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第12話「心」

「あ、悪魔め! なにをしに来た!?

 ここが勇者教団と知っての事か!」


白ローブの中年ニコラウスがアステリアに怒鳴る。

アステリアはニコラウスを無視して小さく何かをつぶやく。

ほっそりした白い手を大きく広げた後、ゆっくりと手のひらを目の前にかざす。

アステリアの手が光り輝き、その光はアキラが入れられた箱に吸い込まれていく。


ニコラウスは叫んだ。


「なっ! そ、その呪文はまさか!?」


何が起きているのか理解できていないガイコツ老人のターケンが、

ニコラウスに間抜け面で問う。


「あやつは何をしているので?」


光が注がれたアキラの体は次々と再生されていく。

もはや機能していなかった肝臓(かんぞう)腎臓(じんぞう)脾臓(ひぞう)、そのほか数多くの臓器が修復され、

今や完全にその働きを取り戻す。

えぐられた左目、もがれた耳、そぎ落とされた鼻。

そして千切(ちぎ)れ、はじけ飛んだ筋肉や折れた骨。

失った血と肉が見る間に再生されていく。

皮膚(ひふ)がはがされ、筋肉がむき出しになっていた体に、皮膚が再生されて

体を包んでいく。

そして――――――――







ボクはゆっくりと静かに立ち上がる。

完全に肉体が元に戻ったボクは、生まれたままの姿だ。

自分の体をまじまじと(なが)めた。

まったく傷一つなく、拷問にあう前と同じだ。


白ローブの中年ニコラウスは、目の前で繰り広げられた

あまりに信じられない光景に脂汗が流れていた。

まぁわかるよ。ボクもビックリしてるし。

ニコラウスはノドが(かわ)いたのか、ツバをゴクリと飲む音が聞こえた。


「こ、こんなバカな事が…あ、ありえん……」


ガイコツ老人のターケンは逆に嬉しそう。


「すばらしぃ! こんな魔法があれば、

 何度でも拷問できちゃうじゃないですか!」

「簡単に言ってくれる……あれは誰にでも扱える魔法ではない。

 ましてや魔族には決して使えないのだ」


ニコラウスは目を見開き、ボクとアステリアを交互に見ている。


「何者なのだ、あの女は……」



ボクはゆっくりとアステリアの元へ歩いていく。

アステリアはひざまずく。


「アキラ様……」

「アステリア……ありがとう」

「そんな! 私……すぐにでもお助けしたかったのです……

 ですが、アキラ様から姿を見せるなと厳命(げんめい)され、

 涙を飲んで耐え忍んでおりました」


アステリアは美しい顔をくしゃくしゃにして号泣していた。

人間はボクをこんな目にあわせた……

でも、悪魔のアステリアは助けに来てくれた……

しかもボクのために泣いてくれている。


「言い訳をさせていただけるなら、私……

 アキラ様が目をえぐられれば、私も自らの目をえぐりだしました。

 アキラ様が(ひざ)を砕かれれば、私も自ら膝を砕きました。

 少しでもアキラ様の苦しみを味わわねば、私、耐えられませんでした。」


「アステリア……」


これが悪魔?

ボクにとっては違う。

悪魔はこいつら人間だ……


なぜだろう……アステリアと叫んだとき、彼女こそはボクの真の味方だと感じた。

なぜそう思ったのか、今ではわからない。

もしかして、ボクは本当に魔族の王だったのかな。

記憶を失ってるだけなのかな……

いや、わからない。

だって、悪魔の紳士ルーシーやそのほかの魔族たちには、

味方だという感覚はまったく感じない。

助けを呼ぶ時、脳裏に浮かんだのはアステリアだけだった。

本当になぜだろう。


アステリアは失礼しますと言って立ち上がり、

胸の谷間から黒いローブを取り出し、そっと着せてくれた。

なぜそんなところから……とは思うけど、今はどうでもいい。


「今はこのような粗末(そまつ)なものしかご用意できず、申し訳ございません」

「うん、ありがとう。

 それじゃ、こいつらの始末をつけていこうか」

「かしこまりました」


ボクらが2人に視線をやると、恐怖からなのか、それだけでニコラウスの体が

ビクっと跳ねあがった。

白いローブの中年ニコラウスは叫び、平伏(へいふく)する。


「あ、貴女様(あなたさま)はもしや、天使様なのですか!?

