第15話「女神」
「我らがカケイドが誇る騎士たちよ!」
カケイドの女神、リアンヌ・ダークが叫ぶ。
彼女は今、白馬にまたがり、大勢の騎士たちの並ぶ前を歩いている。
純白の鎧をまとい、真っ白なマントをはためかせるその姿は美しく、
まさに戦の女神だ。
「我らに仇なす愚か者がおる! 我らに敵対する無謀な者がおる!
そのようなバカどもには教えねばならぬ。
さあ、カケイドの騎士たちよ! 我らはなんぞ!!」
赤獅子騎士団長アクスエルの野太い声がうなる。
「我らはカケイド最強の剣!」
防御力は低めだが、動きを重視した深紅の軽鎧を身に着け、
団の半分は二刀流という戦士の集団。
兵士たちは、一斉に剣を天に掲げた。
青鹿騎士団長ネイヤールの高く美しい声が響く。
「我らはカケイド最強の盾!」
防御力を重視した重鎧は、最低限動けるよう関節部分しか露出がない。
彼らの身に着ける鎧は紺碧。3メートルを超える長槍を持った兵士たちは、
身長を超える巨大な盾を構えた。
白豹騎士団長アマラの獣のような雄たけびが轟く。
「我らはカケイド最強の弓!」
白い胸当て、手甲、足甲の皮鎧を身に着け、肩には矢筒を背負っている。
団の3割は筋骨隆々の体躯で、手には威力を重視した2メートルを超える
強弓を持つ。残りは連射と威力を兼ね備えたロングボウを装備している。
兵士たちは弓を空に向かって構えた。
黒狐騎士団長シグマはしわがれ、かすれた声を発する。
「はへははほふひょーひひはんは、はいひょーのはほー!」
攻撃と回復の魔法を使う魔法士は黒いローブを身にまとう。
24人の小集団だが、攻撃力は4つの騎士団で最大だ。
兵士たちは杖を天に掲げた。
リアンヌ・ダークは爆笑した。
「うはははははは! シグマ、お主いつもオチ担当じゃな!
もう、歯が抜けた声で何を言ってるかわからんわい。うはははは。
こほん、おいといて……
まぁ、これから戦じゃ。緊張のしすぎはいかんぞ?
それが言いたかっただけじゃ」
大笑いのネタにされた黒狐騎士団長シグマは憮然としていた。
城の窓から演説を眺めるカケイド領主のラゼム・エレハイムは
リアンヌに苦笑している。
「あれさえなければ、いい将軍なんですがね」
魔導師ファージスもリアンヌを見やりながらラゼムに説明する。
「ふん、あれでも本気でリラックスさせておるつもりじゃ。
兵どもは、先ほどまで得体の知れない状況に混乱しておったからのぅ。
今の兵士たちを見てみよ。ほどよく緊張がほぐれておるわい」
ラゼムはファージスの言葉を黙って聞いている。
「幼い女子が先陣を切って戦に向かうのじゃ。
兵どもも冷静になることでいま一度それを認識し、
リアンヌを守るために戦うぞ。士気は万全じゃ」
ラゼムはファージスを見つめ、静かに問う。
「その言葉、本心から言ってますか?」
「んなわけあるかい。
あ……ごほん。本心じゃよ」
ラゼムはジト目でファージスを見た。
ファージスは誤魔化すかのように慌てて呪文を唱え、外に飛び出た。
その体が宙に浮かんでいる。
「では、ワシも行ってくるわい」
「ご武運を……」
魔導師ファージスはリアンヌのそばに降り立ち、彼女に顔を向けうなずく。
リアンヌもうなずき返し、勢いよく剣を抜き、切っ先を北に向けた。
「我らはこれよりカケイド北門にある大広場に向かう!
