第21話「降臨」 ☆
またしてもイラストがあります。どうぞイメージ補完に( ^ω^)v
カケイドの街の東にある商店街は、いつも以上の人出でにぎわっていた。
今日は【カケイド誕生祭】前日だ。このあたりで年に1度の大きな祭りだけ
あって、カケイドの市民だけでなく近隣近在の村人たちも押し寄せている。
祭りの見学者を目当てにすでに屋台も出店されていて、祭りの準備をする
市民たちと混ざって、通りはごった返している。
そんな商店街の通りのど真ん中で、どう見ても幼い少女にしか見えないメイドが
大きな声で叫んでいる。
「はい、皆さま、あなたたちは選ばれました。
おめでとうございまーっす!
いつもより余計におめでとー! おめでとー!!」
「……少し暑くなってきたしな」
頭が少し弱い子と思われたのか、そんなつぶやきが聞こえて
メイドの額にはぴきぴきと青筋が立つ。
しかし気を取り直して息を大きく吸い込み、そして吐き出す。
メイドの口から出たのは青白いモヤ。
それはたちまち通りに広がっていき、通りにいた者や家の中にいた者、
すべてが昏倒していく。
モヤが晴れたころにカケイドの騎士たちが大勢現れ、倒れた人々を
黙々と荷馬車に積んでいく。
「パール、お疲れ様」
20代後半くらいの黒髪のメイドが、パールと呼んだ幼い少女のメイドをねぎらう。
「はーしんど……
とりあえず、ここの区画はOKかなー」
パールが老人のようにがっくりと腰を曲げため息を吐く。
「ジェット、あたしゃもう飽きたよ」
パールは腰をトントンと叩き背筋を伸ばす。
「まだまだ仕事はあるんだから……がんばりなさい」
「はぁジェットはマジメなんだから……少しくらい休みながらでも
いいでしょー。
ほら、騎士ども! お前らの働きが悪いから、あたしが怒られるんだ!
キリキリ働け!!」
本来であれば貴族である騎士の方がメイドより身分が上のはず。
しかしメイドは当然といった様子で騎士たちに命じる。
騎士たちは何も言わず、ただ黙々と少女に従っている。
だがその表情は強張り、顔色は青ざめていた。
その様子は、主の機嫌を損ねない様にと必死に働く奴隷のようにも見えた。
「次の区画行くよ!」
☆
「こ、これはこれは勇者メーヤ様……
わざわざこんな場所にお越しいただき……恐悦至極にございます」
カケイドの領主ラゼム・エレハイムは、ほぼ髪の残らぬ頭を深く下げる。
ラゼムはしかし、挨拶を終えても下げた頭を上げることはしなかった。
その顔は蒼白で、汗が滝のように流れている。
ポタポタと流れ落ちた汗が、高級な絨毯に染みをつくっていく。
「いいのよぉ、元気だったぁ~? えっと~……」
「ラゼム……でございます」
「あ~あ~そうそう~。ハゲムちゃんねぇ」
「ハハハ……」
ラゼムの執務室にやってきたのは美しい女性だった。
腰まで届く艶やかな色素の薄い金髪。
少し釣り目だが大きな瞳、鼻はこぶりで少し大きめの口。
肩が大きく開いた真っ白なロングドレスに身を包み、腕には黒の手袋を
はめている。
白に近い金髪に加え、肌も白くドレスも真っ白なので、
とても儚げな印象を与える。
だが表情だけはそんな印象とは正反対で、不自然なほど豊かだ。
メーヤはこの女性の皮がお気に入りで、人前に出る時はたいていこの姿だ。
彼女の背後には直属の部下であるメイドが2人控えている。
そのうちの1人はカノンをメーヤの元に連れていったメイド、
20代後半の黒髪の女性、ジェット。
もう1人は街中で騎士たちに命令していた幼い少女パールだ。
「今回も感謝してるわよぉ。ご苦労さま~」
「メーヤ様のお役に立てたのなら幸いでございます。
いえ、ひいてはこれが全人類のためでもございますので、
このラゼム、喜びに震えながらご協力させていただきました」
「あはは~。ツルツルになったせいで、口もツルっと回りやすくなったの~?」
「ハハハ……」
「あ、そうだぁ。今日だっけ~? リアンヌちゃんが帰ってくるのって~?」
「リアンヌ・ダークですか。もう帰ってきてはいるのですが……
まだメーヤ様へご挨拶に伺ってないとは……困ったやつだ。
あとでしっかりと灸をすえておきますので……」
「そっか~。会いたかったけどぉ、そろそろ、私行かないと~。
今度また会いにくるわねぇ~」
「はっ! メーヤ様、お勤め頑張ってください……」
