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7話

「起きろ!」

 突然の光が注ぎ込む。

まぶしい……。

 もぞもぞと布団の中に潜り込むと、布団を引き剥がされた。

「起・き・ろ!」


 むぅ……ズリズリと移動し隠れられそうな場所を探そうとするがない。……ぐぅ。


「なんだこれ、昨日と同じパターンじゃねーか……どんだけ寝るつもりだよ……」


 ペチペチと軽く頬を叩かれた後、冷たい何かが首筋に触れる。一瞬だけ。

軽く押しのけるとそれはスンナリと離れていく。


 フゴッ!? 奇妙な音に起こされた……っていうか自分のイビキで目が覚めた。

口元には涎。少し、結構、かなり恥ずかしい。


 そいえばリューイ、どこだろう。もしかしてもうお仕事行っちゃった?


 てふてふと居間に向かうとスーツ姿のリューイがぼんやり座っていた。

リューイ、スーツが似合うんだよねえ。かっこいいなあ。


 「おー、やっと起きたか」

 椅子に座ると私に気づいたリューイが立ち上がり食事を目の前に置く。

あ、パンだ。これ、食べた事ある。

 でもパンにしてはズッシリと重い。というか、今日の朝ごはんパンだけ? ちょっとせつない。

 けど贅沢は敵です。ご飯がもらえるだけでも有難いと思わなければ。


 パクリと一口食べてみる。柔らかいパンの中には何かが入っていて……その何かっていうのはお肉だったのだけど。ああ、違うか、ハンバーグか。

 お肉の他にも何か違う味がして、まあとにかく!


 おいしいいいいいい!


 「よしよし、美味いかー、いい子だなー、残さず食えよー」

 

 もちろんですとも! リューイの顔を見て大きく頷く。

リューイの大きな手が私の頭を二度、三度と撫でる。

 撫でられるのは好き。気持ちいい。

 私の頭を撫でるリューイの手のひらに自ら頭をグリグリとこすりつけるとリューイが声を出して笑う。

 

「ヒィ、それ食い終わったら散歩いくぞ」


 お散歩! ……行きたいけど、でも外は危険なのに。

「危ないから俺から絶対離れないようにな!」

 なるほど。リューイと一緒なら安全だよね!

コクコクと私は頷く。お散歩たのしみー!


 って。


 「リューイ、仕事?」

 「今日休みだよ。日曜日」


 む? 日曜日ってお休みなの? 『ヒューマニア』のお休みは水曜日だったけどなあ。


 「ほら、食べ終わったんなら用意してこい。服、着替えてきな」

 楽しみで待ちきれないお散歩。私は喜んで部屋に戻る。

箪笥を開けてズラリと並んだ洋服の中に、淡い……まるで桜のような色をした服を見つけた。

とても綺麗。うん、これがいい。これにしよう。

 さらさらとした艶やかな生地の桜色のワンピース。リボンもある。

 さっさと着替えるとリューイにリボンを渡しに行く。

リボンを手渡されたリューイも当たり前のように私の髪に優しくリボンを結ぶ。


 あまりにも綺麗な色なので自分に似合ってるかどうか心配。

鏡を見に行くと……よかった! 大丈夫、ちゃんと似合ってる! ……と思う!


 ん? あれ?


 いつの間にか首に小さな痣ができていた。

眠っている間にぶつけたのだろうか? それとも虫にでも刺されたのだろうか。なんだか結構目立ってしまう……ぐぬぬぬぬ。


 「おーい、いくぞ。ヒィ」


 しょうがない、この痣は見なかった事にしよう。

玄関で待っていたリューイは私にあの赤い首輪とリードをつけてくれた。返品してなかったのね。

 これで迷子にならずにすむから安心。

 ニコニコとリューイの顔を見る。


「ごめんな……本当はこんなのつけたくないんだけど」


 声のトーンがいつもと違う。しょんぼり? 落ち込んでる?

なんで首輪とリードつけたくないんだろ?

これがあると安心なのにね?

 ちょっと首、窮屈だけど。


 リードがあるのにリューイは私の手を握る。

なので私の首から垂れ下がったリードが凄く邪魔。


 それに。

なんだろ? 手を繋ぐのは嫌じゃないんだけど……。んー……なんか息が。私、なんか息が上手くできてない気がする。おかしいな、凄くおかしいな。

 でも何だかワクワクしてるの。


 リューイに手を引かれて街を歩く。

通り過ぎる人達は皆私と違う人、視線を感じるけど私は気にならない。


 「ヒィ、ご機嫌だなあ。楽しいか?」


 うん! 凄く! こんなに人の多いところを歩くなんて初めて!

