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第26.5話「アステリア」

はい、今回もちょっと寄り道。

アキラの呼び声にすぐ反応しやってきた彼女(アステリア)

はたして、どこでなにをしていたのか。そんなお話。

「偉大なる~アキラー様~♪

 あー好き好き大好き―。

 アキラチョップは次元を裂きー。

 アキラキックは心を射抜くー。

 アキラウィングで大空を駆け回りー♪」


遥かな天空、雲よりも高いその空中で、炎がゆらゆらと踊るように燃えていた。

炎は妖精の調べのように美しい声で歌を紡いでいた。


「ああ、良い歌ができたわ……

 ぜひともアキラ様にお披露目しなければ」


地上に炎が降り立った。

そこはカケイドの街の中、北の大広場の外れであった。

大広場に人気(ひとけ)はなく、誰もアステリアのことを目撃していない。

いつもであれば北の大広場は賑わっているが、5日後に【カケイド誕生祭】が

あるため、気の早い屋台が並んでいる街の中心部に人が集まっていた。

仮に人がいたとしても、アステリアの動きを目に捉えることができた者は、

皆無といっていいだろう。

一流の戦士でさえ、一瞬の空間のゆらぎに首をかしげ、気のせいかと

目をこすっただけであろう。

それほどの超速度だった。


「ああ、いけない。アキラ様は人間に変装してお忍び中でしたね。

 魔族と繋がってると思われてはいけないのでした。

 変装、変装っと」


魔力を抑えると体中から炎が消える。

白い髪は黒くなっていき、赤く燃える瞳は美しい碧に変わる。

ローブを羽織り、頭にもフードを被る。


「うーん……やはりそれでも魔力があふれてるわね……

 年々強くなっていくから困るわぁ……」


アステリアは、小ぶりの透明な水晶玉を胸元から取り出す。

小指の爪に魔力を集中させると爪が赤く光る。

赤く光った爪を噛むとパキっと軽い音がして爪が折れる。

折った爪を水晶玉に当てると、何の抵抗もなく水晶玉に潜り込んでいく。

水晶玉は赤く燃えだし、空中に浮かび上がった。


「やー、数十年ぶりっすね、あねさん!」


赤く燃える人魂のようになった水晶玉が喋りだす。

幼女のような甲高く可愛らしい声だ。


「お久しぶりね。

 ん。これで魔力はほぼゼロに見えるわね。

 南の方角から得体の知れない力を感じるから、念には念を入れておいたわ」


アーティファクトである水晶玉に余剰分の魔力を送り込んだのだ。

水晶に込められた魔力は外部から感知することができない。

上級悪魔が人間世界に紛れ込むときに使用する貴重な宝物であった。


「は~魔力が年々増えていくから、制御がだるいのよねぇ……」

「あー、あねさん、そりゃ年ですぜ?」


アステリアは宙に浮いた宝玉を掴むと、木に向かって投げた。

木にぶつかった宝玉からパーンと軽い音がした。


「いだだだだ! なにするんですか!

 あたい、これでも希少なアーティファクトですぜ!?

 大事にしてくださいよー!」


そう……この宝玉の欠点はうるさいほどしゃべることだった。

だからなるべく使いたくない……と、上級悪魔たちは毛嫌いしていた。



「さて、アキラ様の元に歌を披露しに行かな……

 あああっ!」


何かに気づいたのか、突然悲鳴を上げた。

がくりと膝をつき、天を(あお)ぐ。


「会いに行くのは禁止……でした」


涙を流す……その雫は燃えていた。


「会うのは禁止ですがー、でも遠くから見守るのはOKなんじゃないすか?」

「!!!!」


アステリアははっとして、視線だけで人を殺せるんじゃないかというほど、

人魂を凝視した。

頬を赤く上気させ、にんまりを笑う。


「ナイスアイデア……うふふふふふ。

 よし、善は急げ!」

「なにが善かわかりませんけどー」



「アステリアセンサーON!」


必殺技のように叫ぶと、アステリアの髪の毛の一部がフードを突き抜け、

鋭いトゲのように逆立つ。


「あっちの方向ね! 行くわよー」



ほどなく、宿屋の1階でカノンと楽しそうに食事しているアキラを発見した。


「あぐぐぐ!

