第2話「謁見」 ☆
登場人物のキャラ絵があります。イメージ補完にどうぞ( ^ω^)
ボクは玉座に座っていた。
クラスメイトを惨殺し、それどころか学校中の生徒たちを虐殺していた怪物たち。
その怪物と同種の異形たちが、いまボクの前に整列している。
――――数千、数万の化け物たちが整然と並んでいる。
一体どれだけの数なのか……とても数えきれない。
それだけの数の怪物たちを収められるこの広間もやたら広い。
東京ドーム並みかも?
その人外の化け物たちが、声を揃えて信じられない事を言ったんだ。
「「おかえりなさいませ!!」」
人間にはとても出せないような音、不協和音のような不快な声も
混じっているけど、はっきりとそう聞こえた。
そして全ての者がボクに向かってひれ伏した。
どう反応したらいいか分からず、思考が停止する。
あまりの事態に、いつの間にか玉座のひじ掛けを力いっぱい握りしめていた。
手のひらを見たら、ゴツゴツした装飾のひじ掛けにしがみついていたせいで、
少し血がにじんでいる。
この痛み……夢じゃない……よね?
それに異形のモノたちのおぞましい姿形や
意匠を凝らした広間の装飾の細部まではっきり見える。
こんなにたくさんの怪物たちの姿を、夢の中とはいえ
ボクが想像して作り出せるとは思えない。
やっぱり……夢じゃ……ないよね。
なにが起こってるのこれ……なんでボクが玉座に座ってるの?
しかしどうすればいいのか分からない……
いまは怪物たちを刺激しないようにして、大人しく様子を見よう。
沈黙があたりを支配する。物音ひとつしない。
怪物たちは頭を垂れたまま、何かを待っているかのように微動だにしない。
心臓がバクバクと高鳴る。
心臓の音が周りに聞こえてしまうんじゃないか? と思うほどの静寂。
なにこれ……え? ボクが何かしないとダメなの?
っていうか、なんでボクはここに?
するとボクの左に控えていた絶世の美女が、洗練された動きで一歩前に出た。
美女は足元まで覆い隠す真っ黒なドレスをまとっている。
腰まで伸びる艶やかな髪は透き通るほど真っ白、肌の色も処女雪のように純白で、
漆黒のドレスと対をなすようだ。
ドレスは胸元が大きく開いていて、豊満な胸を惜しげもなく見せつけている。
スカートも左足は付け根までスリットが深く入っていて、
なまめかしい太ももが完全に露出している。
こんな状況じゃなかったら、きっとドキドキしていただろうな……
ってか、ドレスの裾や胸元から炎がかすかに上がって揺らめいてるんだけど……
どうなってんだあれ?
年齢は……ボクより少し上なのかな。
優美さと妖艶さが同居する彼女の前では、どんな人気アイドルも女優もかすんで
凡人に見えてしまう。
まさに絶世の美女だ……
その美女がやたらとボクを見て嬉しそうに微笑みかけてくる。
一見すると人間に見える彼女だけど、そうじゃないのはすぐに分かる。
耳のすぐ上あたりからメラメラと赤い炎が燃え立ち、
まるで角が生えているようだ。
瞳の色は真っ赤だけど、角度によっては金色にも見えたりする。
これ、どっきり……とかじゃないよね?
でも目の前にいる怪物たちは、どう見ても着ぐるみじゃない。
学校での惨劇を嫌でも思い出させる……
美女はボクの目の前までしずしずと歩くと、手を胸に当ててひざまずく。
「近衛騎士団団長アステリア、陛下に変わらぬ忠誠を」
美女がそう告げた瞬間、広間の壁際に控えている白い鎧の騎士たちが、
一斉に巨大な盾を構え、槍を掲げた。旗を掲げている騎士もいる。
その白い鎧の騎士だけで……数千はいそうだ……
あれ、いまボクに向かって陛下って言わなかった?
なに、え? ボク王様なの?
