第28話「運命」
メーヤとの戦闘がおわり、領主ラゼムさんへの報告を終え、ボクは城の一室を
借りて一夜を明かした。
色々あったことを思い出し、眠れぬ夜を過ごした。
今日は朝から戦いの後の作業を手伝うことになっている。
それは、街中に横たわる死者たちの埋葬。
ボクは死者たちとの戦闘が行われた現場に向かう。
すでに騎士や街の人々が、沈鬱な表情で遺体を荷馬車に乗せていた。
中には叫んで泣いている人もいた。
知り合いや友人、家族の顔があったのだろうか……
街道では荷馬車が列を作って墓地へと向かっていた。
領主ラゼムさんは、何者かによる死者を使った襲撃があり、
リアンヌさん率いる騎士団がこれを殲滅したと発表した。
アステリアとメーヤの戦闘の余波で、おとなしくなっていた死者も
一掃されていた。
動く死者は一体もいない。残ったのは屍のみだ……
ボクも死体運びを手伝いながらカノンを探したが……遺体は見つからなかった。
メーヤに食われてしまったから無いのはわかっている。
それでも、カノンの遺体が見つからないことに内心ほっとしていた。
見つけてしまえば現実になってしまう。
もし……もしもカノンを……死体の山から見つけたら……
ボクは立ち直れなくなりそうだった。
それほどまでに、ボクにとってカノンは大事な人になっていたんだ。
メーヤに食われたカノンは人違いだったんだと思い込んだ。
似た人をそうだと思ったのかなって……きっと別人だって……
何度もそう思い込もうとした。
だけど、ボクに助けを求めるように手を差し伸べ、悲しそうな顔をしていた女性。
あれは、まぎれもなくカノンだった……
あの瞬間が脳裏にこびりついて離れない。
いやだ! いやだ!
忌まわしい記憶を追い払うように、激しく頭をブルブルと横に振った。
食われた瞬間を見たというのに、いまだに死んだという現実感がなくて。
今にもひょっこり帰ってくるんじゃないかって。
いつの間にか街の人々の中からカノンを探してる自分がいて……
カノン、いやだよ……帰ってきてよ……
「アキラ。泣くな」
ボクに声をかけてきたのは、いつの間にかやって来たリアンヌさんだった。
八つ当たりするように、ボクはリアンヌさんを睨んでしまった。
すぐにボクは後悔した。
「ごめんなさい……
でも、泣くなって……無理だよ……」
リアンヌさんはまっすぐボクの目を見た。
「負の感情から泣くでない。
涙は嬉しい時にだけ流すのじゃ」
「嬉しい時に……だけ?」
「そうじゃ。死んだ者に対して泣くな。彼らを可哀想な者たちと思うな。
彼らを誇れ。感謝せよ。
悲しき存在として天国に送るな……」
この人は、本当に強い……
一体どれだけの苦難を乗り越えてきたら、こんな考えを持てるようになるの。
自分が一番苦しい思いをしてる……なんて、とんでもない間違いだ。
この人はもっと……もっと……
リアンヌさんのように強い人なら、泣かないでいられるのかもしれないけど……
今のボクにはまだ無理だよ。
すぐにリアンヌさんの言葉を実行できない自分が恥ずかしくて、
顔を隠すようにうつむいてしまう。
「そう心掛けよ、というだけじゃ」
リアンヌさんは太陽のように眩しい笑顔を向けてくれた。
やっぱり心を読んだかのように答えてくれる。
「お主の顔は分かりやすいからのぅ……そうびっくりするな」
えええ、ボクが顔に出るだけだったの!?
