第26話「青き炎」
カノンが食われていくのを目撃した瞬間、頭が真っ白になった。
本当に死んでたんだ……
信じたくなかった。
この世界にやってきて一番最初にできた友達だった。
いや、姉のようであり……妹のようであり……お母さんのようで……
共に過ごす時間を重ねていく中で、ボクにはとてもとても大事な人に
なってたんだ。
ボクは気でも違ったかのように絶叫していた。
あいつが、メーヤが憎くて、カノンを取り返したくて……そう思ったら走っていた。
いくらも進まない内にたちまちメーヤの触手に捕らわれ、持ち上げられた。
皆の悲鳴が遠くで聞こえた。
ボクは弱い……
なにもできない……カノンの仇を取ってあげることも。
それどころか自分の身を守ることもできない。
だけど……この世界に来て、手に入れた力がある。
王に間違えられて手に入れた……借り物の力。
「アステリアぁぁぁぁぁ!!!!」
大地を轟かす鳴動と共にアステリアが現れ、気がつけばボクは触手から逃れ、
彼女に抱えられていた。
アステリアの胸元で炎が燃え盛っているけど、すぐそばにいるはずのボクは
まったく熱くない。
魔法をかけてくれたのか、熱くないように調整できるのかわからないけど、
ボクを傷つけないように気を遣っているのが伝わってくる。
彼女はボクを足元からそっと地上に降ろし、そしてひざまずく。
「なんなりとご命令を……陛下」
そう、これがボクが手に入れたかりそめの力。
でも今は確かにボクが行使できる圧倒的な力だ。
「アステリア、勇者メーヤを……倒せ!」
「御意」
アステリアの瞳で炎が揺らめき、彼女は艶然と微笑んだ。
「あ~~久しぶりにぃ~~解体される~快感に酔いしれたわぁ~~。
やっぱり~痛みっていいわよねぇ~~。
皮だけがぁ~剥がされる喜びぃ~……
骨ごと肉を砕かれ~ちぎられる時なんてぇ~、絶頂に達しそうだったわ~。
死体のくせにぃ~テクニシャン~」
巨大な顔は上気し、恍惚とした表情だ。
名状しがたい姿のメーヤが悶える様は、とんでもなく不気味だ……
メーヤは大人の身長ほどもある大きな瞳で、アステリアをジロリと睨む。
「でもぉ~アキラく~ん! な~に~その女~~~!?
浮気は~許さないんだから~! 快感に酔いしれてたのにぃ~
一気に冷めたわ~」
メーヤがボクに怒りの眼差しを向けてきた。
アステリアは立ち上がると、ボクを後ろに庇いメーヤと対峙する。
「陛下、少しお下がりになっていただけますか?
ここは少々危険でございます」
ボクは言われるままに皆の元まで退がる。
ダーツさんから頭にゲンコツされた。
「あづっ!」
「アキラっ、バカヤロウ! お前はすぐに無茶を……」
「ご、ごめんなさい……」
涙目で皆に謝った。
「あんな無茶は、おねーさん絶対許さないんだからね!」
ボクを抱きしめながらカザリさんが怒ってる。
「こら~、そこのメスブタ~! アキラくんに勝手に触ってんじゃないわよ~!」
「こらっ! そこのメスブタ! アキラ様に勝手に触るんじゃないわよ!」
アステリアとメーヤの抗議がハモった。
カザリさんが震え上がり、あわててボクから離れる。
魔導師ファージスさんが驚きと恐怖が交じった声を震わせながら、
ボクに尋ねてきた。
「しょ……少女よ……あ、あのアステ……リア……と名乗る悪魔……
ま、まさか……あ、あの……?
いや、間違いない……あの獄炎の魔神……他にいるはずもない……」
よくわかんないけど、とりあえずボク、少女じゃないんだけど……
ダーツさんたちもアステリアを凝視している。
アステリアは魔族だ。しかもこの世界では大悪魔と恐れられるほどの。
そんなものが目の前に現れたんだ……ダーツさんたちの気持ちを思うと……
「ダーツさん……ごめんね。魔族は皆にとって……」
「いや、いいんだ……お前が無事だったんだ」
そのやさしい言葉に、目じりに浮かんだ涙で視界がぼやける。
うぅ、なんか涙腺弱くなってる……
「それよりアキラ……あれがお前が言っていた魔族の幹部……か」
ダーツさんにうなずく。
偽物の王とバレるまではきっと心強い味方であるはず。
バレたら、あの力がボクに向くわけだけどね……
黒い霧はいまだこの街を覆っている。
だけどボクの周囲から200メートルくらいは黒い霧が晴れている。
これも意味がわからない。
なぜここだけ……
そのおかげでアステリアを呼べたんだけども。
それにミンチにされたのに生きてるメーヤって何者なんだ。
アステリア……勝てるんだろうか……
「おひさし~ぶりね~~、おぼえてるぅぅ?」
「……? あなたが勇者メーヤなのね……お初にお目にかかるわ。
アキラ様のつ、つつつ、妻の……アステリアよ」
アステリアがどさくさに紛れてとんでもない爆弾発言を放つ。
待って! 奥さんにした覚えないし!