は? なんでこんな怪物たちの……
わけわかんないよ……誰かたすけて……
体中が冷や汗でびしょびしょになっていた。
それから、整然と居並ぶ怪物たちの一番左の列、
その先頭に立つ異形が一歩前に出た。
後頭部に向かって大きく膨らんだ巨大な頭、
その下には吸盤がついた何本もの太い触手。
その姿は緑色のタコ……としか表現しようがない。
しかもこの巨大ダコ……3メートルはありそうだ。
頭の中が少し透けて見えていて、脳みそっぽいものが時折青白く発光している。
一番エグいのは胴体……なのかな、人間の骨や内臓みたいな臓器が
半透明の膜の向こうに透けて見えている。
全身はロウソクの明かりを反射してぬらりと光っていて、
何か分泌液を出しているのが分かる。
分泌液に覆われた身体はナメクジのようで、脈打つように蠢動している。
それになぜか彼(?)を眺めていると、食べられたい……
そんな欲求が湧き上がってくる。
なんだよそれ……なんでこんな気持ち悪い怪物に身をゆだねたくなっちゃうの。
緑のタコから目線をそらし、その背後に並ぶ化け物たちを見る。
タコの後ろには、細いヒモがゆらゆらしてるのやら魚の顔に人間の体……
見てるだけで壮絶な不快感を感じる怪物が、これまた数千はいた。
こんなの直視できる人はいないよ……
「第一軍団。我、古き神々を支配するクトゥルー。
陛下のこの度のご帰還まことに喜ばしく。
我ら古きものは陛下に変わらぬ忠を」
地の底から響くような声でそう言うと、触手をもぞもぞっと動かした。
は? 古き神々? 待って……神様がなんでボクに?
そもそも、どう見ても神様のイメージからかけ離れているし……
しかしこの怪物たち、ボクを本当に王様だと思ってるのかな。
いますぐ殺されるわけじゃなさそうだから、安心……なのかな。
いや、そんなわけないじゃん!
ボクが王様だなんて、そんなのありえないもん。
ただの高校生ですし。
ニセモノってばれたら……ど、どうなっちゃうの!?
ビクビクしてる間にも挨拶は続く。
次に一歩前へ出たのは、クトゥルーと名乗ったタコのすぐ右の列、
その先頭に立つ中世の騎士のようなヤツ。
青いマントを羽織った騎士は、多分2メートルを超えている。
全身は白銀色、各所に金色の部品がちりばめられていて、
それがアクセントになってかっこいい。細めの胴まわりは黒い。
先が鋭くとがった肩当の部分は大きくせり出し、
その幅は身長の半分くらいありそう。
優雅な騎士風のシルエットは、某ロボットアニメをほうふつさせる姿だけど……
いや、ちょっとまって。
関節部分からのぞくあれは……機械?
なんか小さなパーツがたくさん見えて、チカチカ点滅してない?
え、まさかあれってロボット?
そのロボットの背後には、明らかにメカっぽいのが数千体も整列している。
最後尾の方には10メートルは超えてるんじゃってロボもいた。
形状はそれぞれ違っていて、戦車っぽいのもいれば、
ロケットみたいな形のもいた。
ここがどこなのかは分からないけど……ファンタジーじゃなくてSFもアリなの?
