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3話

 『ヒューマニア』に出戻ってきて1週間が経った。

 そして私はいまだケージの中。店の扉が開く度にビクリとしてしまう癖ができたけども、どうやら私の価格はとても高いらしく買い手がないので少し安心している。


 今日もどうにか無事売れ残った。

 このままずっとここで暮らせればいいのに。ケージは狭くて飽き飽きしてきたけど。


 カランカランカラン……


 閉店間際に店の扉が開く。

 「いらっしゃいませ~。今日も売れてませんよ~」

 アグリの声に私は誰が来たのかがすぐにわかった。

 コツコツと足音は真っすぐに私のケージへと向かってくる。


 そして。


 私のケージの前で立ち止まるのはあの蜥蜴人。

私をジッと見つめるその目も、艶やかな鱗ももはや私に恐怖心を与えない。

 彼には感謝している、私を返品してくれたのだから。


 だが不思議な事にあれから一週間、彼は毎日閉店間際に寄っては私のケージを覗き込むようになった。

返品したというのに一体何故なんだろう?


 「そんな気になるなら自分で飼えばいいんじゃないですか~? 彼女にプレゼントするつもりだったって言ってたけど、この子を選んだのは貴方がこの子を気に入ったからでしょ~?」

 アグリが蜥蜴人に声をかける。

 蜥蜴人はその大きな口から赤い舌をのぞかせて忌々し気にアグリをジロリと睨んだ。

「俺が気に入ったからじゃない、彼女がこれを気に入りそうだと思っただけだ」

「そんな事言っちゃって~。もう一週間もうち通ってるじゃないですか~。気になってるくせに……素直じゃないなあ」

 チッと舌打ちすると出口の方へと歩いていく蜥蜴人。

 ニヤニヤと笑いながら「ありがとうございました~」なんて言ってるアグリはちょっと意地悪だと思う。


 なんとなく微妙に蜥蜴人とアグリが仲良くなっているような気がしつつも、それから更に5日程過ぎた。

今日も蜥蜴人は私に見る為にご来店中。

 特に何を言うでもなく、ただ私をジッと見つめる。

 こう何日も通われると私としても親しい友人のように思えてきて、思わず微笑む。


 それを見て驚いたように目を見開く蜥蜴人に、私の方こそ驚いた。

私の笑顔、そんなに変だったのだろうか? それとも、蜥蜴人に笑顔を見せるという行為は何か失礼な事なのだろうか?

 「笑えるのか……っ!」

 そんな呟きが蜥蜴人の口から洩れたので私は思わずプッと噴き出す。

何を当たり前の事を。

 クスクスと笑う私を呆然とみる蜥蜴人にアグリが話かける。

 「かわいいでしょう~? 可愛がってあげると懐くし話もしてくれますよ~?」

 「なに……ッ!? こいつ、話せるの!?」

 「そりゃあ話せますよ~。人間の知能って俺らと同じなんですよ~? まあその分、ちょっと気難しくて飼いづらいところはあるんですけどねえ……でもそこがいいというかなんというか。懐くと最高に可愛いんですよ。」

 へぇ……となんだか不思議そうに私を見つめる蜥蜴人。

 

 「なぁ……なんか話してみろよ?」


 アグリに聞こえないよう、小声で私にそう囁く蜥蜴人。その声はとても優しい。

でもね、アグリ、犬獣人だからしっかり聞こえちゃってるんだよ?

後姿でわかる、アグリの肩が震えてるのは笑うのを我慢してるせい。

 蜥蜴人が催促するように、コツコツとケージを軽く指ではじく様がちょっと可愛かったので私も何か話してみたいと思った。

 でも「話せ」と言われれば咄嗟に何を話せばいいのかわからない。

ああ、そうだ。一つ、気になっていたことがあった。

 声を出すのは久しぶり。私達人間は声を出しても意味がない事を知っているのであまり声を出さない。

 口を開けて声を出そうとするものの、出ない。

ちょっと咽喉を抑えてマッサージ、そして軽く咳払い。……うん、いけるかな?


 「げ、んき、だして……ね?」


 『げ』がかすれてしまった! けどどうにか言葉はでた。

この蜥蜴人が毎日ここに来る理由、私は秘かにずっと考えていた。

 彼女のプレゼントとして買われた私、でも彼女にフラれてしまってもう必要なくなったので返品された。

なのに彼が毎日来る理由は……罪悪感なのかもしれないと思った。

 買っておきながら返品したという罪悪感。

 

 あともう一つ。これが本当の理由なんじゃないかと思うのは、彼女への未練。

どうみてもこの蜥蜴人、『人間』なんかには興味ないんじゃないかと思う。なのに私を買ったのは彼女が「人間飼いたい~♪」みたいな事を言ったからとしか思いつかない。

あの日彼が言ってた「大事な話」もきっとプロポーズだったんじゃないかな。

 その思いが彼をこの店に引き寄せるのではないかと思う。


 ……馬鹿みたい。

そんなに好きなら何故あの時追わなかったのだろうか。

 テレビドラマや本の恋愛を見ていても思うけど、好きなら好きでいいじゃない。何故話をややこしくする必要があるのかわからない。


 そんな事をぼんやり考えていると、いつの間にかケージの前に立っているアグリ……ちょっと訂正。

いつの間にかケージの前で満面の笑みで立っているちょっと変なアグリに気が付く。


 「ちょ! 聞いた!? 今の! 今の声! ちょーかわいい! お客さん、ちゃんと聞きました!?」

 「うあっ!? は、はい」


 アグリ大興奮にちょっと引き気味の蜥蜴人と私。


 「うっわー! やばーい! 俺ちょーやばーい! もうこの子俺が飼っちゃおうかなあ! ちょーかわいいぃぃぃぃぃ!」

 

 ハァハァと息遣い荒く私のケージを覗くアグリ、怖い。

でも。今の、本当かなあ。私、アグリに飼ってもらえるのかなあ? だったらとても嬉しい。父と母には小さい頃しか会った事ないけど、ここにいられればいつも一緒にいられるんだよ! 素敵!


 蜥蜴人はアグリの変貌ぶりが怖かったのか呆然としてそそくさと帰ってしまった。

ご機嫌なアグリが何度も「もう一度話して~!」と何度も猫なで声で言ってくるけど私は全部スルー。

 顔が見えないよう、ずっとそっぽ向いて座ってた。


 だって、ニマニマしてしまうこの顔をどうすればいいのかわからないから。

あとから思うと、もう少しアグリに愛想振っておけばよかったなーと思う。


 だってもしかしたら家族になるのかもしれないし! 





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