第30話「王都の異変」
テルスターク王国。
北にカケイド領を有し、ほかに6つの領地を持つ。
全人口60万人を超す長い歴史のある大国である。
その王都エルドランで過去に類を見ない異変が起こっていた。
エルドラン城の一室、
その中央に据えられた豪奢なベッドで大の字に寝っ転がる女性がいた。
第一王女エリュシオン・テルスタークは美しい顔をしかめている。
年の頃は10代後半。
澄んだ湖のような青い髪を側頭部で結んだサイドテールは滝のように流れ、
ひざ下まで届く。
目の色も水色で、肌の色はほのかに青白く、身に纏うドレープがついた
薄青のドレスが、さらに神秘的な雰囲気をかもしだしている。
その幽玄な様は、彼女が水の妖精ではないかと錯覚させてしまう。
肉つきはあまりなく、胸もほとんどない。
一見少年のようなほっそりした体つきだ。
毎日バストアップ体操は欠かさないが、いまだその成果は現れていない。
「なにが起こってやがるんだ……」
その幻想的なたたずまいからかけ離れた言葉遣いのエリュシオンの声は
細く小さい。
耳をすまさないと聞き逃してしまいそうだ。
彼女は生まれつき声帯が非常に弱く、蚊の鳴くような声しか出せない。
どのみち父王はまったく関心を示さないだろう。
王族と貴族のことしか考えぬ王が、領民の声を聴くことはまずない。
エリュシオンは控えていた小間使いに声をかけた。
「タトスの野郎を呼べ」
小間使いが近づいてきて頭を下げる。
「申し訳ありません。聞き取れなかったので、もう一度お願いいたします」
思わず歯ぎしりをする。その歯ぎしりの音はよほど声より大きい。
「タトスを呼べっつってんの!」
小間使いは頭を下げた。
「もう一度……」
小間使いの耳元で怒鳴った。
「タトスを呼べ!」
エリュシオンの頭を悩ませていたのは、ここ最近王都で起こっている異変だ。
異変は当初、イタズラだと思われていた。
亡くなった者たちが耳元でささやく……そんな事件。
死んだばかりの老婆、5年前に死んだ妻、幼くして病死した我が子……夫、姉、兄。
自分にとって一番大事だった者に声をかけられる。
周りを見渡しても誰もいない。
仕事の最中や食事中、風呂に入っているときなど、時と場所を選ばなかった。
王都に住む人間の内、親しい者を亡くした全員の身に貴賤を問わず
起こった事件だった。
死者の声事件と呼ばれて一時は大騒ぎになったものの、たちの悪いイタズラ
ということで騒ぎが収束した。
内容は全て同じだ。
【会いたい】
たったこれだけの声。
そして死者の声事件から一か月後、さらに恐るべきことが起った。
ブライアンは酒におぼれ、日々嘆き悲しんでいた。妻が半年前に亡くなったのだ。
酒場の店主はブライアンに声をかける。
「なぁ、そろそろやめときな。本当に体壊すぜ?」
「へへ……いいじゃねぇか。いい客だろ? 酒が売れまくりだ。
だからもう一杯頼むぜ~」
店主はそれ以上なにも言わずに、あきらめた様子で黙って酒を出す。
毎日のことだ。言っても無駄だと悟っていた。
それでも心配になり、たまに気遣うが結果はいつも同じだ。
ブライアンは明るくいいやつだった。
だが妻を亡くしてからは仕事もせず、ずっと酒浸りになっている。
彼ら夫婦がとても深く愛し合っているのは、近所でも有名だった。
ブライアンは両足がマヒして動かない妻を、毎日おぶって散歩に出かけた。
仕事以外ではどんな時も一緒に行動していた彼ら。
ブライアンは庶民には到底買うことができない車イスを購入した。
それからは毎日の散歩の距離も増え、2人とも非常に楽しそうだった。
高級品であり、かなり無理をしただろう。
借金も抱え込んだが、それでも彼ら夫婦は幸せそうであった。
嬉しそうに会話を交わしながら散歩するブライアン夫婦の姿を目にするのは、
近所の人の日常だった。
