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第10話「人間」

信用されなかった。

判断を……間違えた。



【アティーナの導き亭】の一番奥まったテーブルにボクはいた。

陽気な声や笑い声といった喧噪(けんそう)が少し離れたところから聞こえてくる。

だがボクたちのいるテーブルは静かだ。

誰も声を発していない。


ダーツさんに隠してる事情を話してくれと言われた。

それもすべてはカノンを探すため。

心配そうに見つめてくれるダーツさんたち。

姿を消したカノンを探したい。

だからボクは……


……ボクの身に起きた事情をダーツさんたちに語っていく。

一生懸命説明した。

こことは違う世界でさらわれたこと。

なんとか魔族をだまして城の外に出たこと。

カノンは魔族だけど道中ずっと助けてくれたこと。

そしてダーツさんたちに出会ったこと。

ただカノンのことだけを思って必死だった。

だから気がつかなかった…

ダーツさんたちの目がだんだんと冷ややかになっていったことを。





ガタゴトガタゴト……


ガタン! という大きな音。

馬車の車輪が石畳の微かなへこみで跳ね飛び、(きし)む音をあげる。

その衝撃でボクは檻の中で倒れ込んでしまった。

起き上がろとするけど力が入らない。

違う、起き上がる気力が起こらないんだ。

起こっている出来事の理解ができず、感情や思考も湧いてこない。

いや、ただひとつ。

とても、とてもショックだった。

疑われる可能性は考えてたのに。

それなのに……

ダーツさんたちと知り合ってまだ間もないというのに、

彼らに信用されなかったことが、こんなにきついなんて。

こんなに……悲しいなんて……

感情がほんの少しずつ戻ってくるたび、心臓が切り刻まれたように痛む。

心にとても大きな穴が空いていく。

呼吸が荒くなっていくのが自分でも理解できた。

キシキシと甲高い金属の軋みをあげ車輪の回る音が聞こえる。

ボクは横たわったまま、ただ呆然と檻の外を流れていく風景を眺めた。



……信用されなかった。


酒場での出来事を思い出す。

全てを説明し終えた瞬間、ダーツさんはいきなり立ち上がり、

ボクの髪を強引につかんだ。

痛いと叫んで抵抗したけど、そのまま引っ張られ、酒場の外に連れていかれた。

ダーツさんは教団に連絡を入れろとネロさんたちに(わめ)いた。

……教団?

人気のない場所まで連れていかれた。

引きずり倒され、首に短剣を突きつけられた。

殺意がこもっているのがダーツさんから伝わってくる。

なんでこんなことを…と震えながら質問すると、平手打ちをくらった。

だまってろ、殺すぞと(おど)された。

ダーツさんの顔を見た。

今まで見たことがない怖い顔をしていた。

眉は逆立ち、歯を強く噛み締めているせいで、口の端からは血が少し流れていた。

目は大きく見開き血走っていて、息は荒く、肩が震えている。


なんで? どうして?

ボクは意味もわからず混乱し、時間だけが流れていった。

しばらくして、ようやく気がついた。

ボクは、判断を間違えたんだ……ってことに。

教団の人が来るまで、そのまま身動きひとつできず、ダーツさんたちを

ただ見ていることしかできなかった。

魔族の仲間だと思われた……

ボクの話は、まったく通じなかったんだ。

ダーツさんたちに信用されなかった。

その事実だけがそこにあった。



考えてみればそうだよね……

15年前に魔族と戦争してたんだもんね。

その戦争にダーツさんたちの身内や親類が参加しててもおかしくない。

ボクは学校で起こった惨劇や晩餐会(ばんさんかい)(きょう)された谷口くんを思い出す。

あんな事を体験してきた人たちの街なんだ……

平和そのものの街にボクは安心しきっていた。

綺麗な街並みに安心しきっていた。

でも魔族との戦争で負った心の傷は、まだ消えていなかったんだ。

そんな人に、魔族のカノンを助けたい。

そんな事を言えばどう思われるか、そこに考えが至ってなかった。

戦争相手、しかも残虐(ざんぎゃく)な仕打ちをしでかす魔族の女の子を助けたいって

言った時点で人間だと思われてないかも……

自分のバカさ加減に腹が立つ。

そしてカノンを助けにいけない自分に腹が立つ。



ガタゴト……

荷馬車が揺れる。今日のお昼までは……カノンと馬車に乗ってたんだ。

どんより曇った空の下を荷馬車が進んでいく。

通り過ぎていく風景がぼやけはじめた。

気がつくとボクは泣いていた。





ジャラララ!