今まで見たことのないような物もいっぱいある。

 あ、今通り過ぎたあのお店は一体なんのお店だろう?

 むぅ!? 向こうから凄く甘い香りがする! 

 

 ついつい辺りをキョロキョロ見回してしまうので、何度もリューイに「危ない! 前みろ!」と注意された。

 何度も躓き、そのたびにリューイの腕に助けられる。

 「足元をちゃんと見て歩け!」っていうのも何度か聞いた。

 リューイは怒鳴るけど優しいよね。

 あの苦手だった緑がかった艶やかな鱗も見慣れてしまったのか結構綺麗に思える。

あのひんやりとした肌も夏に触れあえばはきっと気持ちいいだろうな……リューイには夏が似合いそう。


 ……あ!

 私、凄い事に気づいてしまった。手を繋いでお散歩ってこれ、一般的に『デート』って言うもんなんじゃないの!?

 いや、事実はペットと飼い主なんだけど、状況だけみると『デート』に近い。

ちょっと憧れてたんだよ『デート』っていうものに。


 浮かれてクルクル回る私は段差で躓いてリューイに支えられる。

 「ヒィ……あ・し・も・と、注意な」

優しくゆっくりと言うリューイ、逆に怖い。

 でもね、だってね、これって……


 「ね。『デート』だね」


 状況的には、だけど。だから浮かれちゃうのも仕方ないんだよ。

そりゃリューイは『デート』なんて何度もやってるだろうけど、私は初めてなんだもん。

 「……あー……ハイハイ、ソーデスネー」

 なんてリューイには軽く流されたけど。

 

 「……デートならこうじゃね?」

 リューイが私の腕を掴み、自分の腕と絡ませたので、私はちょっとバランスを崩し両手でリューイの腕を掴んだ。つまり、私とリューイ腕を組んでる。

 確かにこれは、デートっぽい。が! 体温の上昇が半端ない。

なんだか一気に顔が熱くなるけど、スーツ越しに感じるリューイの体温があまりにもひんやりしてるので。

もしかしたらこれはこれでちょうどいいのかもしれない。


 ただ私だけこんな風にうろたえるのはなんだか悔しい。

リューイももっと狼狽すればいいのに。

 顔をあげてリューイの顔を盗み見た。あれ、こんな顔のリューイ初めて見た。

明らかに狼狽している。

 口は大きく開き、目は前方をジッと見つめている。


 前方? 私はリューイの視線の先に目を向けた。

あぅ。蟲人がいる。

 スーツ姿の緑色をしたバッタが仁王立ちでリューイをジッと見ていた。


 「せ、先輩~……もう無理です、何で僕だけ日曜まで仕事を……先輩ずるいですよ、何してるんですかあ~」

そう言うと泣き出してしまった。

 「いや、え? お前なんでここにいんの?」

 オロオロとしながら私を自分の背中で隠そうとするリューイ。

でも無理です。私、今そのバッタさんと思いっきり目があってます。


 「……人間だ……。えー? 先輩、人間飼い始めたんですか! おー、凄い! 僕はじめてみましたよー! いや、思ってたより小さくて可愛いですね~。てか、凄く可愛いじゃないですか!?」

 

 興奮気味で私に近づくバッタさん。怖い。

私はどうもその、蟲人は……言っちゃ悪いけどなんていうか……気持ち悪い……。


 「わー、先輩、触っていいですかー? 噛みませんか~?」

 「いやいや、まてまて。ヒィが怖がってるから触んな。そして仕事戻れ」

 「ヒィちゃんかー。大丈夫だよー、怖くないよー」

 「お前、人の話を……」


 そのバッタさんは怖い人ではなさそう。リューイとも親しそうだし。

気持ち悪い、なんて思っちゃって申し訳ないけど……今だって気持ち悪かったりするのだけど……リューイのお友達ならちゃんとご挨拶しないとだよね。


 「こんにちは、あの……『太陽』でヒィです」


 バッタさんはちょっと首を傾げる。

 「……太陽ちゃん?」

 コクリと頷く私。

 「……で、ヒィちゃん?」

 コクコクと頷く私。

 ふむ、とちょっと考えてチラリとリューイを見るバッタさんと顔をそむけているリューイ。


 「なるほど。ヒィちゃん、声も可愛いね。僕、イルクっていいます。よろしくね」

 「お前もういいからさっさと仕事に……」


 イルクの視線が私の首筋に釘付けになっている。

 「……先輩って……ぶほっ……いや、すみません、くっ……はははははははは!」

 「まて! わかった! 後で話そう! な? だからそれ以上は何も! 一言もしゃべるな!」


 イルクが大爆笑してる中、リューイだけが狼狽している。

なんだか面白い。


 


 


 

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