我らが力、悪魔どもに見せてやろうぞ!!」
「「うおおおおおおおおおお!!!!」」
天をも貫くほどの雄たけびが、カケイド城の広場にこだまする。
カケイド騎士団は約1,200名。
赤獅子騎士団、青鹿騎士団、白豹騎士団、黒狐騎士団。
4つの騎士団で成り立つ。
そして今、北門に向け行軍が開始された。
ダーツたち4人はカケイド城を目指して走っている。
まるで状況がわからない。
街の人間は1人も見つからない。
そして北からは黒い霧。空を見れば東や西の方にも霧が立ちこめている。
南にはまだ黒い霧がない。それが救いではあった。
そしてその方向にはカケイドの城もある。
城ならばなんらかの情報も集まっているかもしれない。
ダーツはそこまで考えたが、状況があまりに異常すぎる。
城に行けばなんとかなると思うのは少し楽観的ではあると考えた。
もしかすると、城にすら誰もいない可能性もあったからだ。
城にすら誰もいなければ、速やかに街より脱出するしかない。
仮に騎士たちがいたとして
ダーツたちのようなただの冒険者に、なにかを教えてもらえるかは疑問だった。
ダーツはネロに向かって語りかける。
「なぁ……アキラの仕業じゃねぇとは思うが、もしかしたらカノンって
魔族の仕業ってことはあると思うか?」
「なんとも言えんが……そうかもしれないな。
そうすると、アキラが利用されていた可能性は、やはり高いかもしれん」
それを聞いたカザリは目を輝かせる。
「やっぱりそうよね。勇者教団の目をアキラちゃんに向けさせていた
可能性は低くないわよね。
アキラちゃんをたぶらかして信用させて……なんて汚いのっ!」
タイラーはムスっとした顔で全員に冷たく言い放つ。
「そのアキラを……俺たちは売ったことになるな」
全員がアキラの連れて行かれた情景を思い出して苦い顔をし、
しばらく沈黙が続く。
ダーツはタイラーだけではなく、全員を見回して言い聞かせる。
「その話はとりあえずやめてくれ。
今はこの状況の解決が先だ。
その結果がアキラを探す手がかりになるかもしれん」
全員がダーツを見てうなずく。
ダーツが誰に言うともなく小さくつぶやいた。
「許されるなんて思ってねぇ……
だから、アキラがもし望むのなら俺は……」
ネロは訝しげな表情でダーツにたずねる。
「ん? なんか言ったか?」
「いや、なんでもねぇよ……」
「ダーツ! あれ見て!」
カザリが街の通りの先を指さし叫ぶ。
「ああ、言われなくても見えてるぜ」
大通りに見える大勢の人影。
カケイド騎士団の旗がはためいていた。
「ん? なんじゃ。人影か?」
カケイドの女神、リアンヌ・ダークには、小さく動く影がこちらに向かって
走ってくるのが見えた。
魔導師ファージスがリアンヌに同意する。
「おぉ、確かにな。ありゃ冒険者じゃな」
「爺さん、かなり老眼が進んでやがるな。私には影にしか見えぬわ」
「老眼って別に遠くが見えるわけじゃ……」
ファージスの言葉を軽く流し、リアンヌは手を上げた。
騎士団長が叫ぶ。
「「全軍停止!!」」
そしてリアンヌは4人の騎士を偵察に向かわせる。
騎士たちは冒険者らしき影に向かって走って行き、
ほどなくして冒険者たちを引き連れ戻ってきた。
「その方ら、名はなんという?」
リアンヌは馬上より冒険者に問う。
「俺たち……いえ、私どもはここらを拠点にしている冒険者で、
私はダーツと申す者です」
「よいよい、今は非常事態じゃ。かしこまらんでよいわ」
「あ……そ、それじゃ……
こっちからネロ、カザリ、タイラー。俺の冒険仲間です。
さっきとある理由で解散したんでチーム名はなし……ってところです」
ダーツたちは内心驚いていた。
まさかこんな所でカケイドの女神、リアンヌ・ダークに会えるとは。
確かリンガル領へ遠征に出ていたはずではなかったか。
遠くから見たことはあった。
白いマントを羽織り、白く輝く鎧は太陽の光を反射し、黄金の長い髪は光輝き、
その姿はまさに神の使徒に見えた。
間近で見ると予想以上に幼い少女だったことに驚きを隠せなかった。
「うむ、そうか。ワシはリアンヌ・ダークじゃ」
リアンヌはダーツたちをひとりひとり眺め、そして唐突に言った。
「そう悲しむな。きっとお前たちの探し人は見つかるじゃろうて」
ダーツたちは絶句した。
たった今、会ったばかりの人の心が読めるとでも言うのか。
ダーツたちの顔が青ざめるのをみて、リアンヌは苦笑する。
「すまんすまん。別に心が読めるわけではないぞ。
ただ、お主たちの顔がな……暗く沈んでおったのでな。
