第1話「悪夢」 ☆
はじめて小説を書きます。
色々自分でやってみたいと思うことをぶつけてます。
いたらない点がかなりあると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
拙いですが、挿絵もあります。イメージの補完にどうぞ(*'▽'*)
またあの悪夢だ……
幼い頃から何度となく見る夢……もう何百回と再現されてきた夢。
あまりにも繰り返されてきたため、夢の中でも夢であると自覚できる。
でも自分では終わらせることも、筋書きを変えることもできない。
夢の中でボクはいつも逃げていた。
心臓麻痺を起こして死ぬんじゃないか……
というほどの恐怖に震えながら走っている。
ボクは校門を目指している。
ん? おかしい……
いつもは何もない暗闇の中をただ逃げ回っているだけなのに、
今日はやけに具体的だ。
でもこれはいつもと同じ夢…それだけは分かる。
追いかけてくるモノが同じだからだ。
黒い塊……。
人よりも巨大な黒い塊が背後から迫ってくる。
もう少しで校門を抜けるという寸前で黒い塊がボクを捉える。
そして悪夢に似つかわしくないような、涼やかで美しい声が響く。
「おかえりなさいませ!」
「うあああああああ」
ボクは絶叫を上げて目を覚ます。
悪夢はいつも黒い塊に捕らわれる場面で終わる。
☆
「神代アキラ!」
パーンと甲高い音が教室に鳴り響く。
どうやら教科書で先生に頭を叩かれたようだ。
「俺の授業中に居眠りとはいい度胸だ。
それとも眠り姫を演じていたのかな。
キスで起した方が良かったかね?」
教室内に爆笑が湧きあがる。
「す、すみません……」
後頭部をさすりながら謝る。
隣の席の西野さんが、笑いをこらえながら小声で話しかけてきた。
「神代くんなら眠り姫がお似合いね。ふふっ」
「え……そんな……ボクは男の子だよ……」
クラスメイトから女の子のように扱われるのは日常になっている。
なんせボクは身長145センチメートル、本当に声変わりしたのか
疑問が残る高い声。肩にまでかかるさらさらの黒髪。
もちろん髪を短くしたこともあったけど、
似合わない! ってクラスメイトはおろか母親にまで文句を言われ、
それからはずっと伸ばしている。
うん、ボクもショートは似合わないなって思ったのは確かだ。
西野さんには心外な様子でムスっとした顔を見せたけど、
才川北高の我らがアイドル西野綾女さんに声をかけてもらって、
内心では小躍りするくらい喜んでいた。
腰まで伸びる絹のように艶やかな黒髪、長いまつ毛、愁いを帯びて潤んだ瞳、
すっと通る鼻、小鳥のようなさえずりを出す小さな唇、
モデルもかくやという均整の取れたプロポーション。
そしてなにより、美人であることをまったく鼻にかけない気さくでやさしい性格。
西野さん、今日もめっちゃキレイだ……
実は西野さんとボクが才川北高の2大アイドルと言われているのは知っている。
ボクの場合、マスコット的な何かという意味で言われてるんだろうけどね……
もっと立派な男の中の男になりたい。
そしたら西野さんに告白…ははは、まぁ叶わぬ夢……だなぁ。
いまのやりとりのおかげで、さっきまで見ていた悪夢は
すっかり頭から消えていた。
あの悪夢を見たら、目覚めた後も恐怖でしばらく布団から出られなくなる。
ヘタをすると一日中……
先生のおかげとは思いたくないので、西野さんの神対応に感謝だな……うん。
みんながひとしきり笑い、それが静まってきたところで、
先生がおもむろに授業を続けるぞと声をかける。
「神代、ここテストに出るぞ。次に寝たら本当にキスで起こすからな」
また教室内に爆笑が起きる。
もう勘弁して……ボクのMPはゼロだよ。
和気あいあいとした雰囲気の中、それは……唐突に現れた。
教室の一番前、黒板と先生の間……つまり先生の背後。
夢の中で何度も見た……黒い塊だ!