メーヤがやってきた時から、ラゼムは今も頭を下げっぱなしだ。
目を合わせると心の中が読まれてしまいそうだった。
だから彼は目線を合わさぬようにとずっと頭を下げている。
側近のメイド、ジェットが扉を開ける。
メーヤは退出する間際、ラゼムに何気なく声をかける。
「あ~、そ~そ~。その汚い顔、ずっと見せなかったのは正解よぉ~。
もし顔を上げてたら……ミンチの刑だったかもぉ~
な~~~んちゃって~~~~。
あは~、びっくりしたぁ~?」
「は……ははは……」
「じゃ~、ごきげんよぉ~」
メーヤが退出し、足音が遠ざかっていく間も、ラゼムは顔を上げることが
できなかった。
頭を下げたままの姿勢がきつくなり、筋肉が痙攣しだしたころ、
ラゼムは意を決してやっと顔を上げた。
ほっと一息つくと、脱力するようにイスに座った。
体中が汗にまみれている。いまさら体がガタガタ震えだす。
(いや、メーヤ様がいる時に震えてくれなくて助かったよ……)
自分の体に礼を言う。
その時、コンコンとノックの音がした。
「ワシじゃ」
ラゼムはノックの音で心臓が止まりそうになったが、メーヤでないことが
分かって安心する。
深呼吸をし、落ち着きを取り戻してから返事をした。
「ファージス様ですか……どうぞ」
入って来たのはファージス。近隣諸国にまで名を轟かせている魔導師だ。
ファージスは昨日この街に、カケイドの女神リアンヌ・ダークと共にやって来た。
「まったく……来客も告げず、外にいるメイドは何をしているんだ」
ラゼムは叱ろうとメイドを呼びつける……が、ファージスに肩を叩かれ、
ボソリと告げられた。
「食われておったよ……」
ラゼムはストンとイスに崩れ落ちる。
「死体はワシが片付けておいたわい……」
「……」
「ご苦労だったのぅ……
安心せい。食われていたのは扉の前に控えておったメイドだけじゃ。
あやつのことだ。お前をびっくりさせたいためだけに食ったのじゃろうて……」
メーヤが退室したことで弛緩しきっていたラゼムの体が再び震える。
心の中でさえメーヤへの不満を形にしたくなかった。
メーヤにばれてしまう…そう思ってしまうからだ。
それでもよぎってしまった。
(化け物め……)
慌ててその考えを頭の中から振り払い、辺りをキョロキョロと見回す。
メーヤがどこかで聞いているのではないか……という風に。
魔導師ファージスがラゼムの向いのイスに腰かけた。
「この世界に訪れる、15年に1度繰り返される悲劇……じゃ……」
ラゼムも微かにうなずく。
「15年ごとに色々な国で無作為に行われてきたのに、前回カケイドで、
今年もここ、カケイドなんですよ……
なぜ2連続でカケイドなんですかね……」
「さあのぅ……メーヤの考えてることはわからんわい。
それに、本当にこれが人類のためなのか……ワシは疑問じゃがな」
「ファージス様……それは思っても口にされない方が……」
「ふん……仮にどこの国で行われようと、民衆の命が奪われるのは同じじゃ。
すべては勇者の力を取り戻すため…と称してのぅ……」
憔悴した顔のラゼムが下唇を噛み、唸りながら声を絞り出す。
「私も…これが正しいとは思えません。
しかし、あのお方……メーヤ様が世界を救っているのもまた事実なのです……」
「……わかっておる。
すまんのぅ……
確かに彼女がおらねば、15年前の魔族の侵攻でより多くの死者が……
いや、人類は滅んでおったかもしれんからのぅ」
ラゼムはイスから立ち上がり、窓際へと歩いていく。
外を見渡し、遥か彼方に見える山々を見つめる。
「我々は……神々の戦いの中で、ただ利用されるために生かされているに
過ぎません……
人々はそれを知らずに生きてるだけ。
真実を知る者は、怯えながら生きていくだけです……」
窓の外を見ると、騎士は訓練に励み、メイドは掃除や洗濯物を干すので
忙しそうだ。
そこには何も知らない人々の変わらない日常があった。
魔導師ファージスは目を細め、ラゼムと同じく外を見つめる。
「……そうとも言えぬぞい。
遥か東にあるという伝説の国、そこは神の再来と呼ばれる女王ヒミカが
治めており、サムライと呼ばれる戦士は魔神の如く強いと言われておる。
西のアークレシア帝国には最強のドラゴンナイト軍団がおる。
それを率いるダンテ将軍は古のドラゴン、グリムリーパーを手懐けたという。