「ダイ、サン、グンダン。(キー…キ、プシュー)レイザノール。
コノタビ、ヘイカ(キー)キカン。トテモウレシイ。
(プシュー)ワレラ、カワラヌ、チュウセイ(ギギギー)」
甲高い機械の音、なんとも耳障りなノイズが、
空気を吹き出すような音とともに響く。
そのロボットは言い終えると、キキーッという音をさせてひざまずく。
もうやめて……この音死ぬ。
黒板に爪を立ててひっかくような、生理的にダメな音。
全身に鳥肌が立っていた……
うん、やっぱロボットだこいつ……この音、錆びてるんじゃないの。
ちゃんと整備してほしい。
てか、よくこの状況で、ボクおしっこもらしてないよね。
……その点は褒めてほしい、うん。
次に前へ立ったのは……どう見ても悪魔だよね、あれ。
中性的で整った顔立ちはとても美しいけど、背中にコウモリの翼が生えている。
髪は黒く、背中の中ほどまである長髪だ。
真っ黒な仕立てのいいスーツを着こなしている。
服には詳しくないボクでも高級品だと分かる。
でもそれをすべて台無しにする部分がある。
……目と口だ。
漆黒の目は光彩がなく、見つめ続けると夜の海に誘われるように
吸い込まれそうになる。
口元には三日月のような薄く鋭い笑みを浮かべているけど、これがまた不気味だ。
だって貼り付けたようにずっとその表情だもの。
つねに微笑んでいるけど、それは笑みではなく、蔑みの表情にも見える。
この笑みのままずっと見つめられたら、
何もしてないのにボクが悪かったですと謝りたくなる。
いや、実際にボクは王様じゃないし謝るべきなのか?
悪魔の紳士の後ろには、やはり数千はいるだろう異形の軍勢。
顔が三つある巨人や、腐りかけの動物。鎌を持った死神みたいなやつもいる。
最後尾には黒い竜まで見えた。
「第四軍団、悪魔を束ねるルーシー。陛下のご尊顔をまた拝することができ、
この上なく感激しております。
私ども悪魔は、陛下に永遠に変わらぬ忠誠を……」
神様、メカときて、次は悪魔か。
悪魔の紳士がひざまずいた。
ああ、紳士然とした出で立ちだったけど、やっぱり男なんだ……
バリトン声がしぶい。
目の前で起こっている現象に頭がついていかず、
自分が冷静なのかパニクってるのか分からなくなった。
なにが声がしぶいだよ……ボクはバカか。
そんなとこに感心してる場合じゃない。
そして最後の列の美少女が前に出る。
え、これってもしかして……
「第六軍団、魔法少女チア・ラブ☆レッドのレレナ。
陛下のご帰還ミラクルクルΨラッキー
陛下への友情パワーももちろんシャイニング☆フォーエバーですω」
この場に場違いなキャピキャピした声で宣言した彼女は、
謎のポーズを決めた後にひざまずく。
本人も言ってるけど、どう見ても魔法少女だ……
ヒラヒラ舞う赤を基調にしたスカート。
戦隊モノっぽい服も赤く、ハートのワンポイントがあちこちにあしらわれている。
手にはピンクの鎌……ハート型の宝石がはめ込まれている。
死神が持つような大鎌にしか見えないけど、魔法少女なんだし、きっとステッキだ。
おまけに大きなリボンを結わえたピンク髪のツインテールだ。
見た目は小学生くらいにしか見えない。身長はボクと同じか少し低い……かな。
でもすっごい美少女だ。少しタレた目がかわいい。
多分将来は、隣に控える絶世の美女に匹敵するくらい綺麗になるんじゃないかな。
しゃべってる内容はちょっと残念な感じだけど。
彼女の背後にはアニメで見たことあるようなヒロインが勢ぞろいしている。
全身タイツの子や黒いローブに三角帽子の魔法使いっぽい子もいる。
この子たちと直視もできない怪物が仲間なの?
ふと思い直した。怪物に向かってかわいいって……
自分の感想に、やっぱり頭が麻痺してると思ってしまう。
――――と、突然、悪寒が背筋を走り抜ける。
左に控える美女、その美しい顔が怒りの形相で歪んでいた。
え……なんで? いまどっか怒らせるところでも……
もしかして、ボクが王様じゃないってバレた……とか?
再び体中に冷や汗がびっしり浮かび、呼吸も荒くなる。
「第二、第五、第七軍団はどうした! なぜ召集に応じぬ?」
美女の体の周りから、赤黒いオーラが湯気のように立ちのぼる。
とっさに彼女へ声をかける。
「ど、どうしたの……?」
バカだボク! なんで声かけちゃうんだ!
何か聞かれても正しい答えが返せないのに!
