第29.5話「決意」
第一部完から第2部へと繋がる中間のお話です。
「ラララー、ララー♪ ふんふんふんー」
クルクルクルクルー。
はっ!
思わずまた踊ってしまった。
本日何度目かの一人舞踏会を終了した。
いや、だって……カノンが帰ってきてくれたんだ。
こんなに嬉しいことないよ。
はぁ……早く明日にならないかなぁ。
明日もカノンといっぱいおしゃべりしたい。
カケイド城の一室、領主のラゼムさんが貸し与えてくれた部屋にボクはいた。
本来は貴族などの客人を泊めるための部屋らしいけど、確かに豪華な部屋だ。
ベッドはボクなら4人は並んで眠れそうなほど大きいし、
いくらするのかわからない豪華な家具や調度品が並んでいる。
万が一壊したらと思うと、怖くて触ることもできない。
カノンにも隣の部屋を貸し与えてくれた。
ラゼムさんには感謝だよ。
夜もずいぶん更けたはずなんだけど、全然眠くならない。
なんだろう……
カノンがいるだけで心がとても満たされる。
だからこそ、いなくなったときの喪失感は思い出したくもなかった。
うん、絶対に守っていくぞ。
さて、とにかく寝るか……その方が明日が早くやってくる。
フカフカのベッドに入り込み、いざ寝ようとロウソクの明かりを
消そうとしたとき、コンコンとノックが響いた。
「はーい」
思わず浮かれすぎた声を出してしまった。
というか、こんな時間に誰だろう?
ガチャっと扉が開かれた先には、枕を胸に抱えたカノンが立っていた。
あひぇえええ!?
カノンが恥ずかしそうに黙って静かに部屋へ入ってくる。
いや、あれ……なんで? ちょっとあの……
パタンとドアが閉まる音がした。
うがー。
え、どゆこと……なんでこんな時間に……
ボクは目を皿のように丸くする。大口を開けた間抜けな顔をしていただろう……
これって、男の夢……夜に部屋で2人きりってやつじゃないの!?
……あ、いや、旅の途中もそうだったんだけど。
なんていうか、部屋だと違うというか……
それにカノンのネグリジェ姿が……スケスケ……なんだもの。
あ、スケスケは言い過ぎでした。半透明くらいです。
だけどロウソクの明かりの中で見るカノンはとても煽情的で……
思わずゴクリとノドを鳴らしてしまった。
き、聞こえなかったよね?
胸に抱えている枕をちょいとどけてみたい……とは絶対に口にはできない。
高鳴る心臓の音が聞こえてくるが、おくびにも出さず冷静に対処しようと努める。
「カカカカカ……カノン!
そ、その……あれだ。なんだっけ。なんだろう?
あ、ボクに……なにか用なのかな? かな?」
ごめん、この状況で冷静になるなんて無理だ。
カノンはもじもじしつつ、上目遣いにボクを見てくる。
「ご、ごめんなさい。アキラさんに……会いたくて……朝までガマンできなくて……」
あひいいいいいいい!
ダメだー。
胸にズキュゥゥウンときた。思わずそのまま倒れそうになったよ。
ベッドに座ってなければ、確実に腰が砕けていた。
「あ、あの……もしよろしければ……隣に行ってもよろしいですか?」
ボクはロボットのように、首を縦にガックンガックンと振った。
カノンがベッドの端に腰を下ろした。
カノンの体重でギシっときしむ音が鳴り、ボクの体が思わずゾクリと震える。
背中も透けてて……うぅ、すごく綺麗だ……
カノンは背中を向けたまま喋りだした。
「こ、こんな時間に申し訳ありません……」
「あ、ああー、いいんじゃないかなー。あはは……」
落ちつけボク! あまりにかっこ悪すぎだろ!
あ、やばい……
ボクの暴れん坊が反応を……鎮まり給え将軍!
仕方ないでしょ。健康な高校生の男の子なんだから!
しかもその……アレやソレをするヒマも時間も場所もなかったというか……
すみません、今のは忘れてください。
って誰に謝ってるんだ……ボク。
「ご迷惑じゃなかったでしょうか? もうお休みになられてましたし……」
ここはビシっとかっこいいセリフでも一つ。
「ふふ……カノンだったら、いつでもやりに来ていいんだよ?」
うわああああ!
