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第19話「想い」

アキラは宿の一階で食事を終え、エールで食後の余韻(よいん)を楽しんでいた。


「あ、ボク、ちょっとトイレ……」


恥ずかしそうに席を立ったアキラ。

照れながらトイレへ向かうアキラを、カノンは微笑(ほほえ)ましく見ていた。

【カケイド誕生祭】というものが、5日後にあるらしい。

今からアキラと一緒に出かけるのが楽しみなカノンだった。



本来、カノンとアキラはこんなに親しく会話ができる関係ではない。

アキラは魔族の城レイスターの王であり、カノンは城で働くただのメイド。

直接会話することはありえない。ただ命令されるだけの存在。

それなのに、アキラはもったいなくもよく自分に話かけてくれると思っていた。

旅の間も、ただ命令してくれれば良いのに……と、首をかしげていた。



カノンは幼い時、すでに魔族の城レイスターにいた。

遠い昔なのでほとんど思い出すこともできないが、どこか別の次元、別の世界。

生まれたときにはすでに戦時中だった。

大きな大きな戦争。親もいたのかわからない。ただ気がつくと一人だった。

カノンはそこで死にかけていた。

大きな爆発があり、それに巻き込まれたのだ。

意識が遠のき、そして目が覚めると魔族の城にいた。

それからずっとメイドの仕事を叩きこまれてきた。

ただ命令されたことを忠実にこなすために。

仕事がこなせれば生きる事が許される。

失敗は死……

同僚(どうりょう)がグラスを落として割ったとき、彼女には凄惨な死が与えられた。

同じ魔族とはいえ、力こそすべての社会で、力の差がそのまま階級になる。

カノンは奴隷だった。

そんな場所でカノンは生きてきたのだ。


アキラにせがまれ、仕事の話をしたことがある。

メイドの仕事って大変なんだなぁと感心していた。

よくお礼も言ってくれる。

ご飯を作ってくれてありがとう、洗濯してくれてありがとう。

歌ってくれてありがとう。面白い話をありがとう……

本当に変わったお方だ……とカノンは思う。

だが、アキラの1つ1つの行為がとても嬉しい。

仕えることがこれほどの喜びになるのか……と、初めて思う。



カノンの心が大きく波打った瞬間があった。

それは……

冒険者のダーツがカノンの(のど)に短剣を押し当てたあのとき。

人間のふりをしなければいけないアキラは、魔力を使うことができない。

力を解放しなければ、魔族もただの人間と変わらない。

魔力が肉体の強化につながるからだ。

魔力を体に流し込むと肉体に変異が起こる。

ある者は炎が()き出し、ある者はコウモリのような翼が生える。

その姿から、魔力で肉体強化ができる者を魔族と呼ぶのだ。

変異は個人差がある。

小さな角が生える程度から、液体にしか見えなくなる者まで。

ほとんどの魔族は禍々(まがまが)しい姿をしていた。


カノンの魔力では、変質は髪の色が変わる程度。

緑の髪という特殊な色だったが、茶色に()めた今、普通の人間にしか見えない。

だがアキラはどう見ても人間だ。髪の色さえ変わってないのだから。

力を使ってないのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。

そんな危険な状態なのに、カノンを助けようとした。

あの場で命を落とす危険性もあった。

それでも、アキラはカノンを助けようとしたのだ。

あまりにもありえない、信じられない。そんな光景だった。

あのとき、嬉しさのあまり涙が流れた。

カノンにとってそんな涙は初めてだった。


いつからか、カノンの心に芽生え始めた微かな想いがあった。

それは決して口に出すことは許されないもの。

王とメイドの間で決してあってはならないもの。

だからカノンは固く誓う。

たとえ命尽きる日がやってきても……その想いを口にしないと。





アキラの用足(ようた)しを待つ間、カノンは外を(なが)めていた。

