第33.5話「ヴァンパイア・後編」
「真っ暗なはずのになんでか良く見える」
そう、この世界に電気なんてものはない。
当然夜は真っ暗だ。
それにマリアの術で急に夜になったけど、実際いまは夜じゃないから
ランプとか明かりも一切灯ってない。
じゃあ、なんでこんなにはっきり見えてるの? ってのは当然の疑問。
ダーツさんが小枝を取り出し、自慢げに胸を張る。
「これはナイトサイトの枝だ。
一定時間、夜でも昼間のように見通せるようになる魔法の枝だ。
すでにお前たちには使ってあるぜ」
「さすがです。ダーツさん!」
「フッ。ヴァンパイアと戦うんだ。
当然用意は……うう、銀貨300枚は痛いが……」
冒険者ギルドでダーツさんが何か買ってると思ったけど、これだったんだ。
アリスちゃんがダーツさんの腰をかわいらしい手でポンポン叩く。
「父ちゃんよ、私の払った報酬を使えばよい」
「あ、ああ……ありがたく使わせてもらうぜ」
カザリさんたちの肩がプルプル震えている……またツボったんだろうか。
「ぷっ……ダーツ、あんた子供何人いるのよ? ぷふっ!」
「…………」
あー、お父さんみたいって言って、ほんとごめんなさい。
せめてお兄さんだったかなぁ。
ところで、アリスちゃんの報酬って銀貨3枚だよね。赤字全開すぎる。
「へぇ、ナイトサイトの枝か。さすがだね。吸血鬼対策はしてるわけだ。
じゃ、お手並み拝見っと!」
吸血鬼マリアの両手の爪がギチチという音とともに、魂を刈り取る
死神の鎌のように弧を描き、見る間に鋭く伸びていく。
小剣ほどの長さまで達すると、ようやく成長が止まった。
マリアの指から伸びる鎌のごとき赤い刃物が、月明かりを照り返して妖しく輝く。
マリアの体が宙を舞い、2階建ての民家のてっぺんを超えるほど飛び上がった。
腕を大きく横に広げ、そのまま勢いよく降下してくる。
その姿は、鷹が獲物を捕まえる瞬間によく似ている。
マリアがダーツさんめがけ、抱きつくように腕を交差させた。
ダーツさんは短剣で受け止めることはせず、横っ飛びで躱した。
マリアの鋭い鉤爪が柔らかいものを切るように、石畳を深く切り裂く。
避けたダーツさんに対し、マリアは地面から爪を引き抜くこともせず、
そのまま振り向きながら赤い狂爪を横なぎに振った。
ダーツさんが今度は剣で受け止め…………
いや、わずかに剣に角度をつけ、攻撃の軌道を逸らして受け流している。
勢いがついた一撃を受け流され、マリアの体勢が崩れてよろめく。
そのままダーツさんの背後にあった石造りの倉庫の壁を貫きながら倒れ込んだ。
あんなのまともに受け止めてたら、剣ごと体を切り裂かれたに違いない。
タイラーさんが瞬時に倒れたマリアの元まで踏み込み、大剣を大上段に振り上げ、
叩きつけるように鉄塊を振り落とした。
マリアが飛び跳ねるように振り向いて鉤爪で受け止めた瞬間、ズガンという
工事現場から鉄筋でも落ちてきたのかと思うほどの轟音が上がった。
正面からタイラーさんの強撃を受け止めたマリアは石畳の道に倒れ込み、
下敷きになった石畳がベキベキという悲鳴を上げて割れ砕けた。
恐ろしいことに、マリアの体が地面に少しめり込んでいる。
どんだけ威力あるの……
身動きできないマリアの前にカザリさんが一瞬で現れ、
小剣をマリアの心臓に向けて鋭く突き出した。
小剣が突き刺さる直前、マリアの体が無数のコウモリに変わり、
空中へと散っていく。
コウモリが再び集まってマリアの姿へと変わると、口の端を吊り上げ妖しく笑う。
ネロさんがそこへすかさず弓を放ったけど、マリアがまたしても
コウモリの群れへと変化する。
カザリさんとダーツさんが空中へ飛び上がり、数匹のコウモリを斬り捨てる。
さらに手裏剣や短剣を乱れ撃ちする。
ほとんどのコウモリたちは攻撃を躱すものの、いくつかは命中して
コウモリが撃墜されていく。
ネロさんも弓の速射でコウモリを撃ち落としていく。
地上に降り立ったマリアは再び元の姿に戻ると、少し赤い顔をして
体を悩ましくくねらせた。
「あん、もう……微妙な部分ばかり斬っちゃって」
マリアの胸の部分と、こ、こ、股間あたりの服が大きく破れていた。
目の保養、いや毒すぎる!