 いえ、そうに違いありませぬ。

 あの魔法……いえ、奇跡は悪魔には決して使えません!

 そ、そうであれば、

 天使様たる貴女様の主人、そのお方へのご無礼をなにとぞお許しください!

 まさか神の使徒とは知らず……なにとぞ……」


ニコラウスは平伏したまま許しを()う。

ガイコツ老人のターケンも一緒にひざまずくが、請願(せいがん)の中身は(おのれ)の欲望を

満たすためのものだった。


「私からもお願いいたします。

 天使を拷問したことがありまぜんので、ぜひ……」


ゴンと音がし、ターケンはニコラウスに殴られた。

ニコラウスはターケンの頭を床に押し付ける。


「い、いだい……」

「無知なる私どもの罪、お赦しください……

 私どもは勇者教団。

 神の使徒であらせられる勇者様を崇め奉(あがめたてまつ)っております。

 我らは貴女様の下僕でございます」


アステリアは呪文をつぶやき、誰かを招くように人差し指をクイっと動かす。

すると、牢屋の壁から何本もの大きな鋭いトゲが生えてきた。

そして両手を(かか)げ、空中で何かをつかむような仕草をすると、

ガイコツ老人ターケンと白ローブのニコラウスの体が宙に浮かんだ。


「ひぃぃ!? て、天使様! な、なにをなされるので!?」


抵抗もできずに空中でじたばたしながら、ニコラウスは叫ぶ。

アステリアは手を前に押し出す。

アステリアの動きに呼応して、ニコラウスとターケンはトゲが突き出た

壁に串刺しになった。


「ぎゃああああああああああ!」

「ぎひぃぃぃぃ!?」


アステリアは彼ら2人を冷ややかに見つめた。


「安心なさい。急所には刺してないから。

 たっぷり痛がりなさい」


トゲはニコラウスたちの手のひら、二の腕、肩、そして太ももと足首に

刺さり、先端が肉を突き抜けて飛び出している。


ターケンとニコラウスは痛みのせいで言葉が途切れ途切れになりながらも、

必死にアステリアに許しを()う。


「あ……私……ども……は敵では……あぐぅぅ。ありません! うがあぁ!

 こ、こんな目に()ういわれは……ありませぬぅ

 あなた……がたを(あが)め、勇者様に仕え……てきたのです!」

「ひーひいぃぃ……私は拷問……したいだけで…なぜこんな目に……うぐぐ!

 い、意味が……わからない……」


アステリアの頭から()き出す炎が、牢屋の天井にまで達し、天井を溶かしだす。

目や口からも炎が燃え立っている。

目は吊り上がり、口は裂け、牙同士がぶつかり合い、ガチガチという音が鳴る。

地の底から響くような恐ろしい咆哮(ほうこう)がアステリアから発せられた。


「お前たちは決して許されぬ大罪を犯した!

 全ての生きとし生けるモノより、全ての全知を持つモノより、

 そして全ての魔族よりも、はるかに(とうと)いお方を傷つけたあぁぁ!!