カザリさんとリアンヌさんがボクを睨んできた。
アステリアじゃないけど、目から炎が出るんじゃないかってくらい激しく。
誤解だってば……
でも、メーヤはアステリアのこと知ってそうだけど、アステリアはメーヤを
知らないみたいだった。
一方的に知ってるってあり得るんだろうか。
「つ……妻あぁぁぁ~~!? ゆるさ~~ない~~!」
「勇者の強さは魔族の間でも有名よ。さあ、あなたの力を見せてみなさい」
次の瞬間、メーヤの体を業火が覆い尽くす。
肉を焼く独特の臭いがここまで漂ってくる……
しかしメーヤの体は焼けるそばから再生していく。
「あ~ん……ちょっと、あっちぃ~!」
勇者の再生能力を目にしたアステリアの眉間にしわが寄っている。
メーヤは触手を振り上げ、アステリアへ目がけて叩きつけた。
石畳が捲れあがり、それだけでは終わらず、さらに大地が割れた。
ボクたちのいる場所まで地響きが伝わってくる。
「くそ女がぁ~~! 生意気ぃ~~~~!」
「アステリア!」
思わず叫んだボクだけど……
アステリアは触手が触れるか触れないかの位置に立っていた。
どうやら紙一重で避けていたみたい。
「あら残念。ハズレ」
メーヤの体中に血管が浮き上がり、口元が引きつっている。
かなり怒ってるみたいだ……
今度は一気に無数の触手をアステリアに叩きつけていく。
鞭のようにうねる触手が轟音を響かせて大地をえぐる。
無数の破片が飛び散る。
こっちにも破片が飛んでくるけど、ボクたちの手前で急に失速して落下する。
ネロさんが精霊魔法で障壁を張ってくれたみたいだ。
破片はまるで拳銃の弾丸のような勢いで飛んでくる。
当たったら大けがどころじゃ済まない。それを防いでるのだから魔法ってすごい。
ただ、念のために全員もっと距離を取る。
メーヤの触手による苛烈な攻撃は続き、周りにいた死者たちが巻き込まれて
木の葉のように吹き飛んでいく。
砕けた大地で土煙がもうもうと立ちこめ、アステリアの姿が見えなくなる。
アステリア……大丈夫なのか!?
「あら残念……全部ハズレ。アキラ様なら触手をもっとうまくお使いになるのに……」
土煙の中からアステリアの声がした。
土煙が晴れると、アステリアがボクを見て顔を赤らめていた。
「いや、ボクに触手ないし……」
「男の子なら立派な触手が1本は……」
カザリさんが変なツッコミを入れるが、ダーツさんがすかさずカザリさんに
ゲンコツをくらわせる。
とにかくアステリアは無事だった。
あれだけの攻撃の雨をすべて避けていた……
涼しい顔で立っている。
いや、よく見るとアステリアの立っている場所だけ地面が砕けていない。
彼女の周りはクレーターのようになっているのに。
ボクには何が起こってるのか、さっぱりわからない……
リアンヌさんが驚きで目を何度もしばたたかせ、滝のように汗をかいて唸る。
「あのアステリアという悪魔……とんでもないわい。
触手の攻撃を……いや、ありえんじゃろ……」
「なんだ!? リアンヌさん教えてくれ。俺にはさっぱり見えねぇ」
ダーツさんが急かす。
ボクも教えて欲しい。全然見えてないので……
というか、リアンヌさんって凄いな……あの猛攻がちゃんと見えてたんだ。
リアンヌさんは唾をゴクリと飲み込んだ。
「ハハハ……あの女悪魔……触手に息を吹きかけただけで……
攻撃を逸らしていたのじゃ」
リアンヌさんが口をとがらせ、フーフーと息を吹き、見本を見せてくれる。
全員が一斉に素っ頓狂な声を上げた。
「「はぁっ!?」」
圧倒的な力で魔族を退け、世界中の国々を黙らせた勇者……
そして、体をあんなに引きちぎられても蘇るような化け物の猛攻を……
息を吹きかけるだけで凌いだ?