なるほど、あの墜とされたコウモリって服の一部だったのね。
しかし一体何匹いるのかわからないコウモリの群れ。どれが本体なのやら。
アリスちゃんが口元を手で押さえ、おええっと嘔吐いた。
「|ぎょでゅう(巨乳)、|きぼでぃわるひ(気持ち悪い)」
そ、そんなにダメなんだ……
将来自分が巨乳になったらどうなるんだろう。
「私だって巨乳になりたくてなったんじゃないのに!
ふひひ、アリスちゃん覚えてなさいよ……
好きになるまでおっぱい押しつけてやるんだから」
「やめろ、姉ちゃん、巨乳を押しつけられるくらいなら死を選ぶ。
それが私の生き様。デッドオアアライブ」
怒りでマリアのこめかみに血管が浮きだす。
ブツブツとグチでも呟くように呪文を唱え始める。
あ、なんか魔法使う気だ。やばいぞ!
とっさにネロさんが歌い出すと、呪文を唱えるマリアの声がかき消えた。
マリアの顔が苛立たしげに歪んだ。
これはあれだ、多分風の魔法で音を消したんだ。
呪文は音になって紡がれないと発動しないってことだね。
RPGをやり込んだボクだ。大体なにが起こったかわかる。
これをゲーム脳とでもいうんだろうか!
違うって? 知ってますよ……
でもみんなの連携が凄い。
お互いに声をかけあわなくても、みんな自分の仕事を分かっている。
そんな動きだ。
事前に打ち合わせしていたのかと思うほど、見事な波状攻撃だったもの。
前に盗賊と戦ったのは見たことあるけど、あまりに一瞬で決着がついてしまって、
強さが分からなかった。
いや、考えてみれば、自分たちより数が多い盗賊相手に、
一瞬で終わるほど強いってことだ。
今のところ互角に見えてるけど、マリアはまだまだ余裕がありそう。
マリアの瞳が異様なほど赤くらんらんと光りだした。
なんだ? 次はなにをするつもりなんだ。
マリアの鼻と口が大きく前にせり出し、牙が口からはみ出すほど大きくなる。
「変身だ。気をつけろ! 膂力が何倍にもなってるぞ!!」
ダーツさんが皆に注意を促す。
マリアの肩が破裂する直前の泡のようにボコンと大きく膨らむ。
肩だけではなく、腕や足、体の各所が膨張しだす。
やがて四つ足の獣に変貌し、理性をなくした獣のように狂眼をぎらつかせた。
マリアは元の姿の数倍はある巨大な狼へと姿を変えていた。
巨狼は予備動作もなしに、タイラーさんへ一瞬で肉薄した。
魔獣の巨大な顎が、タイラーさんを食いちぎり飲み込もうと開けられた。
しかしでかい。
開けられた口の大きさだけで、タイラーさんの身長以上はある。
タイラーさんが狼の口に向かって大剣を横なぎに振る。
腕の筋肉がいつもの倍は膨れあがったように見えるほど、力が込められた一撃。
ガチンという金属同士がぶつかり合う鋭い音が響いた。
タイラーさんの剣に牙で噛みつき、斬撃を止めていた。
「ぬぅありゃああ!」
それでも構わず、タイラーさんが力を振り絞って剣を振り抜く。
ザリリリという金属の擦れ合う甲高い音が響く。
狼の口から力まかせに剣を引き抜くと、返す刀で巨狼のアゴを切り落とした。
狼は悶え苦しむが、ネロさんの沈黙の魔法がいまだ効いてるのか声が聞こえない。
魔獣となったマリアは狂ったように暴れ出し、タイラーさんに激しく襲いかかる。
周りの倉庫や民家が、狼の尻尾や太い後ろ脚でいともたやすく破壊されていく。
それでもタイラーさんはビクともせず、まともに攻撃を受けて反撃してる。
すごい!
