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第13話「霧」

「なんだ……こりゃ……」


ダーツたちは神殿にやってきた…はずだった。

しかしそこに広がっていたのは瓦礫(がれき)の山だった。

白く清廉(せいれん)だった神殿は今や赤黒く変色し、そこかしこから黒煙が上がっている。

未だ高熱を発しているのか、赤く発光する柱の残骸(ざんがい)もあった。

ダーツは変わり果てた神殿に得体のしれない恐怖を感じた。


「なにがあったんだ……

 昨日来たときはちゃんと神殿があったぞ……」

「おいお前ら、神殿の外や民家の様子を見てきてくれ」

「わかった」


全員がうなずき、散らばる。


「おかしい……」


神殿の崩壊も異常だが、それ以上に不可解に感じていることがある。

それは――――


「こんな崩壊があったってことは相当でかい騒ぎだったはずだろ?

 振動もあったはずだ。

 ……なのに、なぜ誰もいねぇ?

 様子を見にくるとか助けに来るとか……いるはずだろ」


ダーツは(うめ)いた。予想以上の異常事態だ。

神殿はこの街の中心あたりに位置している。

神殿の周りは鉄柵(てっさく)(かこ)われていて、門から入らねばならない。

整然と並んでいたはずの鉄柵が、ウネウネと曲がりくねっている。

門のあたりはまだ無事に残っている柵もあったが、建物の周囲は悲惨だ。

神殿に至る道があるはずの場所が、巨大なクレーターになっている。

神殿の周りには樹木が()(しげ)っていたはずなのに、今は無残な黒い消し炭が

残っているだけだ。


ダーツが神殿の周りを調査しながら歩き、一周した頃にネロが戻ってきた。

いつも冷静でポーカーフェイスなネロの表情に(あせ)りの色が見える。


「おかしいぞ……

 民家にも広場にも、誰一人いない」


ダーツは無言で神殿を(にら)んでいる。

その内カザリとタイラーも戻ってきた。


「大変よ! 誰もいないのよ!

