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第3話「血の狂宴」

コンコン……王の部屋のドアがノックされる。

メイドのカノンが来客を告げる。


「陛下、アステリア様がお見えになりました」


ボクは自室……というか王の部屋までの移動中、そして部屋で休んでいる間に

カノンから幹部の名前を始めとする情報を聞き出し、頭に叩き込んでいる。

カノンには、さすがに15年も離れているとね、記憶の欠落が……

と言いくるめてある。

しっかりと部下たちを把握しなおすことは大事だろと説明すると、

カノンは目をキラキラさせて、さすがでございますとこくこくうなずいていた。

もしかすると言い訳いらないんじゃないの?

王に心酔しているらしいカノンには、何を言っても尊敬されそうな気がする。


で、来客として次の間で待っているのがアステリア…

謁見の時にボクの隣で控えていた美女だ。

妙齢(みょうれい)淑女(しゅくじょ)でもあり、清楚(せいそ)なお嬢様でもある。

そんな不思議な雰囲気をまとっている。

髪は真っ白で腰まで届くストレートロングだ。

アルビノのように肌の色がすっぽりと抜けたような彼女だが、着ているドレスが

真っ黒なせいで、なおさらその白さが際立っている。

見た目は超絶美人で、ボクの世界に戻れば世界三大美女もかくや……

と思わせるほどの美しさだ。

でも、怒ると顔がめっちゃ怖くなる。恐怖で心臓がバクバクですよ。

ボクの心臓のためにも、なるべく怒ってほしくない。


「どうぞ」


カノンが扉を開けると、アステリアが優雅さをたたえながら入ってきた。


「陛下、お祝いの準備が整いましてございます」


とびきりの笑顔がボクの目に映る。

彼女が恐ろしい化け物だと知ってはいても、ボクに振りまかれた笑顔と

あまりの美しさにしばし見惚(みと)れてしまった。


「あ、うん。ありがとう。じゃ行こうか」

「はい」


どぎまぎしながら答えると、彼女は嬉しそうにボクの腕へ自分の腕を絡ませて

歩き出した。


身長145cmしかないボクには彼女の身長は高い。

多分160cmは少し超えてるだろう。

女性としては決して高すぎる身長ではないけど…

ヒールと相まって傍から見れば大人と子供みたいだ……くうぅ……

せめてヒールを脱いでもらえたら……それでもボクの方が低いけど。

それにしても、パーティー会場へ行くのにどうして腕を絡ませてくるんだろう。

アステリアに訊いてみたら、パーティーに出席する殿方が女性を

エスコートするのは当然ですと返された。

パーティーなんて出たことはないけど、そんなものなんだろうか……

エスコートされているのは、どちらかというとボクだけど。


パーティー会場は、醜悪(しゅうあく)な怪物たちが準備したとは思えないほど豪華絢爛(ごうかけんらん)だった。

日本では映画とかテレビでしか目にしたことがない豪奢(ごうしゃ)な空間だ。

これがセレブってやつか。

でもこれはボクを王様と思っているからこその祝いの席。

本当はただの人間だと知られれば、華やかな宴席はボクの血で真っ赤に染まる……

緊張感は常に保っておかないと。


ボクにあとどれだけの時間が残されているかはわからない。

いつばれるともしれない危うい中で、できるだけ早く元の世界へ帰る方法を

見つけ出し、逃げなければならない。

こうしてる間にも、もしかすると本当の王が帰ってくるかもしれない……


アステリアに導かれ、会場の一番奥、一段高い席についた。

コホンと咳払いし、会場にいる異形の者たちをゆっくりと見回す。

ここでバレては元も子もないので、声が震えそうになるのを必死に抑え、

勇気を出してできるだけ威厳(いげん)を保って異形の者たちに声をかける。


「15年ぶりに戻ったボクの為にありがとう。皆の気持ちは十分に伝わったよ。

 今日はぜひ楽しんでいってほしい。」


わあっと大きな歓声が上がる。

美しい音楽が鳴り響き、さっそくダンスを始める魔法少女たち。

なんだかアイドルのコンサートのようだ……

無事にパーティーが終わる事だけを祈り、少し青ざめた顔で

その舞や歌を見つめる。

アステリアが合図をすると、奥から料理が運ばれてきた。