頼むよボク、冷静になってくれ……
自分の心なのに必死に祈ってしまった。
「陛下、申し訳ありません。私の不手際でございます」
「え? あ、ああ……いいよいいよ」
え、謝られた? 思わず簡単に返事しちゃったけど……
そうつぶやいた途端、鬼のような形相が元の美しい顔に戻り、
美女の怒りが急速に静まった。
と同時に赤黒いオーラも霧散した。
「……なるほど。さすが陛下、これも想定内……ということですね」
美女は納得したようで満足そうにうなずく。
なんだかまったくわからないけど、大丈夫そうだ……満足な答えを返せたようだ。
心の中で大きく安堵のため息をついた。
「これにて謁見を終わる。この後、陛下の帰還を祝う宴を催す」
異形の者たちが一斉に平伏する。
ボクのそばで控えていた美女がもじもじしながら声をかけてくる。
さっきまで威厳のある声で号令してたのに、やたら猫なで声だ……
「陛下……パーティーまでまだ時間がありますゆえ、
私のお部屋へご案内いたしますわん」
彼女が差し出す手を、おそるおそる取って立ち上がる。
あ、なんかやっとここから出られる……
「って……はぁっ!?」
彼女のセリフがおかしいと気がつき、おそるおそる尋ねる。
「あ、あの……え? な、なんでキミの部屋……なのかな?」
まさかいまからこの美女に拷問されたあげく、た……食べられるとか……
クラスメイトがたどった末路を想像して、
心臓はバクバクと早鐘のように打っていた。
美女が顔を赤らめ、ニヤリと艶っぽく笑った。
ボクの目には、エサを前に舌なめずりするメスライオンのように映る。
やっぱり王様じゃないってバレたんだ……
どうしよう、どうしよう……死にたくない……
しかし彼女から返ってきたのは予想の斜め上を行く回答だった。
「陛下のお疲れを癒すため、私がとっておきのマッサージを
施して差し上げようかと愚考いたしました。
いえ、その結果、私が妊娠……な~んてことが起こっても、
それは事故でございます。
陛下には安心して犯して……いえ、間違いを犯していただければ、
マッサージのやり甲斐がございますと言うものでして……
そのためには王宮広しといえど、私の部屋がベストでございます!
日頃より陛下がいつでもいらっしゃっていただけるよう、
セッティングしております。
いまごろお部屋では媚薬を含んだお香が満ちております。
ロープやムチといった各種道具もありますので。
とにかく! 陛下には間違いを犯すようお願いいたします!!!」
まくしたてるようにしゃべっている間にも、
美女の顔がどんどん真っ赤になって息遣いは荒くなり、瞳が潤み始める。
腰を悩ましくくねらせ、ボクの手を握る力が強くなっていく。
彼女の興奮と同調するように、纏う炎が大きくなっていく。
「え……ええ!? ……いや、あの……」
どうしていいか困惑していると、意外なところから助け船が来た。
「やれやれ、アステリア様。
あなたの言の通りであれば、陛下はお疲れなのでしょう?