近所に住む誰もが2人は理想の夫婦だとうらやんでいた。
だがそれからすぐに、彼の妻は原因不明の奇病にかかり、
あっけなくこの世を去ってしまった。
結婚をして5年。
子供は授からなかったが、妻さえいれば彼は幸せだった。
妻を亡くして半年後、いつもの酒場からの帰り道、
ブライアンの耳元で妻の声が聞こえた。
【会いたい】
ブライアンは怒り狂った。
懐かしく愛しい妻の声。誰が聞き間違えようか。
だが、妻は死んだのだ。
こんなひどいイタズラを誰が。
ありえなかった。こんなイタズラは人間の考えつくものじゃない。そう思った。
彼は近所中に怒鳴り込み、犯人を捜し回った。
――――だが見つからなかった。
それどころか、怒鳴り込んだ先の家でも、大切な人の声がしたと聞かされた。
やり場のない怒りを抱えたブライアンの酒はさらに進み、
昼間から酒浸りの日々が続く。
ついに酒代も払えなくなり、ただ家の中で寝て過ごすだけになった。
そんなある日、ブライアンの家の扉がノックされた。
「誰だ……俺に用事なんかねぇぞ!!」
そう叫んで無視していたが、ノックはずっと続く。
面倒だと思ったが、放置していてもうるさい。
彼は扉を開き……
驚愕した。
死んだ妻が立っていたのだ。
「あ……そ、そんな……」
半年前に亡くなった妻。足が不自由で歩けなかった妻。
その彼女が扉の前に立って自分を見つめていた。
笑顔を浮かべて。
彼女は埋葬された時の服を身にまとっている。
それは妻のお気に入りの服であり、ブライアンが何か月も節約して貯めた金で
送ったなけなしのドレスだった。
埋葬から半年が経過したその衣装は朽ち果て、ボロボロになっている。
彼はすぐに妻を家の中に招き入れ、イスに座らせた。
ボロボロになった服を着替えさせようとしても、ただ首を横に振って断った。
ブライアンはそれを訝しんだが、それよりも妻の帰還を喜んだ。
「ああ、神様……こんな奇跡……」
ブライアンは神に祈り、感謝した。
彼が今までどれだけ泣いたか、悲しかったか。今もどんなに愛しているか……
ずっと妻の膝にもたれかかり、涙を流してずっと話続けた。
だが妻は一言も喋らず、ただじっと夫のブライアンを見つめて微笑んでいた。
それでも妻がいてくれるだけで、ブライアンは喜んだ。
「ああ、ごめんね……キミも疲れてるだろうに……今日は休もうね」
妻を寝かせようとベッドへ運んだ。
結局一言も喋らなかった妻だったが、休ませれば明日にはきっと
また元の明るい妻に戻る……
ブライアンはそう信じた。
翌朝、ブライアンは泣き叫び、悲痛な絶叫を上げた。
ベッドで寝ていた妻が骨になっていた。
事件は王都中に起こっていた。
亡くなった愛する者が帰ってきたが、次の日には死体が残されていた。
ついさきほど息を引き取ったかのような死体から、腐りかけの遺骸まで、
状態はさまざまで、埋葬からの日数に呼応していた。
あまりにも凄惨で残酷な事件に、街中が悲しみに暮れた。
だが同時に、得体の知れない事件に人々は戦慄した。
☆
「えっと……なんか用ですか? 俺、今日非番なんだけど……」
ボサボサの黒髪をガリガリっとかく青年が、返事をするのも面倒だと
露骨に態度に表している。
黒い軽金属鎧を着こみ、黒い服にズボン、さらに黒いマントまで身につけている。
寝不足なのか、目の下に隈ができている陰気な目で、部屋の主を見つめた。
「その前にタトス。てめぇ……黒はやめろって言っただろうが。
陰気くせぇんだよ」
部屋の主、テルスターク王女、エリュシオン・テルスタークは
嫌そうな表情を隠すこともなく、真っ黒男、タトスに文句をつけている。
「え……これ黒じゃないっすよ……かなり黒に近いグレーと言いますか……」
「こっちが陰気な気分になるから、明るい色にしろって言ったんだよ!