窓の外で、白のワンピース姿、白い帽子をかぶった金髪の美しい女性が

カノンに手招(てまね)きしている。


「!!」


カノンは(はじ)かれたように外へ飛び出て、頭を深く下げ挨拶をする。


閣下(かっか)……」

「フフフ……こんな人通りの多い所で閣下はおやめなさい」


美女の声がとても低く響く。


「はい、すみませんでした…ルーシー……さん」


美しい美女は、魔王軍第四軍団長、悪魔の紳士ルーシーだった。



カケイド北門の大広場。その名前の通り北門の広場はかなり大きく、

広場を通り過ぎるだけでも30分はかかる。

交易(こうえき)のために訪れた馬車の荷下(にお)ろし場だが、

カケイドの恋人たちのデートスポットにもなっている。

そのため、大広場の周辺には食堂や装飾品屋などの店も多数存在している。

酒場から10分ほど離れた場所、噴水そばのベンチに

悪魔の紳士ルーシーは腰をかけ、カノンはその前でひざまずいていた。


「先ほどは偉大なるお名前をお呼びしたご無礼、お許しくださいませ」

「ああ、良いですよ。人がいる場所では、フランクな態度で接し、名前を呼べ

 と言いましたからね。ここも人がいるんだから、フランクにね?

 フフフ……まるでアキラくんみたいでしょう? フフフ……

 カノン、キミも普通に座りなさい。

 こんなところでひざまずいてるのも変でしょう?」


はいと返事をすると、カノンもおずおずとベンチに座った。


「わざわざ閣……ル、ルーシーさんがこんな所までいらっしゃるなんて……

 (おっしゃ)っていただければ、すぐに私が……」

「ああ、私の本体は今も城ですよ。この体は【眼】だけで作ってます」


「……それで、今回も変わったことは?」

「はい、朝食のとき、陛…アキラさんがスープをひっくり返しました。

 そのあと出発する時、なにもないのにつまずいて……」

「ああ、ああ、もういいです……いつもと同じなのですね。

 やれやれ……」


大げさに肩をすくめるルーシー。


「まったく……なにかおもしろいことがあると思ってあなたに監視を頼んだのに。

 ただのどじっ子の観察日記じゃないですか」


そう言いながらも、セリフとは裏腹(うらはら)になぜか楽しげなルーシー。

まぁいつも笑顔なのだからそう見えるのかもしれないが、

雰囲気から楽しんでいるのは伝わってくる。


「ん? どうしましたカノン。なにかソワソワして…トイレですか?」

「あ、いいえ…その…アキラさんになにも伝えないまま来たものですから……」

「はっはっは。かわいいですねぇ……」

「あの……他にご用はございませんか……?」

「ああ、もうないですよ」

「それでは私、陛下の元に戻らせていただき……」

「いえ、カノン。あなたはこのまま城に帰りなさい」

「……え? なぜ……」


瞬間、ルーシーの殺意が(ふく)れ上がる。

カノンは失態を犯したと思った。

上位の者の命令に問い返す()など、決してやってはいけないことだからだ。

すぐさまベンチから立ち上がり、そのままルーシーの足元で平伏(へいふく)する。


「も、申し訳ございません!」


「……よいでしょう。今回あなたはよく働いてくれました。

 それに(めん)じて(ゆる)してあげましょう」


ルーシーの殺意は瞬間で消えた。

だが、カノンは体の震えを抑えることができなかった。

あと少し謝罪が遅ければ、ここで肉塊(にくかい)になったかもしれない。

いや、そもそも許されたことが奇跡だったのだ。


「か……寛大(かんだい)なお心に……か、か、感謝いたします……

 では、私は城……に帰還いたし……ます……」

「ああ、そうしてくださいね。

 さすがに我々魔族が街で活動するのは危険ですからね。

 勇者に気づかれる恐れがありますし。

 私や陛下ほどの力があれば、完全に人間に化けられるのですがね……

 フフフ……

 お前程度では、魔力を完全にコントロールできないでしょう?