この後に歓迎パーティーも控えているのに、
その前に疲れさせてどうするのですか」
中性的な顔をした悪魔の紳士だ。
アステリアと呼ばれた美女がその言葉を聞くと、
恍惚とした表情がたちまち恐ろしい形相に変わる。
「あぁ?? 陛下のお疲れをお慰めしようとしているのがわからないの!?」
悪魔の紳士は肩をすくめた。
「はいはい、わかりました。でもあなたの仕事はまだありますよ。
陛下にアレをお出しするのでしょう?」
淡々とした口調でそう諭すと、そばに控えていた侍女を呼ぶ。
「閣下、お呼びでしょうか」
やってきた子は、パっと見の印象はボクと同じ年齢くらいに見えた。
そしてまさしくメイドだ……ご主人様おかえりなさいとか言いそうなメイドだ。
その子が着ている衣装はボクの世界のイメージ通りのメイド服で、
黒色のワンピースとフリルいっぱいの白のエプロンドレス、
そして白いカチューシャを付けている。
この悪夢のような場所にメイド……すごく場違いな印象だった。
メイドの子はとても珍しい緑髪ですごく綺麗だ。
髪染めてるのかな……その美しい髪を肩より少し長く伸ばしている。
髪の色以外は普通の人間と変わらないように見える。
顔立ちや雰囲気がクラス委員長の笹原さんに少し似ているなぁと思った。
笹原さんはまじめで優しくて、クラスみんなに面倒見が良くて…
いまはどうでもいいか。
でもこのとんでもない場の中で、クラスメイトに似ている女性がいるいうだけで
親近感を覚える。
メイドの女の子に悪魔の紳士が指示を出す。
「陛下を自室へご案内してください」
メイドに命令を下したあと、悪魔の紳士が美女を強制連行していく。
絶世の美女が連れていかれる間、何度も振り返りボクを呼んでいたけど……
はぁ……なんか助かった……
とりあえず、まだ王様だって思われてるみたいだ……
メイドと一緒にお城の廊下を歩く。
いまさらだけど、ボクの着ている服は学生服ではない。
いま着ている服はピッタリとした黒のタイツのような衣装だけど……タイツって。
触り心地はとても良くて、材質がいいんだろうなって感じ。
絹でも化学繊維でもない、ボクにはよく分からない素材みたい。
革のロングブーツも革手袋もやはり黒。
黒の肩当に黒いマントを羽織り、全身黒ずくめだ。
格好だけなら魔王と言ってもいいんじゃないか?
ただ、気になるのは股間部分だ。レオタードのような服のせいで…
いやその……はみ出そう……げほんげほん。なにが? とは聞かないで。
本物の王様もこの衣装着てたの!?
カツコツ……と足音が響く廊下。あれから数分歩いただろうか。
さっきはあんなにたくさん怪物がいたのに、
廊下では誰ともすれ違わず黙々と歩き続ける。
怪物と出会わないのはうれしいけど、会話がないので気まずい。
思いきって委員長似のメイドに話かけてみた。
とにかく情報だ……
「えっと、あの…え~~キミの名前は? な、なんて呼んだらいいかな?」
メイドの子はボクが声をかけると慌てふためき、
私ごときの名前をお呼びされるとは畏れ多くももったいないと、
ひたすら頭を深く下げている。
「まぁほら……不便だし、教えてよ」
なるべく怖がらせないよう、あらためてやさしく声をかける。
彼女はビクビクしながら「カノン」と名乗った。
彼女の反応はとっても人間っぽくて、
この女の子が残虐な怪物たちの仲間だという事実を忘れそうになってしまう。
そこからボクは、なかなか目的地に着かないのを良いことに、
カノンにいろいろ質問した。
彼女の話によると、ボクが連れてこられた経緯はこうだ。
下っ端ゆえ詳しい話は知らないのですが……と前置きされたが。
15年前、大きな戦いを前にこの城の王(暫定ボク……)が行方不明になった。
多数の次元を支配してきた王は、次に征服しようした次元で強敵に出会った。
その世界の勇者、名前はメーヤ。女性だ。
彼女の力は強大で、王の配下の侵攻から世界を守り抜いていた。
王は自ら総攻撃をかける準備をしていたのだが、謎の失踪を遂げる。
そして残された軍勢は急に王がいなくなったことで戦わずに撤退。
残された部下たちは行方不明になった王を探す事に全力を注ぎ、
15年の歳月を経てボクが発見されたらしい。
「あの、陛下……私ごとき者からの直答をお許しいただけますでしょうか?」
「ん? なに?」
「は、はい……なぜそのような質問を私になさるのでしょうか?
私の知っている事は誰もが知る一般常識なので……」
内心ドキドキしながらも、小首をかしげるカノンにさらっと言ってあげた。
「うん、まあ……どの程度の情報が下部の者に行き渡っているか、
確認をしているんだよ……うん。」
意味のわからんことを言ってるのは自分でも分かってる。
でもカノンは、なるほど! と目を輝かせながら頭を深く下げた。
とりあえずカノンの話をまとめてみる。
――――うん、いやいやいや、やっぱり完全に記憶にございませんから。
やっぱそれ、ボクじゃない……完全な人違い。まあ分かりきってたことだけど。
全力で逃げよう! それしかない!
