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第17話「炎」

「太陽だ……」


ボクは勇者教団の地下牢から外に出た。

空なんて、何日ぶりに目にしたのだろう。

太陽のまぶしい光に目を細め、手を(ひさし)にしてかばう。


アステリアと共に神殿の正面に歩いて向かう。

表門近くまで来ると、そこには沢山の人が行き交っていた。

人々の声が聞こえてくる。


「さっきの地震怖かったわねぇ……」

「結構大きかったな」

「今日のお祭り、中止にならなければいいけど……」

「楽しみにしてたからね」


ああ、その震動はきっとアステリアが来たときのやつだね。

どうも迷惑をかけたね。


神殿へと目を向ける。

ボクが連れてこられたときは閉じられていた門が今は開かれていて、

人々が自由に出入りしている。

裕福そうな恰幅(かっぷく)のよい商人風の男、楽しげな母と子、仲睦(なかむつ)まじそうに

手をつないだ若い男女、異国風の衣装をまとった女性、敬虔(けいけん)そうな老婆……

老若男女を問わず、あらゆる人々が神殿へと入っていく。


ああ、勇者教団…そうか神殿だもんね。礼拝(れいはい)に来ているんだろうね。

神殿っていえば、この世界って神様を(あが)めたりするんだろうか?

まぁ、どうでもいいけど。

その光景を眺めていると、急に猛烈な吐き気が襲ってきた。


「うっ! おぇぇ……」


何も吐くものがないボクは胃液だけを絞り出す。

アステリアがボクの背中をやさしくさすりながら、心配そうに声をかけてくれる。


「アキラ様……」


勇者教団って言葉に拒絶反応を感じるんだろうか……

いや、違う。

ボクは――――――――


人間を見ると吐き気がするんだ。


礼拝に来た人たちを見ていると、また嘔吐感(おうとかん)が襲ってくる。

おもわずアステリアの手を取り、ぎゅっと握ってしまう。

アステリアの白い顔があっという間に耳まで真っ赤に染まった。


「こ、こんなところで……ああ、いけません。でもオッケーですわ」


なにが? と思ったがそれは聞かない。

ボクは吐き気をなんとか抑えて神殿の入り口に向かう。


ボクたちは神殿の前にいる礼拝客の注目を一身に浴びている。

ボクというより、アステリアが……かな。

まぁそりゃそうだ。耳のすぐ上、その部分から炎が立ち上ってるんだし。

どう見ても人間じゃないもんね。


人々がざわめきだす。

いろんな声が聞こえてくる。


「な、なに? 祭りの仮装?」

「なんなの、あの頭の炎?」

「え……悪魔?」

「こんなところに悪魔はいねぇよ……」

「じゃ、人間?」

「しかし、めちゃくちゃキレイな2人組だなぁ……」


ボクはそれらの声をすべて無視し、アステリアと共に神殿の中へ入っていく。

アステリアはボクの3歩後ろから静々(しずしず)と歩き付き従う。


まぶしい太陽がきらめく外と比べると、神殿の中は薄暗く、

静ひつな雰囲気が(かも)し出されている。

ボクたちに好奇の目を向け、声を潜めてささやき合う者たち。

かなり注目集めちゃってるね。

神殿の関係者にもちょっとした騒ぎが知られたようで、

神官がボクたちの元に小走りでやってくる。


「あ、あの……失礼ですが……あなた方は……?」


おそるおそる声をかけてきたのは、30代くらいの男。

白いローブを着て、赤色のヒモで腰回りを()めている。

その男はアステリアを警戒しているのか、少し距離を取って近づこうとしない。

ボクは質問には答えず、逆に聞き返す。


「ねぇ、勇者はどこかな?」


礼拝堂の中がざわめいた。

ん? 聞いちゃいけない質問なのかな、これは?


「ゆ、勇者様……ですか? それは決してお教えできないことでありまして……」


白ローブの男はハンカチのような布で(ひたい)から流れる汗を(ぬぐ)いながら、

声を震わせる。


「来てるんでしょ? 人間を食いにさ……?」


またしても礼拝堂の中がどよめく。

今度はさっきよりもかなり大きく。

うるさいなぁ……

白ローブの男は目を見開き、異常に汗を流しながらボクを見ている。

ハンカチで拭っても拭っても、噴き出る汗が止まらないみたいだ。


「あなたは一体なにを…勇者様がそんな……」

「いいからさ、居場所教えてよ」

「いえ、ですから…お教えは……」

「なんで? 教えてくれないなら、君たちを……」


異常事態を(さと)ったのか、白ローブを着た男たちが神殿奥から何人も集まってきた。

その中にひと(きわ)目立つ男がいる。

白ローブには立派な装飾が(ほどこ)され、金の(かんむり)までつけている。

多分高位の神官だろう。話を聞くならこいつかな…

男たちはアステリアを見てギョっとしている。

一番高位の神官が少し震える声で質問してきた。


「あの…そ、そちらの女性の方は……?