 どうやっても体に魔力が流れ込むのです」


このままずっと旅を続けられたら…と(ひそ)かに願っていたカノンだったが、

そんな願いが(かな)えられるはずはなかった。

監視の命を受け、その任が終われば帰還するだけだったのだ。

アキラの監視をし、1日1回報告すること。

それがカノンの受けた命令だった。

旅をする前のカノンであれば、その命令に疑問を持つようなことはなかった。

上位者の命令は絶対である。

アキラとの旅の最中に、ふと命令に疑問を持った。

なぜルーシーはアキラの一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)まで知りたがるのか。

アキラの何かを知り、(がい)そうとしているのか? と(かん)ぐってしまう。

アキラを守りたいと想う心が起こした、ルーシーへの反発心であった。

なぜ自分が疑問を持つようになったのか、カノン自身は理解してはいなかった。

いや、反発心をもっているとすら自覚していない。

疑問を持ったその日から、ルーシーへの報告内容が少しずつ変わった。

アキラをかっこいいと思った部分を中心に、かわいいと思ったところを交え、

もはやノロケに近い報告へ知らずに変化していった。



「では、私が城に戻る(むね)を、アキラさんにお伝えしたあと……」

「いいえ、会わなくてよろしい。会うことは許しません。そのまま帰りなさい。

 ……非常に……嫌な予感がするのです」

「……はい、承知いたしました……」


アキラに別れを告げられない。

……そのことが、とても悲しかった。



もう二度とアキラと旅をすることはないだろう。

二度とアキラと2人で楽しく過ごせることもないだろう。

この旅の間だけ許された、ひと時の特別な甘い夢だったのだから。

城に帰れば、王とただのメイドの関係に戻る。

かりそめとはいえ、今だけは対等の2人だった。

でも……特別な時間は終わった。

カノンにはそれがとても……とても悲しかった。

だからせめて、旅の終わりならばアキラへ感謝の言葉を送りたかった。

秘めた想いも含めて……


ありがとう。


と伝えたかった。







悪魔の紳士ルーシーは自室の豪華なイスに座り、天井を……

いや、虚空(こくう)を見つめている。

魔族の城レイスターの地下奥深くに作られた部屋。

そこがルーシーに与えられた居室(きょしつ)だ。


ルーシーは、カケイドの街から漂う力を感じている。

正確にはカケイドの城から。

それは勇者の力。

カケイドの街にアキラが入った瞬間から、その力がカケイド城を覆い始めた。

しかしその力はあまりにも微かだ。

気がつけたのは、ルーシーほどの大悪魔だったからだ。

城を覆う力は徐々に強くなっていく。

なにかが起きる……そう予感させるには十分だった。


「勇者メーヤさん……そこにいらっしゃるのですか?

 おかしいですね……あなたは今、そこにいないはずですよ?」


カノンへ即時帰還を命じたのは、ルーシーの優しさだったのかもしれない。

彼は無能な者は大嫌いだったが、有能な者には愛情をもって接する。

その愛は…お気に入りのおもちゃを大事にする程度に過ぎなかったが。


「む、もう見えなくなってきましたね。やはり使い勝手の悪い力です……」


この眼の力には限界がある。

1日に数時間しか使えない。

便利ではあるのだが、見たい場所までの移動に時間を割くし、

魔族の力を満足に隠すこともできない。

それなりに力を持った者であれば、すぐに気がつかれてしまう。

完璧を()すのであれば、(みずか)らが(おもむ)きたいところだが、

今はあの街に近づいてはいけないという予感がする。


「非常に厄介(やっかい)だ。近づけないからこそ情報が欲しいのに……

 さて……どうしたものか……」


ルーシーは自室ではよく独り言を喋る。

口に出すことで考えをまとめるタイプだ。今もそうして考えをまとめている。


「それにアステリア……一体なにを企んでいるのかわかりませんが……

 陛下を……ただの人間である彼を使って、なにをするつもりなのです?

