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 白地に蝶の柄で赤い兵児帯が由希、紺地に朝顔の柄、黄色い帯が私の浴衣だった。赤い鼻緒の黒下駄だけはお揃いだ。

 きゃあきゃあとおおはしゃぎの私たちに浴衣を着せてくれたのは蕗さんだった。長い由希の髪をアップにしてかんざしをさしてあげたのも、私の背中に金魚の絵のついた団扇をさしてくれたのも。

 蕗さんの浴衣は藍色に撫子の描かれた地味なものだった。グレイの帯は折り返した側が綺麗な桜色で、それだけが唯一娘らしい華やかさだった。私と由希がせがむと神社まで手をつないでくれた。絣の甚兵衛を着た彰はおとなしく私たちの後をついてきた。祖母は毎年、祭始めの太鼓の音だけ聞いたら帰ってしまうので、私たちは大いに楽しむつもりだった。

 ドーン、ドーンと威勢のいい太鼓の音に合わせて、立派に立った櫓の周りではすでに村人たちが輪を作っていた。いくつも吊り下がった提灯が、太鼓の地響きに身震いしている。

 櫓を取り囲むようにたくさんの屋台が並んでいた。たくさん並んだお面や当たり矢の景品に私たちは首をきょろきょろさせた。水槽に浮かぶ色とりどりのヨーヨーや小さく泳ぎ回る赤い金魚や、ふわふわと魔法のように膨らむ綿菓子の幻想的でどきどきする光景に、しばし呆けたように見惚れたりもした。

「也実ちゃん、彰兄ちゃん、踊ろう」

 中央で舞う浴衣姿を見て目を輝かせた由希に、私たちも踊ろう踊ろう、としきりに頷き返してするりと輪に溶け込んだ。音楽などなくとも太鼓があり、人々が歌えば、それはひとつのうねりのような興奮を沸き上がらせた。小さかった私はその抗いようのない力に完全に飲まれて、踊りなどまったく知らないはずなのに、夢中で手足を動かすとそれが自然と絵になった。自分でも嬉しくなって、この勇姿をぜひ見てもらおうと蕗さんを探した。

 揺れ動く視線の先に、白い横顔が映った。ふっくらとした頬に黒髪を編んで頭に巻き付けているのは確かに蕗さんだった。藍色の浴衣が闇に融けて、顔と帯の折り返した桜色の部分だけがふうわりと浮かんで見えた。

 蕗さんはどこを見ているんだろう―――。

 目で追った彼女の先にはどっしりとした古い大きな木があった。盛り上がるように伸びた根が、太い幹としなった大枝を支えている。

 その木にもたれかかるようにして、あの男が立っていた。昨日と違うのは彼が地上にいるということ、そして離れた場所にいる蕗さんをじっと見つめ返していたということだ。

 二人の間には店があり人がおり、距離があった。それにもかかわらず彼らは互いの存在を認めあっていた。二人は一歩たりともそれぞれの場から動かなかった。まるで己のテリトリーを守っているかのように。

 遠目に見る二人は同じ表情もしていた。兄弟のように親子のようにそっくりな存在だった。二人は何もしゃべらなかった。笑いも泣きもしなかった。ただじっとさぐりあうように、そこにいるだけ。

 踊り疲れた彰がよろけるように輪からはずれて、目敏く蕗さんを見つけた。その呼び声に彼女は振り向き、こちらを見て思い出したかのように笑った。

 祭は夜更けまで続いた。その日の夢の中でも私は浴衣を着て踊っていた。蕗さんとあの男が同じ視線で私のことを見つめていた。



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