思わず顔に手を当ててペタペタ触ってしまう。
そんなボクを見て、リアンヌさんが微笑む。
「ワシも偉そうなこと言えぬがな……
つい最近、不甲斐ない自分に泣いてしもうた。
泣いては騎士たちに申し訳が立たぬ。ワシは彼らを誇りに思っておる。
だから……ワシはもっと強くなる」
リアンヌさん……
うん、ボクもそうあるように頑張る。
「うむ、いい顔じゃ。
そんなお主に仕事じゃ」
「え?」
リアンヌさんが空を指さす。
ああー、うん……
「これをなんとかするよう努力せよ」
リアンヌさんがニッコリ笑う。
その笑顔は、絶対になんとかしろよ? と脅してるように見えた。
黒い霧のことですね……
うぅ……わかってます。
「はーっ!」
「てやーっ!」
「うぉりゃーっ!」
北門大広場にあるアティーナの導き亭の前で、ボクのむなしい声だけが響く。
黒い霧の発生源であるここが一番闇が濃い。
霧は暗雲のように街の上空に存在している。
地上に霧は立ちこめていない。
だけど、いつまた霧が地上に蔓延するかもしれないし、危険極まりない。
空に爆弾があるようなものだ。
大広場から南の方を見れば、アステリアたちの戦いで見渡す限り
何も無くなっている。
地面もえぐれて巨大なクレーターがあるだけだ。
そんな中で黒い霧に向かって色々試してはいるんだけど……
これっぽっちも変化がない。
ただあれからは広がる様子もなく、停滞してるようだ。
今のうちに……早く何とかしないと。
「アキラちゃーん。ちょっと休憩しなーい?」
カザリさんがお弁当を持ってやってきた。
あ、もうお昼なんだ……
カザリさんたちは死者の蘇った原因の調査にあたってる。
なにか判ればいいな……
北の広場のベンチにカザリさんと一緒に座り、お弁当を食べた。
ぼーっと空を見上げ、ため息をつく。
「はぁ……」
カザリさんがボクの背中をポンポンと叩く。
「心にいうこときけー! って気合いれてもダメだと思うのよ」
「でも、どうすればいいのか……」
「あれが出たのって……アキラちゃんの心の中がどうなってたときだった?」
ボクは思い出す……
拷問室から外へ出たときには、あの黒い霧が見えていた。
でもあのときはまだ細い煙のようで、こんなに広がっていなかった。
つまり、あの時感じていた気持ちが黒い霧を生んだ……ということなのかな。
思い出したくないことだけど、必要なんだ。
あのときのボクは……
「人間が人間にあそこまでひどいことができるなんて。
人間が悪魔に見えて……
そうだ……思い出した……
心が壊れるほどの怒りがボクの中で爆発したときに、
ボクの体から黒い霧が……」
カザリさんはボクを強く抱きしめ、泣いていた。
「謝っても許されない……だけど、許してほしい。私の愚かさを……」
「カザリさん……」
ボクもカザリさんを抱きしめ返した。
カザリさんはさらに力をこめ、ボクを包み込む。
痛いよ、カザリさん……
でも今は、その痛みが今はとても心地よかった。
カザリさんはボクの隣で空を眺めている。
「……あれはアキラちゃんの憎しみの心なんだね」
そうつぶやくと、また涙を流す。
空に手をかざし、霧を優しくなでるような動きをする。
「あんなに大きく……黒く……
こんなに優しくていい子なのに……」
あれがボクの憎しみの心。
つまり、いまだ消えないのは……ボクの心にまだ憎悪が残っているから。
死者たちの心が理解できたのは、憎悪、怨念……それにボクの心が共感したんだ。
今ならなんとなくわかる……
黒い霧に触れただけではなにも起こらない。
霧に触れるのは、ボクの心に触れるのと同じ。
触れたときに、ボクがその対象をどう思ったのかで反応するんだ。
死者の怨念に共感し、それを攻撃してくる騎士には拒絶の心が。
すると……ボクは心の中でアステリアを拒絶しているのか……
彼女には不思議と繋がりを感じているのに。
何度も助けてもらい、あんなに慕ってくれているのに。
やはり魔族というものを嫌悪しているからなのか。
もしかして、カノンも黒い霧に触れたら灰になったんだろうか……
今となっては確かめることはできない。
できたとしても、確かめることはしない。
アステリアにも、カノンにも……傷ついて欲しくない。
解決方法は少し見えた。
ボクの中の憎悪……それが原因なら憎しみの心を消せばいい。
しかし……まだボクは人間を……怖がっている?