すべての光を吸い込んだかのように、黒い塊の表面には何も映っていない。
そのせいで質感が伝わらず、漆黒の球体は金属のようにも
柔らかいゼリーのようにも見える。
笑いに包まれていた教室が一瞬で静まりかえる。
現れたモノが何か認識することができず、みんな固まっている。
どれくらいの時間だろうか、1時間にも数秒にも感じる
引き延ばされた時間の中での静寂。
実際は10秒くらいだったと思う。
1人の勇者がソレを携帯のカメラで撮る。
乾いた電子音が鳴る。
その時、かすれたような誰かの声が、しんと静まりかえった教室内に響く。
「せんせ……う……しろ……」
先生は教室内の静けさに満足し、授業を再開しようとしていた。
しかしただならぬ静寂、そして生徒全員の顔が青ざめ、
目が大きく見開かれていることに疑問を感じたのだろう。
「なんだ?」
と後ろを振り返る。
いや――――最後まで振り返ることはできなかった。
後ろを向こうとした瞬間、先生の頭が胴体から離れたからだ。
吹き飛ばされた頭が最前列の男子生徒の胸にボスンと当たり、床に転げ落ちる。
血しぶきをあげながら、首を無くした体が崩れ落ちる。
倒れていく姿がスローモーションではっきり知覚できた。
教壇の上でビクンビクンと首なしの先生の体が跳ねる。
時間が止まったように教室が静けさに包まれる。
いち早くこの状況を理解してしまった生徒から絶叫がほとばしる。
それをきっかけに教室の時間が再び動き出す。
「うああああああ!」
「いやあああああ! な、なんなの!?」
「に、にげろ! にげるんだ!」
ガタガタと立ち上がったみんなが教室のドアへ殺到する。
腰が抜けて動けない子もいて……ボクもその1人だった。
その時、西野さんがボクの腕を抱え、立ち上がらせてくれた。
「神代くん! 逃げるよ!」
「え、あ……」
返事にならない返事をし、ボクは西野さんに引っ張られながら
教室後ろの出入り口へ向かう。
しかしほとんどのクラスメイトがまだ教室の外へ出られていない。
大勢が一斉に押し寄せたせいで、狭いドアに挟まれ身動きが取れなくなっている。
転んで踏みつけられた子も少なからずいる。
逃げ道をふさがれ、どうしたらいいか途方に暮れている間に、
黒い塊から何かが出てくるのが見えた。
ソレは一言で言うなら……クラゲの化け物。
本物のクラゲじゃ無いのは当然分かっている。
クラゲは海にしかいないし、歩いたりなんかしない。
でもぶよぶよとした半透明な頭部、そしてそこから伸びる何本もの細い触手は、
クラゲとしか言いようのない形状だ。
しかもでかい。
クラゲの頭は教室の天井付近まで届いていて、
あまりに長いせいで触手は床に広がっている。
どこから音を出しているのか、ゲッゲッゲと笑い声のような
不気味な低音を発している。
冷静さを幾分でも取り戻したのか、教室のドアから逃げられないと悟った
数人の生徒が廊下と反対側、外側の窓を開け、そこから出ようとしていた。
教室の外はベランダで、避難通路にもなっている。
ベランダ伝いに進むと階段の踊り場があって、非常階段から地上へ下りられる。
クラゲが触手を伸ばし、無造作に横へ振った。
鞭のようにしなり、ヒュンっと音が聞こえた。
その瞬間、窓から外に逃げようと動き出した4人の胴体が両断され、
血しぶきをあげて床に転がった。
残された生徒からさらに絶叫が上がった。
ボクも絶叫していたのか…それは自分でも分からない。
ただ頭が真っ白になっていた。
これまで何度も悪夢で見てきた真っ黒な塊。
それが現実に現れて生徒たちを次々と殺していく。
でも悪夢の中にクラゲは出てこなかったし、こんな惨劇もなかった……
ボクが呆然と立っていると、西野さんがボクをつかんで床に引き倒した。