鎖を引っ張られた。


「う……ん……」


ボクは目を覚ました。

いつの間にか檻の中で眠っていたようだ……荷馬車は止まっていた。

屈強な体をした大男に乱暴に鎖を引っ張られた。


「痛っ!」


腕がちぎれそうな痛みに耐えながら檻から出る。



目の前に純白の石造りでできた神殿っぽい建物が立っている。

人の背よりも遥かに高い青銅製(せいどうせい)の両開きの扉が、

大理石でできた階段の上に鎮座(ちんざ)している。

階段は一段一段がチリ一つないほど()き清められていて、

巨大な純白の建物と相まって、荘厳(そうごん)さを(かも)し出している。


ああ、やっぱり神殿なのかも。勇者教団って言ってたし……

偉い人に話せば、もしかしてわかってもらえるかもしれない。

そう思えるだけの清澄(せいちょう)さが、建物からは感じられた。

しかし、目の前にある巨大な扉から入ることはなく、

別の入り口に連れていかれた。


「ど、どこに行くの?」


次の瞬間、ボクは地面に倒れていた。


「……え?」


口の中に血の味が広がった。キーンと耳鳴りがする。

舌に硬い(かたまり)が転がる感触がした。

奥歯が1本抜けたんだと理解するのに時間がかかった。

あ……殴られた……の?