なんだよやりに来てって。
アホなの? ボクはアホなの!?
のたうちまわりたい衝動をなんとかこらえる。
そのとき、ロウソクの明かりを反射したカノンの顔に、光るものが見えた。
ボクはがばっと布団を跳ね飛ばし、カノンの肩を掴んだ。
「カノン……どうしたの?」
カノンは涙を流していた。
モヤモヤした変な気持ちは一瞬で消え、カノンが心配でたまらなくなる。
「あ……ごめんなさい。
なんでもないんです……」
「なんでもないわけないでしょ……隠さないで言って?」
「……
夢……
夢を見たんです……」
「どんな夢?」
「とても、とても怖い夢でした。
私が死んで、暗い土の中に埋められていくんです。
土が私の顔にかかり、だんだんアキラさんの顔が見えなくなっていって……」
ボクよりも小さい体が微かに震えていた。
それを見た瞬間、カノンを後ろから抱きしめた。
彼女は本当に死んだ。その時の恐怖が夢に出てきたんだ。
カノンが味わった恐怖を想像すると、心が張り裂けそうになる。
死へと近づく時間をボクも知っているから……
あんな思いをカノンがしたなんて……
ボクが守ってあげられなかったことを激しく後悔する。
ごめんね……ごめんね、カノン。
今からでもその恐怖の体験をボクが代わってあげたかった。
「大丈夫。今度は絶対に守るから……
絶対だ」
カノンの柔らかい手がボクの手をそっと握りしめた。
そうなんだ。ボクは強くならなくちゃいけない。
弱いままじゃダメなんだ。
それは旅の途中でも経験してきた。
そしてカケイドの街ではカノンを一度失った。
絶対にイヤだ。
力を込めて抱きしめてしまう。
「あ……」
カノンが微かに声をあげた。その声にボクは我に返る。
「はわわ! ご、ごめん……」
手を離して後ずさってしまう。
慌てふためくボクを、カノンは涙で濡れた潤む目で静かに見つめている。
あまりに可憐で……それでいて誘うような色っぽい姿に硬直してしまった。
「綺麗だ……」
自然と口から出た言葉に、カノンの顔が一瞬で真っ赤になった。
カノンの美しい緑の目に吸い込まれるように、ボクは彼女に近づく。
その姿はひらひらと舞う雪のように静かで美しく、
だけど、ほんの少し力をこめるだけで割れてしまう薄氷のように儚げだ。
壊さないように……静かにカノンの手を握り、ボクはカノンに顔を近づけ、
唇に……
してしまいそうになったぁぁぁ!
うあああああ!
ボクはまた盛大に後ずさる。
ダメだろ!
あ、あぶなかった……よくやったボクの理性。ナイスファイトだ。
「カ、カノン、ごめんね……ボク……」
カノンを見ると、今度は憂いを帯びた目でボクを見つめていた。
あ、やっぱりボクが変なことしそうになったから……
うう、ごめんよ……嫌な思いをさせるつもりなんて、これっぽっちもなかったのに……
カノンの気持ちを考えずに変なことしようとするなんて……最低だ。
節操のない10代の性を許して……
カノンが大事なのに、ボクから壊そうとしてどうするんだよ……
思わず頭を抱えて落ち込んでしまう。
「クスクス……」
カノンの笑い声が聞こえた。
ボクが一人でじたばたしてる姿に呆れたんだろうか?