床を這って外のベランダへ行きましょうと囁きかける。
床には両断された生徒たちから噴出した血が溜まり、ぬるぬるになっている。
濃厚な血の匂いが充満する。
ボクが真っ白だった間にも、クラゲがクラスメイトをどんどん殺していたようだ。
ボクが触手の餌食にならなかったのは単なる幸運で、
西野さんがいなければその幸運も尽きて、すぐに真っ二つにされていたはずだ。
クラゲに気づかれないようにと西野さんの耳元に顔を近づけ、
声になるかならないかの囁き声で語りかける。
「西野さん……みんなにも、這いずって逃げないとって教えてあげなくちゃ」
「だめ! 冷たいかもしれないけど……
そんな事したら、怪物の目がこっちに向いちゃう」
冷静な判断を下しつつも、西野さんの目はいまにも涙がこぼれそうに潤んでいた。
ボクは……ただ黙ってうなずいた。
ほかの誰より、いやボク自身が死んでも……西野さんには死んでほしくない…
それでもボクは……
床に転がっていた手帳のページをそっと破り、ペンがないので……
床に広がる血と自分の指で文字を書く。
血の匂いとぬめっとした粘り気で吐き気がこみ上げるが、なんとかこらえた。
這って外に逃げろ。
書き終えた紙を床に置き、ボクはまたゆっくり前進した。
声をかけることはできなくても、このメモに気づいたクラスメイトが
一人でも助かってほしい。
響き渡るクラスメイトの悲鳴と絶叫、そして触手が頭上を飛び交う風圧と血しぶき
――それらを体に感じながら、西野さんと床を這っていく。
ゆっくり気づかれないように……
まるで自分は死体だというように、そっと…そっと……
ふと横を見ると、仲が良かった久保くんの頭が目の前に転がっていた。
久保くんの目は、何が起きたか分からないという表情で見開かれたままだ。
何か言葉を発しようとしたのだろう…口が半開きになっている。
でも久保くんの茶目っ気まじりの声を聞く機会は……もう永久にない。
思わず悲鳴を上げかけたボクの口を、西野さんが手のひらで抑えてくれた。
「神代くん、ツラいだろうけど声を出さないで」
ただコクコクと頷く。
今のボクはとても情けない姿だろう。女の子に助けられ、諭されている。
普通は逆だろう……ここで頼れるところを見せないで、いつ見せるのか。
でもいまのボクにそんな余裕は一切なかった。
飛び散った血と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったボクを、
西野さんが小声で元気づけてくれる。
「神代くん、無事逃げられたら、駅前にある明治堂のあんみつおごってね♪」
ボクに明るい笑顔を見せてくれた。
こんな状況だ。
西野さんだって泣き叫びたいはずなのに、ボクを励ましてくれている。
その気丈さと勇気にボクは救われる。
ついに教室の外へ出ることができた。
助かった……そう思った。
みんなも助かったのか…と気になったけど、教室の中を見ることはできなかった。
一目見ただけで気が狂ってもおかしくない…
そんな地獄のような惨状が広がっているのは分かり切っている。
逡巡しているボクを見て、西野さんが小声で行こうと急かす。
みんな……できればあのメモを見て、ボクたちに続いて欲しい…
教室の窓越しに見つからないよう腰をかがめ、
足音をなるべく立てないようにと気をつけながら階段の踊り場まで行く。
ベランダから見えるグラウンドに視線をやって、卒倒しそうな衝撃を受けた。
――――そこでも大勢の生徒が黒い塊に襲われていたのだ。
正確には、黒い塊から出てきた怪物たちに。
慄然とした。
黒い塊は十や二十ではきかないほど無数にいた。
怪物たちはクラゲだけではなかった。