信用してない?
カザリさんといるとこんなに心が安らぐのに。
ボクのどこにまだドロドロした感情が残っているんだ?
空を見るとわかる……
ボクの中には、まだこの空に広がるほどの昏い感情が残っているんだ。
これは……本当にボクの心なんだろうか。
ボクの中にボクじゃないなにかがいて、それが怨み続けているんじゃないのか。
そう考えてしまうほどの巨大な黒い霧。
自分でも気づかない憎悪の火が、いまだ消えずに自分の中にある。
黒い霧はボクにその現実を突きつけているようで、とても恐ろしかった。
カザリさんと広場でぼーっとしてると、ダーツさんが馬に乗って
走ってくるのが見えた。
「おーい!」
「ダーツさん、どうしたんだろう?
慌ててる感じだけど、なんかあったのかな」
ダーツさんが真っ青な顔色をしている。
一体どうしたんだろう……
「今すぐ……し、城に来てくれ……」
城に着くまでの道中でダーツさんから聞いた信じられない出来事。
ボクたちはラゼムさんの執務室に、ノックも忘れて転がり込むように駆け込んだ。
そこにはラゼムさんにリアンヌさん、ファージスさん。
ネロさんにタイラーさん。皆立っている。
あとメイド2人と……
そして……
「メ……メーヤ!?」
勇者メーヤがソファーにゆったりと座り、ワインを優雅に飲んでいた。
「あら~~アキラくん~昨日ぶりねぇ~」
ボクのことを目にした途端、メーヤがとても嬉しそうに微笑んだ。
「な……なんで……」
皆も青ざめている……
そりゃそうだ。だってメーヤはアステリアに焼き殺され、溶けきったはず……
「私~痛いのすっごく好きなのぉ~。だからつい……快楽にひたっちゃったぁ~」
そんな問題じゃないだろ……
あのとき、消し炭になったのに。
メーヤはボクが言いたいことを察したのか、それに答えてくれる。
「アキラくんとの約束がある限りぃ~私は死なないのよぉ~。
あひゃひゃひゃ~~……」
唖然としてしまう……
なんなんだこいつは……こいつこそが化け物だ。
あまりに不気味すぎて、体中が総毛立つ。
「アステリアだっけ~。滅茶苦茶強いわねぇ~。
あれは今のままじゃ勝てそうもないわ~
もうちょっと~生贄いるわね~」
「や……約束ってなんだよ……」
それまで笑顔だったメーヤから、表情がすっと消えた。
メーヤがソファーから立ち上がり、ボクの前まで来ると顔を近づけてきた。
「は? 冗談でしょ~? ねぇ~?
あのときの言葉~……ウソだって言うのぉ~?」
ボクはなにも言えなくなった……
背中は汗でびっしょりになる。
怖い……何も言えない。
「まったく~アキラくんは冗談が下手なんだからぁ~。
昔からそうよね~。あはは~」
真顔だったのは一瞬で、また屈託のない笑顔に戻った。
「ぼ、ボクを食べる……つもりなの?」
メーヤはしばらく考え込んでいる。
「あの女悪魔が~いるかぎり~ちょっと無理そうねぇ~」
メーヤはボクの背中に優しく手を回し、ソファーまで連れていく。
「さ~、こっちで~あのときみたいにぃ~ゆっくりお話しましょ~」
メーヤの声は穏やかだけど、拒むことを許さない圧力を感じる。
それにボクもメーヤとは一度話したかったし、
いざとなればアステリアが来てくれる。
ボクはメーヤの向い側に座る。
メイドがボクに飲み物を出してくれた。
メーヤがメイドに声をかける。
「2人きりがいいのぉ~」
「かしこまりました」
メイドはダーツさんたちを部屋から追い出す。
ダーツさんたちはボクを心配そうに見ていたが、ボクが静かにうなずくと
黙って出て行った。
「ほんと~2人きりでおしゃべりするのってぇ~何度目だっけぇ~?