鎖を引っ張られ、強制的に立たされる。

そしてまた殴られた。

また立たされ、殴られた。

今まで経験したどんな体験よりも怖い。

学校でクラスメイトが殺された時よりも……

魔族の城に連れてこられた時よりも、

イービルベアーと戦ったときよりも。

殴り殺されそうになる理不尽な暴力、それを同じ人間から味わわされてることが

とても怖かった。



「ご、ごめんなだい(ごめんなさい)。もう……なにも聞ぎばでん(ききません)!」


叫んだ。

つもりだった。

ノドから出たのははただの(かす)れ声だった。左目が半分しか開かない。

言葉にならないもごもごとした音しか出なかった。

顔がすごく()れているのかもしれない。

突然殴られ、舌を噛んでしまってとても痛い。鼻血もボタボタ流れ落ちている。

殺されると思った……怖い……怖い……

大男は無言で鎖を引っ張った。

ボクはおとなしく黙って歩くことにした。


ダーツさん……

カノン……



神殿の裏手に連れていかれた。

()き清められていた正面と違い、道は泥でぬかるみ、あちこちに汚物らしきものが落ちてるみたいだ。

泥水がはね、自分の足を汚していく。

お前は潔白ではない……と指摘されているかのようだった。


そこには鉄の扉があった。

ボクを引っ張っている大男が扉をノックすると、程なくきしみを上げながら開く。

中は真っ暗で、どうなっているかわからない。

中から扉を開けた細身の男が黙ったままあごをしゃくり、

大男に引っ張られてボクも中に入っていく。

松明(たいまつ)を持った細身の男が先頭に立って歩き出した。

扉の先は下り階段になっていて、後ろから銀色の騎士が4人ついてきた。

階段は意外に広くて、甲冑(かっちゅう)を着た銀色の騎士が2人並んで歩けるくらいだ。

松明があっても先は暗闇に閉ざされ、どこまで階段が続いているのかわからない。


静かに階段を下りていく。

聞こえてくるのは騎士たちの足音と鎖の音、そして松明の燃える音だけだった。

カビくさい臭いがただよってくる。

階段を一段下りる度にその臭いはどんどんひどくなっていく。

それだけではなく、腐ったような臭いまで混じり始めた。

地上ではカラっとしていた空気が徐々にジメっとしたものに変わっていき、

重苦しい空気が体にまとわりついてくる。

そのせいか体が重く感じ、足取りもさらに重くなった気がする。


永遠に続くと思えた階段だけど、突然終わりがきた。

そこにはまた鉄の扉があった。松明を持った男が扉を開ける。

開けられた瞬間、濃密な腐臭が鼻をつく。


「うっ!」


助けてもらえるんじゃないか……という希望の光が、強烈な腐臭とともに

小さくなっていく。

ボクはさらに歩かされた。

そこは刑務所のようで、左右には鉄格子のついた小部屋が規則正しく並んでいる。

このまま牢屋に入れられるのかなと思ったけど、そうではなかったらしい。

通路の一番奥に扉があり、そこが開けられたからだ。

サビがひどいのか、奥の扉が開くひずんだ音が大きく響いて、

牢屋中にその音がこだまする。

地獄へ案内されているようにしか感じられなかった。

それでも、説明すればきっとわかってもらえる。

ほんのわずかな希望だけがボクのすがる最後の頼りだった。


中が暗いせいでその時は気がついてなかった。

体中が穴だらけになりながらも、かろうじて生きている人間、

体の皮膚をすべて()がされ、赤黒い肉の塊になっている者たちがいることに。

この通路の腐臭はそうした人たちが発する悪臭だったと気づくことになるのは、

それからしばらく後だった。


牢屋が左右に並ぶ通路を抜けて奥の扉をくぐると、

そこは学校の教室くらいの大きさの部屋だった。

明かりは部屋の各所に置かれたロウソクだけでかなり暗い。

それでも目をこらすと、薄ぼんやりと部屋全体が見える。

壁に掛けられているものが目に入る。

なんだろう……見慣れない鉄の器具がいっぱいあった。

部屋の奥に連れていかれ、壁から出ている鉄枷(てつかせ)に鎖を繋ぎ直された。

足にも鉄枷がつけられた。

ボクが壁に繋がれると、大男と騎士は無言のまま入ってきた扉から出ていった。


誰もいなくなった暗い部屋でただ呆然(ぼうぜん)としている。

明かりはロウソクだけ。

揺らめくロウソクが燃える音がやけに耳につく。

なんでこんな所に……

怖い……

ボク、これからどうなるの?

殺される……ことはないよね?

さっき殴られたことを思い出す。体がガクガクと震えだす。

お母さん……

たすけて。


どれだけ時間が経っただろう。

誰かが扉を開けて入ってきた。

()せた体にガイコツみたいな顔。髪がまったくない禿げあがった老人。

落ちくぼんだ目でボクをジロジロと眺めた後、そのまま部屋の隅に行く。

ボクはたすけてと言いかけたけど、老人の薄気味悪い雰囲気に気おされて

言葉を発することができなかった。

老人の陰になってボクからは見えないけど、カチャカチャと金属が

触れ合う音がする。


ボクの前にまたガイコツ老人がやってくる。

今度はいろんな鉄の器具を持って。

なんだ……? なにをするつもりなんだ?

何をするの? と聞くことができなかった。

また殴られるかもしれないという恐怖。

聞いてしまったら、発狂してしまうんじゃないかという予感。

ガイコツ老人はボソっと言った。


「さて、はじめようか」


「これはなにをする物かわかるかね?」


なにかナスのような器具を見せて質問している。

ボクはわけがわからず、ただその器具を見ている。


「ははっ? わからないか? うーん、とても無知。とてもバーカ」


ガイコツ老人は嬉しそうにボクを(さげす)む。


「しかし、オバカに器具を説明していくと…ふむふむ。

 すると理解していくオバカ。ああ、イイネ。

 恐怖にゆがむ顔。ははっ! 