ただ、家の中にいる人、大丈夫なんだろうか?
人気のない路上といっても民家が立ち並んでいる。
当然人も住んでいるはずだ。
被害をなるべく出さないためにこの場所を選んだけど……
しかし、こんなに激しい戦闘音が響き渡ってるのに、野次馬も見えないし、
慌てて避難する人の姿も見えない。
まるでこの辺りがゴーストタウンになったような感じだ。
ガゴンという大型トラック同士の衝突音のような爆音が何度も響き渡る。
それはタイラーさんがマリアの猛撃を何度も受け止める音だ。
カザリさんとダーツさんは巨獣の死角を突き、脚を何十回と切り裂いていく。
ネロさんは目にも止まらぬ神速で弓を何度も撃ち放つ。
相手に初矢が届く前に何十本もの矢が次々と発射され、
まるで軍隊の一斉射撃のように見えた。
そのうちの1本がマリアの目を射抜いた。
巨狼の動きが徐々に鈍りだしていく。
こ、これ勝てそう。みんなすごい…………
「ちっ、ダーツ! 矢が尽きた!」
「グオアアアアアア!!」
ネロさんの声と同時にマリアの咆哮が響き渡った。
あ、声が!
「グググ……おのれ、人間め。よくも私に……」
マリアが憎悪に満ちた目を向け、唸るように声を発すると、
人の声と気配が回り中に充満していく。
え、なんだこれ!
ボクたちのまわりに人が突然現れだした。
周囲の民家も急に崩壊していく。
「おいおい、なんで建物が突然崩れたんだ?」
「怖いわね」
「うお、なんだお前ら!? 突然出てきやがって! ゆ、幽霊か!?」
何十人という人々がいつの間にか周囲にあふれ、ボクたちの出現に驚いている。
「ぎゃああああああああああああ!」
「ば、化け物おぉぉぉっ!」
「うあああ! 魔獣だぁぁぁぁっ!!!」
マリアの姿を見た住民たちが割れんばかりの絶叫を上げた。
逃げ出す者や腰を抜かす者をマリアが襲っていく。
我先にと逃げ出して転び踏まれていく者たちをさらに踏みつぶし、
血を啜るマリア。
街中は一瞬にして、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
血を吸ったマリアの傷が塞がっていき、彼女の笑い声がこだまする。
何が起こったか分からないって顔をボクたちがしていたのか、
それを察したマリアがわざわざ説明してくれた。
「お気に入りのあなたのために説明してあげるわ」
魔獣の声は恐ろしく低い声で、やけに響く。
それが女性の口調で喋ってるんだから、不気味なことこの上ない。
「ただ単に夜になったから、闇の結界を解いただけよ」
「け、結界?」
「結界の中では外に被害がいかないのよ。私もこの街で暮らしてるからね。
騒ぎは起こしたくなかったのだけど、これはあなたたちのせいよ?
サービスタイムは終わり」
負けそうになったから人の血を啜って回復するために
結界を解除しただけだ。
その結界だって、太陽が出ていたから使っただけ。
全部自分の都合じゃないか。
それをこっちのせいだって?
ふざけるなマリア!