ボクは腰が抜けた。
ペタンという音と共に座り込んでしまった。
「なんだそれ……」
ボクの声に、皆一斉にうなずいていた……
でも……まって……
勇者メーヤは……15年前、アステリアたち魔王軍を撤退させたんじゃなかった?
アステリアはメーヤのことを覚えてないようだったけど……
メーヤはアステリアを知っていた。
多分、会ったのはちょっとだけで、それで記憶にないのかもしれない。
ってことは彼女たちは、直接戦ったことがないってことだ。
勇者が魔王軍を撤退させたといっても、兵士たちを退けただけ……とか。
幹部が出る前に魔王が行方をくらませ……撤退。
そんなところだろうか?
「うふふ~~、あなたやるわねぇ~。
ちょっと楽しいわ~」
触手が全てかわされたのに、焦るそぶりもなく余裕の口ぶりのメーヤ。
巨大な肉塊のメーヤが縮んでいく。
再び人の姿をとると光り輝く美しい女性が現れた。
「私ぃ~気持ち良くなると~姿くずれちゃうのよぉ~。うふふ~」
魔導師ファージスさんが首を横に振りながら、疲れたようなため息を吐き出す。
「あれほどの強さを見せた死者たちが、メーヤ様にとっては快楽を得る道具に
過ぎぬ……か」
あまりに滅茶苦茶だ……
本当にこれ、神と悪魔の戦いだ。
ボクたち普通の人間はただ逃げまどい、踏みつぶされるだけの存在なんだ。
アステリアが少し怖い表情をする。
「やっと真の姿を見せたわね……
油断させるのが目的だったのかしら?
……なるほど……その姿になった途端、あなたとても強そうね……」
「あはぁ~、アステリアって言ったっけ~? ちょっと調子に~乗りすぎねぇ~?
少し本気だしちゃおっかな~って思って~」
「どうぞ。噂の勇者の実力、どんなものか見せてほしいわ」
「ほんと~ムカつくわねぇ~」
メーヤの体が輝きを増していき、体の輪郭が滲んで徐々に見えなくなっていく。
うう、眩しすぎて直視できない……
そしてメーヤが突撃した。
アステリアに光の塊がぶつかったように見える。
メーヤが突撃しながら剣を振りかぶる……ボクにわかったのはそこまでだ。
そこからはメーヤの動きが目にも止まらない速さになって全然見えない……
メーヤの姿自体がはっきりとは見えない。
光の柱の中にアステリアが立っているようだ。
「リ……リアンヌさん、今どうなってますか? よければ実況を……」
リアンヌさんに実況の解説を求める。
「う、うむ……あいわかった。任せよ。
えー……今、女悪魔がまた息をフーフーしておる!
メーヤの、ガガガ! っと振り下ろす剣もまったく当たらぬ。
ぬ! 女悪魔が爪で、メーヤの剣をピンピンってしておる!
フーフーするだけでは、跳ね返せないようになってきたのじゃろうか!
ああ! メーヤがビュンってやったのを、女悪魔がぎゅぎゅんってしてる!
すごいぞ! シュバシュバシュバっとすごい攻撃だ!
ブブルンってした! あんなかわし方あるのか!?
しかし女悪魔はずっと防戦だな……
おおーっと! ついにバサバサっと……」
魔導師ファージスさんがリアンヌさんの頭にチョップした。
「いだいっ!」
「全然わからんわい!」
うう、申し訳ないけどリアンヌさん……ボクにもさっぱりわかりません……特に後半。
「す、すまんのぅ……夢中になりすぎたかのぅ……
要点だけにしておくわい」
お願いします……助けてリアンヌさん。あなただけが頼りです。
よくわかんないけどアステリアは防戦一方みたいだ。
でも、ボクから見えるアステリアはまったく動いておらず、
ただ優雅にその場で立ってるだけのようだ。
「リアンヌさん。アステリアは……ピンチなんでしょうか?」
「いや、一度も攻撃をくらっておらぬ。
メーヤの方が焦ってるように見えるわい」
全然余裕なのか……良かった。
そのとき、アステリアが大きく飛び退いた。
えっ!? ど、どうしたんだろう。
なぜいきなり避けたんだ?
「うふふ~~。余裕なくなっちゃったかしらぁ~?」
な、なんだ……なにが起こって?
教えてリアンヌさん!
「……なんじゃ……なにが起こったのじゃ……?
