美しいものが好きな春花さん。
鯉淵 春花さんは大人しく目立たない人である。
親しい友人はいないのか、休み時間は本をひとりで読んでいる。
鯉淵 春花さんは少し変わった人である。
一部の同級生や上級生、たまに顔を出すOB達も彼女を見つけるとペコリと頭を下げる。
鯉淵 春花さんは寡黙な人である。
授業で指されれば答えるが、人への対応は返事のみで自分から話しかけることはほとんどない。
表面的に分かることはその程度。
つまり、少し疑問は残るものの、大人しく、目立たない、寡黙で、成績は優秀な高校生。
同じ高校に通う特に交遊もない生徒から見れば、鯉淵 春花さんはそんな存在なのだ。
「騙されてる!見事に外面に騙されてるわ…」
鯉淵 春花さんの幼稚園から中学校までを知る、園部 美香子さんはテーブルに肘をつき項垂れた。
対面に座る鯉淵 春花さんはチラリと園部 美香子さんを見たが特になにも言わずパフェを食べている。
「…別に偽っている訳ではないもの」
自分がパフェを食べ終わっても頭を上げない園部 美香子さんに再び視線を合わせた鯉淵 春花さん。十数分前の園部 美香子さんの発言に反論するように呟いた。
「分かっているわよ!春花がそんな事するはずないって知ってるもの!でも!あぁあ!何でそうなるのかなぁ…」
「人の機微は計りかねるから分からないわ」
校内では喋らない鯉淵 春花さんが端的ではあるものの、園部 美香子さんと会話を続ける。
嘆く園部 美香子さんを慰める様子はないが、淡々と喋る様子から傍目にも親しい交遊がある間柄と分かるだろう。
「そうなんだけど…。で、今日のベストは?」
唐突に飛ぶ園部 美香子さんの質問。それに一度頷いた鯉淵 春花さんは。
「歴史担当の山岡先生のプリントは生徒たちが理解できるよう工夫が凝らしていて以前よりさらに美しかったの。サッカー部の東雲君の弾丸ボレーは切れ味を増して美しさに磨きがかかっていたし、書道部の日野さんが次のコンクールのために書き上げた文字は感嘆の域だったわ。吹奏楽部のフルート奏者の泉さんも悩みが吹っ切れたのか音色が鮮やかで綺麗だし、今日読んだ本も言葉や意図の散りばめ方が前編よりも緻密で美しかった。あとさっき食べたパフェ。新人のバイトの子が一生懸命作って持ってきてくれたみたいで、ちょこっと歪んでたけどとても美味しかったし頑張った成果としてとても美しいわ。そんな今日のベストはダイエットに努力する筒賀さん。先週は頑張りすぎて肌艶がよくなかったけど、今日は自分の痩せていく状態に自信がついてきたのか笑顔が輝いて本当に美しかったわ」
一息にそう報告した。あまり感情の起伏が表れない顔に光悦と呼べるものを浮かべて。
「美しいものをたくさん見れたようで何よりな一日ね…。春花がなんで大人しく目立たないって評価されるのか、相変わらず疑問だけど」
園部 美香子さんが諦めたように笑いながら鯉淵 春花さんを見てそう告げる。
「さぁ?私自身の評価は別段気にする必要ないし?」
先程は饒舌に語っていた鯉淵 春花さんも普段の落ち着いた返事に戻り、残っていたお冷やで喉を潤した。
鯉淵 春花さんは大人しく目立たない人である。
本人は大人しい外面を保ちながら、努力をする人を見つめ観察している。
鯉淵 春花さんは少し変わった人である。
努力をして伸び悩む人にアドバイスをし、努力が花を咲かすところを見るのが大好きなのだ。アドバイスを貰った人達は鯉淵 春花さんに感謝している。
鯉淵 春花さんは寡黙な人である。
常に努力をする人や人の努力の結晶である作品を愛で、心のなかで饒舌に褒め称えている。
努力が実を結び今は手助けを欲していない人の邪魔にならぬよう、アドバイスに感謝する人達に無闇に関わらないようにしている。
鯉淵 春花さんは努力をする人が、努力の結晶である作品が、努力の実ったときの笑顔や歓喜が大好きなのだ。
鯉淵 春花さんはそれらを見て嬉しそうに呟くのだ。
「ああ、なんて美しい」
鯉淵 春花さんは美しいものが大好きなのである。