 失礼して民家の中も調べたけど、やっぱり誰もいなかったわ」

「カザリもか、俺の方もいなかった。どうなっている?」


ダーツはネロも同じだったことを2人に伝える。


「今日はカケイド誕生祭の当日だぜ……誰もいないってことはねぇはずだ……

 こんな静かな祭りは……初めてだぜ」



時間はまだ昼過ぎだ。

礼拝(れいはい)に訪れる者が多いこの場所。

そして神殿から少し離れたところに商店街があり、いつもは喧噪(けんそう)が聞こえてくる。

品物を買い求める市民たちや商人の値段交渉のやり取りで(にぎ)わっているはずだ。

それなのにこの静けさは、まわりに誰もいないことを示している。


「ね、ねぇ……アキラちゃん、ここにいるはずでしょ……?」


ダーツの顔が苦虫(にがむし)を噛み(つぶ)したようになり、また神殿の周囲を(さが)しはじめる。


「……連れてかれたのは

 ……拷問……部屋のはずだ……」


口に出すのが恐ろしかった。

そこに送り込んだのは、ほかならぬ自分たちだからだ。


「表口からそんな場所に行けるはずがねぇ。

 どこか別の入り口があるはずだ。

 そこを探せ」



全員が神殿周辺を調べる。

それからほどなくして、ソレを発見した。

瓦礫(がれき)(かこ)まれた中、地面にぽっかりと人が通れるほどの穴が開いていた。


「扉がねぇ……どこに吹っ飛んでったんだ?」


ダーツがそう疑問を(てい)すると、タイラーが青ざめた顔でダーツを見た。


「これは……熱で溶けたんだ……」

「は?」


タイラーは鉄柵について話し出す。


「曲がりくねってたんだ。あれは熱でそうなったんだ。

 それにこの赤黒い石。

 これは……石さえ溶かすほどの高温がここを襲ったとしか考えられない」

「そんなバカな……ありえねぇ……なんだ? 石って燃えるのか?」


タイラーはダーツにうなずいた後、瓦礫(がれき)の山を見渡す。


「ま、俺も詳しく知ってるわけじゃない。

 死んだ爺さんから聞いたことがあるだけだ」


ダーツは仲間の過去を知らない。

どこの出身で、どんな生い立ちだったのか……

だからタイラーの爺さんが何をしていたのかも知らない。

きっと学者かなんかだったのかもな……と推測した。

冒険者は自分の過去を語らない。互いに詮索(せんさく)もしない。

こんな仕事につくやつは、なにかしらワケありだからだ。

ダーツはタイラー、そしてネロやカザリを見回した。


「……行くかい?」


全員、すぐにうなずいた。

ダーツもうなずき返す。


「いくぞ」



穴の中は薄暗いが、いたる所に流れている粘度(ねんど)の高い赤い液体が発光し、

松明(たいまつ)が無くても十分に見える。

タイラーが、その光る液体に触るなよ…と皆に忠告した。

水のように流れる赤く光る液体。ダーツはそれを初めて見る。

不思議な液体だとタイラー以外全員感じる。

しかし中は凄まじく暑い。

空気が薄く、息苦しい。

穴の中に入って大して経っていないのに、もう汗が滝のように流れだした。


ダーツはネロに防御魔法を頼む。

ネロはうなずき、そして歌いだす。

その声は森の(さわ)やかさを感じさせ、少し高い声は女性のような響きを持っている。

ネロが歌い終わると、ダーツたち4人は緑色の光に覆われた。

精霊の力を借りて発動する精霊魔法だ。

エルフ族にしか感じられないという特殊なエネルギー、それをエルフは

精霊と呼んでいる。


「匂いからして空気に有毒なものが混じっていると感じた。

 熱も相当やばいな。風の防御をかけておいた。

 これでお前たちの周囲は外と変わらない状態だ。

 しかし、基本は物理防御に強い魔法だからな。過信はやめてくれよ。

 黒魔法ならば耐性がかなり上がるんだがな」



ダーツたちは前進を再開する。

下り坂になっているが、ところどころに人工的な段差の痕跡(こんせき)がある。

もしかすると階段があったのかもしれない。

しばらく坂を下りていくと広い空間に出た。


「なんだこりゃ……

 まるで洞窟のようだぞ」


地面からは赤いドロドロした液体が泡を()き出し、

ボコボコという音をあげている。

赤黒い世界はまるで悪魔の住む世界を想像させた。

ダーツたちはあまりに異様な光景に息を飲む。

すると近くからうめき声が聞こえてきた。


「アキラか!?」


ダーツたちは一斉に声が上がった方を見た。



そこには赤い液体によって体が半ばまでドロドロに溶かされ、

すぐにまた赤い液体の海の中で再生される青年がいた。

喉を焼かれながらも、ダーツたちを見つけて必死に声を絞りだしている。


「だ……だずげ……で……すごくいだい……」


ダーツはその青年を赤い液体から引きずりだすため手を差し伸べようとしたが、

慌てるタイラーに止められた。


「さわるな! 赤い液体に少しでも触れたらお前も熱で溶けるぞっ!」

「くっ……マジかよ……」


タイラーは肩に背負った剣を外し、(さや)を青年の方に伸ばす。


「つかまれ!」


青年は手を伸ばして必死に鞘を(つか)むが、掴んでいる指の肉が

高熱で溶けて手放してしまう。

タイラーは皮装飾の部分が燃え出すのを見て、あわてて鞘を引っ込めた。


「ああああああー! たずげ……」


恐ろしい程の灼熱(しゃくねつ)で燃え上がる間もなく顔が溶け、またじわじわと再生される。


「だ、だずげ! おねがい!」


しかし助ける手立てがないダーツたちは、ただそれを見ているしかなかった…


「地獄だ……」


カザリは泣きだした。


「アキラちゃんは!? アキラちゃんもまさかこんな……」


ドロドロに溶ける青年を凝視している。


「くそ! ここにはいなさそうだ。もっと奥に行こう」


そしてネロに呼び止められる。


「ダ、ダーツ……」

「……? どうした? ネロ」


ネロは洞窟の壁を指さしている。


「……あれは……一体なんなんだ」


ダーツたちはネロの指さす方角を見た。

そこには――――――――



洞窟の岩から突き出した巨大な杭に、串刺しにされた肉の(かたまり)があった。

まるで虫ピンで留められた昆虫のようだ。

2つ並んで壁に突き刺さっている。


