01 少年と少女
前回に引き続き、一章スタートです!
よろしくお願いします!
今からちょうど30年前。
サザンクロス大陸にある二つの国で、大戦が起こる。
ラブストブ王朝率いる人類種とアマツカゼ王朝率いる天使族。
古くから大陸内の覇権を巡り、しのぎを削ってきた両者が衝突するのは極めて自然なことであり、必然的なことだったと推測される。
ラブストブ王朝は一万の軍勢を投入。
その強さは、国民の約五割を起用した数の多さだけに留まらない。
武術、魔法の両方に長けた、国の選抜騎士が前線にずらりと並び、その後ろに狙撃手、白魔導士などを配置することで長期戦にも対応。
国民の盛大な拍手を背景に送り出されたその戦士たちは、相手を圧倒するのに十分過ぎる戦力だと言われていた。
対して迎え撃つアマツカゼ王朝は。
総勢たったの天使五百体のみ。
これは当時の天使族全体の三割に当たる。
また後方支援は一切なく長期戦には不向き。
かと言って、兵数差により短期戦も難しいとされる。
予想される戦力図は明らか。
通常の戦争あれば造作もなく前者が圧倒するはずだった。
しかし大方の予想に反し、大戦は拮抗する。
東の勢力が竜車を使いニ日かけて進んだ距離を、西の勢力はたった三十分で渡る。
東の勢力が武器装填を一度行う間に、西の勢力は二回も魔法を放つ。
東の勢力が空に向けて攻撃するのに対し、西の勢力は地に向けて攻撃する。
東の勢力が一時間かけて回復した傷を、西の勢力は二分足らずで治す。
東の勢力と西の勢力は、両者一歩も引かぬまま戦い続けた。
戦闘開始から三日に跨がり繰り広げられた人間と天使による大戦。
最終結果は双方合意の引き分けに終わったが、戦線から引き下がるには、両者痛手が大きすぎた。
東の軍勢は、三千人が絶命、千人が重傷。
西の軍勢は、百五十体が絶命、百体が重傷。
この大戦は両国で"最悪の戦"と呼ばれ、三十年後の現在に至るまで、このような大戦は一度として起きていない。
かと言って同大陸内の対立が終結するわけもなく。
「未だ和解案は出ないまま、互いに自国の兵力を増強という一触即発の状態が続く、と」
およそ一年前に出版された、『三十年前の記録』という題名の文献。
主に三十年前に起きた、天使族と人類種の大戦について書かれており、その真実味溢れる書き方から話題となった、有名な文献である。
リオが読み終わり文献を閉じると、隣の少女は顎に手を当て少し考える仕草を取る。
「なるほどです。……でも小さい頃に聞いた話と少し違うような気がします。気のせいでしょうか?」
「やはりエレミヤもそう思うか。僕もそんな気がしてる。確か人間側が勝勢で終わったって聞いていたが……でもこの文献ではほぼ敗北だ」
「引き分け、ではないのですか?」
そう不思議そうな顔をするエレミヤに、リオが答える。
「確かに犠牲者の割合は同じに見えるが、投じてる人数と費用が全く違う。それも踏まえると人間側の完全敗北だ」
するとエレミヤはまた考える仕草を見せる。
「人為的な情報操作……ムムム、なぜか国の黒い部分に触れてしまった気がしますねっ!」
「なんでちょっと嬉しそうなんだ?」
なぜかご機嫌なエレミヤを横目に文献を片付けると、大きなチャイムが図書館に鳴り響く。
ここは人類種が住まうラブストブ王朝。
具体的には、その中枢機関である魔導正教会本庁の内部に設置された、公的な巨大図書館。
約十五万冊に及ぶ書籍や文献が管理され、申請すれば誰もが利用できるという、非常に便利な施設である。
「じゃあそろそろ戻るか。司書さんにあまり迷惑をかけるわけにはいかないしな」
そう言って歩き出すと、エレミヤがこじんまりとした本棚を前にふと足を止める。
そして一冊の本を抜き出し……
「この本は新しく入荷した物でしょうか?」
新しい、という言葉に興味を惹かれ、覗き込むリオ。
「『妹と全盛期』か……確かに聞いた事はないが、あまり教育によろしくなさそうなタイトルだな」
率直な感想を述べると、エレミアは頬を膨らませて。