そして北のヴァルキリー、南のシルヴァ……他にもワシの知らぬ国の
英雄たちもおる。
まだまだ世界には、比類なき力を持つ者たちがおるのじゃ。
しかし…それら全ての力を結集せねば魔族には勝てぬ……
勇者……にもな……」
「世界連合……ですか。ははは。夢物語ですね」
ラゼムは疲れたように乾いた笑いを上げた。
「……そーじゃな……見果てぬ夢じゃ。
できなければ、ワシらは永遠に神々の奴隷じゃがな。
ワシは待っておる。
いつか、真の英雄があらわれ……
人類をひとつにまとめ、神々の支配から解き放ってくれるのを……」
「それは、夢ですよ……ファージス様」
「……1000年待った今でも、いまだ現れておらぬしのぅ」
2人はそれきり黙り込み、ただ静かに外を見つめていた。
☆
「うぅ……いてぇ……」
10代後半の青年、ナディスは呻いた。
どうやら眠っていたらしい。
上半身を起こすと、恋人のユリイナがナディスに抱きついてきた。
「良かった……ナディス。無事だったのね」
ユリイナとはずっと幼馴染だったが、つい先日から付き合うことになった。
思い切って彼女に告白すると、ユリイナはすんなり受け入れてくれた。
ずっと片思いだと思い込んでいたが、ユリイナもナディスのことを
ずっと好きだったらしい。
ナディスの人生がバラ色になった瞬間だった。
そして今日は2人の初デートの日。
デートは明日の【カケイド誕生祭】にしようという話もあったが、
その日は家族とお祭りに出かけるとユリイナが言ったため、今日になった。
「無事って……?」
「ねぇナディス……ここってどこ? なんで私たちこんな所に?」
「……え?」
不安げな声のユリイナに問われ、ナディスは周りを見渡した。
そこにはたくさんの人々がいた。
「なんだ……ここ……」
さっきまではユリイナと手をつなぎ、商店街通りを歩いていたはずだった。
いまは高さ4メールほどの土の壁に周囲を囲まれ、足元には石畳ではなく
むき出しの地面が見えている。
そして出口らしきものも見当たらない。
カケイド北門の大広場よりは狭そうだが、それでもかなりの広さだ。
「数百人? 数千人はいそうな気がする……」
「そ、そうだ……そういえば…なんかメイドに……」
他の人々もわけのわからない状況に混乱し、あちこちで怒声も上がっている。
地震でもあって商店街が陥没でもしたのだろうか?
ナディスは一瞬そう思った。
しかし周りには建物の残骸もなにもない。ただ土の壁と大地が広がっている。
大けがをしている者もいて、あちこちから悲鳴も聞こえる。
中には死にかけの者や、獣に食われたような女の死体もあった。
「一体なにが……」
そのとき、軽やかな女性の声が響き渡った。
「こ~~んに~~ちわ~~~」
ざわめきが大きくなる。
これだけ大勢の人々のざわめきを凌駕する大きな声。
それは人では出せない声量だ。
人々は周りを見回すが、声の主が見つからない。
一体どこから声が聞こえているのか。
「本日は~お忙しい中ぁ~私のために~集まってくれてありがちょ~~ん。
カケイド誕生祭の前日祭のは~じまり~~」
ナディスはユリイナの手をぎゅっと握る。
2人の手は震えていた。
「だ、大丈夫……俺がいるから……」
「ナディス……」
「ああ~、そこの2人~、いいわぁ~。
まず~、あなたたちにぃ~けってぇ~~~~」
ナディスとユリイナの前に白に近い金髪の美しい女が忽然と現れる。
彼女は2人をじっと見つめている。
こんな状況なのに、ナディスはその女に見惚れてしまう。
2人の前に現れたのは勇者メーヤだった。
「や~ほ~~。
ナディスに~、ユリイナね~?」
「……え?」
ナディスは気がついた。
今まで聞こえていた謎の声の主だ。
なぜこの女は自分たちの名前を知っているのか…
「今からね~、あなたたちのためにぃ~、結婚式しちゃいま~っすぅ。
病めるときもぉ、健やかなるときもぉ、以下略ぅ~」
何が起きるというのか…2人は怯えた目で女を見つめる。
ナディスは思わずユリイナを抱きしめていた。
周りにいる人々も、なんだかわからぬまま遠巻きに見ている。
「はい~、誓いのキスあ~~んどぉ~、指輪…あは。肉体の交換を~」
メーヤがそう告げた途端、ナディスとユリイナは抱き合ったまま、
見えない万力で締めつけられるかのように押さえつけられる。
密着した互いの体がつぶれていく。