でもやっぱりカノンの笑顔はかわいい。
変なところばかり見せちゃったけど、笑顔が見れたし……まぁいいか。
その後ボクたちは、ベランダに出て座り、毛布を2人で羽織って談笑した。
夜空を見ながら、延々ととりとめのない話を続けた。
好きだったアニメやドラマの話。それからゲームの話も。
星の話をしたとき、カノンは目を輝かせていた。
星座にまつわるお伽話をしてあげたら、うっとりと目を細め、
艶っぽいため息をついていた。
やっぱり女の子だなぁ……
カノンからは、死んでしまったけど、親しかった友人との話もたくさん聞いた。
ボクと初めて会ったときや世話係になったときに、どんな印象を持ったのかも
聞かせてもらった。
うーん……かなり変な印象を持たれていたようだ。
カノンは笑いながらそんな話をしてくれて、ぽつりとつぶやいた。
「今……とても幸せです……」
ボクは返事のかわりに、カノンの手を優しく握った。
その後、一言も喋ることなく、ずっと星空だけを眺め、
いつしかボクもカノンも眠ってしまった。
朝食をとった後、支度をする。
ボクは強くなると固く決心した。
だから今日からやることは決まっている。
朝のランニング。カノンもなぜか一緒に走ってくれた。
カノンは平然としているのに、ボクはあっという間にバテた。
これじゃダメだ……とにかく体を鍛えていこう。
まぁ、これは基礎で、本命はこの後だ。
「リ、リアンヌさん! ボクに剣を教えて!」
ビシっと90度に腰を曲げ、綺麗なおじぎをした。
騎士たちの早朝訓練の監督をしていたリアンヌさんに頼み込んだ。
この人めっちゃくちゃ強いらしい。なので真っ先に頼みに来た。
しかし返事がない……ただのしかば……
疑問に思い、上目遣いにリアンヌさんを見ると、丸くした目でボクを見ていた。
リアンヌさんは人差し指を立て、ボクを指さし、その次に自分に指を向けた。
それから剣を持ち上げ、顔をやや傾けた。
ボクはリアンヌさんが何を言いたいのかわかった。
『お主に、ワシが、剣を教えるのか? ……と』
コクリと頷いた。
リアンヌさんはボクの肩に手を置いた。
「お主にはすでに師匠がおるじゃろう?」
あ、なるほど……
ボクはリアンヌさんにお礼を言うと、アティーナの導き亭へと走った。
酒場で朝から飲んだくれているダーツさんに会いに行った。
珍しく一人で飲んでいたようだ。
みんなはどこいったんだろうか?
「あん? 剣を習いたい?」
その一言の後、何も言わなくなったダーツさんにこれ以上ないほど
必死にお願いした。
「ボク強くなりたいんです。
カノンを守りたい。守れる男になりたいんです!」
「……はぁ、やれやれ……お前な、今から剣を習うって、相当厳しいぞ?
ありゃもっと幼い頃から体に覚え込ませるもんだ」
「そ、それでも、少しでも……お願いします!」
ボクは土下座をした。
「大けがするかもしれんぞ? 訓練で命を落とすやつもいる。
お前には無理だ」
「いやだ! 強くならないとダメなんです……
ボク、わかったんです……強くないと、なにもできないって……
平和な世界で生きてきて、ボクは何も知らなかったんです。
弱いって、それだけで罪なんだと知りました。
なにも言う資格すらないんだって……」
ダーツさんが眉根をもみ、やれやれとため息をつく。
「まったくお前は……
強さにも色々あるだろが。
剣だけじゃないぞ。お前にはお前にしかできない何かがあるだろ?」
「例えば?」
「あ? ああ、例えば……うーん。そうだな……
ナンパ……とか……
お前なら誰でも5秒もあれば落とせるぞ」
ボクはダーツさんの目を真剣に見つめる。
気圧されたように顔を引きつらせるダーツさん。
そのとき、カザリさんの声が聞こえた。
「ダーツ、この小剣でいいかしら?
それから木剣も……
あ、アキラちゃん!」
速攻で抱きついてきた。
うう、恥ずかしいのでやめてください……
タイラーさんとネロさんも現れた。
「この大きさで合うかな?」
タイラーさんの手には、小さな皮鎧があった。
ボクにその皮鎧をポイと投げてきた。
「ほら、お前のだ」
「……え?」
「はい、この剣も私からプレゼント。うふふ」
「え? え?」
「あれ? アキラちゃん、特訓するんじゃないの?」
「えええええ!?」
ダーツさんを見ると、窓のほうに目を向け、頭をボリボリ掻いていた。
これって……
ボクがそう言い出すってわかってた?
皮鎧をぎゅうっと抱きしめる。嬉しさで涙があふれる。
「俺は厳しいぞ?」
ダーツさんが顔を少し赤くしながら、ボクにわざと厳しく言い放った。
みんなを見回し、大きくうなずいた。
「はいっ!!」
酒場中に響くほどの声で、ボクは返事した。
その後、王都で起こった【死者の声事件】という話を聞き、
ボクたちは旅立つことになる。
そこで、とても大きな……
恐ろしい運命がボクを待っていた。