きっと誰か失ったか、探しているのか……と予想しただけじゃ。
無責任に見つかると言って悪かったのぅ。
だが、ワシの勘が告げておる。お主たちの探し人は生きておる」
ダーツはあまりのことに目を見開き、言葉が出なかった。
(これが……カケイドの女神……なのか)
リアンヌ・ダークは神の声が聞こえるとの噂があった。
まさに神託のように聞こえたダーツたち4人は頭を下げた。
そして4人全員が言った。
ありがとう……と。
「とりあえず、前進しながら話を聞こうぞ」
リアンヌは片手をあげて、出発の意を伝える。
「「全軍前進!!」」
「……なるほど。神殿はそんなことになっておるのか」
リアンヌは可愛らしく眉をひそめうなる。
自分では様になっていると思っている表情だったが。
「爺さん、なんかわかるか?」
魔導師ファージスはすねた顔で弟子のリアンヌを見る。
「爺さん言うでない。ちゃんとお師匠様と言わないと教えてやらん」
ダーツたちは今日何度目の驚愕を味わっただろう。
リアンヌ・ダークの師匠と言えば……
魔導師ファージス。この国の伝説に謳われるほどの魔法使いだ。
数百年前に現れた魔王テリオスを、勇者とともに倒したと聞いている。
「……師匠、なんかわかるか?」
リアンヌは嫌そうな顔で師匠と言い直す。
「うむうむ。そーじゃな。全然聞いたことない」
リアンヌがジト目でファージスを睨み、剣の柄に手をかけた。
ファージスはそれを見ても、そよ風が吹いた程度にも気にしていない。
「なんてことは言わぬ。
……石を溶かし、炎の水が流れる地をつくる悪魔。
そんなことができるのは、あの悪魔しかおるまいて」
「もったいつけるな。はよぅ言わぬか」
「……リアンヌ、お主…どんどんワシへの扱いが雑になってないかの?
弟子入りした頃は可憐な少女だったはずじゃがのぉ」
「ソンナコトナイデスワ、オシショウサマ」
「……なんで棒読みじゃ」
ダーツは伝説になるほどの2人の会話を聞いて頭痛がしてくる。
威厳というか、貫禄というか、そういったものがまるで感じられないからだ。
さきほどリアンヌから感じた不思議な力が、勘違いだったのか?
と疑ってしまうほどだった。
だがしかし、ダーツたち4人の顔はかなり晴れやかになっていた。
勘とはいえ、アキラの無事を告げられたからだ。
他の誰かに言われてもまるで信じられなかっただろう。
しかしリアンヌに無事だと言われた瞬間、それが本当のことだと信じられた。
でも、普段はこんな感じなんだなぁ…と、ダーツは少しだけ親近感を感じた。
ファージスは天を仰ぎ、ため息をつく。
「まぁよい、その悪魔の話をして進ぜよう」
ファージスが吟遊詩人が歌うように昔話を語りだす。
今より2000年前、人類は突如現れた魔王の手により、絶滅寸前まで追い込まれた。
世界中の人々の8割が死んだと伝承はいう。
人類の歴史上、これほど恐ろしい悪魔が現れたことはいまだかつてない。
その魔王の名は…
【焔獄のアステリア】
大地を焦がし、森を溶かし、水は枯れた。
天より炎の石が降り注ぎ、炎の水が世界を覆った。
生き物は次々と死に絶えていった。
人々の願いにより勇者は降臨し、魔王に戦いを挑むも、手も足も出ず敗れ去った。
人類が壊滅するその直前、その悪魔は突如姿を消した。
「と、そんな伝説があるのじゃよ。
神殿を消し炭に変えた悪魔……
まぁ、ワシの予想が外れてほしいとは思うがのぅ」
ダーツたちは卒然として魔導師ファージスを見つめる。
ダーツには、そんな化け物の存在はさすがに信じられなかった。
おとぎ話だろう? とは思ったがファージスが語ると真実に思えてきてしまう。
リアンヌは何も言わず聞いていた。
今の話を吟味しているのだろう。
ダーツは、己自身が見た伝説を裏付ける光景を思い出し身震いした。
「確かに俺たちの見た地下は、ファージスの爺さんが言った通りの世界だったぜ。
……ありゃあ、地獄だ……」
「爺さん言うなやボケナス。せめてファーちゃんかファージス様じゃろ」
魔導師ファージスがムスっとした表情でダーツを睨む。
「いや、ああ……すまねぇ……」
「まぁよいわ、今でも姿を消した理由は解明されておらぬ。
だがもしもじゃ、本当に焔獄のアステリアが復活したならば……
今回のこの事件は始まりにすぎぬかもしれんのぅ……」
リアンヌは手を上げて軍を止めた。
黒い霧が近くに見えてきた。
そして……そこに現れた死者の軍団も。
リアンヌは全軍を鼓舞するように高らかに叫ぶ。
「密集陣形をとれ! 一匹も通すな!」