意図が通じてねぇのかよ!」
「でも俺……明るい色の服を着ると、憂鬱になって……」
「てめぇが憂鬱になっても、こっちは一向に構わんわ!」
彼らの会話は、耳を澄まさないと聞こえないほどのボソボソ声で交わされていた。
傍から見ると密談を囁き合ってるようにしか見えない。
部屋のテーブルに着く彼らは、密着するほどに接近している。
そこまで近づかねば、エリュシオンの声が聞こえないからなのだが。
タトスはエリュシオンの最も信頼する騎士で、小さい頃からの遊び友達……
幼馴染だった。
「てか、てめぇまでなんでささやき声で喋ってんだよ!」
「え? なんですって? もっかい言ってもらえませんか?」
エリュシオンはタトスに顔を近づけ叫ぶ。が、糸のように細い声だ。
「うぜぇって言ったんだ!」
「ははは」
スパーンと平手でタトスの頭をはたくエリュシオン。
タトスは半ば涙目になりながら頭をさすっている。
「で、俺に用事って、服の色の話ですか?」
エリュシオンは大きくため息をつき、タトスを睨む。
「最近王都で騒がれている事件……てめぇも知ってるだろ」
「あ~、ミシェルの二股駆け落ち事件ですね?」
「誰だよミシェルって!」
スパーンと気持ちいいほどの音をさせ頭を殴るエリュシオン。
「違う、死者が帰ってくるって件だ」
「ああ、あれですか……」
「その事件の事を調べてもらおうと思ってな」
「もう、ある程度調べましたよ」
「あ? はやいな……」
さすがタトスだ……と内心思うが、そんな誉め言葉は間違ってもかけない。
褒めれば褒めるほどダメになる男。それがタトスだ。
調子に乗りまくるというか。
一度エリュシオンは、失くしたと思った大切な手鏡を見つけ出したタトスを
褒めたことがあった。
開け放っていた窓から侵入したカラスが持ち出し、城の庭園の巨木の巣に
持ち帰っていた。
タトスはカラスの攻撃を受けながらも木に登り、すり傷だらけになって
手鏡を取り返した。
エリュシオンはとても喜んだ。
たった一言、よくやったなてめぇとタトスを褒めた。
そう、たった一言だったのだが……
だが、タトスは褒められたことを酒場で言いふらした。
『俺を熱く見つめて、よくやったな……って王女がさー!』
仲間にも尾ひれをつけて話しまくった。
『俺の手をそっと握り、お前ならやってくれると信じていた……ってさ!』
尾ひれがつきまくったタトスの話はどんどん膨れ上がり、エリュシオンの耳に
入ってくるころには、
『エリュシオン王女が潤んだ瞳で見つめて、タトスに愛の告白したってよ……』
と変容していた。
その時は平手打ち30回の刑だった。自分の手も痛くなったらしい。
嫌な過去を思い出したな……と、エリュシオンは余計な思い出を脳裏から追い払う。
「……で、どうだった?」
ボリボリと頭をかきながらタトスが報告する。
「一か月ほど前に、北のカケイドで死者が蘇り、街を襲ったと報告がありました。
これをリアンヌ・ダークの騎士団が迎え撃ち、殲滅したとあります。
覚えてますか?」
エリュシオンは腕を組み、唸っている。
「ああ、その事件なー。
確かに、そっちも死者だったな……
一か月前っつーと……、【死者の声事件】があった頃だな。
……偶然か?」
「まぁ、結局なんにも分からなかったんですけどね」
エリュシオンは唇をタコのように尖らせ、ムニュムニュ動かしている。
タトスはいつも思う。
この人、なんでいつも残念な表情をするんだろう……と。
喜んだときは、鼻の穴がとにかく大きく広がり、口は大きく開けすぎて
ヨダレが垂れている。
悲しんだときは、顔中がくしゃくしゃになりすぎて老婆のようになり、
もしかして、にらめっこなのか? と思ったこともある。
普段が超美人なだけに本当に残念な人だ……とタトスは思う。
そんなことを目の前で思われてるとも知らず、エリュシオンは今日も
タコの口で考え込んでいる。
「あと、カケイドからの報告に、黒い霧……というものもありまして。
それも覚えてます?」
「てめぇ……いちいちボケ扱いしやがって……
正体不明の殺人霧だっけか。知ってるぞ」
「そう、それそれ。
で、その黒い霧がですね……カケイドからふいに消えたんです」
「それも知ってるぞ。まぁ、原因はわからんけど、良かったよな」
「そーなんですけどね……
いや、その黒い霧がですね。
王都から5キロメートル離れた場所にある村にですね、突然現れたんですよ……」
エリュシオンはイスからズリ落ちた。
「は!?