 あーん、甘美の世界!!」


万歳してるガイコツ老人。なんだこいつは……

こんな場所で得体のしれない老人が、わけのわからないことを言う。

ただひたすら怖かった。


なんだろう…魔族の城でも怖かったけど……

それでも今よりは怖くなかったかもしれない。

その違いはただ一点。ボクに害を()そうとしているかどうか。

目の前にいるのは怖い顔をしているが……人間だ。

魔族じゃない。人間なのに、とても怖い……

知らず、歯がカチカチと軽い音を立てていた。


「この器具はですね。たとえば口の中に(くわ)えさせるんですね」


ガイコツ老人は、ナスのような器具の太いほうを指さしている。

見たくないのに凝視してしまう。

アレはどうせロクでもないものなんだ……

なんとなく、今から説明されるものが便利な器具ではなく、

恐ろしい事に使われる物だということに気がついている。


「咥えさせたままー。

 ほら、こっちの細いほうにネジがあるでしょ。これを回すんですね」


楽しそうにネジを回すガイコツ老人…

すると…そのナスの形状をした器具は、花びらが開くように

パカっと4等分にわかれた。

老人がネジを回せば回すほど、冷たい金属の花びらは開いていく。

ボクは想像してしまった。

あれが口の中で開かれれば……

アゴがはずれても、さらに開いていけば、最後には口が裂けてしまう。

ウソでしょ……

そんなのボクに使うとか…冗談言ってるんだよね?

そしてようやく理解した。

ここは……拷問(ごうもん)部屋で目の前の老人は拷問官なんだ……と。


「ああ、でもですね……これは魔族の確認用なんですよ?

 魔族は正体を現すと、口が裂けてこんな器具より大きな口になるんです。

 人間だった場合、そのままアゴが無くなるだけですから」


ボクは体中が震えだすのがわかった。

歯の根がかみ合わなくなり、ガチガチと大きな音を立てている。

だって……だって……

ボク、魔族だと思われてるかもしれないんだ……

涙があふれ、血の混じった鼻水も止まらない。

やめてと言おうとしたのに、口がうまく動いてくれなかった。

口から出た声は、すべて意味不明の音の羅列(られつ)になる。


「あ……あが……ひ……い、や……はひ……」


ガイコツ老人はボクを見て、ニヤっと笑う。


「でもキミは魔族ですからねぇ。

 魔族って分かってるのに使っても意味ないですよね、コレ。

 だからコレ、使いません」


それを聞いた瞬間、なぜか安堵(あんど)で笑顔になった。

良かった……あれが使われない。

良かった……


ガイコツ老人はつまらなそうな顔をした。


「なんですかその反応……

 まるで人間みたいじゃないですか……」


その言葉にボクは首をはげしく縦に振って肯定(こうてい)した。

しかしガイコツ老人はボクを見ていない。

ただうっとりとした目で拷問器具を眺めている。

ガイコツ老人は壊れ物を扱うようにやさしく器具を持った。

自分の唇に押しあててキスをし、それを撫で始めた。


「夢だったんですよ……

 私の器具を使う時、魔族はどんな反応をしてくれるんだろう?

 まるで意に介さないのか、それとも絶叫し吠え、そして荒れ狂う!!

 だけど恐ろしい生命力でもって、私のすべての器具をつかっても殺せない!!!

 あはー! あはーははは!

 そんなー! 拷問ー! してみたぁぁぁい!!!!」


ボクはいつの間にか……オシッコを()らしていた。

ここにいたら気が……気がおかしくなる……

早くボクが魔族じゃないって言わないと……


「おぐ……ば、ばどくだ……あひ……」


魔族じゃないと言いたいのに、頬が腫れすぎて舌の動きを邪魔した。

それだけじゃなかった。気がついた。

ボクの歯が……

殴られたときに、何本も折れて抜けていたんだ。

さらに涙があふれだす。

体中の水分がなくなるんじゃないか……と言うほどに涙と鼻水が止まらない。

そしてガイコツ老人は、名案を思いついたといった感じで手をポンと打った。


「そうだ、これ……口じゃなくて、お尻に入れましょう。

 魔族でも、そこは本性出してもきっと同じですよね?」


自分のアイデアが素晴らしいという風にうれしそうにそう言うと、

ガイコツ老人は汚物にまみれたボクのズボンをおろし始めた。

ボクは暴れたけど、ナイフでズボンをビリっと切り裂かれた。


「おや? オスなんですか、あなた。

 まぁ、魔族なら性別なんて自由自在だろうし……関係ないっか♪」


「あああー! あああああああああ! ひひゃああああああ!」


やめて! やめて!

もう、ボク、カノンを……魔族を探すなんて言わない!

ボクは人間なんだ!

お願い、ボクの話を聞いて!


ダーツさんを呼んで!

カザリさん!

ネロさん!

タイラーさん!


おかあさんっ!!


絶叫は言葉にはならず、ただの悲鳴にしかならなかった。


そして……

惨劇がはじまろうとしていた。


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