バキベギギ、メリメリっという嫌な音が鈍く響く。
「ぐがああぁあ!!」
「ぎぃやぁぁああああ!!!」
ナディスの体から突き出した骨が、ユリイナの体にめり込む。
ユリイナのつぶれた肩の肉が、ナディスのはじけた肩肉の中に潜り込んでいく。
まるでキスの唾液交換のように、お互いの骨と肉を交換しているようだ。
互いの顔もすでに半分ほどめり込みあっている。
ナディスの左目は飛び出し、ユリイナの右目はつぶれ、鼻、口も潰れてくっつき、
ナディスとユリイナは、本当にひとつになっていく。
メーヤはうっとりと2人に見惚れている。
「これよね~、本当の結婚はこうじゃないとねぇ~。一心同体~」
メーヤの声をきっかけに思考が戻ったのか、周囲の人々から絶叫が上がりだす。
それは次々に伝染していき、大パニックを引き起こすまでさほどの時間は
かからなかった。
今や無理やりに重なり合い、一人の人間になったナディスとユリイナ。
彼らはその状態でも、驚くべきことに…生きていた。
「ユ……ユリイナ……!」
「ナディス~……いだぃぃ!」
「ユリイナ! くそ! 動かないで! いだいぃ!!」
「あんたこそ動かないで! いだいのよぉぉぉ!
なんで私を抱きしめてたのよぉぉ! あんたのせいよぉぉ!」
「なっ!? おまえこそ!! 俺に抱きついてたじゃねーか!」
耐えがたい激痛のため、お互いの体を離そうとする。
さっきまではいくら抗っても押さえつけられていたのに、あっさりと2人の体が
分離した。
しかし……どういう魔術なのか、いまや互いの血管、神経、全てが繋がっていた。
2人が自らの意思で離れると同時に、ブチブチという嫌な音をさせ、
それらが切れていく。
「い、嫌ナディス! 離さないで!」
「ユリィナ!!」
「「ぎゃああああああああああ!!!!!」」
2人の体が倒れ、痙攣を繰り返した後、その動きは静かになっていく。
幼馴染を想い合う2人の指先は、かすかに重なり合っていた……
「うん~……永遠の愛なんてぇ~中々見つからないってことよねぇ~」
得体の知れない力を見せつけられ、恐怖に囚われた人々は我先にと逃げまどう。
「あ、悪魔だぁぁぁぁ!!」
「助けてえぇぇえ!」
「悪魔って~心外だわぁ~。これでも勇者って言われてるのよぉ~?
知らないかしらぁ~? 勇者メーヤって~?」
誰からの返事もない。
返ってくるのはただパニックになった人々の絶叫のみだ。
「なんかぁ~、久しぶりに復帰したアイドルの気分~」
人々は出口を探す。しかし見つからない。
唯一の出口といえば四方を取り囲む壁だろう。
その壁を登ろうとするが4メートルもある。
道具も技術もなしに、垂直にそびえ立つ壁を登れるわけがない。
それでもパニックになった人々は、死にものぐるいで登ろうとあがく。
壁をよじ登ろうとする人間を踏み台にして、さらに登ろうとする。
下敷きになっているのはほとんどが弱い者たち。
つまり、子供、老人、女性だ。
「うふふ~、これが私が守ろうとしてるぅ~人間の本性ぉ~」
「ほんと~醜くて好きぃ~」
何を思ったのか、メーヤは人々が逃げ惑うさまをうっとりと眺めながら、
自分の目に指を突き刺し、眼球をえぐり出す。
そして人々の中に目玉を投げつける。
メーヤの目玉は、大口で悲鳴を上げている女性の口の中に入り込んだ。
女性は思わず異物を飲み込んでしまい、咳込んでいる。
女性の腹の中でメーヤの眼球に横線が入り、パカっと開く。
そこには人間の口があった。
そして……目玉は女性の胃袋を食い始めた。
「ぎゃ! ぎゃあああ! お腹いだいいぃ!」
女性は倒れ込み、腹をおさえジタバタと暴れる。
胃壁を突き破り、膵臓、肝臓と、どんどん内臓を食い破られていく。
女性は生きたまま体の中を食われていった。
「うふふ~おいしぃぃぃ~~」
舌なめずりして恍惚とするメーヤ。
「ああ~ん! もっと食べたいいぃ~~」
メーヤは嬉しそうに叫ぶと、自分の舌を引きちぎり、残った目玉もえぐり出す。
それらを逃げまどう人々に向けてどんどん投げつける。
投げられたメーヤの体は、目と同じく舌にも人間のような口が開き、
人々を食い散らかしていく。
自分の心臓を取り出し、投げる。
腸を引きずり出し、男に投げて絡めとる。
己の体を自らの手で次々に解体し、投げていく。
「うは! うは! うははははは~~~~!