「グッグッグ。我が眷属よ、来たれ!」
マリアが吼えるように叫んだ。
巨大な魔法陣が地面に浮かび上がり、数百の眷属が大地から浮かび上がってきた。
いや、数百じゃきかないかも。まさかと思うけど1,000人はいないと思いたい。
そいつらがボクたちの周りを取り囲んでいた。
ヤバイ、逃げるに逃げられない。
狭かった通りは、家屋が吹き飛ばされてすっかり開けた場所に変わり果てている。
そこをぎっしりと吸血鬼が埋め尽くしている。
中にはアリスちゃんのおばちゃんの姿もあった。
ってことは奴隷も混じってるのか。
「おばちゃん……」
「まぁアリスったら、暗くなる前に帰っておいでと言ったのに。悪い子ね」
さすがのダーツさんたちも、顔に焦りの色が見える。
「アキラ、アリスちゃんとカノンを護ってやれよ」
「は、はい!」
ゴクリとつばを飲み込む。
汗が額から頬に流れ落ち、それが顎を伝って地面に落ちたと同時に、
マリアが一声吼えた。
それを合図に、ヴァンパイアの眷属たちが一斉に襲いかかってきた。
カザリさんが手裏剣を投げる。それが襲い来る人々の額へと吸い込まれていく。
その瞬間、何人かが大爆発を起こし、周りの人間や建物を吹き飛ばす。
額に手裏剣が刺さっても死なない奴は吸血鬼なんだろう。
向かってくる眷属の吸血鬼へダーツさんが走る。
両手に小剣を構え、胸に突き刺していく。
1匹は心臓を貫かれた瞬間、灰となって散っていく。
しかし、残るもう1体は簡単に心臓を貫かせない。
急所を外したダーツさんを蹴り飛ばした。
「ぐあ!」
地面に転がるも、ダーツさんはすかさず起き上がる。
そこへ追撃がやってくるが、タイラーさんが迎え撃ち、
体をまっぷたつに叩き斬った。
カザリさんは手裏剣を投げ続け、奴隷を次々に倒していく。
あんなのが近くで爆発したら、さすがにこっちもタダでは済まない。
遠距離から倒すしかない。
ネロさんの弓がすでに尽きているのが痛い。
カザリさんの手裏剣もいつまで続くかわからない……
タイラーさんの元へなだれ込むように大勢の吸血鬼が殺到する。
大剣を振り回して撃退しているけど、吸血鬼の爪がタイラーさんの肩当を
弾き飛ばし、鎧の下の肩まで斬られている。
血のシミが広がっていき、吸血鬼たちが厭らしく笑いだす。
一気に形勢が逆転してしまった……
ボクの元にも吸血鬼がやってきた。
ダーツさんが焦りの色をにじませて叫んでいる。
「アキラ!!」
「くそ! アリスちゃんとカノンは絶対守る!」
と意気込んでいると、カノンの掌底が吸血鬼の顔を弾き飛ばした。
ほとんど顔が無くなったのにすぐに復元していく。
でも相手の動きが止まったこのチャンスをボクは逃さない。
心臓に向けて短剣を刺し込んだ。
うう、化け物とはいえ、人間の形をした者の命を奪う強い抵抗感が
ボクの心を襲う。
いや、吸血鬼だからもう死んでいるんだ。
それに、こんなことで躊躇してられない。
ボクはアリスちゃんとカノンを守らなきゃいけない。
マリアが怒りに染まった声で吼えた。
「バカ者どもがっっ!!
女は私のモノだ! 次に狙ったやつは許さん!!
