはさまれ、
それでも力任せに入ってこようとして体がちぎれていく。
人間モドキは白い霧がない場所には入ってこられないらしい。
霧が広がる速度で怪物たちが近づいてくる。
「ダーツさん……これ……なんなの!?」
ダーツさんも知らないだろうとはわかっていても聞いてしまう。
「そーだな……化け物だな」
うん……化け物だ。
こんなの城の魔族にもいなかったよ……
一体何なんだ。
斬っても斬っても自分の体を拾い、適当にくっつけてまた襲ってくる。
動きは緩慢だけど、とにかく不死身だ……
ダーツさんたちも短剣や幅広剣で参戦する。
女騎士のヘイラさんは顔色が真っ青で体がカタカタと震え、立ち尽くしてる。
「ヘイラ」
ヒュプテさんが呼びかけるけど、ヘイラさんにはその声が聞こえなかったみたい。
目の前の光景に、ただただ恐怖している。
ボクだってカノンやダーツさんたちがいなったら、
ヘイラさんみたいになってたかも。
ヒュプテさんはヘイラさんを冷たく見つめ、感情のこもらない
平坦な口調で告げる。
「私に、不要だと言われたいのかね?」
それまで恐怖で怯えていたヘイラさんは、その言葉に反応して体が跳ねる。
「はっ!? あ……も、申し訳ありません!」
今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「すぐに地下への避難の準備を進めたまえ。
屋敷の者をすべてそこへ集めよ」
「ははっ!」
ヘイラさんは膝が笑いそうになりながらも、なんとか気力で走っていった。
なんて非情な人なんだ……
その間にも人間モドキは玄関や窓から侵入し、霧もゆっくりと入ってくる。
ダーツさんたちは人間モドキの数に押され、屋敷の廊下を後退しつつ戦っている。
倒せない敵に加えて霧の存在。やばすぎるんじゃないのこれ……
ダーツさんが人間モドキを斬りつけながら軽口をたたく。
「くそ! あまりに忙しくてきりきり舞いするな。霧だけに!」
「あんたって、ほんとギャグセンスないわねぇ……」
カザリさんに冷たく返されている。
動く死体のときみたいに燃やすのが効果的に思えるけど、ここは室内だ。
屋敷に引火しちゃうから危険すぎる。
人間モドキと騎士の戦いをじっと観察していたヒュプテさんが鋭い声を上げた。
「やつらの肩、太ももの付け根を結んでいるワイヤーを斬り、抜き取れ」
ダーツさんたちはうなずき、ワイヤーごと四肢を切断していく。
その後、倒れた人間モドキの体からワイヤーを引っこ抜く。
四肢を断たれた人間モドキは、自分の体を拾ってくっつけることができず、
床の上でウネウネとのたうち回っている。
それでも暴れようともがく死者を見て、悲しくなった。
この人たちも、元は普通の人だったはずだ。
殺され、死体をもてあそばれ……
拷問室で牢獄に入れられていた人たちを思い出した。
体中に穴が開けられ、それでも生きていた……
そしてそんな人間をもてあそぶ者たちの姿。
気がつくと涙が流れていた。
心が急速に冷えていき、代わりにボクの中で燃え上がるものを感じる。
その瞬間、黒い霧がボクから立ち上った。
湧きあがった黒い霧は煙のように屋敷の天井付近に充満し、
そして意志があるかのように玄関の方へ流れていく。
カノンが空気を切り裂くような悲鳴を上げた。
「ア、アキラさん!?」
人間モドキと戦闘中のダーツさんたちがその声で振り返る。
「このクソバカ……」
ダーツさんが駆け寄ってくる。
黒い霧に触れないように、ボクの周りで立ちすくむ。
「落ちつけアキラ!」
「うう、ダーツさん……だって……彼らがあまりにも可哀想で」
「そこの騎士! 黒い霧に触れるなよ!」
全員逃げるように退避してくる。
ヒュプテさんだけが、新しいおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせ、
この状況を楽しげに見ていた。
ボクの体からはまだ黒い霧が立ち上っている。
涙目になっているカノンがボクに近づこうとする。
「カノン、ボクに近寄らないで!」
カノンはビクっとして立ち止まる。
心配そうにやさしい瞳でボクを見守ってくれるカノンやダーツさん、
カザリさんたちを眺めていると、少しずつ心が落ち着いていく。
黒い霧は危険だ……みんなを傷つけないうちに消さないと……
泣きそうなカノンに、ボクは微笑んで見せた。
ボクの周りにはカノンやダーツさんたちという仲間がいる……そう思っていると、
ボクの体から黒い霧が出るのは収まった。
だけど天井に広がり、外に向かって流れていく黒い霧はまだ消えていない。
そして、黒い霧が白い霧に触れた。
途端に白霧が消え失せていく。
全員声を失って、その光景をただじっと見ている。
外の視界が急速に開けていく。
あんなに大勢いた怪物も姿が薄れていき、消えていった。
ヒュプテさんは、2名の騎士に命令を下している。
「お前たちは上の階へ行き、窓から街の様子を見てきなさい」
「ははっ!」
ヒュプテさんが非常に楽しそうだ。
「それで、アキラくん。この黒い霧はキミの意思で消えるのかね?」
ボクがダーツさんを見ると苦笑いしていた。
「やれやれ……」
まだ動揺しているボクの代わりに説明してくれた。
「なるほど。アキラくんの心が落ち着けば消えていくのだね。
黒い霧に触れるなと言っていたが、やはり死者と関係あるのかね?」
「いや、それは関係ない。
あれは触れると、人間も魔族も関係なく灰にしちまう」
ヒュプテさんの眠そうな目が大きく見開き、満面の笑顔になっている。
「ダーツ、そんな楽しそうなことを私に隠すなんて、ひどい奴だな」
「いや、落ち着いたら話すつもりだったよ」
「ほう? そうかね? まぁいい。
しかしこの力、白い霧と同じく寡聞にして知らないね。
しかも白い霧を打ち消した」
そのとき、ボクはまた遭遇してしまった……
「ダ……ダーツさん……」
「ん? どーしたアキラ。」
「あ、あの人だ」
ボクは玄関を指さす。
霧が去っていった直後に現れた女性に背筋が寒くなる。
外にはたった今まで霧が立ち込めていて、怪物がいたというのに。
「なんだ?」
「朝言ってたでしょ? すごい美女がって……」
「ん? どこだ、いないぞ?」
ダーツさんも、他のみんなも玄関を凝視している。
だけど誰も見えていないようだ。
まさかと思うけど、幽霊……じゃないよね?
おもわずちびりそうになるが、さすがに堪える。
「アキラくん、どんな人物が見えているんだね?」
あ、そうか、ダーツさんたちには伝えたけど、ヒュプテさんには
まだ言ってなかったんだ。
水の妖精みたいな彼女の特徴を話した。
ヒュプテさんがこれ以上ないほどの笑みを浮かべている。
「間違いない。昨日失踪したエリュシオン・テルスターク王女殿下だ」