別に変わったところはないように見えたが……
メーヤが何か仕掛けたのじゃろうか?」
リアンヌさんにもわからないみたい。
じゃあ、いったい何が……
またメーヤが近づき、アステリアは再びジャンプして大きくかわす。
アステリアがジャンプする前にいた場所の周りの死者たちが、
突然メーヤの剣に吸い込まれていく。
ん!? どーなってるんだ?
「うふふ~。この剣は私の体の一部なのぉ~。
この剣で斬ったものは~、なんでも食べて吸収ぅ~私の力となるの~」
「それがあなたの真の力ってわけね。
……なるほど、喰らうほど強くなるのね……」
アステリアから微笑が消えた。
さっきまでの余裕がなくなってる……
光の塊になったメーヤがアステリアに迫る。
しかし剣に触れる事は許されない。爪で弾くことさえできない。
光が近づくたび、アステリアは瞬間移動したようにかわし続ける。
目が追いつかない……
2階の建物の屋根にいたかと思えば、次はまったく離れた別の建物に現れる。
光になったメーヤもアステリアに追随し、瞬間移動してるようにしか見えない。
街の中であちこちの家に明かりが灯り、細かく明滅を繰り返してるように見える。
光が出現した瞬間、そこにはポッカリと穴が開く。
それが地面であろうが、建物であろうが、光の塊が訪れると何も無くなっていく。
これは……メーヤの剣が地面や建物を食ったのだろうか。
建物も地面も消え去っていく。
やけに静かだ……
こんなに激しい戦いなのに、まったく音がしない……
ボクの体が未知の戦いに恐怖し、大きく震えていた。
そして光の明滅がなくなり、代わりに光の線が見えるようになった。
まるで蜘蛛の巣のように光の線が街中に張り巡らされていた。
その糸は猛烈な勢いで蜘蛛の巣の隙間を埋めていき、
ついにはただの光の塊になっていった。
「だめじゃ……もう動きについていけぬ……」
リアンヌさんが根を上げる。
というか、今まで見えてたんだね。
ここまで付いていけるって、この人も相当な化け物だ。
突然、メーヤの声が聞こえた。
「な~にぃ~? この程度で~私のアキラくんを~奪うつもりだったのぉ~?
笑わせるぅぅぅ~~!」
アステリアが不意に止まった。
美しい顔に怒りが現れる。
「私の……アキラくん……?」
メーヤの嬉々とした声が聞こえた。
「あらぁ~諦めちゃったぁ~~~?
じゃ、ば~いば~い~」
メーヤの光がアステリアに衝突した。
「アステリアっ!?」
……だが、悲鳴を上げたのはメーヤだった。
「ひあああああああああ!」
メーヤの光が弱くなり、ボクにもその姿が捉えられた。
手に持っていた剣の刀身が溶けている。
ドロドロに溶けた剣が大地に流れ落ち、穴を穿つ。
「え……一体なにが……」
アステリアがいつも身に纏っている炎の色が、オレンジから青に変わっている。
というか、めちゃくちゃ暑い……
急激に周囲の温度が上がっていく。
アステリアの姿が揺らいで見える。
彼女の立っているあたりの地面が溶けだし、ボコボコっていう何かが
沸き立つ音が聞こえてきた。
これってやばいんじゃ……
このままじゃ、みんな高熱で倒れてしまう。
高温の空気を吸い込めば肺もやられるかもしれない。
有毒ガスも噴出してるはずだこれ……
ボクが焦っていると、突然ボクの周りの気温が下がった。
あれ……急に涼しく……
アステリアがこっちを心配そうに見つめて頭を下げた。
「気が回らず、申し訳ありません……」
魔法でボクを保護してくれたんだ……ボクだけを。
ファージスさんが風の防御魔法を全員にかけた。
大量の汗をかき、呼吸が荒い。
「うぐぐ……もぅ精神力がすっからかんじゃ……
というか、力がほとんど無かったからのぅ。今のは命を少しけずったわい……
やれやれ……
最上位の風魔法じゃなければ、この熱は防げないぞい。
この位置にいてもコレじゃ。あの女悪魔のそばは一体どれほどの……」
アステリア……皆にも魔法かけてほしかったな。
ふと気になったけど、魔法使いの精神力と、
魔族の体に流れる魔力って違うのかな。
死にそうなほど疲れてるファージスさんには今は聞けないな。
あとで質問してみよう。
もがき苦しむメーヤ。
「うああ、ががが~~~! クソヤロウ~~!」
アステリアがメーヤに近づく。
アステリアの青い炎がさらに激しく燃え盛り、周囲にいた死体が瞬時に燃えだし、
あっという間に消し炭になった。
……近くの建物があまりの高熱で自然発火している。
アステリアが歩を進めるたび、大地が溶ける。
いや、足を大地につける前にすでに溶けてしまい、マグマのようになっている。
アステリアは液状になった大地の上でも沈むことなく歩く。
メーヤはアステリアが近づくたびに退く。
「そ、そうか……超高熱で、メーヤの剣が触れる前に溶けたんだ……」
魔導師ファージスさんが驚愕する。
「なんという恐ろしい悪魔じゃ……やはり伝説の通りじゃ……」
伝説? アステリアって伝説になってるの?