王様でないとバレたら絶対に殺される……
「ねぇカノン、ここはどこかな……?」
「こ、ここは……陛下の居城レイスター城でございます」
「そういう意味ではなく、場所を聞いたんだけどね。
日本のどこかなのか、それとも外国なのか……」
「ニホン?」
聞いたこともないという表情をされ、すごく嫌な予感がした。
なんか次元とか色々言ってたけど……まさか……ね?
「ね、ねぇ。城の出口はどこかな?」
「ルーシー様から陛下のお部屋にご案内するよう、申し付けられておりますが……」
ルーシー……あの悪魔の紳士の名前だろう。
「えっとボク、少し気分転換に外の空気を吸いたいなと思って……」
「かしこまりました。では、こちらでございます」
やった! と内心思った。
このまま出口まで、さっきの怪物連中に会わないように祈っていた。
そこから1時間……歩きっぱなし……
いや、こんなに時間が経つ前に言おうとは思ってたんだ。
なんかおかしくない? もしかして道に迷ってるとかある? って。
でも彼女はここまで立ち止まることなく、
目的地は分かってるって感じでスタスタと歩いている。
「ね、ねぇカノン……あとどのくらいで出口に着くのかな……?」
「どのくらい……そうですね。このままのペースですと……
明日の晩あたりには着くと思います」
「はあああ!?」
とんでもない答えに思わずそう叫ぶと、ビクっと体を震わせたカノンが
涙目でお許しくださいと何度もぺこぺこ頭を下げた。
はぁ……確かこの後、パーティーがどうのとか言ってたし。
このまま出口に向かっても、そこに出席しなければ絶対探しにやってくる。
お城からすら脱出できてなければ、あっという間に捕まってしまう。
ふぅ……とりあえずいまはダメだ。
「カノン、外の空気を吸うのは諦めるよ。やっぱり部屋に案内してくれるかな」
「はい……」と、かすれ声でカノンがうなずく。
ってあれ、カノン、いつの間に号泣してるの!?
カノンの目は腫れぼったくなり、鼻も真っ赤になっている。
いや、そこまで怒ったと思われたの?
「カノン、別に君に怒ったわけじゃないんだ。ごめんよ」
頭を軽く下げる。
「へ、陛下がそんな!!!」
カノンが慌てて居住まいを正して、畏れ多いとばかりに平伏する。
いや……うん……なおさら気を遣わせちゃったみたい……
ボクは土下座しているカノンを立ち上がらせるため、手を取ろうとした。
「いけません、私のようなものに……もったいないもったいないもったいない」
カノンはなおももったいないと連呼しつつ、ビシっと自分で立ち上がった。
直立不動だ。
……どう接すればいいんだ。
「で、部屋まではどのくらいかな? ボク疲れちゃって……」
「はい、3時間ほどで着くと思います」
「……」
それからは何を言ってもカノンが恐縮してしまうので、しばらく黙って歩く。
歩きながら西野さんを思い出す。
あの暴嵐のような出来事から、たった数時間しか経ってないはずなのに…
西野さんと逃げていたあの時間が、途方もなく懐かしい思い出に感じられる。
「無事……かな……」
ぽつりとつぶやく。
会いたい、彼女に会いたい。あらためてそう思う。
だから……
『ボクは絶対に帰る!』
と決意を新たにする。
そうと決まれば! 偽物の王だと絶対にバレないようにしなければいけない。
やるべき事はたくさんある。
まずは、あの美女たちや恐ろしい怪物……部下たちの名前を覚えることだ。
15年経って忘れちゃった♪ では通らないだろう。
ここはカノンが頼りだ。
ボクとの会話は絶対に秘密厳守ということで、
彼女からここの知識を学ばなければならない。