 アキラ様……あんなに楽しそうにカノンと食事を……」


水晶にガジガジと噛みつく。


「いだい! いだい!」

「私も、アキラ様とお食事したい……」


そのとき、ふと視界に入った人物に驚き、コソコソ隠れる。

その人物はカノンを呼び出し、何かを話しているようだった。


「あれは……ルーシーじゃないの。なんでこんなところに?

 ……はっ!

 あいつもアキラ様とお食事しにきたの!?」

「そんなわけないっすよ……」



ルーシーとカノンは宿屋から離れ、北の大広場の方へ歩いていく。


「こ、これはチャンスではないかしら?」

「なんのチャンスですか?」

「バカね、大バカなの? 2人きりのお食事チャンスに決まってるでしょ!

 その後お酒でほろ酔いになっていく2人……

 あたし酔っちゃったってアキラ様にしなだれかかると、アキラ様は私を

 優しく見つめ、部屋を取ってあるんだ……と囁くの。

 そ、そのあと……あ、はぁはぁ! ひへへへへ!」

「あねさんあねさん! 落ち着いてください、よだれよだれ!!

 てか、顔中火だるまですから!」

「あ、いけないいけない……」


落ち着くと顔の火が収まった。顔から火が出るほどという比喩(ひゆ)があるが、

アステリアは(たと)えではなく、本当に顔から炎が立ち上っていた。


「なに想像したら、そこまで暴走するんすか……」

「バカなの? 超バカなの? 子づくりに決まってるでしょ」

「うあー、ストレートですねぇ。

 男はそういう女より、おしとやかな女性が好みなんじゃないですか?」

「……うそ!?」

「あ、一概には言えませんけど。興奮してよだれたらす女は……ノーサンキュー。

 多分ほとんどの男には嫌われるんじゃないですかねぇ。

 ちなみに、あたいもそんな女勘弁ですわ」

「まーじーかー!」

「あねさん、妄想激しいっすけど……もしかして経験無し……っすか?」

「バカヤロウ! 手をつなぐまではあるから!」

「うあー。ビッチなクセに乙女ときたもんだー。

 質問いいですか?