「うぅ、お前~~~……なんなのぉ~卑怯すぎでしょ~~!」
メーヤの攻撃は触れることができない攻撃だった。
アステリアも同じく、触れることができない攻撃を返した。
その勝負はアステリアの勝ちだ。
触れることができないだけでなく、触れなくてもできる攻撃だった。
「あなた……超再生力を持ってるのね……
でも、燃え尽きちゃったら……どうなるのかしら?」
「ひっ……ひぃぃ~~~!?」
メーヤの顔が恐怖に歪んだ……
アステリアがどんどんメーヤに近づく。
メーヤは逃れようとしたが、足が地面とともに溶けて融合してしまっていた。
「な、な~に~~~!?」
大地から無理やり足を引きはがして飛び退ろうとしたが、体中が溶けだしていて
うまく体が動かず、そのままマグマの中に倒れ込んでしまった。
「ぎゃああああああああ!!!!」
メーヤの美しい顔も体も鎧も溶けだしている。
今じゃまるでスライムのようだ……
「や~……やめて~……溶けるぅぅ~~~!!!!
いや~だ~~~ああぁぁ!!!」
美しかったメーヤが原型を留めないドロドロな液体へと変わっていく。
「いやあああ……あぁ……ぁ……ア、アキラ……」
声が掠れ、ただのうめき声にしか聞こえない微かな声で僕を呼ぶ……
「……アキ……ラ……や……くそく……」
そして、メーヤはただの液体に変わった。
アステリアの纏う炎がまたオレンジ色へと戻っていく。
魔導師ファージスさんが腰を抜かし、地面に座り込む。
「あの……勇者様が……こんなにあっけなく……」
結果的にはアステリアの圧勝だ。
こんなに力の差があるなんて……
それに……ボクにとってなんとなく複雑なのは、ボクははじめ、勇者に力を借り、
魔族を倒して友人を救い、元の世界に戻ろうとしていたんだ。
結果だけを見ればそうならなくて良かったわけなんだけど。
でも、魔王の日記にはこの世界の勇者は強いって書かれてたんだけど……
アステリアは魔王以上に強いってこと?
でもアステリアは魔王の配下だったんだよね。
ううーん……
でも、カノンや死者たちの復讐は果たせた。
こんなことで喜んでくれるとは全然思わないけど……
アステリアがボクのそばにやって来てひざまずく。
だまってボクの顔を見つめる。
アステリアの顔は赤く火照っている。
暑くて……じゃないよね。
「よ、よくやったね……アステリア。見事だった」
アステリアは嬉しそうに頭を下げる。
「もったいないお言葉……」
ボクは周りを見回した……
いまだ立ち尽くす死者もちらほらいるが、
倒れた死体の山で街の大通りは埋め尽くされている。
そして空にはいまだ黒い霧。
これどうすればいいんだ……
勇者メーヤは消滅したけど、黒い霧は残ったままだ。
ダーツさんたちはアステリアを警戒して近づいて来れない。
そうだね……便利屋のように使っちゃってるけど。
「アステリア、ゆっくり城で休んでくれ……」
悲しそうに潤んだ目で僕を見てくるが……頭をナデナデしてあげたら、
悶えて転がっていった。
「ぜひまた呼んでください! なんなら今呼んでくださってもいいですよ!」
今は呼ばないよ……
アステリアはそう言い残し去っていった……
アステリアが去った方向を見ながら、魔導師ファージスさんはつぶやいた。
「我ら人類の守護者が消えた……
この先、我々はどうなるのじゃろうな……」
ファージスさんはボクをじっと見つめる。
「少女よ……お主が希望の光じゃ」
いい加減、少女はやめて……
でも、その通りだ。
勇者が死んだ今、魔族は人類を簡単に攻め滅ぼせるだろう。
そんなことはさせない……偽物だってばれない限り。
だけど、それもいつまで持つか……
これから僕はどうすればいいのか。
元の世界にいるという勇者の到来を待てばいいのか……
西野さん……
いまだ晴れない黒い霧が、暗雲に閉ざされた未来を暗示するようで、
僕の心は不安でいっぱいになった……