決まった姿形はなく、四つ足の獣のような化け物から、
頭が魚で体は人間のような異形もいた。
グラウンドの隅、部室棟の前で、3メートルは超えるだろう昆虫が
生徒の内臓をむさぼり食っていた。
――どうりで教室であんな騒ぎがあっても、誰も来なかったはずだ。
絶望的な状況に気を失ってしまいそうになる。
ボクを励ますように、西野さんがそっと手を握ってくれた。
踊り場にたどり着いたボクたちは、怪物たちの様子をうかがいながら、
ばれないように慎重に非常階段を降りる。
幸運にも化け物に発見されることなく地上へとたどり着けた。
建物の陰づたいに学校の外を目指した。
「に、西野さん……外は……学校の外は大丈夫なのかな」
「きっと大丈夫。外には警察もいるし、
いざとなれば自衛隊だっているんだもの」
そうだね……と安堵の息をついた。
少し落ち着きを取り戻せたようだ。
気持ちが落ち着くと、ここまでずっと西野さんに助けられてきた事を思い出し、
足手まといになっていた自分が急に恥ずかしくなった。
「あ、あの……西野さん……ありがと……
ほんとはボクが西野さんを助けないとダメなのに……ボクは……」
西野さんはボクの顔をのぞき込み、両手をぎゅっと握ってくれた。
「神代くんがいたから、私も勇気を持てたの。
姫を守るのは騎士の役目だからね……ふふっ」
「西野さん……ボク、男の子なんだけど……」
男らしいことは何一つできてないけど、これくらいの反論は許してほしい。
校門を目指して進んでいくと、すぐそばで上がっていた悲鳴が
だんだん遠ざかっていく。
つまり、ここら辺には人がいない…ということだ。
怪物たちもきっといないはず。そうに違いない。
辺りを見回し、黒い塊や怪物がいない事を確認すると、
思い切って全速力で走り出した。
目の前には裏門がある。そこから出られる。
助かった!
そう安心したその時、ボクを先導して斜め前を走っていた西野さんの前に
黒い塊が出現した。
「西野さ……っっっ!!!!!!」
声をかけても間に合わない……とっさにそう判断したボクは、
半ば体当たりしながら西野さんを横へ突き飛ばしていた。
黒い塊から白い手が出てくる。
勢いがついていたボクは避けることもできずに黒い塊へぶつかり、
その腕の中に飛び込んでしまった。
「神代くん!!」
西野さんの叫び声が聞こえた。
白い手がボクを優しく抱きしめてくる。
勢いよくぶつかったのに、ボクの顔は柔らかいなにかに当たり、
痛みはまったくなかった。
「みつけた」
すぐそばで女性の声が聞こえたと同時に、ボクの意識は遠くなった。
「神代くぅぅん!」
意識が途切れる最後の瞬間、西野さんの声が聞こえた気がした。
――――ボクは目を覚ます。
「うぅ…んっ……」
どこだ……ここ?
目を開けるとやけに高い天井にきらびやかな天井画が描かれているのが見えた。
たくさんのロウソクが立てられた巨大な黄金色のシャンデリアが、
いくつもぶら下がっている。
なんだか……お城みたい……
そういやボク、西野さんと……
だんだん頭がはっきりしてくる。
それと同時に、信じられない光景が目の前に繰り広げられていることに気づく。
そこは本当にお城の中のようだった。
映画やアニメでしか目にしたことがない玉座の間。
ボクはどうやらその玉座に座っている。ボクの左には絶世の美女が控えていた。
そして眼下には…異形の怪物たちが整列していた。
数千…数万…多すぎてわからない…無数の怪物がいた。
学校を惨劇の場に変えた奴らが…こんなに大量に。
左に控える女性が、落ち着き払った声で厳かに語りかける。
「おかえりなさいませ」
すると怪物たちも一斉に唱和した。
「「おかえりなさいませ!!!」」