 子供ってどうやって作るか知ってます?」

「バカにして……し、知ってるわよ。

 チュ……チュウすると……フェニックスが子供を連れてくるんでしょ?」


真っ赤になって答えるアステリア。

また顔から炎が吹き上がる。


「落ち着いて!? まったく小学生並みの知識ですね……

 仕方ない。あたいが教えてあげますわ」



ゴニョゴニョと耳元で説明する水晶玉。

アステリアの体中から激しい炎が吹き上がった。


「そ、そんな破廉恥(はれんち)なぁぁあああ!」


岩をも砕くアステリアチョップが水晶玉に炸裂した。



そのとき、アキラが慌てたように宿から飛び出てくる。

何かを探すように切羽詰(せっぱつ)まって辺りをキョロキョロと見回している。


「……? 一体どうされたのかしら? 私を探してる?」

「おめでたい脳ミソしてますねぇ」


カノンと何度も叫びながら走り廻るアキラ。

どうやら必死になってカノンを探しているらしい。

アステリアの胸がチクリと痛む。


「………」


しばらく街中を駆けずり回り、酒場の中に入っていた後、

アキラの泣き叫ぶ声が聞こえた。


「カノンがいなくなったんだ!!」


アステリアの胸が、今度はズキっと痛む。

そのとき、カノンが酒場の前に現れた。

アステリアは酒場の陰に隠れ、様子をうかがう。



「もうストーカーにしか見えないっすね」


集中しているアステリアは、宝玉のそんな毒舌にも何も返さない。

カノンが手で口元を押え、震えていた。

しばらくすると泣きながら走り去っていく。


「なぜアキラ様の元へ戻らないのかしら……

 もしかして、ルーシーに何か言われたのかしら。

 私と同じく、会ってはいけないとかね。

 フフフ……いい気味だわ」

「すっかり悪い女ですよ……まじで引くわー。ないわー」

「うるさいわね!」


カノンがそう命令されたのだとしたら、いい気味だとスッキリする。

だが、アキラがそのために泣くのは許せなかった。

アステリアの顔が怒りなのか、悲しみなのか、判然としない表情を作る。


「……アキラ様。

 私が……いなくなっても……泣いてくれるのかしら……」

「せーせーすると思い……」


アステリアがギロリと悪鬼のように水晶を睨んだ。


「絶対泣くと思います……はい」


アステリアはがっくりと脱力し、しょぼくれた顔でうつむく。


「そうだといい……な」



バンっと扉が勢いよく開く音がし、アキラが吹き飛ぶように転がり出てきた。


「い、痛い! ダーツさん……痛いよ!」


思わず助け出そうとアステリアは動きかけるが、瞬時に止めた。

(アキラ様の命令が出ていない……今行くわけには……)

数人の男女にどこかへ連れていかれるアキラ。

(一体なにがあったの? アキラ様……)

別の場所には多数の人間が待ち構えていて、アキラは檻に入れられた。

アステリアは今にも飛び出しそうになるが、必死に抑えた。


「もしかして、魔族だとバレたんですかね?」


アステリアには判別がつかない。しかしアキラが命令しない限り、

自分から動くことはできなかった。

アキラの命令は、アステリアにとって自分の命より大事なことだったのだから。



アキラはその後、教会の地下に連れ込まれた。

さすがに後を追って地下へ潜入はできない。


「ど、どうしましょう!?」


オロオロしていると水晶玉が冷静にアドバイスしてくれる。


「あたいが松明(たいまつ)のフリして忍び込むので、映像おくりますぜー」

「ナイスです。それでいきましょう」


宝玉は人魂のような宙に浮かぶ炎に見える特徴を生かし、

地下へ続く階段の壁にかかった松明へ次々に飛び移って降りていく。

(あたいの大きさなら、松明のフリしなくても良かった気がしてきた。

 まぁ万が一見つかっても面倒だしね。このまま行こう)