「な、なんだありゃ……?」


ダーツは思わず声を発したが、仲間の中に誰かこれを知ってる者がいるとは

到底思えなかった。

よく見るとその肉塊(にくかい)は動いてる。

タイラーが苦々しい顔をして告げる。


「あれは……人間の体だ……」


肉塊は赤く光る液体の熱でじわじわと焼かれているようだ。

腕や足が焼け落ち、体の半分も焼け落ちているため、

それが人間だと認識するのに時間がかかった。

焼けた肉塊は串刺しのまま、さっきの青年のように腕や足が再生されていく。

しかしその速度はゆっくりで、体が再生しきる前に再び焼け落ちはじめる。


ソレがこちらに気づいたようだ。


「あ……あ……」


耳をすまさねば聞こえないほど微かに……(うめ)いている。

多分助けてくれと言ってるんだろうが、地面は赤く光る液体で満たされていて、

そばへ近づくことすらできない。

その惨状を見たネロは、絞り出すようにつぶやく。


「あ、あれが……アキラじゃないのを祈るのみだな……」


カザリはついに声を立てて泣き出した。


「とにかく奥に行こう……」



そこは先ほどの空間より小さめの場所だった。


「くそ……アキラがいない……」

「アキラちゃぁぁぁん!」


カザリは泣き叫ぶが、答える者は誰もいなかった。

タイラーとネロも辺りを見回し、虫一匹見逃さないとばかりに

目を皿のようにしているが……


「どこかに()もれてることはないか!?」

「見た限りでは……それはなさそうだ。」


元は牢獄であったであろうそこは、あまりに変わり果て、アキラがいた

痕跡(こんせき)すら見つけられない。


「くそ……」

「ね、ねぇ、もしかしてアキラちゃん、ここに連れてこられてないってことは?」

「そんなわけねぇだろうが」

「やっぱり、壁のやつがアキラなんだろうか……」


その時、遠くから轟音が聞こえた。


「な、なんだ!?」

「今のは地上の方からか!?」

「出よう、崩れるかもしれない」

「で、でもアキラちゃんが……見つかってない!」


ダーツはカザリの手を取ると、強引に出口へ向かって走り出した。

天井からバラバラと石が崩れてくる。

轟音がまた起こる。


「ちっ! なにが起こってんだ!?」


ダーツたちは全力で坂を駆け上がり、なんとか地上に出た。

そして見た。

街中に広がる黒煙を。





ダーツたちは空を見上げた。

暗い。まるで夜が近いかのようだ。

青空はどす黒い煙に包まれ、今は太陽の光を(さえぎ)っている。


「なんだ……?」


全員がどうすべきか分からず、ただ空を見ている。

神殿の崩壊、周辺にいた人々の消失、地下にあった肉塊、溶けては再生する青年。

そして今度はこれだ。

ダーツたちがこれまで見たことのない漆黒の煙が空を覆っている。


タイラーがぼそっとつぶやいた。


「もしかしてアキラの仕業(しわざ)……とか……?」


ダーツは、思わず怒鳴る。


「そんなわけねぇだろうが! 何を根拠(こんきょ)にそんなこと言いやがる。

 アキラが悪魔なら、とっくにこうなってる!

 連れていかれて何日も経ったあとで、これは理屈にあわねぇだろうが!」

「す、すまない……わけがわからなすぎて……つい」

「アキラちゃん……」

「とにかく情報がいる。いったん酒場に戻って情報を集め対策を立てよう」


ダーツたちは走り出した。



「轟音の原因はなんだ…この黒煙と関係がない……はずはねぇな。

 この黒煙もなんなんだ。火事とも違うし、見たことがねぇ。

 それに、こんな異常事態なのに……静かすぎる」


神殿に行く前は、表通りに人通りもあり、いつもの日常がそこにあった。

しかし、わずかな時間が経っただけなのに今は誰もいない。

ネロは空を見上げながらつぶやく。


「黒煙のせいで、家の中に引っ込んでいるのか?」

「さぁな……嫌な予感しかしねぇけどな……

 まぁもう少しで酒場につ……おい、なんだありゃ!?」


向かう先に黒煙が立ち込めている。


「ダーツ! あれは……煙じゃない。霧だ! 黒い霧だ!」


ネロは叫んだ。

全員立ち止まり、黒い霧を見つめる。

黒い霧の先は何も見えなかった。霧は空を覆いつくすほど立ち込めており、

北の門がある方角は見渡す限り、黒い霧の中に包まれていそうだった。


「なぁ……あの中に入って大丈夫だと思うか?」

「バカを言うな」


ダーツはすぐにタイラーの言葉を冷静に否定した。

臆病なほど用心深くなければ、冒険者として生き残れない。

状況がつかめない内は慎重に行動するのがダーツたちだ。


「それじゃ撤退、といきたいところだが、どこに向かう?」

「まぁ騎士団がいる領主の城だろう。

 とにかく異常事態だ。領主もすでに動いているはずだ」


タイラーの質問にダーツはいつものように落ち着いて答える。

ネロ、カザリ、タイラーがうなずく。

いつもは飄々(ひょうひょう)とし、おちゃらけているダーツだが、どんな緊急事態に遭遇(そうぐう)しても

慌てふためくことはなかった。

この冷静さに何度も助けられたメンバーだった。

だからこそダーツがリーダーを務めている。


「よし、決まりだ。城へ向かうぞ!」


また走り出した。

タイラーは愚痴(ぐち)る。


「戦って疲れるのはいいが、走って疲れるのは好かん。」



ダーツたちが去った後、黒い霧の中から一人の人物が現れた。

その姿は……

顔にはほぼ肉が残っていなかった。

眼球は左目だけがギョロリと動く。

服もボロボロで、ヨタヨタと歩いていた。

腸がはみ出し、歩くたびに地面へボタボタと落ちていく。

黒い霧の中から次々と人が現れた。

皮鎧をまとった戦士、赤茶色のドレスを着た女性。幼い子供もいる。

しかしそれらすべての姿は、骨や内臓が露出し、歩いているのが

奇跡的な者ばかりだ。

黒い霧から現れた人々は、いまや数千にも及ぶ。

彼らは誰一人声をあげず、ただ静かに歩いていく。


その中には……

顔の肉を半分失い、目は(うつ)ろ、足の肉もほぼ失いながら歩く、

カノンの姿があった。


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