沢山の金属製の皿がボクの席に運ばれてくる。

アステリアがボクに微笑みながら言った。


「本日は陛下の大好物の品々を特別に揃えました」


料理の蓋が開かれる。

これだけ立派なパーティーだし、どんな料理が出るんだろうと少し楽しみになる。

だけどそれは一瞬のうちに深い後悔へと変わる。


人間の脚…腕、お腹、胸、そして心臓や腸をはじめとする内臓、そして頭。

それらが皿の上に盛られていた。

バラバラに切り分けられているけれど、神経や血管、全てがつながっていて……

生きていた。

その証拠に頭がうめき声を上げると、指や足がピクピクと微かに動く。

一瞬のうちに猛烈な吐き気に襲われた。

胃の中のものがこみ上げて酸っぱい汁が口の中にあふれる。

しかし人間だとばれないためにもここで吐き出すわけにはいかない。

必死に胃の内容物を飲み下した。


バラバラにされた頭は助けてくれ…とささやくような声でボクに訴え、

そして涙を流している。

年の頃ならボクと同じ…くらいだろうか…

そんな少年が生きたまま解体され、料理としてこの狂った饗宴(きょうえん)

供されているのだ。


「人間の活け造りでございます」


アステリアはボクに笑顔を見せ、この料理を出した事をほめてほしい

とばかりに潤んだ瞳を向けてくる。

こいつらやっぱり悪魔だ……人間じゃない……

美しい容姿に騙されたけど、こんなことができるなんて、間違いなく悪魔だ。

恐怖とおぞましさに耐えながら、ここは地獄だ……と実感した。


「本日()れたばかりの飛び切り新鮮な人間を使って、

 私が手ずから調理いたしました。

 もちろん愛液……いえ、愛情もたっぷり振りかけてあります。

 さ、陛下……ご賞味あれ」


どうやって乗り切ればいいのか必死に考える。

こんなの食べられるはずがない。いや、食べるわけにいかない。

震えそうになる(ひざ)を手で必死に抑え込む。


「ぼ、ボクは料理はいいや。今日は疲れたからね……」


なんとか振り絞った答えがこれだ。こんな程度しか思いつかなかった。


「まぁ! 誠に申し訳ございません。

 私としたことが陛下のお疲れに気がつかず……」


ボクとアステリアのやり取りを聞いて、料理にされた少年が驚きの声を上げる。


「そ、その声……ア、アキラ……アキラなの……か?」


ドキっとする。

え? この人、ボクの知ってる人……? 声に聞き覚えが……


あっ!


髪も眉毛も剃られていたため、すぐには気づけなかった。

同じクラスの谷口くんだった。


「た……谷口……くん……なの?」

「アキラ……やっぱりアキラなのか……助け……てくれ……」

「痛い……体がすげぇ痛い……」


谷口くんは涙を流し、必死に訴えかける。

ボクも涙が出そうになるのをなんとか我慢した。


谷口くんは教室でバラバラにされた久保くんと並ぶボクの親友で、

小学校時代からの付き合いだ。

母一人、子一人の母子家庭で、口癖はかーちゃんを早く楽にさせたい……だった。

大学に進学するつもりはなく、卒業したらすぐ就職して稼いだお金を

かーちゃんに贈るって言ってたっけ。

ボクも母親しかいなかったせいで、谷口くんの気持ちが痛いほどわかった。

だからボクたちはすぐ仲良くなった。

親友になるまであっという間だった。

いつも、彼女が見つからなかったら俺が嫁にしてやるから安心しろって

からかわれていたっけ。

ケンカをした事も何度もある。

だけど次の日に謝ってくるのは決まって谷口くんだった。

ボクが悪い時でも、いつも彼から謝ってきた。

今度こそボクから謝ろう……そう何度も思ったけど、実行できないままだった。


「陛下、せめて一口だけでもいかがですか?」


そう勧めてきたのは第四軍団、悪魔の紳士ルーシーだった。

笑顔を貼り付け、光彩の無い真っ黒な目でボクを見つめている。


「アステリア様が陛下のためにご用意し、腕によりをかけて作ってくれたのです。

 そして何より、食材となった彼が命をかけて陛下のご馳走に

 なろうとしているのです」


大仰(おおぎょう)に喋り、ボクに笑顔を向けるルーシー。

常に笑顔だが、その感情はまったく読み取れない。


「さ、一口だけでも……」


ボクを疑っている!