そんな話、聞いてないぞ!? 初耳だ!」
「そーでしょうね。なんせ先程届いた知らせでしたし……」
エリュシオンはヨロヨロと立ち上がってタトスを睨む。
「早くそれを言えよコノヤロウ……
その村に行くぞ! 急げ!」
「あー、やっぱりそうなるんですねぇ……だから言いたくなかったんですよねぇ。
俺、言いましたよね……非番だって。寝てたいんですよ」
「緊急事態だろうが! ほら! いそげ! いそげ!」
エリュシオンはタトスを蹴る、蹴る、蹴る。そして蹴る。
「いたい、いたい、いたい……いたいっ
はぁ……仕方ないか……」
「黒い霧が出現したという場所だが……」
エリュシオンはタトスを含めた騎士20人を連れ、黒い霧が出たという場所、
リーネ村に馬で駆けつけてきた。
だがそこには……
「なんもねぇな……」
エリュシオンはつぶやく。
村人たちが平和そうに農作業にいそしんでいるのを見て、彼女は和む。
(村人が元気そうで良かったけどな)
村長であろう初老の男がエリュシオンたちの元へ慌ててやってくる。
彼は頭を軽く下げ、何事かと聞いてきた。
「私、この村の村長でデイブと申します。
騎士様たちがこんなところに一体何用で?」
「ああ、黒い霧が出たと聞いてな……やってきたわけだが」
村長が申し訳なさそうに聞き返す。
「すみません……何をおっしゃっているのか、聞き取れませんでした……」
エリュシオンにとってこれはいつものことなので、大声で村長に伝えた。
「黒い霧のことでな!」
「すみません……なにか……ふぉあ~って音しか聞こえませんでした」
エリュシオンの額に青筋が浮かんだ。
馬から降りて村長の耳元で怒鳴る。
タトスが代わりに聞きますよ? とエリュシオンに伝えたが、
ギロリと睨まれ、余計なことをするな! と一喝された。
やれやれと肩をすくめ、王女に任せることにしたタトスだった。
「ああ、なるほど。確かに黒い霧が空に広がってました。
しかし畑仕事をしてたら、気がつくと消えてたのですよ」
「ふむ……」
エリュシオンたちは村人からも事情を聞きまわった。
すると、霧が出てしばらくしたころ、旅人が寄って行ったという情報が出てきた。
「どんな野郎たちだった?」
エリュシオンが問いただすと、村の青年が答えた。
「飲み物が欲しいということで、渡したんですよ。
冒険者風の4人と、大人しそうな女の子1人。
それから、めっちゃ可愛い女の子が1人の6人組でした。
いや、あれはやばいですよ……あんなかわいい子見たことないです……
まさに絶世の美少女って言うんでしょうか。
はふぅ……」
その少女を思い出したのか、青年の顔が赤く上気していた。
その冒険者たちがどこに向かったか尋ねる。
「ああ、王都に用があるとか……
いいなぁ……俺もあんな子と旅してぇなぁ……」
どうでもいい情報が多分に混じっていたが、情報はこれ以上得られないと判断し、
エリュシオンは引き上げることにした。
村を離れてしばらくして、エリュシオンがタトスに問いかける。
「どう思う?」
「ああ、俺も会いたいですね、その美少女に……」
「ちげぇ! 黒い霧と冒険者との関連性だ!」
「そうですねぇ……なんかありそうですよね。
まぁ、手がかりを探してみましょう」
「頼む」
エリュシオンたちは王都に向かって馬を走らせた。
「……おかしいぞ」
あたりには白い霧がもうもうと立ち込めている。
あれからしばらく走っているが、一向に王都が見えてこない。
王都からリーネ村は半時もあれば着く距離で一本道だ。
勝手知ったる王都周辺で迷うことはない。
もう着いてもおかしくないはずだが、王都の城壁外に広がる街にすら
たどり着いていない。
エリュシオンは手を上げ、騎士たちを止めた。
最初は薄い膜程度の霧だったが、今では白い闇といえるほどの濃さになっていた。
このまま走れば、はぐれる騎士が出る可能性もあって危険だ。
馬から降り、タトスに話かけた。
「霧のせいで視界が悪い。少し休憩するぞ。晴れるまで待つ」
「わかりました」
タトスは周りの騎士に命令する。
訓練された騎士たちは素早く数人が警戒にあたり、残りはいざという時に
動き出せるように備えつつ休憩を取る。
あれからかなりの時間がたったが……
霧が晴れる気配がまったくない。
「ちくしょう……こりゃどういうことだ。
この付近でこんなに霧が発生したことがあるのか?」
「聞いた覚えがないですねー」
どうしたものか考えていると、10メートルほど先だろうか、