 ま、おもしろそうなので黙っていましたが……

 なにはともあれ、情報がこれ以上入手できないのは非常に不愉快ですね」


彼の笑顔が怒気(どき)をはらんで(ゆが)む。

口が大きく開き、口角はさらにあがる。

鋭利(えいり)な牙が()き出しになったその口は、獲物にとどめを刺そうとする

獰猛(どうもう)な肉食獣のそれだ。


「ああ、そうですね……やはり気がかわりました」


そこには、いつもの笑顔のルーシーがいた。







カノンは悪魔の紳士ルーシーより帰還を命じられた。

命令は絶対だ。だからすぐに帰還のための準備に入る必要がある。

命令を無視すれば、今度は本当に殺されるだろう。

カノンは北の門の大広場、門の出口付近で帰り支度を始めていた。

必要なものを馬車に積み込んでいく。

アキラに見つからないようにこっそりと準備を進めた。

ルーシーから会ってはいけないと命じられているのだから。


しかし……一目……もう一度会って、やはり別れを告げたい。

その思いがあたまによぎっていた時、かすかに声が聞こえた。

アキラの声だ。

カノンの体が小さく歓喜に震えた。

非常に小さな声だが、遠く離れたこんな場所でも聞こえのは、

カノンが魔族で人より優れた聴力を備えているというのもあったが、

なにより、アキラ自身が相当大声で叫んでいるのだろう。

声の主に会いたい。

それがカノンの足を無意識に声のする方へ向けさせた。


「カノンが! カノンがぁぁぁ!」


それは、酒場の中からだった。

カノンの名前を叫び、泣いているアキラの声。

見つからないことがとても悲しいと叫ぶ声。


カノンの体が震えだす。がくがくと(ひざ)まで震え、立っていることが難しくなる。

ここにいますよ、心配しないでください……と一言伝えたかった。

だが、会うことを禁止され、帰還を命令されたカノンにそれはできなかった。


カノンの目から涙があふれていた。


アキラの悲痛な声を止めてあげたかった。

涙を止めてあげたかった。

何度も飛び出しそうになった。

必死に感情を抑え込む。

こんなに激しい感情が自分にあったのかと驚く。

だが、ついに感情を抑えることに成功した。

……カノンは口元を押え、酒場を後に走り去った。





「はぁぁ……」


大きなため息をつく。

カノンは帰還の準備を終え、あとは出発するだけになった。

アキラの元から姿を消したのはもう1日前だ。

カノンの迷いが準備を遅らせていたのだが、本人は気がついていない。


「カノン……まだここにいたのですか」


悪魔の紳士ルーシーが馬車のそばに立っていた。


「あっ! 閣……ルーシーさん。申し訳ありません」

「フフフ、そんなにアキラくんと離れたくないですか?

 恋する乙女は大変ですね」


「!!!!!

 ……そ、そんな…め、滅相(めっそう)もございません! もったいない!

 わ、私なんかが…ア、ア、アキラさまにっっ……!!」


顔を真っ赤にしながらむきになって否定するカノン。

涙まで少し流している。

感情がかき乱され、軽いパニックなのだろう。

心の底に微かに芽生(めば)えた想いがどうしてバレたのだろうか。

カノンはルーシーを恐れた。


「フフ……まぁよいです。とにかくまだいてくれて助かりました」

「……?」

「実はですね、あなたに仕事を頼みたいと思いまして」

「……はい、それはどういったことでしょうか?」


ルーシーの口角がさらに上がる。


「大変重要なお仕事です。

 カケイドの城に潜入してほしいのです。あそこで今なにか動きがあります。

 それを調べてきてほしいのです。危険ですが、やってくれますね?」

「は……はい。かしこまりました」

「いいお返事ですね。

 もし情報をもってこられたら……そうですねぇ。

 陛下との旅の同行任務を、この先も続けてもよいですよ?」


「!!!!!!」


カノンの目は驚愕で大きく見開かれ、思わず聞き間違いではなかったかと

ルーシーを凝視してしまう。


「あ、し、失礼しました!」

「フフ……よいですよ。では、良い報告を待っていますね」


そう言い残し、ルーシーは去っていった。


カノンの目が輝いている。


「アキラさんと……まだ旅が続けられる……」


嬉しさのあまりその場で叫んでしまいそうだった。


カノンは迷いなくカケイド城に向かって走り出した。


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