直感でわかる。ルーシーはボクをニセモノだと疑っている。

やばい……やばい……


アステリアが牙を剥きだしてルーシーに怒鳴る。


「貴様! 陛下がお疲れだとおっしゃったであろう! 不敬であるぞ!」


ルーシーはボクから視線を外さずに淡々と続ける。


「アステリア様、これは精のつく料理でございます。

 お疲れならば、なおさら一口だけでもと……

 いえ……いらぬお世話を焼いてしまったようです」


ルーシーが冷笑を浮かべたまま肩をすくめる。

ここで食べなかったらルーシーの疑念は確証に変わるだろう。

そんな確信がある。

ボクは……ボクは……

体中から汗が吹き出し、呼吸の仕方を忘れてしまったかのように息ができない。

皿の上に載った谷口君の指をつまんだ。

たったそれだけでも激痛なのだろう。谷口くんが悲鳴を上げる。


ボクは……谷口君の指を――――――――



皿に戻した。


「やっぱり、いまは食べる気がしないな。

 コレは元に戻して大事に保管しておいて。

 食べる気が起きたときに料理してもらうから」


さっきまであんなに盛り上がっていたパーティー会場が静寂に包まれた。

時間が止まったかのように、誰一人身じろぎもせず、まったく動かない。

ひどい緊張から胃が痙攣(けいれん)して激痛が襲う。

脂汗が額から流れ、アゴを伝ってぽたぽたと床に落ち、

毛足の長い豪華な絨毯(じゅうたん)に染みを作る。


このままこの場で殺されるかもしれない…

でも、親友を食べるなんて…ボクには絶対無理だよ。

脳裏には教室の床に無残に転がっていた久保くんの(うつ)ろな顔、

生きたままバラバラにされて苦悶(くもん)の表情を浮かべる谷口くん、

そして3人でつるんでいた日々がよぎる。



谷口くんが同じクラスの女子を好きになったことがあった。

谷口くんの初恋を成功させるために何度も告白の練習をした。

なぜかボクが女の子役をやらされて、谷口くんに何度も好き好き言われたっけ。

とっても真剣に告白してた谷口くんを思い出すといつも笑えちゃった。

けど、ボクも真剣に応援してたんだ。

女の子になりきって、谷口くんに「わぁ、嬉しい!」とかリアクションしたな…

谷口くんとボクのやり取りを横で見ていた久保くんはそれを見て大爆笑してたけどね。

その後、ボクたちもつられて笑っちゃった。

思い出の中の笑顔が……谷口くんの苦痛に歪んだ顔と重なる。



ボクも谷口くんと同じく、あんな風に料理されちゃうのかな。

活け造りにされる自分を想像すると、それだけで気を失いそうだ。

それとも……王を(かた)ったってことで、もっとひどい運命が待っているのかな……


だけど……生き残るために食べたら……ボクは人間じゃなくなる気がした。

ボクの選択はバカなのかもしれない。

でも……やっぱり。

チープかもしれないけど、食べるくらいなら、人間として死んだ方がマシだ。


ボクの肩に手が置かれる。

それだけで体が恐怖で硬直する。

心臓が破裂しそうだ……苦しい。


肩に触れたのはアステリアだった。

アステリアが心配そうにボクをのぞき込む。


「ああ、陛下……申し訳ありません。

 やはりかなりお顔の色が悪く、お体がすぐれないご様子……

 バカルーシーのたわごとなぞ、無視してもよろしかったのに」


ルーシーの笑顔がひきつった気がする。


「……バカ……ですか」


ボクはなんとか顔の筋肉を無理やり動かし、アステリアに微笑む。


「ありがとうアステリア。君の好意を無駄にしてしまったね。

 とても感謝してるよ」

「そんな陛下! そんなもったいない……そのお言葉だけで十分に報われます」

「そして……ルーシー。ボクの体を気遣ってくれてありがとう」

「いいえ、陛下のためを思えばこそ……」


気分がすぐれないというのを理由にしてカノンを呼び、

先に退室させていただくよ…と会場を後にする。


「皆、ボクの分も存分に楽しんでくれ。」


最後の力を振り絞って、なんとかそれだけ言い残す。

わあっと歓声がまた上がり、さっきまでの静寂(せいじゃく)が嘘のように(うたげ)が再開される。


谷口くんがこれからどうなるのか分からない。

上手くいけば、保存のために体を治してもらえるかもしれない。

そんなことができるのか、見当もつかないけど……


でも、絶対に助けてみせる!

だから谷口くん。

いまは我慢してて……


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