うふふ~。なんか懐かしいわぁ~」
ボクはなんのことだかわからず黙っている。
下手なことを言えば、なにをされるかわからない……
いざとなれば、すぐアステリアが来てくれるとは思うけど。
カノンのこともあり、激しい怒りの目で見てしまうのをなんとか抑え込む。
「ぷっ! あひゃひゃ~~~やだぁ~アキラくんたら~緊張しちゃってぇ~。
もしかして食べちゃうって、本気にしてるのぉ~?
世界中で誰より大事なアキラくんにぃ~、そんなことするはずないじゃない~。
あっひゃっひゃっひゃ~~。
相変わらず冗談が通じにくいのねぇ~~」
メーヤは顔を赤く上気させ、ボクをじっと見つめてくる。
「やっと再会できたのに~、知らない女といたから~、少し怒っちゃったぁ~。
ごめんね~」
なんだろう……既視感……
前にこんな場面があった気が。
メーヤが静かに立ち上がり、ボクの隣に移動してきた。
ボクの手をそっと握る。
「ごめんね~待たせちゃってぇ~。でもまだなのぉ~」
なにか思い出しそうな……
気がつくと、メーヤの顔が至近距離に。
メーヤの唇がボクの唇に……
ほんの軽くだったけど、メーヤの顔は赤くなっていた。
「ふひひ~~アキラくん、ごちそうさまぁ~」
ボクはポカンとしてしまった……
なにが起こってるのこれ。
「さて~~私はぁ~戻らなきゃ~」
「え? 戻る……? ど、どこに……?」
「知ってるでしょ~? 私が戻る場所っていったらぁ~
アキラくんの~元いた世界に決まってるじゃない~」
ええええ!?
ど、どういうこと!?
まって……
じゃ、ボクの元いた世界に現れた勇者って、
やっぱりこのメーヤだったってことなの!?
このメーヤがやっぱり本物の勇者で……
うう、どうなってるんだ……
「ハゲチャビンから聞いたけどぉ~、アキラくん~私のかわりにぃ~
この世界の魔物~退治していくんだってぇ~?
ごめんね~、それ私の仕事なのに~」
「いや……え……」
ハゲチャビンって領主のラゼムさんのことだろうか……
ボクの思い当たるハゲチャビンが、ラゼムさん以外該当者がいない。
「でもぉ~当分この世界には戻って来れないしぃ~
アキラくんが~それやってくれるならぁ~安心だわ~」
「え……」
メーヤはそれだけ言うと立ち上がった。
ボクもつられて立ち上がる。
メーヤはボクの手を握ってから、今までずっと離さなかった。
最後にメーヤがぎゅっと力をこめ、それから名残惜しそうに手を離した。
「じゃ~ねぇ~。またねぇ~~」
メーヤはラゼムさんの執務室を出て行った。
ボクはなにがなんだかわからず、呆然としたまま取り残された。
メーヤと入れ替わりにダーツさんたちが入ってくる。
「大丈夫だったか、アキラ?」
「え……あ、うん……」
メーヤの言ってたことがさっぱりわからない……
ただ……メーヤはボクの敵じゃない……ってこと?
カノンのことがなければ、受け入れていたかもしれない。
なんだか……とても懐かしいような。
ダーツさんが心配そうにボクの肩に手を置く。
「アキラ……お前……泣いてるのか?」
「……え?」
あれ……ほんとだ……いつの間にか……
ボク、なんで泣いてるの……?
☆
メーヤとメイドたちが城の広場を歩く。
名残惜しそうに、メーヤが何度も執務室がある辺りを振り返っている。
「よろしいのですか? メーヤ様……
また長い間……会うことはできませんのに……」
メーヤは目を閉じ、しばらく沈黙した。
再び目を開けたとき、彼女は眉根を寄せ、厳しい顔つきをしていた。
「いいのよ~。これがぁ~アキラくんと~私の運命なのよぉ~」
メイドが悲しげな声を上げる。
「メーヤ様……」
2人のメイドが涙を流し、メーヤの運命を悲しんでいる。
「さ~て~、この街でのもう一つの用事終わらせて、帰りましょうかぁ~」
そして彼女たちは2度と振り返ることなく、この城を去っていった。