 貴様らをどれだけ苦しめても飽き足らぬ!!!」


激怒するアステリアから噴き出す炎が、天井だけでなく、牢屋全体を溶かす。

鉄格子(てつごうし)はもちろん、石作りの部屋もすべてがドロドロに溶けている。

牢屋はまるで灼熱(しゃくねつ)の溶岩地帯のように変貌(へんぼう)していた。

その熱気がニコラウスとターケンの皮膚(ひふ)()がしていく。


「あづっ! 痛い!!!」

「やめぇぇ!!!」


ボクはアステリアに守られているみたいだ。

熱気の影響があるどころか、地下にいるというのに森の澄んだ空気が

ボクを包んでいる。


拷問部屋があった方向から悲鳴が聞こえてきた。


「あづぃぃぃ! いだっ! いだぁぁぁぁい!!」


糸目のピーターだった。

扉に(はさ)まれてひき肉になったはずなのに、体が再生している。

高熱で溶かされ、命が尽きる直前に肉体が再生し、そしてまた溶かされていく。

何度もそれを繰り返している。

どんな魔法かければ、あんなことできるんだろ。

もしかして、RPGでよく見かける自動回復(リジェネレーション)みたいなものかな。

リジェネレーションってのは減ったHPを少しずつ回復する魔法だ。

ニコラウスとターケンはそれを見て、さらに必死になって慈悲(じひ)を願ってきた。


「な、なんでもいたします!

 どんなものでも手に入れ、お持ちいたしますから!

 あ、生贄(いけにえ)もたっぷり用意いたします!

 だからお許しを! お慈悲を! お願い! あああああ、いだぃぃ!」

「わ、私も拷問の秘伝をお伝えします!

 私のできる事ならなんでもいたしますからぁぁ!

 いだい! いだい! もういやぁぁ!」


そんな彼らを見てもこれっぽっちも同情はわかない。

当然だよね。

むしろ彼らの苦しみが楽しく思える。

そりゃそうだ。人間なんて苦しめばいい!


「アステリア、そろそろ地上に出よう。ここから早く出たい」

「はい」


アステリアはボクに返事をすると、指をニコラウスたち2人に向け、

縦横に動かす。

すると、体の中心に頭頂部から下腹部まで赤い線が一直線に引かれた。

さらに赤い線は左の中指から胸部を通り、右の中指まで繋がっていく。

体の中心に走った線はそのまま足のつま先まで延びていく。

赤い線で漢字の『大』を書いたように見える。

その線に沿ってハサミを入れたがごとく、服が裂けて地面にハラリと落ちる。

それだけじゃない。

その下の皮膚も服と同じく赤い線の通りにめくれ、()がれ落ちた。

その様子はまるで服を脱いでいるかのようだった。


「ああああああああああああああああああああああ!!!!!」


ニコラウスとターケンの苦悶(くもん)の絶叫が上がる。


「彼らはこの後、死ぬこともできず、永遠に焼かれ苦しむでしょう」


それでもアステリアの怒りは収まらないのか、しゃべるたびに激しい炎が

口から噴き出している。

ボクのために、こんなに怒ってくれるアステリアが愛しくて

思わず手を握ってしまった。

めっちゃ顔は怖いけど。

それでも、その顔はボクのために変化してるんだ。


「あひっ! へへへ、陛下!?」


アステリアの顔が一瞬で紅潮し、恐ろしい形相が柔和(にゅうわ)で美しい顔へと戻った。

ボクはアステリアに感謝を込めて微笑んだ。


「行こう」



階段を上がっていく。

ここは恐怖と絶望に繋がる道だった。

でも、今は違う。外へと繋がる道だ。

ボクの後ろを静かについてくるアステリアの気配は

とてもボクを安心させた。

今も彼女は優しくボクを見つめているのが雰囲気で分かる。

背後から絶叫が上がり、許しを請う声が聞こえてくるが、

ボクは一度たりとも振り返ることなく地上に出た。







ダーツたちはアティーナの導き亭で暗く沈んだ顔をしていた。

エールが入ったジョッキはテーブルに置かれているが、誰も手をつけていない。

テーブルにはいつものメンバーが座っている。

ダーツの横にはカザリ、そして向いにはネロとタイラー。


ダーツは沈鬱(ちんうつ)な表情でぽつりと(うめ)くように言う。


「……なぁ……

 俺たち、あれで良かったのか?」


ネロは苦々しい表情を浮かべ、ダーツをにらむ。


「何度その話をするつもりだ?」


沈黙が降りる。

皆テーブルの一点を見るともなしに見つめた。

カザリはうつむいたまま、震える小さな声をしぼり出す。


「あの子さ……いまごろ拷問……されてるよね?」


タイラーが怒鳴りたい衝動をこらえ、カザリに静かな声で答える。


「お前も分かってて教団に引き渡したんだろう? いまさら何を言う」


ネロも何度目になるのかわからない返答をカザリに返す。


「カザリ、お前もそれは何度目の問いだ」

「だって……だって……あの子、まだ子供だよ……

 私たち、とんでもない間違いを犯したんじゃないの?