男を殺せ、男はいらぬ!」
ボクたちを襲おうとしていた吸血鬼が方向を変え、ダーツさんたちに向かった。
うぬぬ、ボク男なんだけど…………
「ダーツ! 手裏剣が切れた! 私が前衛に回る。奴隷をお願い!」
この状況でも冷静なカザリさんの声が響く。
ダーツさんが短剣を投げて奴隷を葬っていく。
攻勢に転じたカザリさんが一気に加速して、動きが見えなくなった。
3匹の吸血鬼が一斉に灰になった。
その後も瞬く間に何十という化け物を灰へと変えていくカザリさん。
すごすぎる。
カザリさんの顔には汗がびっしょり浮かんでいる。
きっとあの動きはかなり力を使うんだ……
ネロさんは皆が傷ついた瞬間、回復魔法を飛ばして治療している。
「なぁ、私のアキラ。皆もうやばくないか?」
ダーツさんたちの様子を呆然と見ながら、アリスちゃんが不安そうに
ボソリと呟いた。
「大丈夫さ! ボクたちは絶対キミを守ってみせるから」
いざとなれば、アステリアを呼ぶしかないけど……
被害をこれ以上広げたくない。だったら、できるだけボクが戦うしかない。
アステリアを呼ぶのは、本当の最後の最後の手段だ。
疲労でみんなの動きが鈍りだし、負傷が増えていく。
ダーツさんが一匹また葬った瞬間。
「皆、離れろ!!!」
化け物がダーツさんの至近距離で爆発した。
「ああああ! ダーツさん!!!!」
「アキラ! お前はカノンたちを守る役目を果たせ!」
ボクは思わず駆け出したけど、ネロさんに制止させられた。
激しい叱責の声にビクっとしてボクは立ち止まった。
「でも、ダーツさんが……」
いつの間にか涙が浮かび、一瞬にしてあふれた涙がこぼれ落ちた。
ボクを安心させるようにネロさんが静かに言った。
「大丈夫だ、見ろ」
タイラーさんがダーツさんを庇って、2人がもつれるように大地に倒れていた。
タイラーさんの鎧がひしゃげて、地面に大量の血が流れだしている。
2人とも微かに動いていて、なんとか生きているのがわかった。
生きていることに少しだけ安堵するも、その命は風前の灯火なのがわかる。
ネロさんはすでに回復魔法で治癒を施している。
「くっ」
ネロさんの呻き声が聞こえた。
回復魔法でも完全に癒せるわけじゃないし、かなりヤバイのかもしれない。
吸血鬼は真祖の命令を忠実に守って女性のカザリさんを素通りして、
ダーツさんたちにとどめを刺すために走る。
ネロさんの元へも吸血鬼が走り寄ってくるけど、残る力でカザリさんが葬る。
カザリさんは倒れた2人を守りながら、必死に戦っているが限界が近そうだ。
明らかに動きが鈍い。もう見えなくなる動きもしていない。
いま直接吸血鬼と戦っているのはカザリさんだけ。
しかも重傷を負ったダーツさんとタイラーさん、それに回復魔法をかけている
ネロさんを守りながら、疲弊した体で戦わないといけない。
ボクはたまらず走り出した。
「アキラ!!」
ネロさんとカノンの制止する声が背後から聞こえた。
「うおおおお!!」
ボクはカザリさんの力に少しでもなりたい。
「アキラちゃん!」
マリアがボクに目がけて疾走する。
狼形態を解いてコウモリになり、再び人間形態のマリアに変身した。
マリアは乱杭歯が並ぶ大口を開け、ボクに噛みつこうと襲いかかった。
カザリさんの絶叫が聞こえた。
ネロさんやカノンの悲鳴、それにアリスちゃんの声も聞こえた。
でもボクは足手まといになるために来たんじゃない!
小剣をマリアに叩きつける。彼女は余裕の微笑みを浮かべながら弾いた。
ボクは皆を守る! 守りたい!!
マリアがボクの首筋に一瞬で近づいた瞬間、カノンがボクを突き飛ばした。
「カ、カノン!?」
マリアに抱きつかれ、カノンが地面に転がる。
カノンがマリアに組み敷かれ、首筋に噛みつこうとマリアが牙を剥いた。
その瞬間、ボクの頭が真っ白になった。
カノンに手を出すやつは許せない。
許せない! 許せない!!