「リオにぃは堅過ぎなのです。趣味で行う読書と義務的な勉学は相容れない存在であり、同列にすべきではありません。と、言うわけなので借りてきます!」
「そういうわけで言ったんじゃないが……」
やれやれ忙しいやつだ、とリオは思うが、とたとたと走る後ろ姿は、まるで小動物のようで微笑ましい。
リオが図書館の外で待っていると、ポケットの中の小型通信機が大きく振動する。どうやら通話らしい。
渋々リオが電話に出ると、キーンと甲高い声が耳に響く。
『リオくんリオくん!今度やる任務の事聞いた⁉︎流石にあれはないと思わない?』
案の定その電話はリオの予想通りの人だった。
「なんなんですかグリ隊長。今何時だと思ってるんですか?」
『あっごめん、こんな遅くに……って今は18時だよっ!むしろ通話するのに最適な時間だよっ!』
リオのボケに対し、完璧なノリツッコミを返す電話越しの少女。
魔導正教会第二部隊隊長コスリグト=リーリ。
隊長としてはかなり優秀であるが、私生活に難が目立つ、リオの2歳年上で、19歳の少女。
「あーもうわかりました。で、任務とは何のことです?さっぱり聞いてませんが」
『振っといてその反応とか……えーっとね、次の任務が法界使様から発表されて、それが……』
不満そうな声色が小さくなり、なぜか沈黙が挟まる。
しばらく待つと、はい了解しました!、という声が電話越しに小さく聞こえ……
『リオくん!ちょっと用事が出来たから、この話はやっぱり今度!じゃあねー!』
「ちょ、ちょっと任務はーー」
リオの言葉を遮るように一方的に通話が切れた。
それと同時にエレミヤが図書館から出てくる。
「すいません、少し話し込んでしまって……通話、ですか?」
「隊長からな。どうやら新しい任務が決まった様なんだが……」
するとエレミヤはあからさまに嫌そうな顔を見せる。
「任務……また資源採取でしょうか?」
「詳しくは僕も聞いてないが、まぁその類だろうな」
資源採取ーー天然資源を確保しに行くという、国においてとても大切な任務……だが、多くの部隊からは嫌悪の対象にある。
理由はたくさんある。その中でも最も多い意見は、任務報酬が低いから、というもの。
国内全634部隊の中で毎週50部隊が選ばれるが、報酬はほとんど出ない。
辛うじて貰えるのも銃弾や刃ヤスリといった消耗品のみであり、やる気が出ないのも頷けてしまう。
「でもまた第二部隊のメンバーで集まれるんだ。きっと楽しくこなせるさ」
「それはそうかも知れませんが……」
エレミヤはまだ腑に落ちないといった感じだ。
リオはその愚痴を聞きつつ、寮まで歩みを進める。
リオたちが住むのは、街の中心部に位置する小さな寮。
魔導正教会本庁の目と鼻の先にある好立地なこの寮は、リオが上層部とのコネで獲得したものだ。
本庁には任務や情報収集で行き来することが多いため、この立地は素直に嬉しい。
また内装もきちんと整えられており、値段以上の寮であることは確かだ。
部屋に入るや否や、エレミヤは堅苦しい服を脱ぎ捨て、先ほど借りた本を読み始める。
言葉遣いはしっかりしているが、中身はまだ15歳の少女。
自分の好きなことを優先してしまうあたり、淑女というには縁遠いものがある。
少しすると、リオのポケットの中が小さく振動する。
『今すぐ本庁第三会議室集合(`_´)ゞ』
それだけが書かれたグリ隊長からのメッセージにため息をついたリオは、完全にくつろぐ姿勢を取っているエレミヤに声をかける。
「エレミヤ。帰ってきてすぐのところ悪いが、僕はグリ隊長に会いに行ってくる。しばらくの間、留守番よろしく頼む」
するとエレミヤは、がばっと起き上がり。
「私もご一緒させて下さい。グリ隊長には物申したいことがありますから」
「……いいけど、頼むから厄介ごとにはしないでくれよ」
そう言うと、エレミヤは本にしおりを挟み、再度外套を羽織って外に出る支度をする。
その様子を見つつ、リオは思う。
ーーグリ隊長、今度はなぜ直接呼んだんだ?
しかしリオの疑問は会議室に到着した後、すぐに解消されることとなった。
御読了ありがとうございます!
一章は4話構成の予定ですので、もう少々お付き合い下さい!