水晶玉を通し、アステリアは地獄の景色を垣間見たような恐ろしい光景を

目の当たりにした。

そこには拷問を受けるアキラが映っていた。

元々が愛らしい姿だけに、血だらけの様はあまりにも無残だった。

断末魔のごとき絶叫を上げるアステリア。

アステリアは怒りのあまり、地表を転げまわった。

石畳を殴りつけ、道端の草を引き抜く。

涙がとめどなく(あふ)れ、それが炎となって大地に落ちる。


「あががが……ゆ、ゆるさん……人間どもっっ!!」


あまりの怒りで魔力が抑えられずに噴き出る。

そのたびにアステリアの体から太陽フレアのごとき炎の爆発が起こり、

爆炎の柱が立ち上った。

アステリアの絶叫を聞きつけた衛兵が、何事かと様子を見に来た。

衛兵の目には、女性が炎に巻き込まれ、悶え苦しんでいるように見えた。


「大丈夫かっ!?」


助けようと走り寄るが、すぐにその解釈が間違いであったことに気がつく。

アステリアが何事もないように立ち上がり、衛兵を睨んだからだ。

その目からは炎の涙があふれ出ていた。


「ばっ、化け物!」


その直後、腹の中を激痛が襲って衛兵が倒れ込む。

彼らはあまりの苦痛で助けを呼ぶこともできず、声にならない苦悶の呻きを

ただ上げるのみだった。

アステリアの炎が体内に入り込み、じわりじわりと内臓を焼いていたのだ。

ゆっくりと体の内部が焼けただれていく。

この世でもっとも酷いとされる火刑をはるかに超える激痛。

哀れな犠牲者は息絶えるまでの数時間、地獄を堪能することになった。



アキラの目が器具で強制的に開かれ、目玉が取り出されていく。

耳を塞ぎたくなる悲痛な絶叫が、アステリアの脳を直撃する。


「アキラ……さ……ま。お願いです……

 もう人間のフリはやめて……お願いです」


気が狂いそうになるほどの怒りと悲しみがアステリアを襲う。

アキラのアゴに大きな杭が撃ち込まれ、アゴが砕ける。


「ひぃぃぃぃ!」


アステリアはこの怒りを鎮めるための手を思いついた。


「そうだ……私もアキラ様と同じ苦痛を……」


アステリアは自分の目をくりぬき、アゴを砕き、皮膚を()いでいく。

魔力を封じている今のアステリアは人間と同じ肉体だ。

いまだかつて味わったことがない激痛がアステリアに襲いかかる。


「いや……こんな苦痛を……アキラ様が味わっているなんて……

 そんないやぁぁあああ!」


それでも拷問は続く。


アステリアの碧い瞳に(くら)い炎が(とも)る。



だが、アキラと同じ苦痛を味わっていることで、アステリアは苦痛と共に

快楽も感じていた。

(ふっ、ひひ……アキラ様と一緒だぁ……)

それと同時に、それでも自分を呼んでくれないアキラを恨む。

人間のフリを続け、力も解放せず、自分に助けも求めない。

(この任務が、それほど大事なのかしら……

 そうね、私じゃ理解できないなにかがあるのよ……

 さすがアキラ様……)

アステリアの顔からは皮が剥がれ、美しかった顔が今では見る影も

なくなっていたが、それでも笑顔をつくる。


そのとき、アステリアの背筋を、かつて感じたことがない程の恐怖が走り抜けた。

(ひっ! な、なに!?)

しかし恐怖で怯える間もなく、次の瞬間にアステリアは待ち望んでいた

声を聞くことになった。


「アステリアあぁぁああ!」


か細く、今にも消えそうなほどの小さな小さな声。

だが、間違えようのない、愛しい人の声。

一気に魔力を開放する。


(アキラ様が私を呼んでいる!!)


その瞬間、体から爆炎がほとばしり、崩壊していた肉体が一瞬のうちに

元通りになっていく。

アステリアは焔獄(えんごく)の魔神と呼ばれた悪魔だ。

火こそが肉体であり、魔力が戻ればその実態は炎と同じだ。

頭からは火焔(かえん)の角が生え、体中には蛇がまとわりつくように、

炎の揺らめきが体を覆っていた。


アステリアの口から極熱の息が吐き出される。

あっという間に地下最下層まで穴が開く。

自身が炎の隕石となり、その穴から地下へ飛び込む。

愛しい人の姿を宝玉の映像越しではなく、久しぶりに肉眼でとらえる。

長い拷問の果てに無残な姿に変わり果てているが、それでも愛おしく想う心に

微塵の揺らぎもない。

アステリアは、あらゆる次元の中でも行使できる者がごく(わず)かしかいない

究極の回復魔法を唱えた。

生きてさえいればどんな状態であっても完全復活する。


神の奇跡、レグゼリオン。


アステリアであっても、死者を生き返らせることはできない。

それはどの次元であっても変わらぬ摂理(せつり)

それができる存在は、アステリアの記憶の中に一つだけ存在していた。


【原初】


生命を生み出したといわれる命の神。それが原初。

次元のどこかに存在し、今も生命を生み出し続けていると言われている。

アステリアさえ見たことがない、噂だけの神。



アステリアの回復魔法でアキラは再生され、

生まれたままの姿のアキラが立っていた。

アステリアはすぐにも飛びつきたい衝動に駆られるが、寸でのところで

思いとどまる。

自分を呼んでくれた喜び、そして今、自分に向ける慈愛の瞳。

それだけで満足だった。

自分を呼んでくれなかった不満も、会えなかった寂しさも、

なにもかもが吹き飛んでいた。


「アステリア……ありがとう」


このお方のためならば、なにもかも……命さえ捨てられる。

何があっても、このお方をお守りする。

あらためてそう決意するアステリアだった。


(うん、これからもストーカー……いえいえ、暖かく見守っていきますわ)


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