「うああああああああああ!!!」
ボクは無我夢中でマリアに斬りつけた。
マリアはボクを楽しそうに見つめると、剣を受け止めた。
が…………
ボクの剣を余裕で止めたはずのマリアの腕が、灰へと変わった。
何が起きたのか理解できず、マリアが呆然とする。
「…………は?」
「カノンを離せぇぇぇ!!!」
ボクはマリアの頭に向かって剣を振り下ろした。
マリアが無事な方の腕をとっさに掲げ、鉤爪で防ごうとするが、
一瞬にして鉤爪は灰へと変わり、ボクの剣はマリアの頭を切り裂いた。
マリアの頭部が鼻の辺りまで灰に変わり、大量の血が残った体から噴き出した。
「な、なぜ……ガボボボ」
口からも大量に吐き出される血。
次の瞬間、マリアの豊かな胸から刃物が突き出た。
カザリさんがこの隙を逃さず、背後から小剣を刺したんだ。
「あ、ああ…………ばかな…………
この私が…………
な…………ぜ…………」
マリアの体が灰塵へと変わっていく。
それと同時に大量にいた吸血鬼や奴隷も灰へと変わる。
マリアが灰になったのを見届けてから、手元の剣に視線を落とす。
ボクの剣が黒い霧に覆われていた。
それは次第に消え失せ、ただの剣へと戻っていった。
カノンを助け起こして無事であるのを確かめると、心から安堵して
思わず抱きしめてしまった。
「カノン……良かった……」
「アキラさん……」
ボクの無茶な行動で、カノンを危険な目に遭わせたことを反省する。
マリアたちが灰となり、激しい戦闘の痕跡を残すのは巻き込まれてしまった
おびただしい数の住人たちの死体と瓦礫の山だった。
その後やってきた騎士団と冒険者によって、ダーツさんたちは瀕死の状態から
なんとか回復できた。
アリスちゃんを連れて宿屋の食堂へ行くと一息つく。
「はぁ……さすがにヤバかったな……」
「父ちゃん、私の報酬でしっかり休んでくれ。ご休憩」
アリスちゃんの言葉で皆笑い出した。
でも、おばちゃんも亡くなったいま、アリスちゃんはどうするんだろう。
まだ幼いのに……可哀想。
ダーツさんも同じことを思ったのだろうか、アリスちゃんに問う。
「なぁ、アリスちゃん。身寄りっておばちゃんだけだったのか?」
「父ちゃんと母ちゃんは出稼ぎに行ってる。
その間、おばちゃんの家で百回になっただけ」
「百回って……、それを言うなら厄介だろ。
って、父ちゃんいるんじゃん! なんで俺を父ちゃんって言ったの!?
お前、父ちゃん死んだって言ってなかった!?」
「おぉ、確かになんで2匹目の父ちゃんを作ったのだろう?
私としたことが、うっかりうっかり。
まぁ滅多に帰って来ない父ちゃんは死んだも同然」
あはは、とにかくアリスちゃんの両親がいるってわかったので一安心だ。
とりあえずは冒険者ギルドが預かることになった。
面倒を見てもらうためのお金も、もちろんダーツさんが払っていた。
ほんと、ダーツさんっていい人だ……
思わずダーツさんの腕に抱きつき、頬をすり寄せてしまった。
☆
「で、どうだったアリス?」
「うむ、すっかりしっかりお気に入り。あいつは私の女。いや男?」
「あはは。そっかぁ」
「もう私はメロメロだ。勇気あるし、今も一緒にいたくてウズウズ」
「そっか、もう少し我慢してね」
「了解だ。私は我慢のできる子。その名はアリス」
彼らが今いるのは、廃墟となった建物の中だ。
イスに座っているのはアリスに話かけている人物とアリス。
他には4人の人物が思い思いに腰かけていた。
4人はそれぞれアリスに語りかけた。
「アリスが気に入るなんて、そんなことあるのね」
「私も驚いているよ。まぁそれも無理はないね。相手は魔王だ。
いや、……魔神か」
「挨拶のつもりだったのに、まさか恋して帰ってくるなんてね」
「なるほど恋ね。だから下僕のマリアが滅んだのに機嫌が良いんだ?」
アリスは少しだけ唇を尖らせた。
「巨乳は好かん。姉ちゃんは1,500年間、お気に入りだったけど胸が大弱点。
アキラが私の彼女になるなら、全ての下僕を捨ててもよい。
一途に恋する乙女。
早くアキラと、あんなことや、こんなことしたい。
あんあんあん、とっても大好きアキラ」
イスに座った人物が大笑いした。
「あははははは。ほんとにビックリだ。
生まれた時から数万年の間ずっと恋をしたことがない真祖アリスがね。
うん、アキラ、今から会うのが楽しみだね。
まぁ、会うことがあれば…………だけどね」
全員の顔に妖しい笑みが浮かんだ。