 ここでそんな仮装は…さすがにおやめいただきたく……」


ボクは微笑んだ。彼らに教えてあげることにした。

だって、すごく気にしてるからね。


「ああ、こっちはアステリア。ボクの側近でね」


「……魔族だよ」


ボクがそう告げるや(いな)や、アステリアは最初にボクたちの元に来た

白ローブの男に手を向け、細くて白い人差し指を丸め、そして指をはじく。

その瞬間、白ローブの男は炎に包まれた。


「ぎぃあぁあああああ!!!!」


しかし絶叫は数秒ほどしか続かなかった。

あっという間に炭化(たんか)してしまったからだ。

炭化した男がくずおれると、体が粉々になり、床に黒い粉をまき散らした。


白ローブの男たち、そして礼拝客たちはあまりにも突然の出来事に

一瞬何が起こったのか理解できなかったようだ。

だが次の瞬間には絶叫が響き渡る。


「きゃああああああああ!」

「あ、悪魔!!」

「助けてぇぇぇ!!!」


心外だなぁ……

悪魔だってさ。

悪魔っていうのは人間のこと……

あれ? 人間?

ボクはなんで人間にこんなひどいことを……

人間って、ボクにひどいことをする悪魔のことだっけ?

あれ……あれ……

ひどい頭痛がする……



人々……いや、悪魔? が我先(われさき)にと出口へ向かって走り出す。

まだ幼い子供が足をもつれさせ倒れた。

母親は倒れた子供をかばおうと覆いかぶさり、

「子供が倒れているんです!」と泣き叫ぶ。

しかし人々は容赦(ようしゃ)なく母と子を()みつけ、(つぶ)した。

何人もの人々に踏みつぶされた母と子は原型を(とど)めず、人々が走り去った後には

ボロボロの死体が残されていた。

ある者は少しでも早く神殿から逃れようと、前を走る女性の髪をわし(づか)み、

引き倒す。またある者は接触してきた老人を殴り、蹴り飛ばす。

男も、女も、子供も、老人も、助け合うものはいなかった。


また激しい吐き気が襲ってきた。



アステリアは自身の周りにロウソクの火のような小さな炎を無数に(とも)し出す。

そして、周囲へと飛ばす。

礼拝客や白ローブの男たちを小さな炎が襲い、次々に燃え上がる。

人々の絶叫が響き渡り、そして炭化(たんか)し、ただの炭の山に変わっていく。

阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図のはずだが、一瞬にして終わった。

神殿の外にいた者も、中にいた者も、すべて炭になった。

ただ一人を除いて。

白ローブに豪華な装飾をつけ、金の冠を付けた高位の神官だ。

彼は腰を抜かし、小便をもらしている。

ガタガタと震え、目は(まばた)きを忘れたのか、見開いたままだ。

涙と鼻水で汚れた顔をボクたちに向けている。


「は……はわ……あぐ……」


ボクは男のそばまで近づき、しゃがみこんで目を合わせる。

先程まで人々の気配でにぎわっていた神殿は、今や静寂(せいじゃく)に包まれ、

あちこちに炭の山が残されているだけだ。


「ボクさ、人間を見ると吐き気がするんだ。

 なんでか……わかる?」


白ローブの男は震えながら首を横に振る。

その動きはぎくしゃくしてて、ロボットみたいだ。


「そっか……まぁいいや。

 んじゃさ、もう一回聞くよ?

 勇者はどこにいるの?」


男はなんとか声を出そうとするが、口をぱくぱくさせるだけだ。

必死に何度も(つば)を飲み込み、ようやく声が出た。


「わ、私は本当に……」

「ねぇ、ボク、ここの地下にいたんだ」


「っっ!?」


白ローブの男は声にならない声を上げた。


「そこで何されたと思う?

 知らないはずないよね……

 お前らって、あそこまでできるんだな」


「ひっ……ああ……そ、それは……」


「できるだけ痛みを感じるように体が分解されていくんだ。

 死なないように…気が狂わないように……

 ゆっくり、じっくりと……」


アステリアが神官のそばにしゃがみ込み、男の手を取った。

指にできていたささくれをつまみ、ゆっくりと()いていく。


「ぎあああああああああああ! や、やめ!!!!!!」


男はアステリアの手を振りほどこうと必死に腕を引っ張る。

アステリアは力を込めている風ではないのに、びくともしなかった。

彼女はゆっくりと、皮膚(ひふ)が途中でちぎれないように、ゆっくりと()いていく。

皮一枚程度だったささくれは、どんどん深く(めく)れていく。

捲れた皮膚の下からは黄色い脂肪の粒が見え、さらに筋肉までもがあらわになる。

男は泡を吹き、気絶しそうになるが、そのたびにアステリアは動きを止める。

気を失うことも許されず、ついには二の腕まで皮膚が捲られていく。


「ほ……んとに! ほんとに知……らないんで……すっ! 許して!!!!」


「……知らない? 拷問部屋の存在を?