私の体の隅々までぇ~あなたたちのぉ恐怖と怒りと悲しみを~~」
手が虚空をつかんだことでメーヤは気づいた。
すでに体内の内臓は全てなくなっていた。
「あらあら~~。からっぽじゃないの~。
じゃ、私もぉ本気で食べちゃおうかしら~」
メーヤ自身も人々に襲いかかりだした。
犠牲者たちの絶望の悲鳴はさらに大きくなっていく。
呼吸をやめた血だらけの肉が重なりあい、死体の山が築かれていく。
次々とメーヤが食う。そして飲み込む。
だが飲み込まれた臓物は、メーヤの大きく空いた腹からこぼれ落ちていく。
「おなか~ふくれな~~い。おかしぃな~。もっといっぱい食べないと~」
人々の声は次第に小さくなっていった。
……ついには静かになり静寂が訪れた。
メーヤの元に、自身の内臓が次々と戻ってくる。
「おっ……おっ~…なんかお腹いっぱいになってきた~……」
その体が光を放ち、白く輝く鎧が浮かびあがる。
「あはっあはっあはっ…しゅんごぉぉい~~」
赤く上気した顔、半開きの口から涎がたれる。
「くるわ~~! 15年ぶりにイキそぉぉ~~~!」
巨大な光の爆発が起こった。
光が収まっていき、その中から現れたのは、
真っ白な光輝く鎧を身にまとった天使のような女性。
勇者メーヤ。
15年前に魔王軍を撤退させた者。
それが今、復活したのである。
「うん~、久しぶりに力がみなぎるわ~」
「メーヤ様ぁぁ」
土壁の上からメイドが声をかけてくる。
「あらあら、おまたせ~」
「あ、勇者の鎧復活したんですねー。おめでとーございまーっす!
でも、そろそろいきませんとー。メインディッシュが逃げちゃいましたよー!」
メーヤは飛び上がり、土壁の上に着地する。
「あら~、どうやって逃げたのかしらぁ~……
だいぶ~おいしそうになったって聞いてたけど~」
「はい、どうも魔族が現れて救い出したとか」
「へぇ~……誰かしら……おかしいわね~、私にわからないなんて~……」
「でも絶対ダメぇ~。あの子は……私に~大事なものなのよ~……
あの子を手に入れてやっと私は~……」
微笑みをたたえた天使のような美しい顔、その顔が凶悪にゆがむと、
そこにあったのは、口が耳元まで裂け、瞳には狂気の色をたたえた
メーヤの憤怒の顔だった。
「誰が奪ったの~…私のアキラくん~。
その魔族にぃ~痛い目にあってもらわないとぉ~」
「……アキラくん~……私と約束したでしょ~。
あなたは永遠に私のものぉ~」
メーヤたちが去った後……
食い散らかされ、放置された死体の山の中で動く者たちがいた。
頭部を半分失い、目には光がなく、虚ろだ。
メーヤの食い残しの死体だった。
生きているときには登はんできなかった土の絶壁を、あっという間に登りきる。
土壁の上まで登り切った死体は、ある一点を目指し歩き始めた。
穴の中にいた人々の死体が続々と起き上がり、壁を登り、そして歩き始める。
カケイドの北門から立ち上る、天まで届く細長い黒い霧。
死体はそれを目指して動き出す。