人影らしきものが見えた。
自分では声が届かぬと思い、近くにいた騎士を手招きし、
代わりに声をかけさせた。
「おぉーい! そこの人ー!」
まったく反応がない。
それどころか、ピクリとも動かない。
「人……ではないのか? ちと様子を見たいが……」
騎士団を呼び集め、全員で人影に向かうことにした。
近づくほどに人影が増えていく。一人ではなさそうだ。
それはどんどん増えていく。数十人? それ以上いる気配がする。
そして……姿が見えてきた。
そこに立っていたのは――――
エリュシオンがうめき声にも似た声を上げる。
ただでさえ細い声を絞り出し、なんとか言葉を口にする。
「な、なんだ……こ、これは……」
全員の顔が青ざめ、驚愕に目や口も大きく開き、それを凝視する。
タトスが率いているのは直属の精鋭だ。
王女の護衛に選ばれたほどだ。当然ながら剣の腕は、テルスターク王国でも
トップクラスの者たちだ。
その歴戦の強者である騎士たちが、剣を抜いて警戒することすら忘れていた。
それほどに恐ろしく、信じられない光景がそこにはあった。
人影だと思っていた者たち……
しかし、人の頭部があるはずの場所に頭は無かった。
そこにあるのは……人の手。
手は何かを探すようにキョロキョロと左右に揺れている。
顔の部分に手がついているだけではない……
その体躯もにわかには信じられない。
胴体があるはずの場所には脚、腕のある場所には胴体。
そして下半身にあたる部分には頭部。
バラバラになった人体を子供が適当に組み上げたような、いびつでおぞましい
モノがそこにいた。
パーツごとのつなぎ目を針金で補強している。
それがエリュシオンたちを認識し、動き出した。
まわりには、目の前にいるヒトモドキと同じく、滅茶苦茶に組み立てられた
化け物たちが立っていた。
それらが一気にエリュシオンたちへ襲いかかってくる。
顔の部分に尻が乗っているやつなど、どうやって自分たちを
認識しているのだろうか。
タトスはそんなのん気ともいえることを考えつつも、とっさにエリュシオンと
ヒトモドキの間に立って彼女を庇う。
背中から抜いた大ぶりの剣をヒトモドキに叩きつけた。
ヒトモドキはあっさり両断されるが、斬られたことを意に介さぬように
切断された体を自分で拾い上げ、針金で括りつけていく。
そしてまたエリュシオンたちに向かってくる。
タトスは怒鳴った。
「王女を守れ!」
騎士たちもここに至り、ようやく我に返って動き出した。
冷静になった彼らの動きは素早く、王女を中心に防御陣形を取る。
襲い来るヒトモドキをこともなげに倒していく。
精鋭だけあって、ひとたび王女を守り、敵に対処すると決まれば、
その動きはまったく危なげがなく、頼もしい。
エリュシオンもなんとか冷静になろうと深呼吸をし、状況を把握しようと務める。
斬っても斬っても、ヒトモドキが死なないのを目にして恐怖したが、
無理やり接合している化け物は体のバランスが悪く、動きが鈍い。
エリュシオンは決断した。
「退避せよ!」
タトスに叫ぶ。
タトスはうなずき、近くの騎士に命じた。
エリュシオンを守りながら撤退をする。
ヒトモドキの動きは緩慢ですぐに引き離すことに成功するが、この霧の中、
どこに逃げればいいのか。
だがひとまず、ここから離れることが先決だった。
エリュシオンは、ふと気がついた。
霧が薄くなり、視界が開けてきたのだ。
「ここは……どこだ……!?」
王都からリーネ村までには田畑があり、のどかな風景が広がっているはずだ。
だが、今エリュシオンたちの周りにあるのは……
天を覆い隠すほどの巨大な四角い柱状の建物が、いくつもそびえ立っている。
タトスや騎士たちも突如目の前に広がった現実離れした光景に、
なんなんだと周りを見まわしていた。
「城の物見の塔をはるかに超えているな……」
「これは……城か? 見たことがないぞ」
巨大な建物は半数以上が崩れている。
なにか戦闘があったのか、それとも古くなって崩れただけなのかは判別できない。
「地面が黒くて硬い……なんだこれは」
青や赤の点滅を繰り返すランプがぶら下がった棒や
抽象的な謎の絵が描かれた棒が立っている。
見たことのない4つの車輪がついた鉄の箱が、四角い建物に突っ込んでいた。
そしてその場所が炎に包まれていた。
「我々は一体……どこにいるんだ……!?」
エリュシオンたちは、ただ呆然と立ちすくんでいた。