 怒りに任せてあんなことしちゃったけど……

 あの子の事情、今思えば……とんでもなく可哀想だもん。

 ウソついてるって……思えないもん……」


ネロは、それも何度も聞いたとばかりに憮然(ぶぜん)とした表情をした。


「さらわれた話が本当なら、なんとか逃げることに必死だっただろうな……

 そこを利用されてカノンとか言う悪魔が、この街の偵察のために

 アキラを偽装として利用した可能性はある」

「きっとそうよ! そうなのよ……」

「だから言っただろう。それもあくまで可能性のひとつだ」


あの日……アキラを教団に引き渡した日から、何度も繰り返されている光景だ。

そのまま答えが出ず、道すがらで会話を交わしこともなく宿に帰る。

それをもう何日も繰り返していた。


ダーツは何度も神殿に足を向けていた。

そしてなにもせず、また宿に帰るという日々を繰り返していた。

何度も心の中で、間違いを犯したんじゃないのかと問いかけていた。

だが答えは出ない。

カザリが何度も助けに行こうと言ったが、それを行動に移すことはなかった。

本気で助けたいなら、カザリは一人でも行動する。

それをしないのはまだ迷いがある証拠だ。

そして今日も酒場で、進展のない会話が繰り広げられていた。


ダーツが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「皆……聞いてくれ。

 このままじゃ俺たちは仕事もできねぇ。

 つまりだ……この話を続けるやつはパーティーを抜けてくれ」


皆一様に驚いた顔をしたが、その後すぐに落ち着きを取り戻す。

ネロは当然か……とつぶやいた。

ダーツは立ち上がり、全員の顔を見渡す。


「でだ、俺には無理だわ……

 パーティー抜けるわ……すまねぇ」


ダーツはそう言い残すと、後を振り返ることもなく酒場を出て行った。



ダーツは決めた。

神殿に行く。そしてアキラを助けよう。

アキラは魔族じゃない。ただ利用されただけだとわかってはいた。

だが、魔族の仲間だったんじゃないかと疑う心が怒りに火をつけ、

冷静さを(うば)っていた。脳裏(のうり)に浮かんでいたのは父と母の最期だ。

そして後悔とくすぶる疑惑。

それが今まで行動できなかった理由だ。

もう、手遅れなのかもしれない。

だがそれでも……行かずにはいられなかった。

その結果、教団に目をつけられ、悪魔の仲間にされてしまうかもしれない。

だから、そんなことに仲間を巻き込めなかった。

ゆえにパーティーを抜けたのだ。

しかし不思議だとダーツは感じた。

助けると決めた途端、心が軽くなった。

そうだ。

心が軽くなるのは、これが正解だからだ……と気がついた。


ダーツの後ろから、馴染(なじ)みのある声がかかった。

ダーツは振り返り「やれやれ」と一言つぶやき苦笑する。

きっと来るのだろうと、彼はそう確信していた。


「おい、俺もパーティー抜けてきた」

「私も抜けてきちゃった」

「まぁ、一人で残ってもね……」


タイラー、カザリ、ネロがそこにいた。


「おめぇら……俺がなにするかわかってて来たのか?」

「まぁ、俺たちはもうパーティーじゃないしな。

 勝手に一人で行くだけだ」

「うん、アキラちゃん助けにいく」

「まったく……皆どうかしてる」


皆、ずっと何かに()かれたような表情だったが、今は少し晴れやかになっていた。


「よっしゃ、さっさと助けてトンズラするぞ!」


「表通りからズカズカ近づきたくねぇ。

 こっそり神殿の裏手にまわり近づくぞ」


全員がうなずく。


ダーツたちは神殿に向かって走った。


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