 あ、勇者のことか。

 ボクの痛みを少しでもわかってほしかったって話題に

 いつの間にかすり替わってたね」


ボクは少し考えこんで質問を変えた。


「じゃあさ、勇者って何者?」


「い、いえ……私は……お会いし……たことも……見たこ……ともなく……

 ただ、神の使者とだけ聞いてお……ります……うぐぅ」


はぁ……

見たことすらないのか。

まったく使えない情報だったね。

興味を失ったボクは立ち上がり、アステリアに告げる。


「もういいや」


アステリアも立ち上がった。

彼女は大きく息を吸い込み、美しい唇を(とが)らせ白ローブの男に吐きかける。

それは炎の吐息。

吐息を浴びた男は一瞬にして灰になった。

しかし炎はそれだけではとどまらず、奥へと広がっていき、神殿を燃やし始める。

石造りの建物が燃え、そして溶けだす。

凄まじい高熱の炎はいかなる物質も燃えないことを許さず、一気に溶解(ようかい)させる。

真っ白な建物の神殿が紅蓮(ぐれん)の炎に包まれて燃え落ちていく。

聖性(せいせい)をたたえていた神殿が、ただの赤黒い物質に変わり、崩れ落ちる。





神殿を後にしたボクは酒場に向かっていた。

アティーナの導き亭…ダーツたちがいつも集まっている酒場だ。

ここはカケイドの市場通り。今は買い物客や祭りの見物客で賑わっている。

アステリアはやはり頭の炎が目立ち、ここでも人々の目を()いていた。

美貌(びぼう)(ほこ)るアステリアだから、炎がなかったとしても目立つと思うけどね。

何食わぬ顔でボクたちは市場通りを歩いていく。

カノンのことをアステリアに(たず)ねた。


「申し訳ありません……存じ上げません」

「……そう」


本当にカノンはどこに行ったんだろう。

もしかして勇者に……と思ったが、この街に勇者はいなさそうだった。

あ、そういえば拷問部屋で、勇者の食事のためにボクを運ぶって言ってたっけ。

酒場へ行った後に、もう一回あいつらに会いに行くか。


拷問部屋を思い出したことをきっかけに、ボクは思い至る。

こんな目に合わせた奴らに。

ダーツ、ネロ、カザリ、タイラー。

彼らを信じていた。

だがボクを勇者教団に引き渡したやつら。

ボクを激しく殴り続けた大男。

そして、この世の地獄を見せてくれた拷問官のガイコツ老人ターケン。

ボクの境遇を嘲笑(ちょうしょう)し、楽しんでいた糸目のピーター。

ゴミを見るような目でボクを勇者に食わせようとしたニコラウス。


苦しい……

思い出すたびに息が苦しくなる。

ボクはさっきまで、そこにいたのだから……

救いのない地獄に落ちていたのだから。

魔族から助けてくれるはずの人間が……ボクを地獄へ落とした。


信じていた。

人間とは、信じられるものだと。


信じたかった。

人間には、愛があると。


しかし、同じ人間から受けたのは、死よりも辛い苦痛と恐怖、悲しみと絶望。


「うぅぅぅっ……」


苦しい……


苦しい……


アステリアが背中をさすってくれた。


「あ……アステリア……」


知らず涙が流れる。

息が……軽くなる。


「アステリア……」


心が暖かく満たされる……


ボクはアステリアに笑いかけた。

アステリアも、ボクに優しい微笑みを返してくれた。



ふと黒いモノが視界に入る。


「ん、あれ……なんだ?」


北門の方角から、細く黒いモヤが見えた。

それは雲の高さまで立ち上り、どんどん広がっていき、次第に大きくなっていく。

アステリアもボクと同じものを見つめている。


「あれは……? 煙……いえ、黒い霧……?」


アステリアが(けわ)しい表情を浮かべている。

どうやら心当たりがなさそうだ。


「火事で黒煙……って感じじゃないし…なんだあれ。

 行ってみよう。どうせボクたちが向かってる方角だ」

「アキラ様……私、あれに非常な恐怖を感じます。

 悪い予感がいたします……」


え、魔族のアステリアが恐怖? しかも悪い予感?

すごく気になる。

なんだろう……



黒い霧に近づくほどアステリアの顔が恐怖のために(ゆが)む。

ほんとうになんだろう?

ボクは全然恐怖を感じないんだよね。

むしろあの霧にはなんというか……

そう考えている内に北の広場にたどり着く。

ここは……

街にたどり着いたことを喜び、感動していた場所。

心から安堵(あんど)し、涙まで流した場所。


そしてダーツたちがいつも集まっているという酒場。

アティーナの導き亭。

黒い霧はそこから発生しているようだった。


「どういうこと?」

「火事じゃねぇよなぁ……」

「火が燃えてないしな」

「霧っぽいけど、黒い霧なんて聞いたことないよ」


野次馬(やじうま)が集まってなにごとかと見物している。


アステリアが……震えている。


黒い霧はいまもカケイドの街の空に広がり続けている。

じわりじわりと緩やかに。


「ここは危ないかも……

 アステリア、一旦(いったん)ここから……」


そう言いかけたボクは、信じられないものを見た。

今や黒い霧に覆われ、ほとんど外観が見えない酒場。

そのアティーナの導き亭から出てきた人物。



「に……西野……さん?」


ボクの想い人、西野綾女が黒い霧より現れた。


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